● 放っておいてもらう方法(2/2) ●

「……」
突然何をされたか理解できず、ユーディーが息を詰まらせる。ヴィトスの手に抱き寄せられ、
包みこまれたユーディーの胸の奥から、じわじわと切ない想いがこみ上げて来る。
「……うん、やっぱり無理だったな」
しばらく、時間が経ってから。ヴィトスはぽつりと口に出した。
「な、えっ?」
「背負うのは無理だから、抱き上げてみようと思ったんだ。でも持ち上がらなかった。
 これはヒヨワと判断されても仕方ないな」
持ち上げようとする仕草など一瞬たりともしなかったヴィトスがようやくユーディーを
解放した。それからわざとらしい仕草でほこりを払うように服をはたく真似をする。

「なっ、な……、ヴィトスの根性無し! だっ、ダメねえ、こんなんじゃ」
気恥ずかしさをごまかすように悪口を言うが、かああっと頬が熱くなっていく。
「酷い言われようだね。別に女の子一人持ち上げられないからって、死ぬ訳じゃない」
くすくすと笑うヴィトスはとっても楽しそうだった。
「ダメよ。お姫様抱っこくらいできないと、結婚式の時困るでしょ」
何で『結婚式』などと言うイメージが頭の中に浮かんだのか、ユーディーは口に出して
しまってから自分でも不思議に思う。その後すぐ、教会の前でウェディングドレスを着て
色鮮やかなブーケを持っている自分がタキシード姿のヴィトスと腕を組んでいる場面を
想像してしまい、更に頬が熱くなる。

「きゃーきゃー」
両手を顔に当て、熱を振り払うように左右に首を振る。
「……一人で何を興奮しているんだい、君は」
「興奮なんかしてないよっ」
瞳はほんのりと涙でうるみ、息が上がっている。
「変な子だね。まあいい、それじゃちょっと練習させてもらうかな」
「練習? 何を」
ふいにヴィトスがかがみ込み、ユーディーの肩とひざの裏辺りに手が当てられた。
「えっ」
肩を後ろに引っ張られ、ぐらりと身体が傾いたと思った次の瞬間、ユーディーは
ヴィトスに横向きに抱き上げられていた。

「……」
バランスを崩しそうになり、慌ててヴィトスの首に腕を絡ませる。
「ふむ。意外に軽いものだ」
熱い固まりが喉に詰まったようになってしまったユーディーは、何も言う事ができない。
転がり落ちてしまうかもしれないので、手も離せない。と言うか、緊張で手がこわばり、
動きそうにない。
「これでいいんだろう? ユーディット」
吐息を感じる程の至近距離でヴィトスがにっこりと笑う。
「あ、うん」
ようやくそれだけ口に出すと、ヴィトスが更に顔を近付けて来た。

「僕は軟弱でもヒヨワでもないよね」
「うん、そうかもしれない、……わね」
かぼそく頼りない声が震えてしまう。
「これで、モテるかな?」
こみ上げて来る意地の悪い笑いがヴィトスの口の端からこぼれているが、それに気付く
余裕は今のユーディーには無い。
「知らないわよ、そんなの」
「……結婚式の時も、これで困らないね」
「だから知らないってば。第一、ヴィトスがあたしよりも体格の良いお嫁さんもらうかも
 しれないじゃない」
ヴィトスの隣りに自分以外の女の子が寄り添っているのを思い浮かべ、ちょっぴり寂しい
気持ちになってしまう。

「さて、どうだろう」
ヴィトスは何だかとても楽しそうだった。
「まあ、ヴィトスのお嫁さんになるような物好きな子もいないと思うけどね〜」
拗ねたような口調になってしまい、自分でも驚く。
「君、知らないのかい? これでも僕はけっこうモテるんだよ」
「えっ、嘘」
驚き、ヴィトスの顔を見つめ直す。
「そうなの? 嘘だあ、ヴィトスみたいな意地悪な人、誰も好きになる訳ないよ」
声が震え、鼓動が早くなっていく。背中が嫌な感じでちりちりとざわめく。

「まあ、君がそう思ってるならそれでもいいけれどね」
ヴィトスがゆっくりとユーディーの身体を下ろす。しかし、地面に足が着いて自分で
立てるようになっても、ユーディーはヴィトスの首に腕を回したままでいた。
「どうしたんだい、ユーディット?」
「ん、別に」
胸の奥に、もやもやとした暗い感情がうごめいている。何だか悲しくなってしまった
ユーディーはヴィトスの首に頬を擦り付ける。
「そっか、ヴィトスってモテるんだ。あたしには分からない魅力でもあるのかしら」
明るさを装った声が震え、目に涙が滲んできて顔を上げられない。

「どうだろうね。……ところでユーディット、今日はどうする? このまま奥まで進むか、
 それとも帰ろうか」
「んー、どうしようか」
何となく採取をする気分ではなくなってしまった。だからと言って街に帰ってヴィトスと
さよならするのも、嫌だ。
「うーん、あたしやっぱり具合悪いのかなあ、もう少し休みたい」
このまま、ヴィトスと触れ合っていたい。
「ねえ、ダメかなあ」
本当に体調が悪そうに聞こえるかな、と思いつつ弱々しい声を作る。

「君がそう言うならいいけど。ただ、一応護衛は護衛だから賃金はきちんと頂くけれどね」
「うん、もう、しっかりしてるなあ」
それでもユーディーが腕を離し、先ほどの草の上に座るとヴィトスも横に腰を下ろす。
「寒気とかしないか?」
「うん。……あっ、少し肌寒いかも」
「そうか」
多分、ユーディーがぐずぐずしたい気持ち、軽い体調不良を装ってヴィトスに甘えていたい
気持ちは見抜かれているのだろう。それを知ってなお、ヴィトスはとぼけてユーディーの
肩に腕を回す。

「これで寒くないかな」
「うん」
「まだ寒かったら、もう少し僕の方へ寄ってもいいよ」
「……うん」
ユーディーはかぶっていた帽子を取ると、ゆっくりとヴィトスの方へと頭を傾けた。

◆◇◆◇◆

「あたしは無視しようと頑張ったんだけど、ヴィトスがあれこれ話しかけて来てね〜」
ユーディーは今日も手作りのお菓子をほおばりながら、自分に都合の良いようにあちこち
改変した話しをラステルに聞かせている。
「ふうん、大変だったわね」
「採取の途中で疲れて、ちょっと休んだらそのままになっちゃって、結局欲しい材料も
 あまり集められなかったし」
あの後、あまり会話もないまま。日が暮れるまで二人は他に誰もいない静かな場所に
座り込んでいた。お互いのかすかな身じろぎ、風に揺れる髪さえもが気になって、
それなのに何事もなく、結局二人は街に帰った。

「そうすると、次はまた新しい作戦を立てなくちゃいけないわね」
「そうそう、そうなのよ。ねえ、どんな風にすればヴィトスはあたしを放っておいて
 くれるかな。あっ……、そうだ、それと」
さりげなさを装っているが、いかにも白々しい口調。
「何だかさ、ヴィトスってモテるんだって? あたしはそんな筈無いと思うし、別に
 興味はないんだけど、どうかな〜って思って」
ちらちらとラステルの方を伺い、それから不自然に目をそらす。
「そうなの?」
「ううん、よく知らないし、そもそもヴィトスが自分で言ってたから信用できないけど」

モテるだの、モテないだのと恋愛を意識した話しをするようになったのか、そう思って
ラステルは少しだけ嬉しくなってしまった。
「あっ、そう言えば私、中央広場……、黒猫亭の脇でヴィトスさんがきれいな女の人と
 おしゃべりしてるの見た事があるわ」
「えええっ!?」
途端に顔を赤くして焦り出すユーディー。
「ええ、すごい楽しそうで。女の人もにこにこ笑ってたけど」
いつも黒猫亭のカウンターにいるお姉さんと仕事の話しをしていただけのようだったが、
その部分は内緒にしておく。真実を隠すのは嘘ではないし。

「へ、へええ〜、そうなんだ。ヴィトスも隅に置けないなあ」
落ち着きなく視線が漂うユーディーは、何だか泣き出してしまいそうな顔になる。
「あっ、ところでユーディー、私考えたんだけど」
「何?」
「この間はヴィトスさんに放っておいてもらう方法を考えたんだけど、今度は構って
 もらう方法を考えたらいいと思うの」
「え、何で?」
「ユーディーのどんな所をヴィトスさんが気にするのか、ユーディーが何を言ったり
 したりするとヴィトスさんの興味を引くのか。それが分かれば安心じゃない?」
意味が分からなかったのか、ユーディーは首をかしげる。

「だからね、ユーディーが何をすればヴィトスさんが反応するか分かれば、つまり
 それをしなければヴィトスさんはユーディーには構わないって事でしょ」
「うーん、そうか。そうかなー」
まだ納得しない顔をしている。
「それで、とりあえず実験するのよ。今度ユーディーがヴィトスさんと会う時に、
 思い切りヴィトスさんの気を引く事をして調べるの」
「そ、そんな事したら、またヴィトスにいじめられるよ」
そう言いつつも、ヴィトスの気を引く、という部分には感心がある様子を隠せなかった。

「今度の一回……、もしかしたら数回になるかもしれないけれど、それは仕方ないわ。
 だってユーディー、ヴィトスさんに構わないでもらいたいんでしょう?」
「うっ、うん」
うん、なのか、ううん、なのか、はっきりしない返事。
「それとも、モテるヴィトスさんを誰か他の女の人とくっつけちゃった方がいいのかしら」
「ダメ、それはダメーっ!」
間髪入れずに答えてしまい、
「だってそれは、うん、あんな意地悪なヴィトスじゃ相手の人が可哀想だし、ヴィトスって
 お仕事しか考えてないし、あんまりそう言うの好きじゃないと思うよ」
後から下手な言い訳を続ける。

そのお仕事大好きなヴィトスがどれだけユーディーの為に時間を割いているか、本人は
気付いているのだろうか、とラステルはちらりと思う。
「じゃあ、やっぱりヴィトスさんの反応を調べる実験にしましょう。ユーディー、頑張ってね」
「うん、そうだね……」
何となく頷いてしまうユーディーに微笑みかけながら、ラステルは次こそヴィトスが
ユーディーに告白したくなるような、そんな方法を考えていた。
 照れ屋さんのユーディー、お節介焼きのラステル、マイペースなヴィトス(?)
 (ヴィトスに『マイペース』と言う言葉は似合わないな。自分勝手な価値観で生きてるイメージはあるけど)
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