● 思わせぶりなプレゼント(2/2) ●
奇しくも、今日はユーディーの誕生日だった。
せっかくの自分の誕生日なのに、なんでこんなに怯えていなければならないのか。
鬱屈した不満を抱えながらユーディーは採取カゴを漁っているヴィトスを見つめている。
「今日はこれをいただいていくとしよう」
温かいオレンジ色をした不死鳥のしっぽをつまみ上げ、ヴィトスは満足そうに頷いた。
「か、勝手にすれば? けふん、けふん」
少しばかりくぐもっている声のユーディーはわざと空咳をしてみる。ユーディーは
今日の対抗策として、白い大きなマスクで顔の下半分を覆い隠していた。
「風邪、酷いのかい?」
そう言ったヴィトスの口の端がわずかに笑ったような気がした。
「酷くはないけど、喉がちょっとね。けふん」
「どうせおなかを出したまま居眠りでもして身体を冷やしたんだろう。本当に仕方が
ないな、君は」
「そんな事してないもん」
マスクを付けた顔を彼に見せるのは、彼の行為を理解し、それを意識している証拠を
見せつけているようなものだった。
「まあ、風邪引くのもいいけれど、仕事に支障が出ない程度にしてくれよ。さて、
利子の代わりももらった事だし、そろそろ帰るとするかな」
びくり、とユーディーの身体がすくむ。いつもだったらキスをされるのはこの後なのだ。
「一応お大事にと言っておくよ。じゃあな」
身構えているユーディーの頭をぽん、と叩くと、ヴィトスはすぐに背中を向けた。
そのままつかつかとドアの方へ歩いて行ってしまう。
「え?」
すっかり肩すかしを喰らってしまったユーディーは間抜けな声を出した。
「あ、あの、ヴィトス」
「何か?」
「あ、何でもない」
思わず自分から声をかけてしまい、慌てて口を閉じる。
「そうか、だったらいいんだ」
「え、あの、そんな」
さんざん心を弄ばれ、思わせぶりな態度を重ねられたあげく、苦しいほどに切ない感情を
与えられたまま放り出される。
「酷い、あたし」
数ヶ月をかけてじわじわと育ってきた不満、彼に対する想いが一気にこみ上げ、身体の
中で押さえきれずに爆発してしまった。
「何なのよ、いったい!」
「何って、何が」
足を止め、振り向いたヴィトスは真っ赤になって怒っているユーディーを見ても表情を変えない。
「だって、あたしにあんな事して。何のつもりなのよ」
「あんな事ってどんな事だい? 僕が君に何かしたかな」
「……!」
もちろん、何の事を言っているのかヴィトスには分かっている筈だ。分かってなおユーディーを
いじめようと、彼女の口から言わせようとしている。
「キ……、キ、キス、したじゃない?」
言葉を口に出すと、恥ずかしさのあまりに声が裏返ってしまう。
「ああ、したねえ。それが何か?」
にっこりと微笑む。
「それが何かって、あたし、ずっとどんな……、どんな気持ちでいたと思ってるのよ」
「君の気持ち? 分からないねえ。どんな事を考えていたんだい?」
ヴィトスは大股でユーディーに歩み寄ると、片手を彼女の腰に回した。
「どんな事って、それは」
ずっと考えていた事。ヴィトスへの想い。次のキスへの不安と期待。
「それは……」
腰を支えている力強い大きな手。彼の身体に触れている自分の身体。
「それは、あたし……、あっ」
ヴィトスは空いている手で、簡単にユーディーのマスクを外してしまった。マスクの中に
こもっていた熱と蒸気が解放され、肌に少しひんやりとした空気を感じる。
「あたし、あたし、ヴィトスが」
普段、普通に見せている口元なのに、かかっていた覆いを取り去られるとまるで見せては
いけないような部分を晒しているような気分になり、胸の奥から切ないくらいの恥ずかしさが
こみ上げて来る。
「……」
喉の奥に熱い固まりが詰まり、声を出せずに身体だけがかたかたと震え出す。何かを
しゃべろうとするが、ぱくぱくとくちびるは動くのに全く声が出てこない。
ヴィトスはマスクを無造作にポケットにねじ込むと、その手ですっかり熱くなった
ユーディーの頬に触れる。
「う、あ」
頬に触れた手が耳元からあごの下に滑り、そこを支えられて、くいっと上を向かされる。
ヴィトスの顔が近付いて、あと数センチでくちびるが合わされてしまう位置で止まる。
「……」
緊張のあまり身動きできなくなったユーディーのすぐ目の前で、ヴィトスは笑顔を作った。
「ああ、そうだ。今思い出したけれど、今日は君の誕生日だったね」
「え」
何でいきなり、この場でそんな事を。そう思ったけれど、吐息がかかるような距離に
ヴィトスの顔があるとまともな思考ができず、何かを考えてもそれを言葉に移せない。
「せっかくだから君に一つだけプレゼントをあげよう。君は今、何が欲しい? 僕に何か
して欲しい事はあるかい?」
「え、あ」
それなら、キスの意味を教えて欲しい。それを聞けばヴィトスの気持ちも分かるだろうから。
「う、えと、あの」
しかし、上手く言葉を紡げないユーディーをヴィトスは更に急かす。
「僕も忙しい身なんでね、五秒以内に答えてくれないか。五、四、三……」
「え、あの、キ、キス」
「了解」
「あ、ま、待って……」
まだ全てを言い終わっていないのに、ヴィトスはすっと顔を寄せた。
「ん、っ」
優しく、温かく、やわらかい感触。
「ん……」
ユーディーのあごを持ち上げていた手も背中に回り、両腕でしっかりと身体を抱きしめられる。
甘くこみ上げて来る幸福感がユーディーの胸を疼かせる。心が溶け、二人の間を隔てている
服や身体を越え、まるで一つになるような。
「う……、ん」
ゆっくりとヴィトスが顔を離す。ユーディーは自分でもいつ閉じてしまったか分からない
目を開ける事ができなかった。
「誕生日おめでとう、ユーディット」
「……」
すっかり熱くなってしまった顔をヴィトスの首筋に押し付ける。
「プレゼントは気に入ってもらえたかな?」
これがプレゼントになるのかどうなのか、そもそも気に入ってるのかどうなのか自分でも
全く分からない。しかし、決して嫌では無かった、それだけは伝えたくて首を縦に動かす。
「そうか、良かった」
ヴィトスの手がユーディーの頭、なめらかな髪を軽く梳くようになでた。
「ね、ねえ、ヴィトス」
喉がからからに乾いている。しかし今、目の前に喉を潤す水とヴィトスのくちびるを
差し出されたら、迷いなく後者を選んでしまうだろう。
「なんだい、ユーディット」
「何で、何でこんな事、するの?」
「何でって、君がキスして欲しいって言うからさ」
ヴィトスの口調は、いつもよりほんの少しだけ優しく聞こえるような気がする。
「違う、今日じゃなくて、今まで。ねえ、ヴィトスって、あたしの事どう思ってるの?」
こんなとろけるようなキスをしてくれるのに、自分を好きでないなんてあり得ない。
それでも彼の口から言葉を聞きたくて、ユーディーは喉を詰まらせながらも尋ねる。
「どうって。まあ、だいたい分かるだろう?」
「分かるよ、分かると思ってるけど、言って欲しいの。ねえ、聞かせてよ」
自分でも驚くような、甘ったれたねだり声。
「君は欲張りだねえ。さっき、プレゼントは一つだけって言ったじゃないか」
そんな甘い声を聞いて、ヴィトスは満足そうに笑った。
「こういうの、プレゼントって言わないよ。ねえ、教えて」
ユーディーは閉じたままだった瞳をゆっくりと開き、顔を上げて彼の色の濃い瞳を見つめる。
目線が合うと恥ずかしさが増し、足が折れそうになる。それでもユーディーは彼の瞳を
見ていたかった。
「僕は、君の事が」
「うん」
鼓動が早く大きくなり、ヴィトスにも聞こえてしまうのではないかと言う程になる。
「ユーディットの事が」
「うん……」
首筋にじわりと汗がにじむ。一瞬でも早く彼の口からその言葉を聞きたい、聞いてしまう
のは恐い、それでも言って欲しい。
「……続きは来年だな」
「ええっ!?」
思い切り肩すかしを喰らい、ユーディーは頓狂な声を上げてしまった。
「なっ、何でっ」
「今年はもうプレゼントをあげただろう。次のプレゼントは来年だよ」
ユーディーの反応に充分満足したヴィトスは、嬉しそうにうんうんと頷いた。
「だからこういうのってプレゼントとかじゃないって言ってるでしょ!」
「おや、そうかい? 君がそう思うのは勝手だけれど、僕はこれをプレゼントとして
君にあげたんだからね、その点は理解してもらわないと」
「うっ、あ、あの、だからそれって違うと思うわっ、そもそも、キ……、キスって、
あげるとかあげないとか、そういう物じゃないと思うし」
冷静なヴィトス、その態度を見て逆上してしまい、更におろおろするユーディー。
「じゃあ、どういう物なんだい?」
「どういう物って、それは」
すっかり彼の思惑に巻き込まれてしまい、それに気付いても立ち直ろうとしても、
的確なタイミングで茶々を入れられてペースを乱されてしまう。
「そっ、その、ええと、好きな人同士で、自然にする物だと、思うんだけど」
「うん、君がそう思うんならそれでもいいよ」
「だから、それでいいとか良くないとかそういう問題じゃ……」
とにかく文句を言おうと思ったが、言葉をまとめる前にまたくちびるをふさがれてしまった。
誕生日のプレゼントに金を使わないヴィトス。
当然、来年のプレゼントもお金をかけない予定。
ナイス守銭奴!