● 詰め草の髪飾り(1/3) ●
「無いものはしょうがない……、けど僕も手ぶらで帰る訳にはいかないんでね」
メッテルブルグの工房で行われる、いつもの借金の取り立て。ユーディーは、いつものように
お金の返済ができなかった。
「代わりにこれでももらって行くとするか」
そう言って、ヴィトスはユーディーの採取カゴを勝手に漁り、何枚かあるうちの、一番質のいい
四つ葉の詰め草を手に取った。
「ああっ、それは!」
「ふむふむ、だいぶ品質がいいな。これだったら、いい金になるだろう」
「だめっ、それ持っていかないでよ!」
詰め草を持っているヴィトスの腕に、怒った顔のユーディーがしがみつく。
「持っていくなと言われても、借金の利子代わりなんだ。仕方ないだろう?」
ユーディーの手が詰め草に届かないように、ヴィトスは少し背伸びして片腕を高く上げる。
「仕方ないって何よ、いつも勝手な事言って!」
「君が借金を払わないからだよ。僕としても、こんな事するのは本意じゃない」
ユーディーをからかうようなヴィトスの口調。いつもだったら怒り気味ではあるものの、
それにつられたユーディーと、軽く楽しい口げんかになる筈だった。
「……もういいよ。最低」
しかし、今日のユーディーは素直に手を引っ込めると、ぷいとヴィトスに背中を向ける。
「ユーディット?」
「何よ、こんな日にわざわざ取り立てに来る事ないじゃない。ヴィトスのばか」
ユーディーの背中が小さく震えている。
「こんな日って、今日は何か特別な日だったかねえ?」
わざとらしく聞こえるヴィトスの口調に・
IH
@ ・
<
・ ・ ・
・ ・
・ ・
・
H
A
@
・
・
・
A
・・
宴Xテルは持っていたバスケットを部屋のテーブルの上に置くと、上にかけていた布を
さっと取り払った。
「わあっ!」
籠の中をのぞき込んだユーディーが、嬉しそうな悲鳴を上げる。
「くずれないように持ってくるの、大変だったのよ」
中には、真っ白なクリームと真っ赤なイチゴで飾り付けられた大きなケーキが、まだナイフも
入れられない丸の形のまま収まっていた。
「すごーい、ラステル、すごいよっ!」
「ユーディーに喜んでもらおうと、私、頑張って作ったのよ」
「嬉しい! すっごく嬉しい、大喜びだよ、ラステル、ありがとうっ!」
興奮気味になるユーディーは、ラステルに飛びつくと、ぎゅっと抱きしめた。
「うふふ、そんなに喜んでもらえると、私もとっても嬉しいわ」
ユーディーに抱きしめられ、ラステルはとろけそうな微笑みを浮かべる。
「それに、ユーディーのバースデーケーキを作らせてもらえるだけでも嬉しいのに」
「えっ、ラステルにケーキを作ってもらえて、嬉しいのはあたしだよ。年に一度の大事な日に、
ラステルの手作りケーキでお祝いしてもらえるなんて」
首を横に向け、ユーディーはもう一度うっとりした目でケーキを眺める。それからまたラステルの
方に顔を戻し、彼女のやわらかな頬に自分の頬を擦り付ける。
「ううん、私の方が幸せよ。ユーディーにケーキを食べてもらえるんですもの」
「あたしの方が幸せだって。こんなに美味しそうで可愛いケーキを食べさせてもらえるんだもの」
それからしばらくお互いに、自分がいかに幸せかをとくとくと語り合い、
「あたし達二人とも、すっごく幸せだよね」
そう言った結論に達して頷きあった。
「ええっと、それじゃユーディー、ケーキを切ってもいいのかしら?」
お互いに抱き合っていた手を名残惜しそうに離し、ラステルはケーキが乗った皿を慎重に
テーブルの上に移す。
「ううん、まだ。みんなを招待してから。だって、切る前の形、みんなに見てもらいたいもの」
ユーディーの知り合いはいつ、どこにいるかがはっきり分からない冒険者が多いので、あえて
招待状を出す事はしなかった。あらかじめ招待してプレゼントを用意されても気が引けると思い、
当日、そこいらにいた人に声をかけ、みんなで美味しいケーキと飲み物を頂こう、と、事前に
ラステルと打ち合わせしていた。
「黒猫亭に入った時アデルベルトさんと、階段の上にクリスタさんがいたわ」
「うん、じゃあ早速声をかけに行こう!」
元気なユーディーだったが、
「あ、あとカウンターの隅の方に、ヴィトスさんもいたかしら」
その一言を聞いて、ぴくりと眉をひそめ、声が低くなる。
「ヴィトスはいい。ヴィトスは却下」
「えっ、でも」
「いいったらいいの。あんなヤツ、意地悪なんだから!」
自分の、せっかくの誕生日。おめでとうの一言をくれるでもなく、大切なアイテムを奪って
行ったヴィトス。
「でも、可哀想よ。ヴィトスさんだけ仲間はずれなんて」
「いいの。ヴィトスなんか嫌い。さっきも部屋に来て、あたしに意地悪な事言ったんだから」
一方的に意地悪を言ったのは自分だったような気もするが、あまり都合の悪い事は深く
考え込まないユーディーだった。
「ヴィトスさん、お部屋に来たんだ」
「そう。そんで、あたしの大事なアイテム持って行っちゃったのよ。信じらんない」
「……」
ラステルは顎に指を当てる。
「ユーディー、これって」
それから、部屋に入って来た時持っていた小さな包みを改めてユーディーに手渡した。
「えっ、何、何?」
やわらかい布でくるまれ、きちんとリボンまでかかっている包み。
「もしかして、ラステルからのプレゼント? やだなあ、気を遣わないでって言ったのに」
そう言いながらも、てれてれと嬉しそうにリボンをほどく。
「ううん、それ、私じゃない」
「えっ?」
リボンをほどき、包みを開ける。中に入っていたのは、何枚も重なる四つ葉を象った、美しい
ビーズ細工の髪飾り。固く細い革ひもで作られたベースは∞型になっていて、左右に空いている
小さな穴に、可愛らしい鎖の付いた細い串を刺して髪を留めるようになっている。
「う、わ。きれい」
黒に近い濃い緑から透明まで、とりどりの小さなガラスビーズがきらきらと光を反射する。
「ユーディー、それ、私からじゃないの」
髪飾りに心を奪われ、それをうっとりと眺めているユーディーに、ラステルはもう一度声をかけた。
「え、でも」
「来る時にね、ドアの横に置いてあったのよ」
「……」
ユーディーは、不思議そうに首をかしげる。
「じゃあ、誰がくれたか分からないね。誰だろう、こんな素敵な髪飾りをくれる人」
「きっと、優しい人よ。ユーディーの事を大切に思ってくれている人」
ラステルはくすくすと笑う。
「そうかなあ」
「そうよ。でなかったら、そんなに素敵な贈り物をくれる筈無いもの」
「そうかなあ。……そうだよね。えへへ」
テーブルの上に大切そうに髪飾りを置くと、ユーディーは恥ずかしそうに微笑みながら、
品のいいえんじ色のリボンをくるくると巻いて小さくまとめる。
「あたしの事を、大切に……」
それからアイボリーカラーの包み布のしわを伸ばしていたユーディーの指が、ぴたりと止まる。
「あ」
「どうしたの、ユーディー?」
「な、何でもないよ」
ユーディーが見つけた、包み布の端に描かれた模様。
「あら、それ」
「何でもないってばあ」
何故か頬を赤くして、その模様を隠そうとするユーディー。しかし、ラステルはめざとく
その模様を読みとってしまう。
「W……、って読めるけど」
「えっ、そうかなあ? あたしにはMって読めるよ」
指の先でその文字を隠し、口を尖らせる。しかし、ラステルは包み布を取り上げてしまった。
「あっ!」
「だって、Wの後にピリオドがある。こっちが上よ」
ユーディーが無理矢理に逆さに読もうとしていた布を両手で持ち、顔の前にかかげる。
「ね、ユーディー」
それからユーディーの方へ向き直り、にっこりと微笑んだ。
「な、何?」
「昨日、ユーディーお出かけした? この部屋に、外から戻ってきた?」
「えーっと、どうだったかなあ、昨日の事なんか覚えてないや」
事実を認めようとせず、はぐらかそうとするユーディー。しかし、ラステルにじっと見つめられ、
しぶしぶと昨日の行動を認める。
「うん、買い物に行って……、普通にこの部屋に帰って来たけど?」
「帰ってきた時、ドアの横に、この包み、置いてあった?」
「うーん……覚えてないなあ。見逃しちゃったかもしれないし」
またラステルはユーディーの目をじっと見つめる。
「ユーディーは普段、採取でいろんな物を見てるよね。そんなユーディーがこんな可愛らしい
包みを見逃す事無いと思うんだけどなあ」
「そうかなあ? でも、うっかりって事もあるし……」
「今日、ヴィトスさんが部屋に来たのよね?」
「えっ? ああ、うん」
急に話題を変えられ、驚いたユーディーは素直に返事をしてしまう。
「もしユーディーが見逃しても、ヴィトスさんが見逃すなんて無いと思うわよ」