● 信用出来ない人(1/3) ●
「うーん、冒険者としては頼れると思うよ。まあ、それなりには」
アルテノルトの酒場、銀の白砂亭の二階。絵のかけられた壁の前で、ユーディーはクリスタと
他愛のない会話を続けている。
「へえ、そう? こっちの腕前もたいした
ものだし」
クリスタは小さく手を丸めて、ちょいちょい、と招くような仕草をする。ならず者やモンスターが
懐に隠し持っているお宝をかすめ取る、公にはできない特技。
「鑑定の目利きも結構すごいんじゃないかな」
「うん、でもねえ」
ユーディーが首を傾ける。
「あんまり、信用できないって言うか……、そもそも高利貸しなんて信用できなくない?」
「うーん、まあ、人それぞれだと思うけどね」
二人の会話に上がっているのは、ユーディーに大金を貸し付けた人物、ヴィトスの事だった。
「そうだよ。もう、ヴィトスには苦労させられまくりだもん」
酒場のドアが開き、ちらり、とそちらに目をやったクリスタがユーディーの耳に顔を寄せる。
「あっ、信用できない人が来たよ」
少しおかしそうに、ユーディーにしか聞き取れないような小さな声でささやく。
ヴィトスは、きょろきょろ、と酒場全体を見回している。二階に目をやり、ユーディーが
そこにいるのを見つけると、にっこり微笑んでから階段を上がってくる。
「あっ、そうだ、そろそろ、借金を取り立てられる期日だったかもしれない……」
自分の方へ向かってくるヴィトスの顔を見て、思わずユーディーは後ずさってしまう。
「やあ、ユーディット。相変わらず、ご機嫌麗しいようだね」
ユーディーの目の前まで来たヴィトスは、改めて人の良さそうな笑顔を作った。
(ああ、この笑顔に騙されたんだわ……)
最初、親切なお兄さんだと思い込んで、言われるまま素直にお金を借りてしまった。
そのツケを未だに払い続けているユーディーは渋い顔になる。
「おや、お友達とおしゃべりの途中だったんだね。口を挟んで、悪い事をしたかな」
そう言う割りには全然悪びれていないヴィトスに、
「そうよ。あんたは信用できない、って、丁度話ししてたところよ」
ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「ちょっと、ユーディット」
「そうだね、ユーディットは、実に僕の事をよく分かっているようだ」
慌てるクリスタ、別に気にするでもなく頷いているヴィトス。
「そうそう人を簡単に信用してはいけないよ。ところで」
「みぎゃ」
ヴィトスはユーディーの襟首をつまむ。
「せっかくお話しが盛り上がっているところ申し訳ないが、これ、借りていってもいいかな。
僕は今から、彼女の借金の取り立てをしなくてはいけないんだ」
すまなそうに、クリスタにぺこり、と頭を下げる。
「これ? これ、って何よ!」
「ええ、どうぞ、持っていって下さい」
「ちょっと、クリスタまでっ!」
笑いをこらえきれず、クリスタは吹き出してしまう。
「クリスタ、何がおかしいのよっ! ヴィ、ヴィトスっ、引っ張らなくても歩くってば!」
ヴィトスと歩調が合わず、つまずきそうになっている。ヴィトスは勝手に工房のドアを開け、
ユーディーを部屋に押し込むと、自分も後に続いた。
「……僕は、そんなに信用されていないのかねえ」
取り上げたアイテム、グラセン鉱石を手に乗せて眺めながら、ヴィトスはつぶやいた。
「ん、もう、全く、ちっとも。これっぽっちも、ぜぇんぜん信用してないわ」
頬をふくらませ、ユーディーは言葉を並べる。
「ふうん」
グラセン鉱石を小物袋にしまうと、ヴィトスは顎に指を当てた。
「何よ」
じっと見つめられ何となく気恥ずかしくなってしまう。照れ隠しに、べえっ、と舌を出してみせる。
「いや、お金を貸してる側からして、お客にそんなに信頼されていない、ってのは由々しき
問題だと思ってね」
「あたしからしてみれば、利子代わりだとかなんとか言って、毎回毎回大切なアイテムを
取り上げられる方が大問題だわ」
「うーむ……」
顎に指を当て、何か考え込むような仕草をする。
それから何か思いついたのか、ぱっ、と顔を上げる。
「そうだ、ユーディット。肩を揉んであげよう」
「はあ?」
「お客様とのコミュニケーションだよ。何だかユーディット疲れてそうだし」
「そ、そうかな?」
ヴィトスはテーブルに近づくと、椅子の背もたれに手をかけ、それを引いた。
「それとも、僕には触られるのも嫌かな?」
「や、そんな事はないけど……」
椅子を差し出され、素直にそこに腰かける。
「でも、あたし肩なんかこってないわよ」
「まあまあ」
椅子に座ったユーディーの後ろに立ったヴィトスは、手袋を脱ぐと彼女の細い肩にそっと手を当てた。
そのまま、すりすり、とさするように手を滑らせる。
「まあ、疲れていると言えば、借金の取り立てが厳しくて、その気苦労はあるかもね」
「ふうん、それは大変だねえ」
まるで他人事のような返事をしながら、ヴィトスの手は動き続ける。
(何だか、肩があったかくなってきたかも)
彼の大きな手が通った跡が、ぽかぽか、と温かくなっているような気がする。
(それに、何だかあたし、本当に肩こってたのかなあ)
優しく揉みほぐされると心地よい。心地よい、と言う事は、やはり気付かないうちに肩が
はっていたのだろう。
「……なんだか、気持ちいいかも」
「そうか、それは良かった」
肩から、背の方まで手でさすり、指で肩をむにむに、と揉まれる。ほんのり痛いけれど、
その痛みが妙に気持ちいい。また、一箇所を執拗に揉むのではなく、肩全体をやわらかく
動き回っている手に与えられる刺激に、思わずため息が出てしまう。
「ヴィトス、肩揉むの上手いねえ」
「そうかな。ところで、上着の袖が邪魔で、腕の方までマッサージできないんだが」
「えっ、腕もしてくれるの?」
振り向くと、ヴィトスはにっこりと笑って頷く。
「じゃあ、これ脱いじゃうね」
赤い上着の内ボタンを外し、それを脱いでテーブルに放り投げる。
「ね、ね、お願い」
背中に落ちる髪を両手ですくい、片方の肩にかける。
「うん」
ヴィトスは短く返事をすると、改めてユーディーの肩に手をかけた。ヴィトスは先ほどのように
軽く背中を揉んでから、アンダーシャツ越しに丁寧に腕をマッサージしていく。
「くうぅ、そこ、痛っ……、気持ちいいなあ」
肘の上の辺りを少し強めに押さえられ、ユーディーは思わずうっとりした声を漏らす。
「それに、何だかヴィトスの手って」
「僕の手が、どうしたんだい?」
「ん、何でもない」
ヴィトスの手に触られるのは好きかも、と言おうとしたが、何となく気恥ずかしくなって
ごまかしてしまう。
「さて、こんなものかな」
最後の仕上げに、背中全体をぽんぽん、と叩く。
「はい、おしまい」
「どうもありがとう。うーん」
ヴィトスの手が離れると、ユーディーは椅子から立ち上がって軽く伸びをした。
「ふうっ。何だか背中が軽くなったみたい。結構疲れてたんだなあ、あたし」
ゆっくりと首を回してみる。
「やっぱり、調合する時は神経使うし、採取に行く時には重い荷物とか持つからなあ。
今度、しっとりと温泉にでもつかりに行こうかしら」
「ずいぶん年寄りくさい事を言うね」
ヴィトスは楽しそうな顔で笑っている。
「あたしが年寄りだったら、ヴィトスだっておじいさんじゃない。あー、もう、あたし
おばあさんだから、腰も痛いわ。ヴィトスじいさん、腰も揉んでちょうだい」
ユーディーはベッドまで歩いていくと、ぱふん、とうつぶせになってしまう。顎の下で
両手を組み、ヴィトスを促すように脚をぱたぱたさせる。
「はいはい、ユーディットばあさん」
「あ、なんか、ばあさんって言われるとムカつく」
「じゃあ、ユーディットお嬢さま」
「うーん、それは変かも……」
やわらかいベッドに横になったユーディーは、ヴィトスとこんな風に笑い合ったり、ふざけたり
した事はなかったな、とぼんやり考えている。
(とっつきにくいと思ってたけど、結構普通に話せる人なんだなあ)
ヴィトスはマントを脱ぎ、ぎしっ、と音を立ててベッドに膝をかけた。
そのままの格好で、ヴィトスはしばらくためらっている。
「どうしたの? 早くしてよ」
「ええと。直接触ってもいいのかな?」
「え?」
「背中」
「あ」
何を躊躇しているのかと不思議に思ったが、よくよく考えてみると、上着を脱いでしまった
ユーディーは、短いアンダーシャツと、おへそが出てしまう程低い位置にウエストラインが
来ているミニスカート姿だった。無防備にヴィトスに向けた背中は、ほとんど丸出しの
状態になっている。
「あ、ええっと、別に構わないけど」
そうは答えたものの、自分から進んで服を脱ぎ、肌を露出してベッドに横になっている、
そんな状況を思うと、急に恥ずかしくなってきてしまう。
(な、なんか、これって、エッチっぽくない?)
部屋の中で、二人きり。自分からベッドに寝そべって、そこにヴィトスを誘ってしまった。
(スカート、短いし。後ろから見えちゃったりしないかな。でも、今更やめてって言うのも、
意識しすぎているみたいで変だし……)
「ひゃ」
突然肌に触った、少しひんやりとした感触にユーディーは短い悲鳴を上げた。