● 少し遅れた誕生日(2/2) ●

叱られたと思って驚いて、ばくばくしてしまった心臓がまだ収まらない。すぐに自分を
おもちゃにするヴィトスにも腹が立ったが、今は彼を責める時ではない。
「あの、あのね。……お誕生日」
「うん? ああ、今日は君の誕生日だったっけ」
「違うわよ、そうじゃなくて」
言葉を切り、意識して大きく息を吸い、吐く。
「お誕生日おめでとう、でした」
今更『おめでとうございます』もおかしいと思ったが、だからと言って『でした』を
付けるのも変だけれども仕方がない。

「誕生日って誰の。それにおめでとうならその人本人に言った方がいいな」
「本人って、ヴィトスのよ。おめでとう」
「今日は僕の誕生日じゃないよ」
「そうじゃなくて、本当はこないだ言わなくちゃいけなかったんだけど、うっかりしてた
 と言うか言いそびれたというか、その」
ヴィトスは大きなため息を吐いた。
「そうか。……まあ、僕の誕生日なんか忘れられていても仕方がない。所詮僕は口うるさい
 高利貸し、都合のいい時にだけ声をかける便利な護衛でしかないんだよな」
肩を落として悲しそうな顔をする。

「ち、違うわよ、そんな風に思ってないって」
「今更フォローしなくてもいいよ。君にとって僕はその程度の価値しかないって訳だ」
「違うってば! 確かに口はうるさいけど、都合のいい時……、ってそんなんじゃないし、
 あたし、ヴィトスがいてくれなきゃ困る事だっていっぱいあるし。あ、でもそれは
 便利だからとかそういうんじゃなくて、あの」
ヴィトスはユーディーに背を向け、うなだれてしまった。
「ねえヴィトス、ごめんなさい。ヴィトスはあたしにとって大事な人なのよ、来年からは
 絶対お誕生日忘れないようにするから。ねっ」
そんなヴィトスのマントを握り、ぐいぐいと引っ張る。

「いや、ユーディット、僕の事はもう気にしないでくれ」
「気にしないって、そんなのできる訳ないじゃない。だってあたし、ヴィトスが」
口元に手を押し当てているヴィトスの正面に回り込む。自分の真剣な思いを見てもらおうと
彼の瞳をのぞき込もうとした途端、
「あっはっは……、ユーディット、本当に面白いね、君は」
吹き出したヴィトスにあっけにとられてしまう。
「え」
「ごめんごめん、君がどうでもいい事で真面目になってたから、ついついからかってしまった」
笑いすぎて涙まで浮かべ、目元を拭う。

「しかし二度も続けて僕のからかいに付き合ってくれるなんて、君は本当にノリがいいね」
「か、からかったですって? それに、どうでもいいってそんな」
顔を真っ赤にして怒り出すユーディーの頭をヴィトスは軽く叩いた。
「別に僕の誕生日なんてどうでもいいよ。まあ、遅くなったとは言え君が覚えていてくれたのは
 嬉しかったけれどね。それよりも」
「それよりも?」
さんざんからかわれて焦っていいやら怒っていいやら、色々な感情がごちゃごちゃに
なっているユーディーにヴィトスは嬉しそうに微笑んだ。
「君にとって僕は大事な人、ねえ。君にそんな高い評価を受けているとは知らなかったな」

「あ」
先ほど確かに口走った言葉を繰り返され、更に頬が赤くなる。
「あー、あっ! あの、それは」
ばたばたと手を振るが、
「まさか今更発言を取り消すとは言わないよねえ?」
そう言われて口を閉じてしまう。
「うう、まあ実際にヴィトスいないと困るし、間違いじゃないけど」
それからもごもごと口の中でつぶやく。『大事な人』なんて言い方をしたら、まるで深い
意味があるように思えてしまう。

「でも、ええと、とにかくお誕生日を忘れててごめんね。いつも護衛してくれてありがとう」
「大事な人、が抜けてるよ。言い直し」
ヴィトスは楽しそうに笑っている。
「えー、あー、うー。だ、大事な、人……、のヴィトスのお誕生日を忘れてごめんなさい。
 来年からは絶対に忘れないから許して下さい」
恥ずかしさのあまり涙目になっているユーディーの頭をヴィトスはそっとなでた。
「仕方ない、そこまで言うなら特別に許してあげるとするか。しかし本当に面白いな、君は」
「ううう。でもヴィトスだって、せっかくのお誕生日なら何もあたしの採取に付き合う事
 無いのに。断ってくれても良かったのに」

「断るって、別に断る理由も無いし」
「だってお誕生日よ、特別な日じゃない。特別のんびり過ごしたりとか、特別一緒にいたい
 人と過ごしたりとか、そういうのしなくて良かったの?」
「いや、別に」
腕を組み、しばらく考える。
「まあ、僕の事を大事だって言ってくれる人と過ごせたから、それはそれで良しとするかな」
「えっ! あ、あのそれは、だからっ」
またヴィトスが笑っているのを見てからかわれているのに気付く。
「もうっ、こんなに遊ばれるんならお誕生日のお祝いなんか言うんじゃなかったわ」

「僕としてはこれだけ楽しませてくれるなら誕生日も悪くないって思うけれどね」
「そう? ヴィトスが楽しんでくれたんならお祝いを言ったかいがあったわ」
強がりを言ってみるが頬の熱は全然引いていないようだった。
 来年も忘れそうな予感。
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