● 夢のクリーム(1/3) ●

 ちゅーしかしてないんですが少しエッチかも知れないので、そういうのが苦手な方はご注意下さい。
 だからと言って本当にエッチな訳ではないので(多分)、そっち方面の期待はしないで下さいね。
「ふああ……」
ヴェルンの酒場、古代の石樽亭に入ってくるなり、ユーディーは大きなあくびをした。
「やあ、ユーディット」
「あ」
あくびの途中でヴィトスに声をかけられ、真っ赤になって慌てて口を閉じる。
「な、何か用? ……ふぁ」
眠そうに目をこすり、それから口元に手を当て、今度は小さなあくびをする。
「起きてるんだか眠ってるんだか分からないね、君は。ところで、何でそんなに髪がよれよれに
 なっているんだい?」
ユーディーの淡い銀紫色の長い髪は所々もつれ、おまけに緑色の小さな葉が数枚絡まっている。

「ん、街外れの木の上でお昼寝してたの。風が吹いてて気持ちよかったんだけど、落っこちそうに
 なっちゃって……ちゃんとベッドで寝た方がいいかなって思って、帰ってきたの」
指先で適当に髪を梳くと、葉がひらひらと床に落ちる。ユーディーは緩慢な仕草で床に
しゃがみ込むと、その葉を丁寧に拾った。
「ふうん、まあ、何でもいいけれどね。ところで、僕は君の借金の取り立てに来たんだが」
「えっ? じゃあ、お部屋に適当なもの用意しとくから、後で勝手に取りに来てよ」
面倒くさそうに立ち上がり、工房へ上がる階段に向かう。途中、ヴィトスの手に拾った葉を
押し付ける。
「勝手にって、おい、ユーディット、何だこれは。こんな葉っぱなんかいらないぞ」
「まあ、普段お世話になってるあたしの気持ちよ、取っといて。それじゃ、おやすみ」

ユーディーはぞんざいに片手を振ると、よろよろと階段を上がっていく。
「まあ、いいけれどねえ」
渡された葉っぱを捨てる事もできず、カウンターによりかかりながらそれを手のひらの上で弄ぶ。
「後で、って言われても。どれくらい待てばいいんだ」
やがて葉はくたくたになり、ごみくずのようになってしまう。
「……もうそろそろ、いいかな」
眠っている、と分かっている女性の部屋へ行くのは何となく気が引けたが、
「利子の取り立ても仕事のうちだからな。仕方がない」
軽くため息を吐くと、工房への階段を上がっていった。

ノックもせずにドアを開けて勝手に部屋に入る。
「おっ」
テーブルの上に目をやると、何種類かのアイテムが雑然と置いてあった。
「ここから持っていっていいのかな。どれどれ」
部屋の隅にあるゴミ箱に葉っぱのなれの果てを放り込み、テーブルに近付く。
「うーん……」
一瞬、良さそうなアイテムが揃っていると思ったが、よく見るとそうでもなかった。
「壊れかけのメテオール、これは……ずいぶんおかしな形の竜の化石だな」
ツヤもなく、ひび割れている竜の化石は、ユウバナの実のようにひしゃげた形をしていた。

「それに、溶けかけてやわらかくなっているレヘルンクリームに、呪われたサシャの織物……?
 おい、ユーディット」
あまりに質の悪いアイテムばかりを用意したユーディーに一言言ってやろうと、彼女が
寝ているベッドの方に目を向ける。
「……」
やわらかなベッドの上で丸くなっているユーディーは幸せそうな寝顔をしていて、さすがの
ヴィトスも心地よさそうな眠りを邪魔するのは気が引けてしまった。
「ふん、まあ、仕方ない」
今回は特別に許してやるか、と口の中でつぶやき、椅子を引いてそこに座る。

「持って帰るまでに溶けきってしまいそうだからな。ここで頂いていくか」
テーブルの上に乗っている物の中では比較的ましなアイテム、レヘルンクリームのグラスを
手に取った。足を組み、スプーンを手にとってクリームを食べようとする。
「んにゅ……ん、あたしも、食べるぅ」
「えっ?」
ヴィトスがクリームを口に入れようとした瞬間聞こえたユーディーの声に驚き、手が止まる。
ユーディーの方へ目をやると、しっかりと眠っているようだった。
「これ、かな?」
手元のクリームに目を落とし、もう一度ユーディーを見る。
「美味しい、お菓子……えへへへぇ」
もぐもぐ、と口を動かしながら、嬉しそうな顔をしている。

「食べ物の夢を見ているのか。全く、のんきなものだ」
グラスを持ったまま立ち上がり、ユーディーの眠っているベッドへと近付いていく。
「お菓子……、パイ、クッキー……ああ、嬉しいよう……」
あまりに幸せそうなユーディーの寝顔を見て、ヴィトスはふと眠る彼女に声をかけてみたくなった。
「やあ、ユーディット」
「ん、ヴィトス? 何でここにいるの……?」
自己紹介をするまでもなく、声だけでヴィトスの事が分かったらしい。
「ユーディット。お菓子はそんなに美味しいのかい?」
眠りを妨げない程度の小さな声で、寝ているユーディーに話しかけてみる。

「ん……美味しいよ。パンプディング、ミルクとタマゴの、甘いの……ハチミツたっぷり……」
むにゃむにゃ、と不鮮明ながらもユーディーは返事をする。
「ふむ。でも、あまりお菓子ばかり食べると身体に悪いぞ」
「んっ、いいんだもん……全部、食べちゃうの」
「良くないよ。君のお菓子は全部、僕が取り上げてしまうからね」
「えっ!」
途端にユーディーの表情が曇る。浅い眠りの中を漂っているユーディーに話しかける事で
彼女の夢を操作できる事を確信し、ヴィトスは次々に意地の悪い語りを考える。
「はい。お菓子は全部片付けてしまったよ」
「うう、嘘〜、ヴィトスの意地悪〜」
ヴィトスの言葉通り、夢の中のお菓子は消えてしまったらしい。
涙こそ出ていないものの、ユーディーはすっかり泣き顔になっている。

「お菓子〜、お菓子〜」
目を閉じたままいやいやをしながら、まるでだだっ子のように手と脚をぱたぱたと動かしている。
その仕草を見て思わず漏れそうになる笑いを抑えながら、
「じゃあ、このレヘルンクリームをあげよう」
ヴィトスは腰をかがめ、持っていたクリームのグラスをユーディーの顔に近付けた。
「ん」
ひくひく、とユーディーの鼻が小さく動く。
「ん、ちょうだい」
ユーディーの腕がグラスに向かって大きく動く。ヴィトスはとっさに身を引いてグラスを守った。

「危なっかしいな」
「レヘルンクリームぅ、ちょうだいよぉ」
「仕方のない子だねえ」
ヴィトスはベッドの前の床にひざをつく。その体勢でグラスのクリームをすくい直すと、
スプーンをユーディーのくちびるに近付けた。
「ん」
ピンク色の舌が小さく動く。ヴィトスがくちびるの縁にスプーンの先を当ててやると、
その冷たさに一瞬驚いたようだった。しかしすぐに、ぱくり、とスプーンをくわえ込む。
「ふにゅうぅ……」
やわらかいレヘルンクリームが口の中で溶けていくのを楽しんでいるのだろう、ユーディーは
嬉しそうな顔でもぐもぐと口を動かしている。

「もっと」
「ああ……、おっと」
もう一さじすくおうとしたが、ヴィトスはうっかりスプーンを床に落としてしまう。からん、と
金属の音が響いたが、ユーディーが目を覚ます気配はない。
「早く、早くちょうだいよぉ」
「待ってくれ、スプーンが」
床に落ちたスプーンを拾って洗ってこようか、それとも新しい物を持ってこようか、思案する時間も
なくユーディーが次の一口をねだる。
「早くうぅ」
「ううん、しょうがないか」
ヴィトスは片方の手袋を脱ぐと、人差し指でクリームをすくった。

「スプーンがないんだ。僕の指でもいいかい?」
「んっ? んー、うー……」
明確な返事はなかったが、ヴィトスがクリームにまみれた指を近付けると、ユーディーは
その指をくちびるに含んだ。
「んにゅ」
ちゅっ、ちゅっと指の先を吸う。舌で舐め回す。
「んくっ……、好き、レヘルンクリームぅ」
温かく湿った、ユーディーの口内。その中にくわえ込まれた指を、ユーディーの舌が這い回っている。
「んはぁ……、もっと」
クリームを全て舐め取ってしまったユーディーは更にねだる。

「僕の指、平気なのかな」
またクリームを指につけると、ユーディーは素直にそれを口に入れる。
ただ単に、夢の中ではヴィトスの指はスプーンになっているのかもしれない。そんな事を
考えつつ、ヴィトスはユーディーに指を吸わせ続ける。
「……指じゃなくても、平気なのかな」
残り少なくなったレヘルンクリームを見て、ヴィトスはちょっとした思いつきを試してみたくなった。
「ユーディット、これが最後のクリームだからね。よく味わって食べるんだよ」
そうささやいてからクリームを指に取り、空になったグラスをベッドのそばの低いチェストの
上に置いた。そのクリームをユーディーのくちびるへとは運ばずに、自分の頬に塗る。

「とっても美味しいよ、ユーディット」
それから、自分の顔をユーディーに近付ける。眠るユーディーの可愛らしい顔、さんざん
ヴィトスの指をくわえていた紅いくちびる。
「さあ、舐めてごらん」
ユーディーのくちびるからわずかしか離れていない場所まで顔を寄せる。甘いクリームの
香りにつられ、頭を傾けたユーディーのくちびるが少しだけ開き、そこから舌が顔を覗かせる。
「……ん」
まず、やわらかい舌が触れた。それから、くちびるがヴィトスの頬に吸い付いてくる。
ヴィトスの頬に塗られたクリームを、ユーディーの舌が丁寧に舐め取っていく。
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