● メル姉さんのお悩み相談(2/2) ●
「困った子ね」
ふっと目を細め、メルは優しく笑いかけた。
「ごめんなさい……」
申し訳なさそうな顔をしながら、ユーディーはメルの前に戻ってくる。
「アデルベルトが、怖いの?」
「怖くはない、です。多分。でも……、うぅ、どうして逃げちゃうんだろうなあ、あたし。
アデルベルトの事、すごく好きなのに」
少し悲しそうな顔になる。
「ただ照れちゃってるだけだと思うわよ。慣れればどうって事ないわよ、きっと」
「慣れれば、って、いつになったら慣れるのかなあ」
「うーん、そうねえ……」
確かに、キスしようと思うたびにいちいち突き飛ばされていては、アデルベルトもかなわないだろう。
「もうちょっと、練習してみましょうか」
「そうですね、何だか変な事に付き合わせてごめんなさい」
「いいわよ、何だか私も少し楽しくなってきたから」
メルはもう一度、ユーディーの肩に手を置いた。
「本当にすみません、今度お礼にお茶をごちそうします」
「それはあなたがうまくいってからの成功報酬でいいわよ。ほら、目を閉じて、ユーディット」
言われるまま、ユーディーは目をつぶった。
「アデルベルト……、あたしに触れているのは、アデルベルトの手」
それからもごもごと自分に言い聞かせる。
「大丈夫、怖くないもん、キス、したいもん……平気、平気」
やはり怖じ気づいてしまうのか、自分に言い聞かせている声もどこか頼りない。
「……」
固く拳を握ったユーディーの身体は小さく震えていた。閉じたまぶた、長いまつげにはうっすらと
涙が貯まっている。頬は真っ赤になったままで、緊張のせいなのか心なしか呼吸も速くなって
いるようだった。
「……何だか、いたいけな子にすごくいけない事をしてる気持ちになるわ」
ほんのり色っぽいと言えない事もないユーディーの表情を見て、メルは頭を振った。
「大丈夫よ、ユーディット。ほんのちょっとだけだから」
「でも、でも」
「怖くないわ。少しだけ、じっとしていらっしゃい」
「……」
メルは小さな声で、頬をくっつけるだけよ、とささやく。それから言葉の通り、ユーディーの
熱い頬に自分の頬を、ちょん、とくっつけた。
「怖かった?」
「へ、平気です、でも……、ううん、平気です」
涙をこらえているのか、ぐすっと鼻をすする。
「だったら、もうこれで大丈夫よ。ね?」
「はい、メルさん、本当にありがとうございました……えへへっ」
照れ隠しのつもりなのか、ユーディーは笑顔を作ってメルに抱き付いた。
「メルさん、大好きです」
「あら、私もユーディットの事が大好きよ」
「えへへぇ。嬉しいですー」
先ほどまでの緊張が一気に解けたのか、ユーディーはなつっこくメルに身体を擦り付ける。
「……なるほど、そういう事だったんだね」
突然、ドアの方から聞こえてきた声に、抱き合っていた二人が振り向く。そこには神妙な
顔をしたアデルベルトが立っていた。
「へ?」
何故彼がそこにいるのか分からずに、ユーディーは小さな声を上げる。
「勝手にドアを開けてごめん。最近君が僕を避けているから、誰か他に人がいる所でなら
君に逃げられずに話しができると思ったんだ、でも」
メルとユーディーは、きょとん、とした顔でアデルベルトを見つめている。
「でもまさか、君が誰かとキスしている所を見せつけられるとは思わなかった……、本当に
僕の不幸は底なしなんだな」
アデルベルトは悲しそうに首を振ると、ユーディーに背を向けた。
「僕の他に好きな人ができたんなら、はっきりそう言って欲しかったよ。さよなら、ユーディット」
ぱたん、とドアが閉じられてしまう。
「……へ?」
メルとユーディーは、そろって間抜けた声を出した。
しばらくして、どたどた、と何か重い物が転がるような騒がしい音が階下から聞こえてきた。
「……落ちたわね」
「落ちましたね」
さも当然の事の様につぶやき、改めて見つめ合う。
「ところで、どうしたの、あの人?」
「さあ?」
今更ながらしっかりと抱き合ってる事に気が付き、何となくばつが悪そうにお互いその手を離す。
「ユーディット、誰かとキスしたの?」
「してませんよっ! だから練習してたんじゃないですか」
真っ赤になり、慌てて否定する。
「そうよね。……ユーディット、アデルベルトの他に好きな人がいるの?」
「いませんよっ! だいたいアデルベルト何しに来たの? 挨拶もろくにしないで帰っちゃうなんて」
ちらり、と先ほどまでアデルベルトが立っていた場所に目をやる。
「ねえ、ユーディット。アデルベルトはいつごろから私達を見ていたのかしら?」
「えっ?」
「すごいタイミングでキスの練習を見られてたら、何だかものすごい勘違いをされてもおかしくは
ないんじゃないかしら……」
「あっ……」
さああっ、と二人の顔が青ざめる。
「ちょっ……、待っ、メルさん?」
「ユーディット! 追いかけて、アデルベルトを追いかけて、誤解を解くのよっ!」
アデルベルトはメルとユーディーがキスをしていたと思い込んでしまったのだろう。
「そんな、女同士でそんな事ある訳ないじゃない!」
ばたばたと二人で走り出す。ドアを開けて階段を駆け下り、酒場のお客さんが驚いた目を
しているのもかまわずに店の外に飛び出す。
中央広場を見回すが、彼らしき人影は見えない。
「ど、どうしようメルさん、アデルベルトいなくなっちゃったようっ」
「手分けしましょう。私は階段広場の方を探すから、ユーディットは城門の方へ」
「はいっ!」
城門の方を指さすと、ユーディーはそちらにぱたぱたと走っていった。
メルも左右を見回しながら、階段広場へと向かう。
「……あら?」
目的の人物はすぐに見つかった。石の階段の下の方、すみっこに腰を下ろしている。
「アデルベルト?」
そっと名前を呼ぶと、振り向き、立ち上がろうとするが首を軽く振ってまた座り込む。
「あの……、元気?」
どう話しを切り出していいのか分からずに、とりあえず差し障りのない言葉をかけてみる。
「ああ。まあね」
「あのね、ユーディットが探しているわよ」
「……」
アデルベルトは、ちらりとメルの方を見る。
「僕はもう、関係ないです。彼女を幸せにしてあげて下さい」
そしてすぐに目を伏せ、何も聞きたくない、とでも言いたげに背中を丸める。
「ああ、もう。世話が焼ける」
メルは少し背をかがめ、いきなりアデルベルトの腕を握る。そのまま引っ張って彼を立ち上がらせ、
ぐいぐいと引っ張って階段を上らせる。
「な、何なんだよ、いったい」
「ユーディットがあなたを探しているの。それと、さっきユーディットの部屋で見た事、
あなたは誤解していると思うわ」
「誤解って、僕は別に」
メルの手を振りほどこうと、アデルベルトが身をよじる。
「私から話すより、詳しい事はユーディットの口から聞いた方がいいと思うわ。でも、
これだけは言っておくけど、あの娘、あなたの事がすごく好きなのよ」
しかし、メルがそう言い切ると、アデルベルトは連れられるままに歩みを進めた。
中央広場に戻り、そのまま城門へと向かう。大きな門を出てすぐにある堀のそばに、困って
泣きそうな顔をしているユーディーが立ちつくしていた。
「アデルベルト!」
ユーディーが二人の姿に気付く。
「ユ、ユーディット」
すぐに駆け寄ってくるユーディーを見て、アデルベルトは目に見えておろおろしだす。
「ちょっと、こっちに来て」
メルはユーディーの手も取ると、堀の奥の方、大きな木に遮られて普段はあまり人が来ない
城門の壁の脇へと二人を引っ張っていった。
「メルさん?」
「長々と話すとまた誤解が生じそうだから短く言うわ。口をはさまないで聞いてちょうだい」
ユーディーはすぐに、アデルベルトはしぶしぶと言った体で頷くのを見てから、メルは言葉を続ける。
「ユーディットはあなたとキスがしたくて、でもそれが恥ずかしいからどうしたらいいか、
って私に相談していたのよ」
「メルさんっ!」
「ユーディット、口をはさまない」
言われて、ユーディーは頬を赤くしつつ、自分の口を片手でふさいだ。
「さっきあなたが部屋で見たのは、私があなたの代わりになって、キスをする時の予行演習を
していただけ。本当のキスはしてないわ」
左右に握った二人の手を重ね合わさせ、メルは腕を引くと一歩後ろに下がった。
「ユー……ディット?」
手を重ねたまま、アデルベルトが恥ずかしそうにユーディーの名前を呼ぶ。
「あの、えと、そういう事なの……、あたし、アデルベルトの他に好きな人なんて、いないよ」
恥ずかしさに口ごもりながらも、ユーディーは自分の意志を言葉にする。
「で、でも、君、工房でメルさんと抱き合いながら、メルさんの事が大好きだって」
「確かに、メルさんの事は大好きよ。でも、アデルベルトの事を好きな気持ちとは違うの。
メルさんはきれいでカッコよくて頼れるお姉さんって感じで好きなの。でも、キスしたいって
思うのは、そういう風に好きなのは、アデルベルトだけだもん」
はたで見ていても分かるくらい、ユーディーの脚が震えている。
「好きなのは、キス、したいのは、アデルベルトだけなの」
もう一度繰り返すユーディーの瞳から、一筋涙がこぼれる。
「ずっと逃げちゃってて、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げてから、ユーディーはアデルベルトの目を見つめた。
「僕、僕も、あの」
ユーディーの濡れた瞳を見て、アデルベルトは落ち着きを無くす。
「しっかりしなさい。……これ以上私がここにいても邪魔になるだけね。それじゃ、さよなら」
アデルベルトを元気づける為に、彼の肩をぽん、と少し強めに叩く。それからすぐに二人に
背を向け、メルは城門の方へと歩き出した。
「僕も、ええと、急にキスしたい、なんて言って、君を驚かせてごめんね」
「ううん、でも、怖いけど、やっぱりあたしもアデルベルトと、その……、キ、キス……、
したいと思ったの」
「本当に、いいの?」
「うん……」
徐々に遠ざかる声にあえて耳を傾けず、メルは歩き続けた。
「あの二人、うまく行くといいんだけれど。まあ、平気でしょうね」
二人の姿が見えない所まで戻ってから、やはり少しだけ、キスする所を覗いても良かったかな、と
考えてしまう。
「今度、ユーディットにはうんと高いお茶と、それからケーキもごちそうにならなきゃね」
今頃、多分幸せな気持ちになっているであろうユーディーとアデルベルトを想像すると、
自分の胸の中まで幸福感に満たされてくる。
「今日の所は私一人でお茶を飲み直すとしましょうか。……あっ」
そうつぶやいてから、ユーディーの部屋に読みかけの本を置いてきてしまった事を思い出した。
「まあ、仕方ないわね。日を改めて取りに行くとしましょうか」
ふう、と軽いため息を吐き、メッテルブルグの石畳を歩く。
「それにしても、ユーディットは私の事をだいぶ買いかぶっているようだけれど」
師匠の元で剣の修行に明け暮れていた時はろくに山から下りもせず、村の見知った人以外とは
ほとんど話をする機会もなかった。
「……今更、私も男の人と付き合った事がない、なんて言えないわね」
先ほどはユーディーの勢いに押され、正直な事が言えなかったが、まあ、このまま黙っていても
問題はないだろう。
「こんな私のアドバイスでも役に立ったようだから、結果としてはOKって所かしらね。そうだわ、
次にユーディットの部屋に行った時、アデルベルトの事を少しだけからかってみようかしら」
真っ赤になり、慌てるユーディーを想像し、
「姉より先に妹が彼氏を作るなんて、ちょっと生意気だものね」
メルは思わず小さな笑みをこぼしてしまった。
メルさんってかなり苦難というか過酷というか波乱の人生を送ってるからなあ、あの歳にして。
普段、「守ってあげる」って言われるのも心強いのですが、さよならの時に言われた事も、
ああやっぱりメルさんってカッコいいんだなって思って、メルさん大好きです。
ちなみに最初、この話しはアデルベルトじゃなくてヴィトスがお相手だったのですが、
うちの(自分が書く)ヴィトスとはどうもイメージが外れるなあ、って思ってて、
アデルベルトにしたらすごいしっくり来たので(w)アデユー、と言うかユーアデになりました。
好きなカップリングは、1位がダントツでヴィトス×ユーディー、
2位3位が僅差でラステル×ユーディー、ユーディー×アデルベルト(アデユーは多分書けない。書きたいけど書けない)
その後がオヴァール×クリスタとかですかな。マルティン×ボーラーは圏外と言う事で。