● 看病の手間賃(1/4) ●
「まずは、何はともあれ中和剤よね」
祝福されたニューズを採取したユーディーは、その属性を有効に使う為に調合手順を考えていた。
「ニューズから中和剤を作って、っと。ゼッテルを混ぜて、個数を増やそう」
今、ユーディーが工房を構えているヴェルンの雑貨屋では、高品質のゼッテルが安く手に入る。
祝福されたニューズと、余分な属性の付いていない極上品のゼッテルを複数、まとめて調合すれば、
祝福され、なおかつ質の高い中和剤がたくさんできる事になる。
「こんだけ中和剤作っておけば、万が一、後の調合で失敗しても安心だもんね」
とりあえず、十個の中和剤を作る。
「よし、成功っと」
何回も調合した経験のある中和剤の調合作業は楽勝だった。
「そしたら、ここから中和剤の属性を継承させるわよ」
祝福された中和剤を使って、ほうれんそうを作る。ほうれんそうは、薬材料、植物、食材の
カテゴリ材料として使える為、そこからいろいろなアイテムに属性を継承させられる。
「えーっと、魔法の草のストック、あったと思うんだけど……、あれれ?」
魔法の草を置いておいた筈の場所には、黒く、ぐちゃぐちゃとした固まりが転がっていた。
「あーっ、魔法の草、全部腐っちゃってる!」
以前魔法の草だった物、現在は壊れたアイテムになってしまった物をつまみ上げる。
「ううぅ。そう言えば、いつ採取したか忘れた程昔のヤツだからなあ」
仕方なく、微妙なニオイを発しているそれを、ぽいぽい、とゴミ箱に放り込む。
「どうしようかな、アルテノルトやメッテルブルグに買いに行くのはめんどくさいし。そもそも、
メッテルブルグの雑貨屋さんで売ってる魔法の草は、最初から質悪いもんなあ」
うーん、とうなって、
「あ、なんだ。採取場に採りに行けばいいんだ」
ヴェルンの街外れから隣接している採取場の入口付近に、魔法の草が自生しているのを思い出す。
上手くいけば、群生地帯を見つけられるかもしれない。
「護衛はいないけど、まあ、ぷにぷにとくまさんくらいなら、あたし一人でも平気でしょう。
よし、がんばろっと」
気合いを入れたユーディーは、採取カゴを持って工房のドアを出た。
「いい天気だなあ。うーん」
中央広場に出たユーディーは、カゴを足下に置いて、大きく伸びをした。
「やっぱり、平和が一番よね」
古代の石樽亭でうわさ話しを聞いたが、いい天気が続く、との事で、特に問題らしい問題も
起こっていないらしい。
「ふあ」
ついでに一つあくびをしてから、カゴを持ち直して街外れへと向かった。
涼やかな風に、可愛いピンク色の花がそよいでいる。
「あ、ネコ」
川にかかった橋の付近では、暖かい、うららかな日ざしに包まれて、毛並みの良い黒ネコが
いねむりをしていた。
「ヒゲ……、今日はやめとこ。ヒゲ切ると、引っ掻かれるんだもん」
以前、どこだかの採取場で、襲いかかってきた大きなヤマネコのヒゲを華麗にむしり取った
クリスタの鮮やかな腕前を見習いたいなあ、と思ってはいるのだが、実際にやってみると
なかなか上手くいかないのだった。
「ネコ、ネコちゃーん。可愛いわねえ」
寝ているネコを驚かせないように、優しい声をかけながらそっと頭をなでてやると、
目を閉じたままでゴロゴロと喉を鳴らす。
「おヒゲは、また今度にしましょうね」
ふふふ、と笑うと、ネコはそそくさと立ち上がり、ユーディーの手を逃れて茂みの奥へと走っていった。
「……ふーんだ」
ネコの後ろ姿を見送ってから、ユーディーは採取場に入って行った。
採取場のあちこちには、期待通り、魔法の草が生えていた。
「これ……クサイからいらない。こっちのは、使えるわね」
変な属性の付いていない魔法の草を、ぽいぽい、とカゴに入れていく。
「あ、緑紋石だ。でも、ここに落ちてる緑紋石って、いまいち使えないのよね。緑色と黒が
混じって、きらきらしてるのはきれいなんだけどなあ……、あっ」
ふいに、向こうから人影がやってくるのが見える。ユーディーは慌てて持っている杖を構えた。
「あ」
「おや、ユーディットじゃないか。どうしたんだい? こんな所で」
その人物が自分の知り合い、ヴィトスだと分かるとすぐに杖を下ろす。
「どうした、って、材料の採取に来たのよ。ヴィトスこそ、こんな場所でどうしたの?」
「僕がこんな場所にいるのが珍しいかい?」
「うーん、珍しくはないけど、不思議。何やってんの?」
「ええと、まあ、色々さ」
何かを含んでいるようなヴィトスの笑いを見て、あまり深く突っ込まない方がいいかもしれない、と
判断したユーディーは、
(まだ借金も返してないし、なんとなく顔を合わせづらいんだよね……)
そんな事を考えて、この場を退散しようとした。
「そう。じゃね」
「おい、ユーディット」
背中を向けると、ヴィトスが声をかけてきた。
「ん?」
「君、護衛を雇っていないのか? 一人で平気なのかい」
「うん、別に平気よ。じゃあね」
歩き出しながら、再びさよならの挨拶をする。
「何だったら、僕が護衛をしようか? こんな場所で女の子の一人歩きは感心できないし、
一緒にいた方が安全だと思うよ」
しかし、ヴィトスは小走りでユーディーを追いかけてくる。
「ちょっと魔法の草が欲しいだけだから、大丈夫だってば。それに、護衛頼むとお金取られるんでしょ」
「それはそうだが……」
「あんまり、森の深い方まで行くつもりはないしね」
「そうか、だったらいいんだが」
そう言いつつも、ヴィトスは心配そうな顔をしている。
「まあ、僕はもう少しこの辺にいるつもりだから。何かあったら、大声で呼ぶんだよ」
「別に……」
平気だ、と答えようとしたが、本当に自分を気遣ってくれているような表情を見て、
「うん、ありがと」
素直に頭を下げた。
(変なの)
ヴィトスと別れ、彼のいた方とは反対の方向へ歩き出しながら、ユーディーはぼんやりと
考え事をしている。
(何で、あんなに心配してくれるのかしら。もしかして、あたしの事を大切に思ってるとか)
じわりと、頬が熱くなってくる。
(ヴィトスが、あたしの事大切に思ってる? って)
そこで、はた、と気付く。
「そっか、あたしに何かあると、借金を回収できないからか……」
立ち止まり、独り言のようにつぶやいた。
(なーんだ。そういう事なのね)
ほんのちょっぴり、何かを期待して熱くなってしまった頬の熱を払うように頭を振る。
さっきまで、彼とは顔を合わせづらいと思っていた筈なのに、今度は彼に護衛を頼めば良かった、
一緒にいてもらえば良かった、などと考えている自分に気付く。
(何だか、ねえ)
心の中が、もやもやと混乱している。
(別に、ヴィトスの事なんて、何とも思ってないもん)
目に付いた魔法の草を、ぷちん、とむしり取って無造作に採取カゴに入れる。
(何とも思ってない、何とも思ってない)
本当にそうだったら、なぜ繰り返し自分の心に言い聞かせなければいけないのだろう。
「何とも……、んっ?」
考え事に気を取られていたユーディーは、自分の背後からこっそりと忍び寄ってくる存在に
気付くのが遅れた。
「何っ!?」
足首に、しゅるしゅると太いロープのような物が巻き付いたのを感じて、慌てて振り向く。
「きゃっ」
途端にバランスを崩し、しりもちをつくように転んでしまう。放り出されたカゴから、
採取したての魔法の草がこぼれ出る。
「えと……、えっ? マンドラゴラ?」
ユーディーの細い足首に何本もの触手を絡み付かせているのは、ヴェルンの街に近い採取場には
生息している筈のないマンドラゴラだった。
「何でこんな所にマンドラゴラが……きゃあっ!」
更に、ユーディーの膝の方へと触手が這い上ってくる。
「ちょっと、やだっ! フレイムフォーゲルっ!」
植物に有効な炎の呪文を唱えたが、結果は不発に終わった。
「あっ」
フレイムフォーゲルを使う際、炎の力を増幅させる為に必要な杖は手元から離れ、
地面に転がってしまっている。
(杖が無くちゃ、フレイムフォーゲルは使えないよ)
そうしている間にも、ユーディーの身体はずるずる、とマンドラゴラの方へ引っ張られていく。
「こら、放して! 放してってば!」
なんとか脚に絡まっている触手を引きちぎろうとするが、しなやかで丈夫な蔓は、素手では
どうにもならなかった。
「た……」
引きずられながら、先ほどの、ヴィトスの優しい目を思い出す。
「助けて、ヴィトスっ!」
彼の名を叫んでみるが、ヴィトスと話しをした場所からかなりの距離を歩いてきてしまっている。
「ヴィトス、ヴィトスぅっ!」
(声……、聞こえないかも。どうしよう)
叫びながらも手を伸ばし、なんとか杖を拾おうとするが、どうしても届かない。
「あう」
無理矢理に引っ張られているうちに、ユーディーの身体は地面にあおむけに倒れてしまう。
伸ばしていた腕にも触手が絡みつき、やがてユーディーは身動きが取れなくなってしまった。
(そうだ、エンゲルスピリットで)
身体が動かなくても、意識を集中すれば、敵の精神力を削る呪文は使える。一撃で敵を倒す
威力はないが、何回か呪文を繰り返せば何とかなるかもしれない。
ユーディーは目を閉じ、額にエネルギーが集まっていくイメージを思い浮かべる。まぶたの裏に
白い光が浮かび、それがどんどん小さく、まばゆくなっていく。
その光が、敵に向かって矢のように勢いよく飛び出していく様子を想像する。同時に、
「エンゲル……!?」
呪文を唱えようとするが、触手に太ももの内側をなでられ、そのぞくり、とした感触に
気を取られて言葉が途切れてしまう。
「きゃあっ!」
ユーディーの首に、何本もの蔓が絡み付いてくる。
「く、くる、し……」
蔓は少しずつ喉を締め付け、ユーディーの呼吸はだんだんと苦しくなっていく。ぱくぱく、と
口を開けても、酸素を肺に取り込む事ができない。
「……」
まぶたが重くなっていき、目を開けている事さえ辛くなる。喉が焼けるように熱くなり、
その熱と身体中の痛みに気を取られ、何も考えられなくなっていく。
「ヴィト……ス」
自分でも意識しないままにそうつぶやくと、ユーディーは意識を失った。