● 採取地にて(2/3) ●

わあわあ、と泣いている声が聞こえる。
自分でナイフを刺した場所を、柔らかくさすられている。そこは優しい暖かさに包まれていて、
少し痺れるような感覚はあるものの、痛みは全く感じない。
「ヴィトス、死んじゃやだよ、ヴィトスっ」
何度も名前を呼ばれて、ヴィトスはゆっくりと目を覚ました。
「ユーディット……」
「あっ、ヴィトス、起きた! もう、やだあっ」
顔を涙でぐしゃぐしゃにしたユーディーが、木の根元に寄りかかっているヴィトスの身体に
抱き付いて、胸に顔をうずめる。

「もっ、起きない、から、ど、どうしようかと……」
ひくっ、ひくっ、としゃくりあげながら、途切れ途切れにしゃべる。
「ああ、すまない。君を護衛する立場の僕が、ってこれ、エリキシル剤じゃないか!」
自分の身体の横に転がっている、中身が殻になった小さな壺を取り上げる。さっき、さすられて
いる、と思ったのはユーディーが傷口に薬を塗り込んでいた為らしい。
「もったいない、こんな時に使うなんて。デニッシュでも食べて、少し休ませてもらえれば」
「ナイフが刺さってて、血、止まらなくて、ナイフ抜かなきゃ、って思って」
先ほどの、ヴィトスの傷口の惨状を思い出して、ユーディーの顔が青ざめる。

「傷口にエリキシル剤をかけながら、ナイフを抜いたの。ごめんなさい、だって、ほ、ほんとに、
 ヴィトス死んじゃうかと、思ったんだもん……」
ヴィトスの治療に必死になっていたが、ヴィトスが目を開けてほっとしたのか、ユーディーの
身体ががたがたとふるえ出す。
「ああ、君を責めてるんじゃないんだ。ごめん、治してくれてありがとう」
小刻みにふるえるユーディーの肩を抱きしめる。
「ううん、だって、あたしが無茶したからいけないの。痛い思いさせて、ごめんね、ヴィトス」

ヴィトスはおそるおそる、自分がナイフで刺したとおぼしい場所に指を伸ばす。
「ん?」
そこは服が破れた跡はあるものの、傷跡や痛みは全くない。しかも不思議な事に血の汚れすら
見あたらない。ヴィトスが驚いていると、
「完全回復のエリキシル剤で祝福されてるヤツだから、血とかも浄化してくれるんだ、と思う。
 あたしも、なんで血の色が消えたのか、わかんないの」
自信なさげにユーディーが説明する。
「ああ、これだったら仕立屋に出して繕ってもらうだけで済むな」
エリキシル剤のおかげで、むしろ倒れる前より元気になっているヴィトスは、ユーディーを安心
させるように笑顔を作る。

「あたしに縫ってくれ、とか言わないの?」
「君、裁縫できるのかい?」
「うっ、あんまり得意じゃないけど」
「この程度の破れで済んだ服を、着れないくらいにめちゃめちゃにされても困るしねえ」
「ひどいっ、何よその言い方!」
こぶしを振り上げるユーディーを見て、ヴィトスがくすくすと笑い出す。
「うん、ユーディットも元気になったね」
「あっ……」

握ったこぶしを開いて、ゆっくりとヴィトスの首に手を絡める。
「もう、本当に心配したんだから。混乱してるからって、まさか、自分のお腹を刺すなんて」
「だって、君に痛い思いさせる訳にはいかないだろう?」
「……」
ユーディーは投げ出されているヴィトスの足の上にまたがると、全身で抱き付いて、ヴィトスの
顔をじっと見つめる。
「ヴィトスが、無事で良かったよ」
少し乱れているヴィトスの髪を指で梳きながら彼の首筋に顔をうずめると、ヴィトスもユーディーの
背中をゆっくりとなでる。

「さて、そろそろ帰るとするか」
「もう少し休んで行かなくて大丈夫?」
「うん、エリキシル剤のおかげで回復したしね……」
「どうしたの?」
少し考え込むようなヴィトスに、ユーディーが不安げに声をかける。

「でも、ちょっと元気がないかもしれない」
「だ、大丈夫? ヴィトス」
心配そうに、ヴィトスの肩や髪、額に優しくふれるユーディーの手のひらの体温が心地よい。
「うん、君がキスでもしてくれたら、元気が出るんだけどなあ」
「ええっ、な、なによそれっ!?」
かああっ、と真っ赤になるユーディーに、ヴィトスがいたずらっぽい顔で微笑む。

「ほら、早くしてくれないかな。早くしないと、また倒れてしまいそうだ」
「えっ、あの、でも」
ユーディーはおろおろ、と戸惑っていたが、やがて覚悟を決めたように
「わかったわよ、ヴィトス、ちょっと目をつぶってて」
そう言ってヴィトスのまぶたを自分の両手でおおった。
ヴィトスが大人しく目をつぶっていると、頬にユーディーのやわらかいくちびるの感触がして、
「はい、おしまい」
照れた口調のユーディーがさっさと立ち上がった。
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