● 採取地にて(3/3) ●
「えっ? もうお終いかい?」
拍子抜けしたような声のヴィトスに、
「そろそろ帰るわよ」
熱くなった顔を見せないように背中を向いているユーディーが、意識して素っ気ない声を
出そうと努めている。
「えーっと、空飛ぶホウキ」
ヴィトスに背を向けたままのユーディーは、カゴからホウキを取り出して手を放す。
ホウキはユーディーの目の前でふわり、と浮いた。
「そんな大きいの、いつもどうやってカゴにしまってるんだい?」
「秘密よ。ヴィトス、乗って。あたしに、しっかりつかまってね」
ユーディーが浮いているホウキにまたがると、ヴィトスが後ろに続く。
「うん、えーと、ここかな」
ユーディーのむきだしのおなかを、むにむに、とつまむ。
「……振り落とすわよ」
「冗談だよ、冗談」
今度はユーディーの胴に普通に手を回して、彼女の肩に軽くあごを乗せる。
「耳に息とか、かけちゃダメだよ」
「うーん、バレてたか」
ヴィトスが大人しくしていると、さらにホウキは高く浮いて、そのまま帰り道をたどった。
リサからプロスタークを経由して、アルテノルトに帰る。酒場でいったんヴィトスと別れると
ユーディーは一人で工房へ向かった。採取して来たばかりのアイテムをカゴから取り出すと、
レシピと照らし合わせながら材料の確認をする。
「えっと、エアロライトと、布はサシャの織物。で、これと、あれ入れて、っと」
すりつぶしたり、かき混ぜたり、熱を加えたり、冷やしたりすると、だんだんユーディーの
手の中でアイテムが形になってくる。
「できたぁ、メテオール!」
あまりのできあがりの良さにほれぼれしていると、ドアをノックする音がしてヴィトスが
入って来た。
「ヴィトス、見て! 今完成したのよ。二人で取って来たエアロライトで作った、祝福されて
威力も高い、極上品のメテオール」
「へえ」
手渡されたメテオールを、ヴィトスはしげしげと眺めた。
「今まで作ったメテオールはあんまりできが良くなかったけど、これはすごいわよ!」
「たしかに、これはたいした物だ」
「これを爆弾屋さんに頼んで量産してもらって、それを材料採取に行く時にたくさん持ってけば
すごく楽になるわ……ヴィトスにひどいケガさせる事も無くなると思うし」
ヴィトスの袖をつかんで、彼の肩にこつん、と額を当てる。
「気にしなくていいよ、ユーディット。ね?」
「うん」
ユーディーは少し濡れた目元をこすると、元気に顔を上げる。
「これで、敵が強くて今まで行けなかった場所にも行けるようになるし、そうしたら今まで
手に入らなかった材料なんかも採取できるわ」
「そして、竜の砂時計の完成にも近づく、って訳だね」
手のひらでメテオールを転がしながら、ぼそっ、とつぶやく。
「何? 小さな声で言っても、聞こえないよ」
「いや。ところでユーディット、僕は借金の返済を迫りに来たのだけれどね」
「えっ?」
「その様子だと、用意できていないようだな」
「ま、まさか。ヴィトス、ちょっと待って……」
ユーディーはヴィトスからメテオールを取り返そうとして手を伸ばしたが、ヴィトスはそれを
さっ、と自分の背中の後ろに隠してしまう。
「無いものはしょうがない。けど僕も手ぶらで帰るわけにはいかないんでね、と言う訳で、
せっかくだけど、これは頂いて行くよ」
「ま、待ってよー! だって、それは」
「これだったら利子の代わりとしても申し分ないからねえ」
「ヴィトス、またケガしてもいいの?」
なんとかしてメテオールを奪い返そうとしているユーディーの手をかわして、自分の道具袋に
メテオールを放り込む。
「今度は油断しないよ」
「油断しないからどうなるって問題でもないでしょ。せめて爆弾屋さんに登録してから、ね?」
「残念だったねえ」
「ううううぅ」
ショックのあまりしゃがみ込んでしまったユーディーの頭をなでると、ユーディーは恨めしそうに
ヴィトスをにらんだ。
「おまけしてあげたいんだけどねえ、これも高利貸しの辛い所でねえ」
「全然辛そうに見えないわよ、辛いどころか楽しそうじゃない。今度、ヴィトスがモンスターに
襲われて死んじゃっても、絶対助けてあげないんだからね!」
ヴィトスの手を払うと、ユーディーはがばっ、と立ち上がる。
「大丈夫だよ、君みたいな子を置いては死ねないから」
「あたしみたいな、って何よ!」
「そんな恥ずかしい事、僕の口から言ってもいいのかな」
「恥ずかしい……って」
いろいろ思い当たる節が多すぎて、顔を赤くするユーディーの前で
「僕はこれから仕立屋にも行かなくちゃいけないから、退散するよ。じゃあな」
ヴィトスはにこやかな笑顔を見せて部屋を出ていった。
ユーディーはしばらく呆然としていたが、
「も、もうっ」
はっ、と我に戻り、あわててヴィトスを追いかける。工房のドアを開けた所で、ちょうど下の
酒場から出ていこうとするヴィトスを見つける。
「ヴィトス!また、一緒に採取に行ってよね!」
二階の手すりから身を乗り出して大声で叫ぶと、ヴィトスはひらひら、と手をふり返した。