● 想いは目覚めの後に(3/3) ●
「だけど、君の言いたい事、ってのを聞かせてくれないと、嫌いになるかもしれないね」
「ええっ!」
戸惑う彼女をからかうのが面白くて、わざとヴィトスは意地の悪い事を言ってみる。
「ええと、でも、言っても嫌いにならないかな」
「そんなの、話しの内容を聞いてみなければ、判断の付けようがないよ」
「んんー……、じゃあ、言えない」
可愛らしく頬をふくらませる。
「言っても、ヴィトスがあたしの事嫌いにならないって約束してくれたら、言う」
彼女の言いたい事、というのを早く聞いてみたい。同時に、この微妙な会話のやりとりを
いつまでも続けていたい、という気持ちにもなる。
「さて、どうしようかねえ」
口に出してはいないけれど、お互いに、お互いの事をどう思っているのか、なんとなく
分かるような気がする。
(多分、ユーディットは僕の事が好きなんだろうな)
はっきりとした証拠はないが、頭の中で確信している。
(それに、僕は、ユーディットが好きなのかもしれない)
昨日の夜、酔った彼女を抱えた時に初めて気付いた気持ち。
そしておそらく、ヴィトスがユーディーを好ましいと思っている事は、彼女にもなんとなく
伝わっているのだろう。
「いいよ、分かったよ。君の事、嫌いにならないから、言ってごらん」
いつまでも困ったような顔をしているユーディーに笑いかける。
「ああ、うん、えっと」
所在なさげに身体をもじもじさせる。
「ええっと、あたしね、ヴィトスの事が」
喉を詰まらせ、目には涙をためている。
「うんと、なんて言うのか、その」
こほんこほん、と小さな咳をする。
「あたし、ヴィトスを」
それから先は、ぱくぱく、とくちびるは動くけれど言葉が出てこない。
もう少しせかしてみようか、とヴィトスがユーディーの顔に目を向けると、今にも泣き出して
しまいそうになっている。
「……僕から、先に言おうか?」
「え?」
あまりいじめすぎて、最初から泣かせてしまうのも可哀想だし、とヴィトスは彼女を
安心させるような声を作った。
「先に言う、って、ヴィトス、何を」
「僕も君が好きだよ、ユーディット」
今、自分にできるかぎりの、優しい声。
「……」
目を丸くして、ヴィトスの顔を見つめる。それから、恥ずかしそうに視線をそらす。
そして、思い直したように顔を上げる。
「あ、えと、なん……」
手を上げ、一瞬口元を押さえてから、すぐに下ろす。
「何? 今、何て言ったの、ヴィトス?」
感情を口に出す事で、ヴィトスも若干緊張し、胸が高鳴ってくる。しかし、あまりに慌てる
ユーディーを見ていると、逆に頭の中の一部はだんだん冷静になっていく。
「君が、好きだよ、って。そう言ったんだよ」
うるんでいる、ユーディーの瞳を見据えて、一語一語、はっきりと。
「……なんで、あたしの言いたい事、分かったの?」
「君の言いたい事、って?」
聞き返す自分の声が少し白々しいかもしれない、と思ったが、やはり決定的な言葉を彼女の
口から聞きたかった。
「あたし、あたし」
そっとユーディーの肩に手を回すと、彼女の身体がぴくん、と震える。
「あたしね」
恥ずかしそうにゆっくりと顔を上げ、ヴィトスの瞳を見つめる。
「あたしも、ヴィトスが、好き。ずっと、好きだったの。そう言いたかったの」
すぐに目を伏せ、身体をもじもじさせる。
「不思議だな。何でヴィトス、分かったのかな……」
「まあ、なんとなくね。言葉で言わなくても気持ちが通じる時、ってあるんだと思うよ」
肩を抱いている手にほんの少し力を入れ、ユーディーの身体を引き寄せる。
「あ」
反対の手で、驚いたようなユーディーの顎をそっと上げさせる。
「ヴィト……ス?」
耳まで真っ赤になっているユーディーの、ふっくらとしたくちびる。ヴィトスは、優しく、優しく
そこに自分のくちびるを押し当てた。
「……」
腕の中のユーディーの身体は、緊張でかちかちに固まっている。
嫌がられたのかな、と思ったが、ユーディーがヴィトスから逃げようとする気配はない。
「……」
それから、しばらく経ったのか、ほんの短い間だったのか。ヴィトスが顔を離してみると、
閉じられたユーディーの目には涙が滲んでいた。
「ユーディット?」
「あー……、あー、ごめん。すごくドキドキしちゃった」
手の甲で、乱暴にごしごしと顔をこする。
「あたし、ヴィトスに、ちゅーされちゃった……」
熱くなっている顔を冷やそう、とでも言うように、ユーディーは自分の頬を両手で包む。
「えへ」
本当に幸せそうに、とろけたような笑顔を浮かべる。
(ああ、可愛いな)
ユーディーの細い指、おでこ、髪、鼻の頭に何度も軽いキスを何度も落とし、それからまた
くちびるを合わせる。
「……ん」
キスをされながら、ユーディーは身体をひねって、そっとヴィトスの腰に手を回す。
「ふ……、ぁ」
しばらくしてから、そっとくちびるを離す。照れてしまったのか、ユーディーはヴィトスと
視線が合わないように目を伏せ、彼の胸に顔を埋めた。
「えへへ、良かったぁ」
すりすり、とヴィトスの胸に頬ずりをする。
「ん?」
「お友達に相談したら、やっぱり、本人に直接気持ちを伝えた方がいい、って言われて。
すごく恥ずかしかったけど、良かった」
ヴィトスの身体に回っている手に、ほんの少しだけ力が入る。
「それに、何か、ヴィトスの方から、その……、えっと、好き、って言ってもらっちゃったし」
「友達、って。アデルベルトか?」
自分の発言を改めて繰り返されると気恥ずかしくなり、その話題をごまかすように尋ねてみる。
「あ、うん。アデルベルトと、ラステルと、クリスタと。それから、メルさんでしょ、
コンラッドと、パメラ……」
「おいおい、君は知り合い全員に話しをしたのか?」
「ううん、ボーラーとマルティンは、お仕事いつも忙しそうだから話ししてないよ。
あと、ヘルミーナさんは、話しがややこしくなりそうだったから言ってない」
ふっ、とユーディーが不安そうな表情になる。
「いけなかったかな?」
「いや、別に、構わないけれど」
ユーディーと仲のいいほぼ全員が、彼女がヴィトスに想いを寄せている事を知っている。
(構わないけれど、参ったな)
そんなユーディーの工房で、ヴィトスが酒に酔った彼女と一晩を過ごした、などと知れたら、
どんなひやかしを受けるか分からない。
(実質的には、何もしていないんだけれどな)
「ユーディット?」
「ん? ……あっ」
もう一度、ユーディーにキスをしてから、
「今度また、ゆっくり君の部屋に泊まってもいいかな?」
優しい声で聞いてみる。ユーディーは驚いたように目をぱちぱちさせてから、こくん、と頷いた。
「その時は、僕は床に座って眠るつもりは無いからね」
暗に自分の思惑を示唆してみるが、
「うん……、でも、そうしたらヴィトスは椅子に座って寝るの? 身体が痛くなっちゃうよ」
ユーディーに邪気のない答えを返され、ヴィトスは困ったように小さく笑った。
なんで最初にアデルベルトが出ているかと言うと、ただ単に最近お気に入りだからです。
>あまりいじめすぎて、最初から泣かせてしまうのも可哀想だし
……後でいじめる気マンマン。