● 深く結びつく想い(3/3) ●

!百合注意! 女の子同士のキスシーンがあります。苦手、嫌いな人は読まないで下さい。
「だったらもう一度言う。お願い、帰らないで。私、ユーディーの言う事何でも聞くから」
ラステルの身体が、小さく震えている。
「で、でも」
「ユーディーの事を恋人みたいに好きになるから。ユーディーのキスも受け入れるし、
 まだできないけど、私の方からちゃんとしたキスもできるようになるから。だから……」
涙混じりの言葉が、かたかたと震えている。
「ユーディーは、私の一番大切な人なの。ユーディーを失うなんて嫌よ。お願い、
 どこにも行かないで。私のそばにいて」
この間とほぼ同じ状況とラステルの言葉に、目眩がするようだった。
もう一度、あの時間をやり直せるなら。ラステルと自分が傷付かずに済むのなら……。
一瞬そんな風に思ったけれど、やっぱりそれは良くない事だって考え直した。だって
あの時があったから、今があるんだもの。

「ラステル、ごめんね」
あたしはラステルの頭を撫でる。今度は、あたしの手は拒まれなかった。
「ごめんね、ラステル。……ありがとう」
あたしがどんな風にラステルを好きになっても、ラステルはそれを受け止めてくれるんだ。
ラステルはあたしの全てを認めてくれるんだ、それが、分かった。
「ありがとう」
分かったら、何だか肩の力が抜けていく。あたしの身体、無理に緊張していたみたいだ。
「ユーディー、あのね」
ラステルが恥ずかしそうにあたしの目を見る。

「ん?」
「あのね、ユーディーがしたかったら、いいわ」
「えっ?」
「あの、キス……、しても、いい」
頬を真っ赤にして、ラステルはくちびるを噛む。それからすぐに思い直したように、
軽く細く、くちびるを開いた。
「えっ。あ、うん」
少し顔を上げて、ラステルは目を閉じる。
「……」
顔を近付けたけれど。ラステルのくちびるに触れる前に、すっと心が軽くなって。

「……ああ」
何となく、分かった気がする。あたしが欲しかったのは、くちびるをくっつけ合うとか
そういうのじゃなくて。
「ううん、大丈夫。ラステル、ありがとう」
ラステルの肩に手を回して、彼女の細い身体をぎゅっと抱きしめる。あたしの気持ちが
ラステルに伝わって、ラステルの気持ちがあたしに伝わって。それが分かったら、もう
それ以外は何もなくてもいいのかもしれない、何もいらないって、そんな風に思えたから。
「えっ、いいの?」
「うん。何だかもう、キスとかしなくても平気みたい」
あたしとラステルの想いは、深い場所で結びついている。それが分かって、実感できたから。

「そう、なんだ」
少しだけ拍子抜けしたみたいに、ラステルはつぶやいた。
「ラステル?」
「ううん、何だかすごく覚悟して来たから、何だか」
恥ずかしそうに、戸惑ってる。
「あ、じゃあ、あたしのほっぺとラステルのほっぺ、くっつけてもいい?」
「え、ええ、どうぞ」
「うん、じゃ」
お互い照れながら抱きしめ合って、頬を寄せる。涙で濡れて、真っ赤になった頬同士を
ぴったりとくっつける。

「何か、安心する」
「ええ。私やっぱり、ユーディーが好きだわ」
ラステルが先にそう言ってくれたから、あたしも正直に口に出せる。
「うん、あたしもラステルが大好き」
あたしがそう言えるように、ラステルは先に好きって言ってくれたのかなって、思った。

「あのねラステル、それで」
何だかポストさんと話しをしたのが何日も前のように思える。
「竜の砂時計……、使えるみたい。あたし、帰れるんだ、自分の世界に」
自分のもといた世界が、ものすごく遠く思える。遠いどころか、現実感がない。
「知ってる」
「えっ?」
何でラステルが。それはまだ誰にも教えてない筈なのに。
「ユーディー、ポストさんとお話ししてたんですって? 丁度ヴィトスさんが図書館に
 いたらしくて。ユーディーとポストさんが神妙な話しをしてたみたいだからって、
 ユーディーが帰った後、ポストさんにお話し聞いたみたいなの」
またヴィトスか。ポストさんも口が軽いよー。

「まさか、ユーディーは私に内緒で自分の世界に帰るつもりだったんじゃないでしょうね?」
「えっ? いやー、それは」
顔をのぞき込まれたら、ごまかしようがなかった。
「……ごめんなさい」
「ひどい、ユーディー」
ラステルは少し頬をふくらませている。
「もしあの場にヴィトスさんがいなくて、ヴィトスさんが気を利かせてくれなかったら、
 私は砂時計の事もユーディーの事も知らないままだったかもしれないんだよ?」
「う、うん」
「そんなの酷いよ。酷いと思わない?」
「うん、酷い……けど」

こんなにはっきり物を言うラステルを見るのも初めてかもしれない。でも、ラステルは
またぎゅっとあたしを抱きしめてくれた。
「でも、言えなかったんだよね。何となく分かるよ。だって、私もユーディーとどんな風に
 お話しすればいいか分からなかったから」
一呼吸おいて、ラステルは続ける。
「この間、メッテルブルグで。ユーディー、私の顔見て逃げたよね」
「あっ」
気付かれてたんだ。
「私、ユーディーに完全に嫌われたんだと思ったの。仕方ないわよね、あの時ユーディーの
 気持ちを拒否したのは私だから」

「違うよ、それは」
左右にゆっくりと首を振る。
「あたしこそ、ラステルに嫌われたから、顔を見せない方がいいと思って」
「そんな事、無いよ。絶対に無い。ユーディーを嫌いになんかならないから」
そう言ってくれるラステルの気持ちが嬉しかった。
「でもね、その時気付いたの。大好きな人に『嫌い』って思われたら、言われたら、
 どれだけ悲しい気持ちになるか」
ラステルは指の先であたしの頬を撫でてくれた。
「私がユーディーに酷い事言った時、ユーディーがどれだけ悲しい思いをしたか、
 その時になって、初めて分かったの」
頬から、目元。そして前髪をくすぐられる。

「ユーディーに謝らなくちゃって思って、でもいつ言えばいいかとか、どんな風に話しを
 切り出せばいいか、ずっと考えてて」
あたしの髪の一束にくるくると指を絡ませ、それからほどく。
「今日ヴィトスさんに砂時計の話しを聞いて。もし今言わなかったら、私が伝えたい事を
 話す前にもしもユーディーが帰ってしまったら、後悔してもしきれないって思ったの」
それからラステルは、さっきしたみたいにほっぺをくっつけてくれた。
「でも、普通に声をかけたらユーディーは逃げてしまうかもしれないって思ったから、
 ヴィトスさんにお願いして待ち伏せみたいにしたの。ごめんなさい」
「ううん、それはいいの。でも」
さっきから、不思議に思う事。

「何でヴィトスなの? ラステルに砂時計の話ししたりとか、手伝ってくれたりとか」
優しい微笑みを浮かべるラステル。
「ヴィトスさん、心配していたみたいなの」
「えっ?」
「ユーディーがずっと元気がないからどうしたのかって、何度も聞かれたわ。さすがに
 ……話す訳にはいかないから、少し深刻なケンカをしたって言っておいたんだけど」
「ああ、うん。ヴィトスって気まぐれなのかなあ、変なの」
あんまり関わらない方がいいのかなあ。また何か企まれてると嫌だし。
「でも、ヴィトスさんのおかげもあるのよ、こうやってまたユーディーとお話しできる
 ようになったの」

「そっか、そうだね。じゃ、少しだけ感謝してあげてもいいかもね」
ふん、と偉そうな顔をしたら、ラステルはくすくす笑った。
「それで、ね、ユーディー」
ふいにラステルの声がかげる。
「やっぱり、……帰ってしまうの?」
「ん、それなんだけど」
正直、今は迷っている。どうするべきなのか。
「もう少し、考える。だって、あたしには」
あたしがこの世界に来て、ラステルに会って友達になったのは偶然だったかもしれない。
でも、私とラステルがお互いにこうしたくて、自分たちの意志で相手を抱きしめているのは、
絶対に偶然生まれた感情なんかじゃない。

でも、まだそれは漠然としているから。もっとしっかり現実を、ラステルの事を正面から
見据えられるまで。
「ごめん、上手く言えないけど」
「うん。大丈夫よ、急がないで」
うふふ、と可愛らしくラステルが笑う。ラステルの笑顔、笑い声。これからもそれを
一番側で見て、聞けるんだなって思って、本当に嬉しかった。
 いつも ラステル→ユーディー なので、たまには ユーディー→ラステル でも。
 妙にヴィトスがいい人。
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