● 詰め草の髪飾り(3/3) ●

「それってさあ、……ヴィトスがあたしの事特別に思ってくれてる、って、そう解釈していいの?」
ヴィトスは一瞬考え込んだが、
「そうだな。君がそう思いたければ、勝手にそう解釈してくれてもいい。行くぞ」
意識して作ったような冷たげな声でそう言うと、歩き出す。
「勝手に解釈って、ねえ」
歩き出すヴィトスに引っ張られたユーディーがつまずいてしまう。
「あう」
バランスを崩しながら、ユーディーはいっそう強くヴィトスの腕にしがみついた。

「ほら、何やってるんだ」
「何って、ヴィトスがあたしの腕引っ張るから」
「引っ張ってないよ。第一、君が勝手に僕の腕にくっついてるんじゃないか」
ヴィトスは腕を左右にひねり、ユーディーの手を離させる。
「あっ」
自分から去ってしまったヴィトスの腕を、ユーディーは寂しそうな目で見つめる。
「ほら、行くぞ」
しかし、ヴィトスはすぐにその手をユーディーの肩に回して、彼女の細い身体をぐいっと引き寄せた。

「あ、う」
身体が密着し、ユーディーは恥ずかしさでまともな声が出せなくなる。
「支えていてやるから、今度は転ぶなよ」
支える、と言うのは口実だった。
「う、ん……」
顔が熱くなり、燃え出してしまいそうになる。ユーディーはうつむくと、ヴィトスの歩調に
合わせて歩き出した。
肩を抱かれたまま二人で歩くと、歩幅が合わずにまたバランスを崩しそうになる。ユーディーの
身体が揺れる度にヴィトスの手に力が入り、よけいに身体が密着してしまう。

「えと、ドア」
「うん」
部屋の前について、絞り出すようなユーディーの声に応えてヴィトスが空いている手でドアを開ける。
「あ、手」
まだヴィトスに肩を抱かれたまま。その状態で、部屋のドアは開かれてしまった。
「ユーディット、遅かった……」
「ユーディー、ケーキを……」
笑顔で振り向いたみんなは、途中で言葉を無くす。

「あ、や、これは」
ユーディーは慌てて身じろぎすると、ヴィトスの手から逃れた。
「あー、遅くなっちゃってゴメンね。さあ、ケーキを頂こうかなあ」
無理して元気な声を張り上げながら、ヴィトスを部屋の入口に置いてすたすたとテーブルに近付く。
「あれ?」
テーブルを囲んでいるみんな。それぞれの前には、食べかけのケーキが乗った真っ白なお皿と、
半分以上中身を飲んでしまったティーカップ。
「ひっどーい! 先にケーキ食べちゃうなんて。ラステル!」
ラステルの方を振り向くが、彼女はにこにこと笑っている。

「だって、ユーディー遅いんですもの。待ちきれなくて」
「だって、あたしの誕生日よ、あたしが主役なのよ! ねえ、あたしの分は?」
確かにみんなを待たせてしまったのは自分の方だし、待たせていた間のヴィトスとのやりとりを
思い出してまた恥ずかしさがこみ上げてしまったユーディーは、照れ隠しに大きな声を出す。
「安心して、取ってあるわよ。はい、ユーディーとヴィトスさんの分」
そう言ってラステルがユーディーの方へ差し出したお皿には、四分の一にカットされたケーキが
ちんまりと乗っかっていた。
「えっ」
そのお皿を受け取り、ユーディーは納得しない声を出す。

「え、ヴィトスの分は? ヴィトスのは無しなの?」
やっと部屋に入って来たヴィトスが、ユーディーの肩越しにお皿をのぞき込む。
「どうして? だから、それがユーディーとヴィトスさんの分よ」
テーブルの上のお皿の食べかけのケーキの大きさから推測するに、みんなはすでに、それぞれ
四分の一当てをもらっていたようだった。
「何で。ラステルが一、クリスタが一、アデルベルトが一。あたしが一で、ヴィトスの分が
 無いじゃない。って言うか、何で五人で四分けな訳?」
「いいんだよ、ユーディットはヴィトスと仲いいんだから、一緒に食べれば」
釈然としない顔をしているユーディーを見て、クリスタがくすくすと笑う。

「そうだね。何だったら二人で一つのイスに座ったらどうだい? あ、もちろんユーディットは
 ヴィトスの膝の上だね」
アデルベルトは無責任に言い放つと、幸せそうな顔でクリーム付きのスポンジを口に運んだ。
「ティーカップも一つでいいわよね。あ、フォークも一本でいいかしら」
ラステルまでが、しらっとそんな事を言う。
「な、何よそれっ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ユーディーとヴィトスは困った顔を見合わせる。

「な、な、な、みんな何言ってんのよ! ねえ、ラステル。あたしがいない間に、みんなに
 何か話したの?」
「何かって? 別に私は、ユーディーが困るような事は話してないと思うけれど」
そうですよねえ、とクリスタとアデルベルトに笑いかけると、二人もうんうん、と頷く。
「ただ、ちょっと二人が来るのが遅いなあ、話しが弾んでいるのかなあ、って話しはしたよね」
「そうだよね。丁度そんな話しをしている時に、二人が寄り添って入って来たもんだから」
「よ、寄り添って、って……」
顔を真っ赤にしたユーディーは、みんなに言い返す事ができなかった。

「ヴィトス! ヴィトスのせいじゃない、あんたがあたしの肩を離さなかったから」
持っていたケーキをテーブルに置き、八つ当たり気味にヴィトスを睨み付ける。
「待ってくれよ、先に僕の腕にしがみついて来たのは君だろう? 僕は、君が転ばないようにと」
「しがみついたって、そんなあたし……、うーん、確かにそれはあたしの方からだけど、でも」
口調は怒っているが、お互いに照れが入っているので仲むつまじい痴話げんかにしか見えない。
「……ラステル、お茶をもらえるかな?」
「僕も」
もぐもぐ、と口を動かしながらも、そんな二人から目を離さない。

「はい、どうぞ」
ラステルはすぐに、テーブルに置いてあったポットからカップへとお茶を注いだ。
「そもそも、今日はあたしの誕生日なんだから。特別な日なんだから。少しくらい、あたしに
 譲ってくれたっていいじゃない」
「いつも譲ってるだろう。第一、普段から君は」
「あたしの特別な日は、ヴィトスにも特別なんでしょっ! だったら今日は、”普段”じゃないもん」
「確かに僕にとって君は特別だけれど、それとこれとは」
立ったまま、聞いている方が恥ずかしくなるような言い争いは続く。

「ねー、これ、食べちゃおか」
すっかりケーキを食べ終えたクリスタは、わざとらしく声を張り上げ、手つかずで残っている
ケーキを指さす。
「そうだね。それもいいかもね」
「そうですね。ねえ、ユーディー、ケーキ食べちゃってもいい?」
「だめっ!」
はっ、と振り向き、ユーディーはケーキのお皿の縁をはっしと握った。

「ケンカはそのくらいにして、ね。今日はユーディーのお誕生日なんだから」
「ケンカじゃないよう」
ぷん、と頬をふくらませながら、やっとユーディーはイスに腰かけた。ヴィトスも照れくさそうな
表情を隠す努力をしながら、部屋の隅にあったイスを持ってきて、ユーディーの隣りに座る。
「お茶も淹れてあげるわね」
「ラステル、ちゃんとカップは二つにしてよ。フォークも二本」
「ええ」
ラステルはキッチンへ行くと、かちゃかちゃと小さな音をさせながら、お茶とフォークの用意をする。

「はい」
そしてすぐに、ティーカップと新しいお茶、フォークをちゃんと二つずつ揃えて帰って来た。
「じゃ、改めて。ユーディー、お誕生日おめでとう」
みんなにも新しいお茶を注ぎ、それからユーディーの誕生日を祝う。
「おめでとう、ユーディット」
「ありがとう。えへへ」
みんなをぐるりと見回して、お祝いに笑顔を返してから、
「いただきまーす」
ユーディーはケーキにフォークを入れようとした。

「あ」
目の前にあるケーキをまじまじと見つめる。さっきまで飾りクリームの上に乗っていた筈の、
赤くて丸い、可愛い物体が消え去っている。
「あっ、あ、い、イチゴ〜っ!」
すぐ隣りにいるヴィトスに目をやると、フォークに刺したイチゴを美味しそうに食べている。
「ヴィトス、イチゴっ!」
「ああ、僕は美味しい物は一番先に食べる主義なんだ。食いっぱぐれるといけないからね」
「ちょっと、返してよイチゴ」
「いいけど。僕の食べかけなら」

「食べかけって、あっ」
ふとみんなを見ると、興味深そうな顔でにやにやとこちらを見つめている。
「そういうのって、間接キスって言うよねえ」
「食べるかな、ユーディット」
「どうでしょう。うふふ」
聞こえよがしにひそひそと話しをする。
「うーっ、もう、いい! こっちの美味しそうなクリームとスポンジを頂くもんっ。
 て言うか、半分に切ってよ、ラステルぅ」

「だって、もうナイフ洗ってしまったから、面倒だもの」
ナイフを出すのが面倒どうこうではなく、ラステルもこの状況を思い切り楽しんでいるようだ。
「食べないなら、僕が全部頂くぞ」
「食べる、食べるよっ」
ヴィトスに急かされ、慌ててユーディーはケーキにフォークを突き刺す。そんな二人を見ながら、
みんなはとても楽しそうに笑っていた。
 ユーディーさんのお誕生日記念。去年は4コマだったけど、今年はSSだ。
 自分が書くお話しではめずらしく、ラステルが積極的にユーディーとヴィトスをくっつけようとしている。
 ところで、グラムナートにはイチゴあるんでしょうか。
もどる   ユーディーSSへ