● 詰め草の髪飾り(2/3) ●
「そうかなあ。ヴィトスだったら、わざと意地悪してあたしに教えてくんないかもしれないよ」
「ユーディー」
ラステルは、ずっと持っていた包み布を、ユーディーの方にWの字がしっかり見える向きにして
テーブルの上に広げた。
「昨日は、部屋の前にこの包み、無かったわよね?」
重ねて確認され、
「うん……多分……」
しぶしぶユーディーは頷いた。
「ヴィトスさんが来る前も、きっとこの包みはなかった筈よ」
「そう、なるのかな? うん、そうかもしれないけど」
はっきりラステルに言われると、何となくそんな気もしてくる。
「そして、ヴィトスさんが部屋を出て行ってから私が来るまでの間に、この包みはあそこに
置かれたんだと思うわ」
そう言って、ラステルはドアの方を指さす。
「……」
「私、名前の頭文字がWの人、知ってるわよ」
もう一度、ラステルはにっこりと微笑んだ。
「あ、あたしも知ってるけど、でも」
「優しい人よ。ユーディーの事を大切に思ってる人」
ラステルの言葉を聞いて、ユーディーは釈然としない面持ちになる。
「……でも、あたしの知ってるWの付く人は、意地悪だもん」
「そうかしら? だったら、わざわざユーディーの誕生日にプレゼントを持ってくるとは
思えないんだけれど」
ユーディーは包み布に手を伸ばし、それをくしゅっと丸めた。
「だって、だったら直接あたしに渡せばいいじゃない! 何も、部屋の外に置かなくたって……」
ふと思い出す。
部屋を出る前、自分に何か言いたげだったヴィトス。腰の道具袋をまさぐっていた彼の手の動き。
あれは、もしかして。
「ユーディー?」
黙り込んでしまったユーディーを心配して、ラステルが優しい声をかける。
「あー、あたしがヴィトスを部屋から追い出したんだ。あいつの話しも聞かずに」
「……そうなの」
肩を落としてしまうユーディーの背中に、ラステルはそっと手を当てた。
「でも、むかついたんだもん。わざわざ四つ葉の詰め草持ってくなんて」
もごもご、と言い訳がましく口の中でつぶやく。
「おかえし、かもしれないわよ。四つ葉の髪飾りだもの」
「おかえし、って、でも」
「とにかく、頂いた物にはお礼を言わなくちゃ。ヴィトスさんにも声をかけよう、ユーディー?」
瞳にほんのり涙を滲ませたユーディーは、小さく頷いた。
◆◇◆◇◆
「ユーディットの部屋で、お茶とケーキをご馳走してくれるって? 行く、行くっ!」
ラステルと二人でクリスタに声をかけると、嬉しそうに返事をする。
「じゃあクリスタ、あたしのお部屋で待っててね。おーい、アデルベルトー」
それから階段を降り、アデルベルトに声をかける。
「何だい、ユーディット?」
「さっき、クリスタにした話し聞こえてた?」
「えっ、クリスタにした話しって?」
遠慮がちにとぼけてはいるが、自分も誘って欲しい、という気持ちが顔に出ている。
「今からユーディーの部屋でケーキを食べるんです。アデルベルトさんも参加しませんか?」
ラステルが微笑むと、アデルベルトは満面の笑みを浮かべた。
「本当かい? ううっ、今日はついてるなあ、占い師さんの言った通りだ」
しっぽを振って飛びついてきそうな勢いのアデルベルト。
「占い師の言った通り?」
「うん、酒場にいると、悪い事もあるかもしれないけど、いい事もあるかもしれないって」
「……」
ユーディーはその占いに意見しようと思ったが、嬉しそうなアデルベルトの様子を見て
口を閉じておく事にした。
「じゃ、アデルベルトさんは私と一緒に部屋に来て下さい。クリスタさんも先に待ってるし、
お茶の準備をしなきゃ」
「えっ、ラステル、お部屋に戻っちゃうの?」
「ええ。だから、ユーディーはもう一人、誘って来てね」
ラステルはウインクすると、アデルベルトと一緒にさっさと階段を上っていく。
「ラ、ラステルぅ」
もう一人の人物、ヴィトスはつまらなそうな顔をして、カウンターの隅にひじをついていた。
「んー」
ラステルが部屋に来る前の彼とのやりとりを思い出し、何となく声をかけづらい。
「あ」
ヴィトスが、ちらりとこちらに目を向けた。
「ヴィト……」
目が合った瞬間声をかけようと思ったが、すぐに目線を外されてしまった。
「な、何よ」
そう言う態度を取られると、今度はまた怒りの感情が湧いてきてしまう。
「ヴィトス!」
少し弱気になってしまう自分の心を奮い立たせる意味も込め、ユーディーはわざと大声で
名前を呼びながら、彼の側へと近付いていった。
「何だい、ユーディット」
少し怒っているような、ぶっきらぼうな声。
「あ、あ、あの」
言いたい事がうまく言葉にならず、喉に引っかかってしまう。
「あの、ケーキ。食べるでしょ」
「ケーキ、って。何で」
「何でって、だってラステルが焼いてくれたんだもの。あたしの部屋に来てよ」
何となく意味不明な事を言っているような気がするが、ユーディーは頑張って先を続ける。
「だって、僕は君の部屋には出入り禁止だろう?」
肩をすくめるヴィトスの前で、ユーディーは頬を赤くしてしまう。
「えーっと、出入り禁止は取り消し。あの、それで、これ」
ユーディーはくるり、と彼に背を向ける。
「……」
彼女の背中の上でゆるやかに髪をまとめているのは、普段彼女が着けている紫色のリボンではなく、
緑色の髪飾り。
「ありがと。とっても、嬉しいよ」
「……気に入ってくれたのか?」
その返事を聞いて、この髪飾りをくれたのがヴィトスだと確信する。
「気に入った。ものすごく気に入ったよ。ありがとう!」
振り向き、今度は彼の目を見てお礼を言う。
「そうか、良かった」
ヴィトスの手が伸び、ユーディーの頭をぽん、と優しく叩く。
「うん」
胸の奥からじわりと熱い固まりがこみ上げ、喉が苦しくなってしまうユーディーはくちびるを
噛んで頷いた。
「ケーキ、食べに来てくれるよね?」
それから、やっとの思いで口に出す。
「君が招待してくれるならね」
やっと微笑みを見せるヴィトスの顔を見て、ユーディーも安心する。
「うん、招待する。だから、来てよ」
「ああ。じゃあ、お言葉に甘えて」
それから、ユーディーと二人で並んで工房へと向かう。
「でも、僕には関係ない日だと思っていたけれどねえ。それでもケーキを食べさせてもらえるんだ」
歩きながら、ヴィトスはぽつりと口に出した。
「えっ?」
「だって、今日は特別でも何でもない、どうでもいい日なんだろう?」
「あっ、それは」
また意地悪の続きを言われるのか、とユーディーは身構えてしまう。
「……せっかく仲直りしようと思ったのに、蒸し返すの良くない」
「あっ、すまない。そう言うつもりじゃなかったんだが」
階段を上りきった所で、ヴィトスは足を止める。
「僕にとっては特別だし、関係があると思いたいんだけれどね」
「えっ、ヴィトスにとって特別って、どういう意味?」
その問いには返事をせずに、ユーディーの正面に回り込んで彼女を見つめる。
「お誕生日おめでとう、ユーディット」
「え」
短い、間の抜けた声を出して、ユーディーは目を丸くする。
「え。知って……たの?」
「知ってた、って。だって、それは誕生日プレゼントのつもりだったんだけれどな」
「え。あ」
首から、じわじわと熱が上がってくる。
「そ、そうだったんだ」
「君こそ、今日は特別な日でも何でもないとか、どうでもいい日だなんて言うから、てっきり
自分の誕生日を忘れているのかと思ったよ」
「そんな、自分の誕生日を忘れる訳ないじゃない。あたしは、ただ、ヴィトスに四つ葉の詰め草
持って行かれたから、それでちょっと腹が立って、そんな風に言っちゃっただけよ」
本当はとっても怒っていたけれど、その怒りも小さくしぼんでしまった。
「まあ、仕事は仕事だからね。せっかくの君の誕生日に取り立てだなんて、そんな野暮な事は
したくなかったんだけれど」
「……でも、四つ葉の詰め草持って行って、その代わりに詰め草の髪飾りくれるだなんて、
ヴィトスっぽいと言えばヴィトスっぽいわね」
ユーディーはいたずらっぽく笑った。
「僕っぽい、って。それに、代わりじゃないよ。詰め草を持って行ったのは、たまたま君の
採取カゴに入っていた中から選んだだけで……、仕事は仕事、私用は私用だ」
「はいはい」
くすくす笑いが止まらなくなり、ユーディーは口元に手を当てる。
「そんなに笑う事はないじゃないか。あまり笑うと、その髪飾りも取り上げるぞ」
ヴィトスがユーディーの髪に触れようとするが、ユーディーは笑いながらその手を避けてしまう。
「いやだもん、返さないもん。これ、気に入ったんだから」
とんとん、と二、三歩軽いステップを踏み、そして足を止める。
「あ、ねえ、さっき、ヴィトスにとっても今日が特別な日って言ってたよね。それ、どういう事?」
「えっ、ああ。そんな事言ったかなあ」
とぼけて見せるヴィトスだったが、
「言ったよ。関係があると思いたい、って」
ユーディーははっきりと追求する。
「うーん、そうだったっけねえ」
何となく照れた様子のヴィトスに近付き、すぐ目の前で彼を見上げる。
「言ったもん。ねえ、何で今日がヴィトスの特別な日になるの?」
「それは、ええと……」
困った表情になるヴィトスは、ユーディーから目をそらせる。
「そうだ。そう言えば、ケーキをご馳走になる約束だったな。みんな待っていると思うが」
そのままくるりと振り向き、部屋へと向かおうとするが、
「ねえ、待ってよ! 教えてくれたっていいでしょう、ねえ」
ユーディーはヴィトスのマントを掴み、引き留める。
「別に、何でもないよ」
「何でもないなら教えてよ」
「うーん……」
しつこいユーディーに根負けし、ヴィトスは振り返りざま、
「君の特別な日は、僕にとっても特別なんだよ」
小声の早口でそれだけ言うと、ユーディーの手をマントから外させる。
「だから、何で。何で、あたしの特別な日がヴィトスの特別なの?」
今度はヴィトスの腕に自分の腕を絡め、上目遣いで尋ねる。
「何で、って言われても。さあね」
「さあね、って。そんなの無いでしょっ」
拗ねているのと、照れているのと。そんな表情が混じっているユーディーが、頬を赤らめる。