● 看病の手間賃(4/4) ●

「……ふにゃ」
くちびるを離すと、ユーディーは目を閉じたまま、甘ったれたようなため息を吐いた。
恥ずかしさの余り目も開けられないまま、ヴィトスの胸に顔を埋める。
「そろそろ、本当に眠った方がいいね」
「ん」
曖昧な返事をしながらも、ヴィトスから身体を離したくないユーディーはぐずぐずしている。
「一人じゃ眠れないのかい? 仕方ないな、腕枕でもしてあげようか」
「腕枕……」

ヴィトスに腕枕をされている自分を想像してしまい、恥ずかしくなって慌てて身体を引く。
「へ、平気。一人で寝られる」
「そうか、残念だな。じゃ、腕枕はまたの機会に」
(またの機会、って)
そこだけよく聞こえなかったふりをして、ユーディーはベッドに横たわる。
「僕は、そばに付いていた方がいいかな?」
ヴィトスはベッドから立ち上がると、ユーディーのシーツを軽く直してやった。
「んん、もう大丈夫。寝てる所にいてもらうのも悪いし」
枕に具合良く頭を収めると、徐々に眠気が襲ってくる。

「……ヴィトスに、寝顔見られるのやだもん、って、どうしたの?」
がたがた、と椅子を引きずり、ヴィトスはベッドの真横に陣取ろうとする。
「いや、よだれを垂らしたまぬけ顔で眠っている君を、特等席で鑑賞しようと思って」
「今すぐ出てって! 病人を静かに寝かせてちょうだい!」
くすくす、と笑っているヴィトスに頬をふくらませて見せるが、すぐにユーディーも笑い顔になる。
「じゃあ、僕は大人しく退散する事にするよ。治るまで、いい子で寝ているんだよ」
愛おしそうに、ユーディーの頭をなでる。
「うん。どうもありがとう」
「また明日にでも、様子を見に来るよ。それじゃ」
ユーディーの上にかがみ込み、額にキスをすると、ヴィトスは部屋を出て行った。

「……」
一人きりになった部屋の中で、ユーディーはヴィトスの手や、くちびるの感触を思い出す。
「あたしって、ヴィトスの事が好きだったんだなあ」
自分でも、今日まで気付かなかった感情。
「でも、ヴィトスもあたしの事、好きだったなんて」
そうつぶやいて、気恥ずかしくなってしまう。
「大変な目に遭っちゃったけど、なんか、良かった……かな? これからは、採取に行く時は
 ヴィトスに護衛頼もうっと。でも、そうしたら、手間賃を払わなきゃかな?」
手間賃と称してヴィトスにされる行為を思うと、自然に口元がゆるんでしまう。

「えへへ……」
ヴィトスに触れられたくちびるにそっと手を当てる。
「ふあぁ。あ、そうだ、ちゃんと寝間着に着替えなくちゃ」
身体を起こし、もそもそと着替える。寝間着になると、改めてベッドに横になる。
すぐにユーディーは眠りに引き込まれていった。

◆◇◆◇◆

ヴィトスの手当が良かったのか、気分の高揚が身体に良い効果を及ぼしたのか、翌日目が覚めると
ユーディーはすっかり元気になっていた。
「うう、ん」
大きく伸びをして、ベッドから下りてあくびをする。窓の方を眺め、そこから入ってくる
陽の光に目を細める。
「今日も良い天気みたいね。結局昨日は魔法の草も持って帰れなかったし、でもヴェルンの
 採取場に入るのは怖いから、ヴィトスを誘ってアルテノルトにでも買いに行こうかな」
護衛の依頼を口実に、ヴィトスと一緒にいたいユーディーだった。

「一人で行くのはめんどくさいけど、ヴィトスと一緒なら道のりも楽しいかもしれないしね」
服を着替え、いつもより念入りに髪をブラシでとかしていると、コンコン、とドアをノックする音がした。
「ユーディット、いるかしら」
「はいー」
ドアを開けると、神妙な顔をしたヘルミーナが立っていた。
(うわ、何だろう)
以前、ヘルミーナにいろいろ怪しい薬を飲まされた事を思い出し、ユーディーは無意識のうちに
身構えてしまう。

ヘルミーナはじろじろ、とユーディーの頭からつま先までを眺める。
「元気そうね。具合が悪かったり、痛かったりする所はない?」
「はい、特に何も……元気ですよ」
「そう、良かったわ」
安心したように、ほっと息をつく。
「どうしたんですか、ヘルミーナさん。何かあったんですか?」
「いえ、あなたが採取場で、マンドラゴラに襲われたって聞いたから」

「それでお見舞に来てくれたんですか? あ、ありがとうございます」
ヘルミーナさんも優しい所があるんだなあ、と思って感動していたユーディーの耳に、
「そのマンドラゴラ、多分私が放ったものだわ」
信じられないような一言が突き刺さる。
「えっ?」
「ヴェルンの森に、ぷにぷにやくまが増えて困っているって話しを聞いてね。だったら、
 もっと強いモンスターを使って、一掃してしまえばいいと思って」

「それって、ヘルミーナさん……」
どこかの川に毒を流したり、採取場に巨力な爆弾を投げ込んだ、というヘルミーナの噂は、
あちこちの街で耳にしていた。それをヴェルンでもやらかしたのか。
「植物栄養剤に持続性栄養剤、それから何種類かの薬剤を調合して、マンドラゴラに与えてみたの。
 でも、まさかあなたが襲われるとは思わなくて」
そう言えば、昨日はやたらに強いマンドラゴラ以外のモンスターを見かけなかった。
「ヘルミーナさん」
「本当に、悪かったわ。ごめんなさい」

やって良い事と悪い事がある、と言いかけたが、ヘルミーナにしてはめずらしい殊勝な態度に
気持ちを動かされる。それと、うっかり生意気な事を言ってはいけないと思う心もあり、口を閉じる。
(それに、ヴィトスといい感じになれたのも、ヘルミーナさんのおかげかもしれないし)
「あまり気にしないで下さい。結局、たいしたケガもしなかったし、あたしも油断してた
 部分もあるし」
「そう……、そう言ってもらえると、私も嬉しいわ」
ヘルミーナは持っていたカバンをごそごそ、と探って、何本かのビンを取り出した。
「それで、お詫びと言っては何なのだけれど、これを」

「何ですか?」
「まず、この赤い粉は植物を枯らしてしまう薬よ。もし、植物系のモンスターが出てきたら、
 これを撒いてやりなさい」
「へえ……。一匹に一本使うんですか?」
ビンを受け取り、眺めてみる。
「いえ。それ一本使ったら、ヴェルンの採取場の木を全部枯らしてしまうくらいの威力が
 あるから、ほどほどにね」
「えっ」
ユーディーが絶句していると、ヘルミーナは次のビンを押し付けてくる。

「この緑色の液体は、筋肉増強剤。飲めば力が付くわ。ただし、見かけも腕力に伴って
 立派になってしまうけれど」
「それって、これ飲むと、ボーラーやマルティンみたいにムキムキになるって事ですか?」
「まあ、そんな感じね」
「そんな感じ、って、ヘルミーナさんっ」
「そしてこれが……」
次々に怪しい薬を取り出すヘルミーナを、
「もう、ヘルミーナさんの気持ちだけで充分です。だから、どうか薬はしまって下さい」
何とかユーディーは押しとどめる。

「そう? 効果抜群の薬ばっかりなのに。残念ね」
ユーディーが受け取る気がない、と知って、ヘルミーナは薬ビンをしまった。代わりに、
今度は小さな包みを取り出す。
「じゃあ、せめてこれだけは受け取ってちょうだい」
やわらかいゼッテルで何かをくるみ、口は丁寧にピンク色のリボンで結ばれている。
「これは……?」
また怪しい何かだと思って、緊張してしまう。

「ペンデル、って言ってね。私の先生が、昔良く作ってくれたお菓子なの。もともとの材料の
 いくつかは手に入らなかったから、代わりの物で代用したのだけれど」
リボンをほどくと、中には美味しそうなクッキーが入っていた。
「これ、ヘルミーナさんが焼いたんですか?」
「そうよ。文句がある?」
「いえ」
奇妙な薬はともかくとして、ヘルミーナが自分の為にクッキーを焼いてくれるなんて。

「とっても嬉しいです。ありがとうございます、ヘルミーナさん」
重ねてお礼を言って頭を下げると、
「そんなに丁寧にならなくてもいいわよ。もともと私が悪いんだし」
ヘルミーナは少しだけ照れた顔をする。
「じゃ、私はこれで。とりあえず、マンドラゴラをどうにかしなくちゃ……」
ぶつぶつ言いながら、ヘルミーナは帰って行った。

「しばらくは、採取場には入らない方が良さそうね」
さすがに、ヘルミーナがマンドラゴラを倒している場所に立ち会いたくはない。
「中和剤は腐るものじゃないし、魔法の草を手に入れるのはまた今度にしよう。今日は
 昨日のお礼も兼ねてヴィトスをお部屋に呼んで、このペンデル? 一緒に食べようかな」
ヘルミーナからもらったお菓子をテーブルに置いたユーディーは、ヴィトスをむかえに
酒場に下りていった。
 好きと言われてしまうと、なんとなくそんな気分になってしまう事もある(謎。
 アトリエの主人公の女の子は、頑張り屋さんなので、めったに泣かないのですよ。
 しかし、どうにも泣いてる女の子が好きなもので、
 自分が書くユーディーは、いつでもぴーぴー泣いている…。

 「ユーディーのアトリエ」は、中和剤を作るのがめちゃくちゃ楽しいです。
 どの従属が遺伝するとか、畑に埋めてどうこうとか、いろいろ考えるのがいいなあ。
 この間、なんとか「基本性能++」だけを抽出できないか考えてて、
 ファクトア神殿に鋼の心臓狩りに行こうと思ったら、四つ葉の詰め草の木のあるフロアに
 「基本性能++」の属性のみの魔法の草がぽつねんと生えてて、なんだか気が抜けました。
 しかし、ヴィオの中和剤と継承される属性が違うので、同時にやると混乱するなあ。
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