● 幸せを呼ぶ言葉(2/2) ●

「何て言うか、物事って、悪い方悪い方に考えるから、そっちへ行っちゃうんだと思うよ。
 いい方に……、自分がそうあって欲しい方に考えてみたら? そしたら少しは違うかも」
「うーん。そうあって欲しい方、ねえ」
アデルベルトは首をかしげる。
「ねえ、さっき、アデルベルトはあたしにお茶に誘ってもらうの嬉しい、って言ってくれたよね?」
ほんのりとユーディーが頬を赤らめる。
「あっ、うん。そ、それはとても嬉しいよ」
こくこく、と何度も頷く。
「だったらさ、それはアデルベルトにとって、いい事でしょ? って、あたしが言うのも何だか
 変な感じがするけど」

「うん、そうだね、でも」
「でも、じゃないの! だったら単純に『嬉しい』って言って、にっこりすればいいの。
 『嬉しい』とか『楽しい』とか明るい言葉って、口に出すだけで幸せを呼ぶんだからね」
そう言ってユーディーは笑顔を見せた。
「ああ、うん……」
「ほら、アデルベルトも笑って、笑って」
「う、うん」
何故かアデルベルトはぼんやりとしている。
「笑わないと、ほっぺをむに〜ってしちゃうわよ」
「えっと、あの」
妙に歯切れの悪いアデルベルトが、それでもやっとの思いで口を開く。

「僕、君が僕の目の前で笑ってくれるの、嬉しいや……」
「えっ」
やっと自然な微笑が浮かんでくるアデルベルトの目の前で、ユーディーは気恥ずかしさで
耳まで赤くなってしまう。
「あっ……、あー、ええっと、そ、そっか。ええと、良かったね」
「うん。そっか、君が笑ってくれる事が、僕にとってはいい事なんだ」
「えーっ……、お、お役に立てて何よりだわ。ね、アデルベルト、お茶飲みにおいでよ」
うつむいて、真っ赤になった熱い顔を片手で隠したユーディーはもう片方の手でアデルベルトの
マントをくいくい、と引っ張る。

「うん、分かった、お邪魔させてもらうよ。今日は君を助ける事ができたし、君にお茶に
 誘ってもらえたし、君の笑顔も見れたし。とってもいい日だよね?」
「ああ、えと、うん。その調子、その調子。行こ」
にこにこしているアデルベルトに見つめられると、今度は逆にユーディーが緊張してしまう。
とりあえず銀の白砂亭に入り、二人で階段を上がる。
「さ、どうぞ」
部屋の前に付くと、ユーディーはドアを開け、中に入ろうとした。
「きゃっ」
しかし、入口のわずかな段差に靴の先を引っかけ、つまづいてしまう。

「おっと、危ないよ」
ユーディーが致命的にバランスを崩す前に、アデルベルトはさっと手を出して彼女を支えた。
「あ、ありがと」
背中からアデルベルトに抱きしめられ、ユーディーは恥ずかしそうにお礼を言う。
「……」
「アデルベルト、も、もう大丈夫だよ」
妙に鼓動が早まってしまうユーディーが、アデルベルトの腕の中でつぶやく。
「ああ、うん。えっと……」
「あの、ねえ、離して……」

普段、ユーディーを護る為に重い剣を振るってモンスターをなぎ倒すアデルベルト。彼の手は
力強くてたくましく、そんな腕に抱かれてしまうと胸の奥から甘苦しい切なさがこみ上げてきて、
身動きが取れなくなってしまう。
「あ、あのね、ユーディット」
「な、何?」
首の辺りにじわじわと熱を感じ、背中がしっとりと汗ばんでいくような気がして、ユーディーは
わずかに身体をよじったが、アデルベルトは彼女を解放しようとはしない。
「あのね、僕」
完全にうわずっているアデルベルトの声。

「あっ、うん、だから何?」
それにつられてユーディーの声もうわずってしまう。
「うん、あの、僕……、すごく、嬉しいんだ」
「へ?」
思わず間抜けた声を上げてしまうユーディーにかまわず、アデルベルトは途切れ途切れに口を開く。
「何て言うか、嬉しい……って言葉じゃ足りないな、今まで生きてきて、こんな幸せな事って
 初めてかもしれない」
「え、ええっ?」
耳のすぐそばに聞こえる優しい声と感じる吐息に、ユーディーの心が乱れてしまう。

「君がさっき言ってた、『嬉しい』って口に出すと幸せを呼ぶって本当なんだね。でも、
 こんなに早く効果が現れるなんて」
「あ、あの、アデルベルト? とりあえず、あの」
離して、と言おうと思った矢先、アデルベルトの腕に力が入る。
「……幸せ、だよね。だったら、もしかしたら」
それから、アデルベルトは独り言としか思えない言葉をつぶやく。
「もしかしたら、上手く行くのかも。こんなに幸せが続いたんだ、だったら後もう一回くらい」
「一回、って。何が?」
急にアデルベルトの腕が解かれる。
そして、息をつく暇もなく、ユーディーは肩に手を当てられ、彼の方を振り向かされた。

「あの、あのね、ユーディット」
「は、はい?」
緊張しているアデルベルトを見て、つられてユーディーの身体もこわばってしまう。
「あのね、ええと……、僕は、でも……、いやいや、このチャンスを逃したら一生……」
赤くなっている顔を伏せ、アデルベルトは口の中でもごもごとつぶやく。
「ねえ、どうしたの?」
アデルベルトの言葉の先を聞きたいような、聞いてしまうのが怖いような不思議な感情。
「僕は、幸せだ。うん。とても嬉しくて、今日は素晴らしい日だ。うん」
自分に暗示をかけるように言い聞かせてから、
「僕、ユーディットが好きなんだ」
一気に早口でそう告げた。

「……」
「……」
お互いに顔を真っ赤にして、無言で見つめ合う。
「ずっと、好きだったんだよ。多分……、いいや、初めて君に会った時から」
それから、やっと絞り出したような途切れ途切れの言葉。
「あ、え」
「だからね、もし君が僕を……、いやいや、そこまで期待しちゃいけないか、ああ、でも
 幸せなんだから、もう一がんばり」
アデルベルトは固く目をつぶり、自分に気合いを入れる。

「もし、君が良かったら、僕……、の、こ、恋人になってくれないか、なんて……」
「えっ、あ、あ」
ひくり、とユーディーの喉が詰まる。
「だめ、かな」
「あ、あの、でも、えっと」
突然の言葉に驚き、ユーディーもどうしていいのか分からずに、意味のない言葉をつぶやく。
「やっぱり、だめかな」
返事が返ってこない事に気落ちしたアデルベルトの腕が、ゆっくりとユーディーから離れる。

「ごめんね、僕、調子に乗っちゃって」
「や、そんな」
「すごく幸せだから、もしかしたらって思ったんだけど。やっぱり、幸せなんてそう長続き
 しないよね」
肩を落とし、アデルベルトはさみしそうに笑顔を浮かべる。
「本当に、ごめん。君を困らせちゃったね」
アデルベルトは、一歩後ずさり、そのままユーディーに背中を向ける。
「待って!」
そんなアデルベルトを追いかけ、今度はユーディーが彼の背中に抱き付いた。

「ユーディット?」
「あ、あの、だめじゃない。だめじゃないよ」
広い背中に頬を押し付け、あわてた声を出す。
「あの、ごめんなさい、びっくりして。でも、嬉しい、あたし」
熱くなって燃え出しそうな頬、体温が上がった感じがして乾いて口の中に貼り付きそうな舌。
「助けてもらったのもすごく嬉しかったし、お礼にお茶を飲みに来て、って言ったのも、
 あたし、アデルベルトにお部屋に来てもらいたかったからだし」
「ユーディット……」
自分の腹に回されたユーディーの白い手に、アデルベルトはそっと自分の手を重ねた。

「本当に、嬉しい。あたしも、アデルベルトが好き」
その言葉を聞いた瞬間、アデルベルトが振り返る。
「ほ、本当? 本当に?」
興奮し、ユーディーの小さな身体を抱きしめ直す。
「うん、好き……、だと思う。ううん、好き。だって、アデルベルトに『好き』って言われた時、
 ものすごく嬉しかったもの」
ユーディーの瞳には、ほんのり涙が滲んでいる。
「そうなんだ……」
自分の身体にしがみついているユーディー。彼女の髪がアデルベルトの顎をくすぐり、その度に
甘い香りが漂ってくるような気がする。

「良かった。嬉しい、僕、すごく嬉しいよ。幸せだ」
「うん」
アデルベルトの腕の中で、ユーディーははにかみながら小さく頷く。
「きっと、剣と鎧が壊れた事も、この幸せの伏線だったんだ」
「うーん、そうかな?」
「だって、もし鎧を着ていたら、君を……、その、上手に抱きしめられないじゃないか。
 だから壊れて良かったんだよ」
「あ」
確かに、ユーディーの身体を抱いているのは、ごつごつした冷たい鎧を着た身体ではない。
彼が鎧を着ていたら、こんなにぴったりと抱き合い、お互いに体温を感じる事はできなかっただろう。

「そうか! 僕の不幸って、いい事が起こる前兆なんだ。そうに違いないよ、だったら僕は
 いくら不幸な事が起こっても、どーんと構えていればいいんだ!」
「そう……かな?」
さすがにその意見には首をかしげるユーディーだったが、アデルベルトがそれでいいのなら、
そう思う事で彼が元気になるのなら、余計な口出しをするのはよそう、と心に誓った。
 明るい言葉を口に出すと、気分が明るくなる…ような気がする。
 文句や泣き言ばっかり言ってるより、にこにこ元気な方がいい…ような気がする。
 アデルベルトさんの不幸は、おっちょこちょいと思い込みが主な原因だと思うので、
 上手く自信がついたらすごく強い冒険者になりそうな気がするんだけど。(今のままでも強いけど)
 あ、でも調子に乗りすぎると、植木鉢壊しちゃうからダメか。
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