● ラステルからのプレゼント ●
「ねえユーディー、もうすぐユーディーのお誕生日よね」
「えっ? あ、ああ、そうだね」
ラステルの言葉に、ユーディーは少しだけ驚いた顔をした。
「どうしたの? もしかしてユーディー、自分のお誕生日忘れてたのかしら」
くすくす笑ってしまうラステルだったが、ユーディーの表情が少しだけ哀しそうなのに
気付いた瞬間その笑いも止まってしまう。
「ん、忘れてないよ。そうだね、またお誕生日が来るんだ」
ふう、と小さくため息さえつくユーディー。
「ごめんなさいユーディー、私何か気に障る事言ったかしら。お誕生日、嫌なの?」
去年も、その前のお誕生日も、ユーディーの部屋で楽しくパーティーをしたのだ。皆は
お茶の葉やジュース、ワインを持ち寄って、ラステルはイチゴの乗った大きなケーキを
作っていって。特にトラブルも無かったし、気に病むような思い出は無かった筈だ。
「ううん、嫌な訳ないよ。ねえラステル、お誕生日にはケーキを焼いてくれる?」
「ええ。ユーディーの為なら頑張るわ。今年もイチゴでいいのかしら」
「今年。今年も……、ね」
ユーディーの声が陰る。
「ユーディー?」
「あ、何でもないの。もちろんイチゴ。ラステルのケーキ楽しみだなあ〜」
明らかに無理をして元気を装っているのが分かる。
「ねえユーディー、何か悩みでもあるの?」
「えっ? ううん、全然。あたしが悩み事なんかするタイプじゃないの、ラステルが
一番良く知ってるじゃない」
例え悩み事があっても自分の前ではめったに弱音は吐かない、ラステルが知っているのは
そんなユーディーだった。
「そう、それならいいけれど」
これだけ気を張ってみせると言う事は、よほど知られたくない何かを抱えているのだろう。
その気持ちを汲んだラステルはこの場ではこれ以上追求しなかった。
◆◇◆◇◆
「ユーディー、遊びに来たよ」
コンコンと軽いノックをしてからユーディーの工房のドアを開ける。
「あっ、ラステルいらっしゃい」
調合釜の前にいるユーディーは振り返ると優しい笑顔になった。しかしラステルは一瞬前の
難しそうな悩み顔を見逃さなかった。
「ユーディー、お仕事忙しいの?」
「ううん、お仕事は大丈夫。借金も返したし、ほどほどに稼いでるから」
ユーディーが手に持っている薄汚れた紙切れには、ラステルが読めない難しい文字が
びっしりと書き込んである。
「それとも採取に行って疲れてしまったのかしら」
「あ、そうだ。採取と言えば、またファクトア神殿に行かなくちゃ」
話しにしか聞いていないが、ファクトア神殿は並はずれた強い敵がひしめく危険な
ダンジョンだった。その名前がユーディーの口から出るのを聞いて、ラステルの身体が
こわばってしまう。
「世界霊魂が足りないの。あれが無いと竜の砂時計が作れない」
「……ユーディー?」
「あ、ごめんごめん。せっかくラステルが遊びに来てくれたのに関係ない話しして」
「竜の砂時計、完成しそうなの?」
「うん、もう少し。もう少しなんだ。レシピはできてるから、後は質の良い材料を手に
入れるだけなの」
「そうなんだ」
「フレアトルクを作るのにいい月晶石が欲しいんだけど、なかなか見つからなくて」
「……」
くちびるを噛んでうつむいているラステルに気付き、ユーディーは言葉を切る。
「あっ、ごめんね、錬金術の話ししても興味ないよね。さて、ラステルの為に美味しい
お茶でも淹れるかなあ〜」
「ユーディー」
わざとおどけるユーディーに駆け寄ると、ラステルは一番愛しい親友の身体に抱き付いた。
「ラステル、どうしたの?」
「ううん、何でもない」
驚いているユーディーの肩に顎を乗せ、ラステルは目を閉じる。
「ただ、こうしていたいの」
竜の砂時計が完成すれば、それきりユーディーとはお別れになってしまう。
「ラステル……」
ユーディーが過去に帰ってしまえば、もう二度とお誕生日を祝うケーキを作る事もなくなる。
「ユーディー、私」
その時、ふいに自分の身体に腕が回るのを感じてラステルは驚いた。
「ユーディー?」
ユーディーの腕がしっかりと自分を抱きしめている。
「えへへ、何だかあたしもこうしていたいや」
笑ってはいるが、その笑いの影には涙が混じっているようだった。
「ね、ユーディー」
「ん?」
ユーディーもラステルの肩に埋めたままの顔を上げようとしない。
「私、今度のユーディーのお誕生ケーキ、頑張って作るからね」
「うわあ、嬉しいなあ。今までのだって美味しかったけど、ラステルが頑張ったら本当に
ほっぺが落ちちゃうよ」
お互いの声が震えているのに、お互いそれに気付かないふりをする。
「すごく楽しみだな。あたし、ラステルの作ったお菓子を食べるの、本当に大好きだから」
「私は私の作ったお菓子をユーディーに食べてもらうのが大好きよ」
「良かった。それじゃあたし達って相性抜群だね」
ラステルは自分の肌にほんの少しだけ、ユーディーの熱い涙が触れるのを感じた。多分
自分の涙もユーディーには気付かれているのだろうが、かまわなかった。
◆◇◆◇◆
砂時計はユーディーの誕生日が来る前に完成した。いつもと同じように遊びに行った
工房の中、ユーディーはいつもと全然違う表情をしていた。
「ついに過去に戻る為のアイテムができたよ!」
嬉しそうな。安心したような。そして、どこか悲しそうな顔のユーディーは両手に持った
砂時計をラステルに差し出して見せた。
「いや! いやよ! ユーディー、行っちゃいやぁーっ!」
ユーディーに抱き付き、泣きながら引き留めるラステル。しかしユーディーは優しく
微笑みながらラステルのお願いを退けたのだった。
「おねがい、どこへも行かないで。私のそばにいて、ユーディー」
「あたしは、本当はこの世界の住人じゃないから」
そんな事は今更ユーディーの口から聞かなくても、初めて会った時から分かっていた。
「……どうしても帰らなきゃならないの」
その言葉がささくれた棘のように耳に刺さり、頭の中にがんがんと響き渡る。
「ユーディー」
「分かって、ラステル」
いつでも笑ってラステルのわがままを聞いてくれたユーディーが、今回だけはきっぱりと
首を横に振った。
「ユー、ディー……、いや、いやよ、そんなの絶対にいや」
溢れる涙を手でこすりながら、ぼやけた瞳でユーディーの顔を見る。その時ラステルは
ユーディーの瞳にも涙が浮かんでいるのに気が付いた。
(ユーディーも、帰りたくないんだ)
一言も口に出さなくても、表情を見れば親友の考えはすぐに分かる。
(それなのに何で)
ユーディーの話しを聞く限り、過去には彼女がどうしても戻らなければいけないような
重大な要因があるとも思えなかった。普通のお仕事をして、錬金術のお勉強をして、
それだったらこの世界、ラステルのいる世界でも同じように続けて行ける筈だ。
「ラステル、これからもずっと、あたし達は友達だよ」
喉の奥から絞り出すような涙混じりの言葉。
「二百年の時を越えた友達って、すごいと思わない?」
無理をして笑顔を作るユーディーが痛々しい。
「そんな」
突然ユーディーの悲しさ、迷い、胸の苦しみが自分に襲いかかって来たような気がして
ラステルは固く目を閉じた。
(ユーディーは、言えないんだ)
この世界に残りたい、そう素直に口に出せないユーディーの辛さ。
(ユーディーは不安になって怯えてる。自分がここにいていいのか自信が持てなくて)
ラステルの言葉を表面上突っぱねてはいるが、本当はその言葉にすがりたいと思っている。
でも、ラステルの言葉にすがるのは卑怯だからと、涙と一緒に弱音を噛み殺している。
どうしてそんな事が分かるのか不思議だったが、自分が抱きしめている親友、自分を
抱きしめている親友の思考が心の中に流れ込んでくるようだった。
「大丈夫、大丈夫だよ。ユーディー」
「ラステル?」
軽い目眩がして、足が震えて来る。
「ユーディーはここにいていいんだから。私のそばがユーディーの居場所なんだから」
「ラステル、何を」
驚き、安堵感、それでも自分を律する気持ち。
「だめだよ。あたしは帰るって言ったでしょ?」
帰りたくない。帰りたくない。帰りたくない。ユーディーの心は力一杯そう叫んでいる。
「嘘、ユーディーは」
これ以上、言わないで。ユーディーの瞳がラステルに懇願していた。
「ユーディーは……」
ぐらぐらしていた思考が、ふいにすっきりする。まるで午後のうたた寝から覚めたような
気分になったラステルは、もうユーディーの思いが自分に伝わってこないのに気付く。
(今のは、何?)
自分とユーディーの心と身体が溶けて混じり合っていたような不思議な感覚だった。
悲しさの余り白昼夢でも見たのだろうか、そんな風にも思えてしまう。
(でも)
確かに自分はユーディーの心を感じていた。それは間違いない。
「ラステル?」
気遣うようなユーディーの声。これ以上ユーディーに心配をかけてはいけない、そう思った
ラステルはこの場を取りつくろうような言葉を探す。
「ごめんなさい、何だかユーディーがお友達ではなくなってしまうような気がして」
落ち着いたラステルを見て、ユーディーも安心したようだった。
「大丈夫だよ。これからもずっと、あたし達はお友達だよ。二百年の時を越えても、
ずっと、ずっとお友達だから」
まるで自分を納得させる為の言い訳にしか聞こえない。
「そうね。うふふっ、きっと私達以外、そんな素敵なお友達はいないわ」
それでも無理をして笑顔を作ると、ユーディーも不自然に引きつった笑いを浮かべた。
「そうよ。ねえラステル、あたし達はずっとお友達よ」
乾いた笑い声でも何もないよりはましだった。
◆◇◆◇◆
多分、これが最後のお誕生日パーティーになるだろう。ユーディーを初め、みんなも
薄々そう考えていたが誰も口には出さなかった。ただユーディーが生まれてきた日を
祝い、プレゼントで彼女を喜ばせ、少しだけからかったりして楽しい一日は終わった。
「……ねえ、ユーディー」
パーティー会場になったユーディーの部屋。日が落ちて、そこに残っているのは後片付けの
ユーディーとラステル二人だけになった。
「ん?」
テーブルを拭きながらユーディーが返事をする。
「今日、楽しかったね」
「うん! すっごい楽しかった。ラステルのケーキもものすごく美味しかったよ」
可愛らしくウィンクしながら残ったケーキに目をやる。
「これは明日食べさせてもらうね。あっ、もしかしたら、夜おなかがすいて食べちゃうかも」
「ええ。それでね、ユーディー」
カップを洗い終わったラステルは手を拭くと、ユーディーのそばに歩いてくる。
「どうしたの? ラステル」
「私、ユーディーにもう一つプレゼントがあるの」
「プレゼント? だってケーキもらったのに、そんな、悪いよ」
少しだけ驚くユーディーをラステルは優しく抱きしめる。
「ねえユーディー、今から私が言う言葉を繰り返して欲しいの」
「う、うん。いいけど」
ラステルの思惑が分からないユーディーはとりあえず台ふきをテーブルに放り投げた。
「いい? 『私はラステルが好き』」
恥ずかしさでラステルの頬が赤くなってしまう。
「えっ? あっ、うん。好きだよ、あたしラステルの事、好き」
ユーディーも照れて赤くなってしまった。
「ユーディー、繰り返して」
「あっ、うん。あたしはラステルが好き」
お互いに分かっている事実を改めて口に出すのは変な感じがした。
「次。『私はラステルと一緒にいたい』」
「うん……、あたしは、ラステルと一緒にいたいよ」
ユーディーの声が少しだけ陰った。
「じゃあ次。『私はこの世界に残りたい』」
「ラステル?」
ラステルはくちびるを真っ直ぐに結び、真剣な目をしてユーディーを見つめていた。
「ユーディー、繰り返して」
「で、でも。この間も言ったじゃない、あたしは元の世界に帰るって」
「ええ、それは聞いたし、ユーディーの決意は分かってる。でも今は、私が言った事を
繰り返して欲しいの」
「でも、ラステル」
「ただ私の言葉を真似るだけよ、簡単でしょう?」
「……」
ユーディーはラステルのまなざしに耐えきれずにうつむいてしまった。
「ユーディー、私の目を見て」
「う、うん」
それでも、言われて顔を上げる。
「『私はこの世界に残りたい』。ね、ユーディー」
「あたし、あたしは……」
ユーディーのくちびるが震えている。
「だめ。言えない」
「どうして? 簡単な言葉じゃない」
「簡単だけど、簡単じゃないよ。だって、あたしは」
「ユーディー!」
今にも泣き出してしまいそうなユーディーを追い詰めるのは、まるで彼女をいじめている
ような嫌な気持ちになった。
「ユーディーが自分ではっきりと決断したのなら、私が何を言おうと、私に何を言わされ
ようと気持ちが揺らぐ事は無い筈よね」
迷う気持ちにつけ込むのは卑怯だと分かっていたが、ラステルはどうしてもユーディーを
失う訳にはいかなかった。
「それなのにどうして言えないの? ただ口に出すだけじゃない」
「言えない、言えないよ。だって、そんな事を口に出したら」
ユーディーがラステルの背中に両手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
「……そんな事言ってしまったら、本当に帰れなくなる」
ユーディーの声はか細く震えていた。
「ユーディーは元の自分の世界に戻りたいの?」
「それはそうだよ。だってあたし、その為に頑張ってきたんだもの」
明らかに戸惑いが混じっているユーディーの声。
「ユーディーはこの世界に留まりたくないの?」
「それは」
ぐっと息を飲み込む。
「ねえユーディー、ユーディーは私と一緒にこの世界で暮らしたくないの?」
ユーディーのくちびるがゆっくり開きかけ、そして閉じた。
「私はユーディーと一緒にいたい。ユーディーと離れたくない。ずっとユーディーと暮らしたい」
「ラステル」
ラステルの身体に回したユーディーの手に力が入った。
「あたし、あたしは」
これ以上質問を重ねる事無く、急かしもせずにラステルはユーディーの言葉を待った。
「あたしは……」
しばらくしてから、小さいけれどはっきりと答える。
「あたしもラステルと一緒にいたい。ラステルと離れたくないよ」
その返事を聞いて、ラステルの全身が燃え上がるように熱くなった。
「でも、でもね、ラステル」
「ううん、『でも』はいらない。それがユーディーの正直な気持ちなのね」
「うん、でも」
「だったらそれでいいじゃない。何がいけないの?」
「だって、あたしは」
言葉を切り、ユーディーはゆっくり首を横に振った。
「ううん、いけない事なんて無いと……、思ってる。思いたいんだ、でも」
「ユーディー」
ラステルはユーディーを強く抱きしめる。
「私はユーディーがいなくなったら悲しい。ユーディーもここからいなくなるのは悲しいよね?」
「うん」
「私はユーディーがここにいてくれたら嬉しいわ。ユーディーもここにいられれば嬉しいよね」
「……うん」
涙をこらえるユーディーのくちびるが震えている。
「私は悲しいより嬉しい方が好きよ。ユーディーも嬉しい方がいいでしょう?」
「そう、だね」
「だったら、ユーディーの口でそう言って。『私はこの世界に残りたい』って」
小さく頷くと、ユーディーはラステルの目を見つめた。
「うん。あたしは、この世界に残りたい」
我慢できずにユーディーの顔がくしゃくしゃと崩れ、ついに涙が溢れてしまう。
「あたしもラステルと離れたくない。ずっとラステルと一緒に暮らしたい」
それでも、全身の緊張が緩んだユーディーはどこか安心したように見えた。
「……あたし、ね」
やがて、まだ涙の混じる声でユーディーが話し出す。
「ずっと不安だったんだ。お誕生日を迎える度に、また一年経ったのにこんなにゆっくり
していていいのか、結果を出せなくて、竜の砂時計を完成させなくていいのかって」
「でもユーディーが頑張っていたのは知っているわ」
こくりとユーディーが頷く。
「うん、あたしも頑張ってたよ。だから、どうして頑張ってるのに結果が出ないのかって
自分が悔しくて、情けなくて」
以前誕生日の話しをした時に暗い顔をしたユーディーをラステルは思い出した。
「焦って、どうしていいか分からなくて。それでもやっと砂時計の調合に成功して、
そうしたら今度は自分の気持ちが分からなくなって」
ラステルが相づちを打つとユーディーが続ける。
「砂時計を作って過去に帰るのがあたしの目的だった。それなのに砂時計が完成したら
今度は、帰りたくない……、って。でも」
ぐすっ、と涙を飲み込む。
「あたしは、何の為にこの世界に来たんだろう。あたしがいる事がこの世界にとって
何の意味があるんだろう、そんな風に考えてしまって」
ユーディーの話しを邪魔しないように、ラステルは仕草だけで返事をした。
「そして、あたしが元いた世界。あたしがいなくなってもかまわないなら、その世界に
とって不要な存在だったのかな、って思ったらとても悲しくなって」
「……ユーディー」
「でも、考えたの。本当に色々考えて、分かった気がするの。もしかしたらあたしの
勘違いかもしれないけれど」
手を丸め、ユーディーは濡れた目元をこする。
「あたしがこの世界に来たのは」
まだうるんでいる瞳で、ユーディーはラステルを真っ直ぐに見つめた。
「ラステルとお友達になる為……、ラステルに出会う為だったんじゃないかなって思って」
その言葉を聞いた瞬間、ラステルは目も眩むような幸福感で気を失いそうになった。
「だってそれしか考えられないよ。あたしが元の生活を失ってまで手に入れる価値がある
もの、ものって言ったらいけないけど、でもそれはラステルしか」
「ユ……、ディ」
くちびるが震え、親友を呼ぶ声が途切れてしまう。
「驚いたらごめん。あたしが一方的にそう考えてるだけなのは分かってる」
言いたい事が言葉にできず、ラステルはただ口をぱくぱくと動かしていた。
「わた、し」
それでもどうしても今自分の気持ちを言葉にしなくてはいけない気がして、意識して
乱れる呼吸を押さえ付ける。
「私が生まれてきたのは、ユーディーに会う為だと思っているの」
大げさな言い方なのは分かっているが、ラステルにとってはそれが真実だった。
「ラステル」
「だからユーディーがここに来てくれて嬉しい。ユーディーがいなくなったら嫌よ。
おねがい、そばにいて。ずっとずっと私のそばにいて」
「……ラステル」
「私達は二人で一つだと思うの。離れては生きていけないのよ。ユーディーならこの気持ち、
分かってくれるよね」
「うん」
涙で濡れた瞳で微笑みながら、ユーディーはしっかりと頷いた。
「これが、プレゼント」
「えっ?」
「ユーディーの本当の気持ちに気付かせてあげるのが、私からのプレゼントよ。何だか
少し偉そうな言い方をしてしまって申し訳ないけれど」
自分の図々しい態度、物言いを恥じるようにラステルは頬を赤らめた。
「申し訳ないって、そんな。だってラステルがお話ししてくれなかったら、あたし」
ユーディーは濡れた顔をごしごしとこすり、泣いてしまったのを隠すように笑顔を作る。
「ねえラステル、もう一つプレゼントのおねだりをしていい?」
「もう一つ? 何かしら」
いつものいたずらっぽい表情でウィンクをした。
「これから毎年ずっと、あたしの誕生日にはケーキを焼いてくれる事。あ、毎年って事は
一つじゃないか」
「……ユーディー」
これから、毎年、ずっと。ユーディーのくちびるから出た言葉の一つ一つが嬉しくて、
あまりの嬉しさにすぐには実感が湧かなくて、ラステルは口の中でもごもごとその言葉を
繰り返してみた。
「ずっと。ずっとね、ユーディー」
「うん。……ねえラステル、ずっとあたしのそばにいてくれなきゃ嫌よ」
「ユーディーこそ、私のそばにいてくれなきゃだめよ」
もう大丈夫だと分かっていても、ユーディーの答えを何度でも繰り返し確認したかった。
「うん。離れないよ、離れたくないもの」
「私だって。ユーディー、ずっと一緒にいましょうね」
「うん」
お互いに相手をしっかりと抱きしめ直し、目を閉じて頬を寄せた。