● 彼女のかけら(3/4) ●
ユーディーとのお別れの日。竜の砂時計からまばゆい光があふれ出て、その光に包まれながら
ユーディーの身体がだんだん透き通って、消えていく。ユーディーはさみしそうな顔をしながら、
それでも微笑みを浮かべて、私に『ありがとう』って、確かに言った。
……私を置いて、二度と私に会えない場所へ行ってしまったユーディーが、憎かった。
だからユーディーを嫌いになりたかった。ユーディーを嫌いになれれば、ユーディーが私を
置いていなくなってしまった寂しさを忘れられると思ったから。
だから証拠を集めた。ユーディーが私を大事に思っていないっていう証拠を、あの時のユーディーの
笑顔を忘れるくらいにたくさん。ユーディーが訪れた場所を回って、いろんな人にユーディーの話しを聞いて、
私の知らないユーディーを知りたかったのは、私と関わっていない所でも平気でユーディーは生きて
いけるんだ、って確かめたかったからなんだ。
私は、ユーディーの思い出のかけらを集めているつもりで、本当はユーディーとの思い出を
自分の手で壊していたんだ。手で握りつぶして、それが指の間からこぼれ落ちて、いつか
無くなってしまうのを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。
「ユーディーは、ずっと友達だって……離れても、ずっと友達だって、言ってくれた」
「うん」
「それなのに私、ユーディーを信じていなくて、ユーディーがいなくなったのが辛くて、寂しくて、
ユーディーの事を嫌いになろうとしてた。忘れようとしてた」
「君は、本当にユーディットの記憶を自分の中から消してしまいたいのかい?」
「いや。ユーディーを忘れるなんて、絶対にいや。だって私達、お友達なんだもの。200年
離れていたって、どんなに距離があったって、親友だもの!」
また、少し涙がこぼれた。でも、もう寂しいからじゃない。
「……どうもありがとうございます」
「え?」
「私、今日ヴィトスさんとお話ししなかったら、いろいろな事に気が付けなかったかもしれない。
本当にユーディーを嫌いになってたかもしれない。えーっと、上手く説明できないんだけど」
「うん、無理に言葉にする必要はないと思うよ。ああ、もうこんな時間か。あまり夜遅くに女性の
部屋にいるのもなんだし、僕はそろそろ退散するとしようか」
立ったままでカップを手に取り、もう冷たくなってしまったお茶を一口飲んでから背を向けて
部屋を出ていこうとするヴィトスさんに、
「ユーディーは、きっとヴィトスさんを、好きだったと思います」
私は思わず声をかけてしまった。
「ああ、そうだといいんだけどね」
寂しそうな声のヴィトスさんをどうしても放っておけない、そう思って私は、ヴィトスさんの
背中にしがみついた。
「どうしたんだい?」
「私、どうしてユーディーがヴィトスさんを置いて帰ってしまったのか、分からない」
「僕にも分からないよ。誰にも分からないんだ。だからもう、その話しはやめよう」
ヴィトスさんは私の手を逃れて、辛そうな顔で振り向いた。
「ヴィトスさん、私を、抱いてくれませんか」
「えっ? 突然、何を」
多分、私は今、真っ赤になっているんだと思う。頬がとても熱い。
「さっき、私はヴィトスさんに頭をなでてもらって、嬉しかった。ユーディーもヴィトスさんに
なでてもらって、きっと嬉しかったんだろうな、って思ったんです」
ヴィトスさんは、私が言っている事が理解できない、という顔をしてこっちを見ている。
「ユーディーはヴィトスさんに抱かれて、すごく嬉しかったと思う。だから、私もヴィトスさんに
抱いてもらえば、ユーディーがヴィトスさんをどう思っていたか、分かるかもしれない。
分からないかもしれないけど、ユーディーの気持ちを分かる為の手がかりになるかもしれない」
「そんな事をして、どうなるんだ」
ヴィトスさんは怒った顔になった。
「今更、彼女の気持ちが分かったからって、僕がどうこうできる事は何もない」
「ヴィトスさん、すごく寂しそうなんだもの。壊れてしまいそうなんだもの。そんなヴィトスさんを
見るのは嫌。私の親友のユーディーが好きな人には、辛い顔してて欲しくない」
私はヴィトスさんの頬に手を伸ばした。
「さっき、ヴィトスさんは私を慰めてくれたわ。私が、本当の意味でユーディーを失うのを止めて
くれた。だから、今度は私がヴィトスさんを慰める番だと思うの」
ヴィトスさんはしばらくそのままうつむいていた。
「僕は、僕は一体どうしたら……だって、好きな人の親友を抱く訳には」
がっくりと首を落とすヴィトスさんの背中に、届く限り手を伸ばして抱きしめた。
「私をユーディーだと思って下さい。ユーディットだと思って、愛して」
「ユーディット……」
私はヴィトスさんの頭を抱えるようにして私の方を向かせると、額にそっと口づけた。
二人で、並んでベッドに座る。部屋の灯りは小さいのを一つ残して後は全て落としてしまったから、
お互いの事もぼんやりと見えるだけ。ヴィトスさんの手が私の肩に回って、思わず、びくっ、と
緊張してしまった。私のその反応に驚いたらしく、ヴィトスさんの身体が一瞬離れる。
「平気です。ユーディーにしたように、私にもして下さい」
そう言って、思い切ってヴィトスさんの胸に頭を預けると、私の肩にヴィトスさんの大きな
温かい手が戻って来る。
こういう事は、いつか大好きな人と、私の王子様が現れた時にするかもしれない、と漠然と
思った事もあるけれど。ヴィトスさんは私の好きな人じゃないけど、私の大好きなユーディーが
好きだった人だから、いいよね。
ヴィトスさんの手が、肩から頭に、ゆっくりと移る。頭を優しくなでられる。私の王子様は
ユーディーだったのかな。ユーディーの王子様は、ヴィトスさんだったのかな?
頭をなでてくれている手の反対の手が、私の手をそっと握る。怖くないと言えば嘘になるけれど、
私は間違っていないと思う。思うけど、間違ってるかもしれない、でも、何もしないで後悔する
よりも、きっと何かした方がいいよね。
いろんな考えが頭の中をぐるぐる回っている。と、ヴィトスさんが私の身体を離して、ベッドから
立ち上がった。そのまま部屋の大きいランプの所まで歩いて行って、灯りを付け直す。
「あ、あの」
「ありがとう、僕はもう大丈夫だ」
私の方に振り向くと、ヴィトスさんはそう言って、にっこりと微笑んだ。
「え、あの、私」
ヴィトスさんの、こんな優しい笑顔って、初めて見た。ヴィトスさんは私の方まで戻ると
私の手を取ってベッドから立ち上がらせてくれた。そして、私の手の甲に軽いキスをした。
「君は、君自身の力でユーディーがいなくなった事実から立ち直った。だから僕も、自分で
しっかりしなくちゃな」
「でも、私は、ヴィトスさんの助言があったから」
「助言は助言さ。それを言うなら僕も君に助けてもらった」
ヴィトスさんは私の手を放してから、
「それに、ユーディットが帰って来た時に、彼女の親友である君に手を出した、なんて言ったら、
僕は彼女に対しても、君に対しても申し訳が立たない」
少し首をかしげて、いたずらっぽく笑った。
「あ……」
「あれだけ錬金術の腕があるユーディットの事だ、また時空を越えるアイテムなんか、すぐ
簡単に作ってしまうかもしれないからね」
「そ、そうですね。また調合に失敗して、こっちの世界に飛ばされて来ちゃう、なんて事も
あるかもしれないし」
私がそう言うと、
「確かにそうだ。失敗とか、爆発させるのとかは得意中の得意だからな」
ヴィトスさんはおかしそうに笑い出した。それに釣られて、私も笑い出してしまう。笑いすぎて
少し、涙がこぼれた。
笑いが収まると、
「では、僕はこれで退散するよ。えーっと、明日は?」
「お昼頃から、街はずれの方へ行ってみようと思います。その後、メッテルブルグへ帰ろうかと」
「ああ、じゃあその頃にまた部屋を訪ねるよ。じゃあ」
明日の約束をして、ヴィトスさんは部屋を出ていった。
一人になった部屋で、私は部屋の灯りを消して、眠りについた。ユーディーの使っていたベッドに
横になる前に、ヴィトスさんが安心して眠れますように、と小さくお祈りをしてから。