● 想いは目覚めの後に(2/3) ●
「アデルベルトは、お友達。相談に乗ってもらってただけ」
「相談? 借金の返済の相談かな」
どう見ても、アデルベルトがお金についてあれこれアドバイスできるとは思えないのだが。
「んー、違うけど」
「それも内緒かい?」
「……うん」
「まあ、何でもいいけれど」
言ってしまってから、ユーディーと二人きりでお酒を飲んでいたアデルベルトをうらやましい、
などと思ってしまっている自分に気付く。
(何だか、今日は調子が狂うな)
別に、ユーディーが誰と酒を飲もうと、自分の知った事ではない筈だ。
「じゃあ、僕は帰るよ。もう用は無いんだろう?」
「だめーっ」
ヴィトスの服の袖口を掴み、ぐいっ、と引っ張る。
「こ、こら、ユーディット」
「あたし、ヴィトスに言いたい事があるんだってば」
「だから、聞くから早く言ってくれ」
「内緒」
「……ユーディット」
困ったようなヴィトスに構わず、ユーディーは彼の腕を掴んだまま、ベッドに寝ころんでしまう。
「あたしは今、酔っぱらってるから。酔っぱらってる時には、言わないの。こう言う事は、
シラフで言わないと、だめなの」
「だったら、明日、君の酔いが覚めた頃に来るよ」
「だめ。ヴィトスはあたしのそばにいてくれなくちゃ、だめ」
ぐいぐい、と腕を引っ張られ、仕方なしにベッドの前の床に膝をつく。
「そばにいてくれ、って、ユーディット」
「……」
「ユーディット?」
くうくう、と穏やかな寝息が聞こえてくる。どうやら、寝入ってしまったらしい。
「全く」
立ち上がりながら、そっとユーディーの手から自分の腕を離そうとすると、
「だめ……」
寝ぼけながらも、ますます力が入る。
「参ったな」
無理に彼女の手を引きはがす事もできるが、ヴィトスはそうしたくはなかった。とりあえず、
ユーディーが風邪を引かないように、と、空いている手で薄い肌がけの毛布をかけてやる。
「おい、ユーディット」
あまりに無防備な寝顔に向かって尋ねる。
「僕が不埒な考えを起こしたら、どうするんだ?」
「ヴィトス……」
むにゃむにゃ、とつぶやき、
「うふふぅ」
ユーディーは返事の代わりのつもりなのだろうか、寝ながら小さく笑う。
「全く。何を考えているのか、分からないな」
くいくい、と腕を引っ張ると、泣きそうな顔になる。逆にユーディーの手を握ってやったり、
頭をなでてやると、嬉しそうな表情になる。
「これはこれで、面白いが」
しばらくそうして遊んでいたが、
「……そろそろ帰るか」
それにも飽き、ユーディーに気付かれないように、そっと手を引いた。
「だめ!」
その動きを察して、ユーディーがパッチリと目を開ける。
「ユーディット、放してくれ」
「やだ。そばにいて」
両手で、ヴィトスの左手をがっしりと抱え込む。
「お願い、そばにいて。どこかへ行っちゃったりしないで」
今にも泣き出しそうな顔で迫られ、
「う……、うん、分かった」
思わず返事をしてしまう。
「良かったぁ……」
すぐに安心したような寝息を立て始めるユーディーに腕を掴まれたまま、
「参ったな、本当に」
ヴィトスは床に座り込んだ。身体をひねり、ベッドに上半身を向けた格好で、ユーディーに
とらえられた片腕だけが高い位置に置かれている。
「このままでいたら、絶対腕が痺れるだろうな」
それは分かっていても、ユーディーがヴィトスの腕を解放する様子は全く、無い。
「でも、感触は悪くはないし」
少しだけ腕を動かしてみると、ふにょん、とユーディーの身体のやわらかい部分を感じる。
「まあ、これはこれで……」
ユーディーが目を覚まさない程度に手の位置を微妙に変えたりしているうちに、ヴィトスも
うつらうつら、と眠り込んでしまった。
◆◇◆◇◆
「……ああ」
翌朝、目を覚ましたヴィトスは、未だにユーディーが抱えている自分の腕を動かしてみた。
「う、っ」
途端に、予想通りのピリピリとした刺激が腕全体に駆け抜ける。
「ユーディット、ユーディット。ほら、いい加減に起きろ」
すやすや、と気持ちよさそうに眠っているユーディーに声をかけるが、ふと思い直す。
「そうだ。これだけ面倒を見てやったんだから、何か役得があって然るべきだな」
まだ眠っているユーディーに気付かれないよう、腕の痺れを我慢しながら、そろっと立ち上がる。
「これぐらい、させてもらっても罰は当たらないだろう」
前屈みの格好で、ユーディーの額にかかっている髪をそっと手でよけ、くちびるを近づける。
「……ん?」
ヴィトスの顔が近づき、彼の前髪が落ちてユーディーの頬に触れる。先ほどから名前を呼ばれて
いたのと、更にその髪がくすぐる刺激とで、やっとユーディーが目を覚ました。
「おっ、と」
慌ててヴィトスが顔を離す。
「ん? ん?」
ぱちぱち、と瞬きをしたユーディーは、不思議そうに自分の目の前にいるヴィトスを見つめた。
「あれ? ヴィトス、いてくれたんだ……」
「いてくれたも何も、君が僕の腕を離してくれなかったんだろう」
「あ」
自分がヴィトスの腕をしっかり抱え込んでいる事に気付き、すぐにその手を離す。
「おかげで、腕が痺れてしまった」
「ごめんなさい……」
多分昨日の記憶はあるのだろう、ユーディーはしゅん、と肩を小さくする。
「それで、僕に言いたい事があったんだろう? なんだい?」
つい先ほど、彼女の額に口づけたいと思ってしまった自分をごまかすように、ヴィトスは
照れ隠しに少し冷たい声を作る。
昨晩、酔ったユーディーを見て、可愛い、と思ってしまった瞬間からどうもおかしい。
「えと、あ、それね……、ふあぁ」
上半身を起こし、軽く伸びをしてからユーディーはベッドに腰かけた。
「うーんと……」
髪を簡単に手ぐしで整えながら、うつむいたユーディーは頬を赤くしている。
「それ。あはは、どうでもいいや」
「どうでもいい、って」
座ったユーディーのすぐ隣りに、ヴィトスも腰を下ろした。
「どうでもいい事で、僕は一晩ここに軟禁された、っていうのかい?」
「な、ナンキン、って」
顔を近づけると、更に頬を赤くしておろおろする。その反応が面白くて、ヴィトスはわざと
ユーディーに身体を寄せる。
「酔っぱらった君の面倒を見て、君がここにいてくれ、って言うからここにいたんだぞ」
「は、はぁ」
ユーディーは曖昧な返事をする。
「言いたい事があるから、酔いが覚めるまで待て、って頼まれてね。それなのに、今更
どうでもいい、だって? 全く、君はどの面を下げてそんな事……」
「……ご、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げるユーディーの目がうるんでいる。
「あたし、ヴィトスに迷惑かけて……、怒った? 怒っちゃったよね……あたしの事、
嫌いになっちゃった?」
それから、不安そうな顔で、そう尋ねた。
「いや、別に、嫌いになってはいないけど」
「よ、良かったぁ」
ほっとした表情で、胸元を押さえる。