● 面倒な恋人(1/1) ●

※今までのあらすじ
 意を決して大好きなヴィトスに告白したユーディーでしたが、ヴィトスからは
 「付き合ってあげなくもない」とテキトーな返事をされてしょんぼりでした。
 (この話しは「34.いつもと同じ(1)」の続きですが、前の話しは読まなくても別に平気です)

「ねえ、ヴィトス〜」
ヴィトスはユーディーの部屋の椅子に腰かけ、本を読んでいた。
「ヴィトス、ヴィトスってばあ」
斜め後ろに立っているユーディーは甘えた声で何度も恋人の名前を呼んでいるが、
全く返事がない。
「ねえねえ、聞こえてないの? ねえってばあ」
ヴィトスの袖をつかみ、ぐいぐいと引っ張ると、
「うるさいぞ、いい加減にしろ」
冷たい声で腕を払われた。

「だってヴィトス返事してくれないんだもん」
瞳に涙をうるませ、悲しそうな顔をしているユーディーを一瞥するがヴィトスは表情を変えない。
「僕は本を読んでいるんだよ。見れば分かるだろう」
「本を読んでいるのは分かるけど、せっかくあたしのお部屋に遊びに来てるのに、あたしと
 全然おしゃべりしてくれないじゃない」
片手でうるさそうに前髪を払うと、ヴィトスは本に目を落とした。
「別に遊びに来た訳じゃないよ。君が来てくれってしつこく言うからここにいるだけだ。
 僕は今日中にこの本を読んでしまいたいんだ、邪魔をしないでくれるかな」
「うーっ」

「あまりうるさくするんだったら僕は帰るよ」
読んでいる場所に栞を挟み、不機嫌そうに本を閉じる。
「あ、あっ、それはダメ。お願い、もっと一緒にいてよ」
普段とても忙しくしているヴィトスの貴重な自由時間。今日を逃せば今度はいつ二人きりで
過ごせるか分からない。
「だったら大人しくしているんだ。分かったね」
仕方なしにこくんと頷くと、ヴィトスは本を開いて続きを読み始めた。
(でも、こんなのじゃ二人でいても意味無いよ)
ヴィトスに聞こえて、また「帰る」と言われると困るので、ユーディーは口の中でつぶやいた。

(あたしはヴィトスの事が大好きだし、そもそもヴィトスってあたしの恋人なのにどうして
 いつもこんなに冷たいんだろう)
そこではたと考える。
(恋人……、の筈よね)
ヴィトスが好きで好きでたまらなかったユーディーは、ありったけの勇気を振り絞って
告白をした。その時の返事は『付き合わないとは言ってない』と何とも曖昧な物だった。
(ただ、ヴィトスには一度もあたしの事『好きだ』って言ってもらってない……、けど)
恋人っぽい事、と称して甘いキスをしてもらったのだ。その時のどきどきした気持ちを
思い出し、ユーディーは恥ずかしそうにそっと指の先で口元を押さえた。

(きっとヴィトスもあたしの事、ちゃんと好きなのよ。多分、ううん、絶対)
そうやって、何度も何度も自分に言い聞かせている。言い聞かせる度に胸の奥にちくりと
走る痛みには今回も気付かないふりをした。
(ただちょっとヴィトスは感情を表現するのがおっくうなだけで。言葉が無くてもあたしが
 ヴィトスの気持ちをちゃあんと分かってるって知ってるんだわ)
自分でも都合の良い考え方だとは思っていたが、そんな風な考え方をしていないと気持ちが
萎えてどんどん落ち込んでいってしまう。
(それに、もともと好きだって言ったのはあたしの方からなんだから、あたしがあんまり
 わがまま言っちゃいけないもの)

二人でいる時くらいおしゃべりをしたい、そんな望みさえわがままなのだろうか。
(……いけないいけない、考え込むと暗い方向に気持ちが傾いちゃうよ)
これ以上余計な事を考えなくても済むように、ユーディーは錬金術の本を数冊取って来ると
邪魔にならないようにヴィトスの斜め後ろ、それでもできるだけ彼の近くの床にぺったりと
座り込んでその本を読み始めた。
(んー)
しかし、ごちゃごちゃした頭では本の内容がさっぱり頭に入って行かない。
(こんなに近くにいるのに)
ちらりとヴィトスの顔を見上げる。

(なんか、つまんないな)
こんな思いをするくらいだったら告白なんかしなければ良かったかも知れない。そうすれば
彼のそばにいるのに心の中がむなしさで一杯になる事もなかったろう。
(でも)
思い切って告白したから、借金の取り立てが終わった後もこうやってヴィトスが自分の
部屋に来てくれるのだ。
(ヴィトスがここにいるだけで幸せなんだよね。でも)
近くにいるからこそ余計に、気持ちが離れているのが如実に感じられてしまう。ユーディーは
またヴィトスの顔に目をやった。

(ヴィトス、かっこいいな)
本に集中している真剣な顔。
(あのくちびるで、あたしにキスしてくれたんだよね)
やわらかな、あたたかい感触。
(だから、ヴィトスはあたしを好きな筈だもん)
じわじわと目頭が熱くなっていく。
(あたしはヴィトスの恋人だもん……)
こらえきれず、ユーディーの瞳から涙がこぼれた。
「……うっく」

声を出してまたヴィトスの邪魔をしてはいけない、そう思ったユーディーは床に本を置くと
口にぎゅっと拳を押し当てた。
「……」
小さく震える肩を止められない。それでも背中を丸め嗚咽を噛み殺す。
「全く」
すっかりあきれてしまったようなヴィトスの声が聞こえて、ユーディーはびくんと
身体をすくめた。
「泣けば僕の気を惹けるとでも思っているのか?」
「ちが……」

喉が涙で詰まって言葉にならない。それでもユーディーは言葉を続けようとした。
「う、うるさくして、ごめ……、ね。すぐに、すぐに黙る、から」
どうやったら涙を止められるか分からなかったが、ユーディーは固く固く目をつぶって
息を詰めた。
「う、ぐ」
泣いている為に乱れた呼吸が余計に苦しくなる。
「さっきから一人で何をやってるんだ、君は」
ヴィトスは本を閉じ、椅子から立ち上がった。その気配を感じたユーディーは驚いて
目を開けてしまう。

「帰っちゃうの?」
言葉を発した瞬間、こらえきれずに新しい涙が溢れてくる。
「君が帰れと言うんならね」
「やだ。帰っちゃ、やだ」
本を片手に持ったヴィトスは少しかがんでユーディーの頭に反対の手を乗せる。
「ここは落ち着かない。場所を変える」
「帰っちゃ、やだ、よう……」
「帰らないよ。だからもう泣くんじゃない」
ヴィトスの指がやわらかい銀紫色の髪を軽くひっかいた。

「ほんと?」
「ああ。……それにしても何で君は床に座っているんだ」
「だって、ヴィトスのそばに、いたかっ……」
ひくっ、ひくっと泣いているユーディーの髪から耳、肩へとヴィトスの手が下りていく。
「変な子だな、君は」
「変じゃないもん。好きな人のそばに、いたいだけだもん」
「変だよ。そもそも、僕なんかを好きになるって時点で相当変わっている」
ヴィトスはユーディーの腕をそっとつかむと、上向きに軽く引っ張った。立ち上がれと
促している仕草だと理解したユーディーはよろよろしながらそれに従った。

「僕じゃなくても、もっとまともな男は沢山いるだろうに」
ユーディーの心の一部は、その意見に拍手喝采で大賛成だった。
「あたしはヴィトスが好きなんだもん。ヴィトス以外の人なんか考えられないよ」
しかし、残りの大部分はヴィトスを想う気持ちで満たされていた。
「僕を好きになんかなるから、こうやって泣かされるような羽目になるんだぞ」
ヴィトスの手が今度はユーディーの背中に回り、彼女の身体を抱きしめる。
「あ、っ」
くらくらと目眩がするくらいの幸福感がこみ上げ、ユーディーの涙が止まった。
「……いいの」

ユーディーもヴィトスの腰に腕を回し、彼の胸にまだ濡れている頬を押し付ける。
「それでもいい。ヴィトスの恋人でいられるなら」
それから不安そうにちらりとヴィトスを見る。
「恋人、だよね?」
「今更何を言っているんだ。そもそも君の方から僕と付き合いたい、恋人になりたいって
 話しを持ちかけて来たんだろう。それとも君の気が変わったのか?」
「気が変わってなんかいないよ、あたしはずっとヴィトスの恋人でいたい。そう思って
 いるけど、でもヴィトスは」
ヴィトスにとって自分などどうでもいい存在なのではないか。

「ヴィトスは……」
好きだから、相手も自分を好きになって欲しい。好きだから、相手が自分を好きになって
くれなくても構わない。どちらが正しいのか、ユーディーには分からなかった。
「やれやれ、面倒くさいな」
ふう、とヴィトスがため息を吐くとユーディーの身体が強ばった。
「ごめんなさい、わがままばかり言って」
「ああ、全くだね」
ユーディーを抱いていたヴィトスの腕が離れていく。
「あ、か、帰っちゃやだ」

「帰らないよ。こっちにおいで」
身体にしがみついているユーディーの手をほどかせるとヴィトスはその手をそっと握り、
ベッドの方へと歩いていく。いったんユーディーの手を離したヴィトスはベッドの縁に
座り、自分の傍らのマットをぽんぽんと叩いた。
「えっ?」
「膝枕してあげるよ。おいで」
「膝枕、って」
「嫌なら別にいいけれど」
「嫌じゃないよ」

何故突然膝枕などと言い出したのか分からないが、ユーディーはすぐにブーツを脱ぐと
座っているヴィトスの隣りに横になった。
「頭、こっち」
「ん」
身体の位置をずらし、ヴィトスのふとももの上に頭を乗せる。先ほど抱きしめられていた
時とはまた違った嬉しさと気恥ずかしさで、ユーディーの頬が熱くなっていく。
「こうすれば僕のそばにいられるからいいだろう? 何も床に座る事はない」
「うん」
顔の向きを変えて足に頬を擦り付けると、まるで猫でも可愛がるように頭を撫でてくれた。

「差し当たっての所、これで不満は無いかな」
「うん……」
本当はいろいろ言いたい事もあるし、聞きたい事もある。それでもやっぱりヴィトスの
そばにいられれば幸せだとユーディーは思った。
「だったら僕は本の続きを読ませてもらうよ。やれやれ、ユーディットのおもりも楽じゃ
 ないな。本当に面倒くさい」
言葉の内容に反して口調は穏やかだった。それでも謝ろうとした寸前、
「まあ、面倒くさいがそれなりに悪くはないが、ね」
そんな優しい声が聞こえたのでユーディーはくちびるを閉じた。
 ツンデレと言うより、ツンツンデレと言う感じ?
 今度はツンツンツンなヴィトスに泣かされる、デレデレユーディーさんを書きたい。
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