● からかわれて、戸惑って(同人誌より再録)(3/3) ●
「ユーディット」
「あたしはヴィトスのおもちゃじゃないわ。な、なんで……なんであたしの事いじめるのよ。
嫌い、ヴィトスなんか、嫌い……」
地面を見つめているユーディーの目から頬へと涙が伝い落ち、こぼれた雫が地面に生えている
濃い緑色の細い草を濡らしていく。
「ユーディット」
再び名前を呼ばれるが、ユーディーは返事をしない。
「言わなきゃ、分からないかねえ」
ふう、とため息混じりのヴィトスが丸まっているユーディーの肩に手を置く。身をよじって
その手から逃げようとしたユーディーの細い身体が、ふいにヴィトスに抱きしめられる。
「好きな女の子の事は、いじめたくなるものなんだよ」
聞き逃してしまうほどの、ほんの小さな低い声が耳元でささやいた。
「えっ?」
「ほら、いつまでもこんな場所で座ってないで。暗くなる前に道に戻ろう」
驚いているユーディーから身を離し、さっさと立ち上がる。
「ヴィトス、今、なんて言ったの?」
「別に」
ユーディーに背を向ける前にかいま見えた彼の顔には、ほんのかすか、それでも確かに
照れたような表情が浮かんでいた。
「あたしの事、好き……なの?」
先ほどまで渦巻いていたはずの怒りが、急にしぼんで、だんだんと消えていくのが分かる。
その代わりに、何か熱いものが胸からじわり、と広がってゆっくりと全身を満たしてゆく。
「聞こえてるんじゃないか。何度も言わせないでくれ」
口調がぶっきらぼうになるヴィトスの背中を見て、
「うっ……、ぐすっ」
新しい涙がユーディーの目からあふれてくる。
「何だ、今更泣いても僕はもう面倒見ないぞ」
そう言いつつも心配そうに振り向くヴィトスに、
「ばかあっ!」
今まで押さえていた感情のありったけを叩き付ける。
好き。
「そうならそうで、最初っからそう言えばいいじゃない!」
好き。ヴィトスが、好き。
「あたしてっきり、ヴィトスに嫌われてるのかと……だからあたしの事いじめてるのかと
思ってたわよ!」
「僕は、興味のない子にかまってる時間があるほどヒマな人間じゃないよ」
いつの間にか自分でも気付かないうちにヴィトスの事が気になって、好きになっていて、
でも『好き』って思っている気持ちに自分では気付かなくて。形の定まらない感情を
持て余している自分を惑わせるヴィトスの態度にイライラして。
「立って、ユーディット。いつまでも草の上に座っていると腰が冷えるぞ」
「これくらいで身体冷えるほど年取ってないわよ」
それでもヴィトスの手が差し出されると、今度は素直に手を重ねた。ぐいっとその手を
引っぱられ、立ち上がった途端に抱きしめられる。
「ヴィトス」
背中に回された彼の腕の力強さを感じる。身体を包みこまれ、恥ずかしさと嬉しさで
鼓動が高鳴っていく。
「ユーディット……」
甘くとろけるように呼ばれる自分の名前。くらっとする、目眩に近い幸福感を感じながらも、
普段からヴィトスにいじめられ慣れているユーディーは瞬時に彼の魂胆を察する。
「こんな時に冗談言ったり、やっぱり今の無し、とか言ったら殴るわよ」
ちっ、と小さな舌打ちが耳のそばで聞こえたような気がしたが、ユーディーは気付かなかった
ふりをして、少し背伸びをして彼の耳元に頬をすり寄せた。
「ヴィトスは、あたしの気持ちとか聞かないの?」
抱きしめられている体温が心地よい。緊張しているはずなのに、同時になぜか安心している。
「聞いて欲しいのかい?」
「そりゃ、だって。あたしがヴィトスの事好きじゃなかったらどうするの?」
ヴィトスはユーディーの背中に手を回したままで、少し顔を離す。
「僕に対する君の態度見てれば分かるよ。ユーディットは僕の事が好きなんだろう?」
「はあ?」
妙に自信たっぷりなヴィトスに、ユーディーは間抜けな声を出してしまう。
「な、何よそれ」
「だって普段から僕の事すごく意識してるし。僕と話してるとすぐ顔赤くするし。
そもそも僕の事好きじゃなかったら、こんなに簡単に抱きしめられたりしないだろう。
違うのかい?」
何か言い返そうと思ったが、にっこり笑われると言葉が出ない。悔しくて、反対の事を
言ってみたいが今やっと気付いたばかりの言葉を吐き出したい。
「……そうよ」
「えっ」
「好きよ。たとえどんなにあんたが人が悪くて性根が腐ってて暴利をむさぼってる
悪徳借金取りでも好きよっ!」
「酷い言われようだねえ」
ため息混じりにヴィトスが笑う。
「だって、本当の事じゃない。あっ」
おでこにヴィトスのくちびるが触れる。
「まあ、分かってたけど」
「あんたが根性が曲がってるって事?」
さっきから熱くなっている顔が、今ヴィトスに触れられた場所を中心に、火でも
噴き出しそうなくらいに熱くなる。
「いや、そっちじゃなくて、君が僕を好きだって事。でも」
ぎゅっ、と苦しいくらいに抱きしめられる。
「でも、実際に君の口から言われると嬉しいものだな」
ふっ、とヴィトスの身体が離れる。
「そろそろ道に戻ろうか」
「うん、そうだね」
ヴィトスが手を差し出す。ユーディーはその手をすぐに握り返した。
「……この間は悪かったよ」
「え?」
手を握り合ったまま、ゆっくりと草を踏みしめていく。
「仕事に付き合わせた事」
「ああ、あれは確かにムカついたわ。あたし、本当にデートに誘われたと思ったのよ」
また腹が立ってくるが、つないだ手に意識を向けると、その怒りも少なくなっていく。
「仕事だからデートじゃないよ、そういう意味で言ったんだ。きちんとしたデートは今度、
改めて申し込むよ」
「うん」
ヴィトスの言葉に照れてしまったユーディーは思わずうつむいてしまう。
「でもデートは君が借金返済終わってからだねえ」
「ええっ?」
が、ヴィトスの言葉にはっ、と彼の顔を見上げた。
「なん、どうして……、ひどっ」
「僕にお金が返ってくるまでは、浮ついた気持ちでいてもらっちゃ困るよ。しっかり真面目に
仕事をして稼いでもらわないとねえ」
「何よそれ。ヴィトスに言われなくたって、仕事はちゃんとするわよ」
むっ、と頬をふくらませるユーディーの隣りでヴィトスが笑い出す。
「やっぱり、あれだね。君は僕のおもちゃだ。からかうと面白い」
「ふーんだ」
それでもつないだ手は離さずに、二人は一緒に歩いていった。
プロスタークへ着き、鉱山前の雑貨屋で目的の品物を手に入れる。
溶鉱炉にはボーラーが、石の白亭にはアデルベルトがいたが、ユーディーは二人を
護衛に誘う事は無かった。
「ヴィトス、買い物全部終わったわ。メッテルブルグへ帰りましょう」
「ああ」
街を出ると、すぐにユーディーの方から手をつなぐ。帰り道は天候が崩れる事も、
手強いモンスターに遭う事も無かった。
◆◇◆◇◆
「ええっと、さて! 気合い入れて、頑張って作っちゃうわよ、アルスィオーヴ!」
メッテルブルグに戻り、城門でヴィトスとつないでいた手を離した時は少しさみしい
気がしたが、工房に帰ると気を取り直して調合作業に精を出す事にした。
「えーっと、岩ザクロと」
カゴから岩ザクロを出してテーブルに並べる。
「そんでもって、じゃーん、竜の化石!」
竜の化石を手にしたその時、ばたん、と部屋のドアが開いた。
「やあ、ユーディット」
「あっ、ヴィトス」
ぽっ、と頬が熱くなる。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっと忘れ物をしてね」
「忘れ物?」
ヴィトスは勝手に部屋に入り、赤くなっているユーディーの前に来る。
「うん」
ユーディーに近づき、抱きしめる。思わず目をつぶってしまったユーディーの額に
優しいキスをする。
(わ、忘れ物、ってキスかしら)
苦しいくらいに胸がドキドキと高鳴るユーディーの手から、突然冷たく固い竜の化石の
感触が失われた。
「えっ?」
「そう、忘れ物。借金の利子を取り立てるのをすっかり忘れていたよ。君、どうせ
五万コールは用意できていないんだろう?」
「そっ、そんなあ!」
あわてた声を出すユーディーに、にこにこ、と微笑みかける。
「利子の代わりにこいつをもらってくからね」
「ひどいっ! ヴィトスなんて、嫌いっ!」
なんとか取り返そうとするユーディーの手が届かないように、さっ、と化石を背中に
隠してしまう。
「僕の事、嫌いなのかい?」
「いや、嫌い……、じゃないけど。好きだけど」
急に真剣な目で聞かれ、思わず真面目に返事をしてしまう。
「そうか、良かった。じゃあな」
「あっ、でもそれとこれとは別! 竜の化石、返して!」
部屋を出ようとするヴィトスを追いかけるが、
「僕も好きだよ。お仕事、頑張るんだよ」
そう言われ頭をなでられると、こくんと頷いてしまう。
(ああ、なんかあたし、本当にヴィトスにおもちゃにされてるなあ……)
ヴィトスの手のひらの動きを感じながら、でもそれも悪くないかな、と思ってしまう
ユーディーだった。
昔作った同人誌「借金は身体で返しなさい」より再録です。
どうしても直したかった部分があったので、そこを直しました。
あとちょこちょこと言い回しを直したり。
「借金は身体で返しなさい」というタイトルはすごく気に入っていて、
友達とかに自慢したんだけど誰も誉めてくれなくて、逆に可哀想な目で見られましたよ。
何でかな???
ちなみに、直したかった所はここ。
「おい、どこかケガでもしてるのか?」
心配そうに振り向くヴィトスに、
↓
「何だ、今更泣いても僕はもう面倒見ないぞ」
そう言いつつも心配そうに振り向くヴィトスに、