● 腕の中の小さなキス(同人誌より再録)(2/2) ●
「えっ?」
「あ、いや、なんでもない。じゃあな」
あわてて立とうとしたヴィトスのマントを、またユーディーがしっかりと押さえる。
「ヴィトスって、まさか」
目を丸くしたユーディーが言葉を切る。
「ああ、そうだ。多分君が考えている通りだよ」
難しい事を考えているようでも見えればいいなと思いつつ、熱くなってしまった顔に
手を当てる。普段仕事の時に無意識に浮かべている筈のポーカーフェイスの作り方を
思い出せず、ヴィトスの心の中は更に動揺してしまう。
「そんな! ヴィトスが小さい女の子にどうこうって趣味の人だったなんて!」
その時ユーディーの容赦ない言葉が背中に刺さって、思わずヴィトスは前にのめった。
「あ、あのねえ、ユーディット」
「あたしが考えている通りだ、って言ったじゃない! し、信じられないわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
振り向いたヴィトスはいやいやをしながら遠ざかろうとするユーディーをつかまえようと
したが、小さな手はさっとすり抜けてしまう。
「いや、違う、誤解だ。君と僕の考えていた事っていうのは、違ったようだ」
「きゃああ、襲われるっ」
「違う! 聞いてくれ、えーっと、僕が好きなのは小さな女の子じゃなくて」
ベッドの隅に逃げてしまったユーディーを追いかけて自分もベッドに上がる。ベッドに
隣接している壁に貼り付いているユーディーの前に座り、
「僕が好きなのは、ユーディット、君だ。小さくなっても、例え大きくなったとしても、
君が好きなんだ」
照れた顔を上げられずに、ふてくされたような声でつぶやく。
「えっ?」
「だから君とキスできればいいなと思ったんだけど、でも、ごめん。君の言う通り、
キスは好きな人同士でするんじゃないとだめだよね」
「えっ、あの、あたし」
それきりユーディーは黙ってしまう。ヴィトスがふっと顔を上げると、ユーディーは
小さな女の子には似合わないような哀しい瞳をしていた。
「ヴィトスがあたしを好き? なんて、また嘘を付いて騙すつもりなんでしょ」
「嘘じゃないよ、本当だ」
ユーディーの目を真っ直ぐに見つめて言い切る。
「そんな、だって。じゃあ嘘だったらどうする?」
「嘘だったら君の借金の利子を帳消しにしてもいい。僕は君が好きなんだ、って、なんで
僕がこんなに必死にならなければならないんだ、君は僕の事が嫌いなんだろう?」
頬を赤らめてだんだん目がうるんでくるユーディーを前に、ヴィトスの方もだんだん語尾が
荒くなってくる。
「ヴィトスがお金の事を持ち出すなんて。信じてもいいのね?」
壁から離れ、ヴィトスのすぐ前に向かい合うようにして、ぺたんと座り込んだ。
「おい、君は僕の言葉よりもお金の方を信用するのか? そもそも」
「あのね」
ヴィトスの言葉を遮り彼の服の袖をつかんで顔を伏せたが、すぐにぱっと顔を上げた。
「あたしも」
真剣な鳶色のまなざしが彼の目を見つめる。銀紫色の髪が揺れる。
「えっ」
「あたしも、ヴィトスが好き」
「えっ?」
ヴィトスは言葉に詰まってしまう。
「君は、だってキスは嫌だって」
「だってヴィトスがあたしを好きだなんて知らなかったんだもん! あたしはヴィトスが
好きだけど、ヴィトスがあたしを好きじゃないんならキスはしちゃいけない、って
思ったんだもん……」
「えっ、そうか。そういう事か? なんとなく分かったような、分からないような……」
お互いに顔が赤くなり、そのまま黙り込んでしまう。
「ユーディット」
「は、はい」
ユーディーの細く、小さい肩に手をかける。
「好きだよ」
「う、うん、あたしも好き」
そのまま引き寄せて抱きしめると、やわらかい髪の甘い香りがヴィトスをくすぐる。
ヴィトスはユーディーを横抱きにして壁に寄りかかり、膝の上に収めた。優しく頭を
なでながら顔を近づけると、ユーディーは緊張した表情でゆっくりと目を閉じる。
「えーっと」
はたとヴィトスの顔が止まる。
「ん?」
「キスしてもいいのかな」
「こ、こういう時にそういう事って、あんまり聞くもんじゃないと思うわ。それとも
怖じ気づいた訳?」
困った声を出すユーディー。
「いや、そういう訳じゃないんだ。でも、やっぱり子供にキスをするっていうのは
倫理的な抵抗があって」
「さっき、さんざんおでことかほっぺにしたじゃない」
「それはそうだけど……、ねえ」
「もうっ、キスしたいとか、したくないとか。本当にわがままなのね、ヴィトスは」
くすっと笑いながらユーディーはヴィトスの首に抱き付いた。
「じゃあ、ちゃんとしたキスは、あたしの身体が元に戻るまでおあずけね」
ヴィトスの頬に軽いキスをすると手で口元を隠しながら、ふあぁ、とあくびをした。
「どうした? こんな時にあくびするなんて」
「んっ、なんだか、さっきから眠くてだるいって言うか……。薬のせいなのかなあ」
むにゃむにゃと目元を擦る。
「少し昼寝するかい?」
「うん。ヴィトス、あたしの事、ずっと抱っこしててね。あたしが寝てる間にどこかへ
いなくなったりしちゃ嫌よ」
「ああ」
もう一つ、可愛く小さなあくびをすると、ユーディーは安心したように背中を丸めて
ヴィトスの胸に顔をうずめた。
◆◇◆◇◆
「……重い」
いつの間にか自分も眠ってしまっていたらしいヴィトスが、足がぴりぴりと痺れる
不快感に目を覚ます。
「うん?」
膝の上ではいつも見慣れた年齢に戻ったユーディーが寝息を立てていた。
「ああ、良かった」
ほっとため息を付くと、
「ユーディット?」
髪をなでながら愛しい人の名前を優しく呼ぶ。
「んんっ」
頬をこすりながらユーディーが目を開ける。
「えーっ、と?」
一瞬ここがどこだか分からない様子できょろきょろ、と左右を見回す。
「あっ」
それでもヴィトスの腕の中に抱かれているのに気が付くと、ぽっと頬を染めた。
「おはよう、ヴィトス」
真っ赤になった顔を伏せ、照れるあまりに何を言っていいか分からずに、とりあえず
小さな声で挨拶をする。
「まあ、まだ夕方だけどね。ところでユーディット、君の身体は無事に元に戻ったようだよ」
「えっ? ああ」
言われて手や身体を見たり、自分でぺたぺたと顔を触ったりする。
「ほんとだ! よ、良かったあ」
安堵するユーディーの頬にヴィトスの大きく温かな手が触れた。
「好きだよ、ユーディット」
「うん……、良かった、夢じゃなかったんだ」
耳まで真っ赤になるユーディーがはにかみながら口の中でそうつぶやいたのが聞こえて、
ヴィトスは彼女にくちづけようと顔を寄せる。
「あっ、ねえヴィトス、あのね、目をつぶって欲しいの」
甘えるような声でねだられ、ヴィトスは素直に目を閉じた。ユーディーの両手がヴィトスの
顔に触れ、頬をさするように動き回る。
「ヴィトス……」
手の感触、膝の上のユーディーの身体のやわらかさと体温、耳に当たる可愛らしい声。
全てが心地よくて、ふっと身体の力を抜いた。
「ヴィトス、むに〜!」
その途端に頬をつままれ、ぐいっと思い切り横方向に引っぱられる。
「こら、うーういっと」
「ふふんっ」
まともにしゃべれないヴィトスにかまわず、頬をつまんだまま、むにむにと手を上下する。
「キスをしなきゃ薬の効果が切れないなんて、あたしを騙した罰よ」
最後にめいっぱい横に引っぱってから手を離し、ヴィトスの膝から逃げてしまう。
「ユーディット」
それをつかまえようとして伸ばしたヴィトスの手をかわしてベッドから飛び降りると、
そこから二、三歩駆け出し、
「そんな簡単にキスなんかさせてあげないんだから」
くるっと振り返って両手を背中で組み、いたずらっぽく微笑んだ。
「約束が違うぞ、ユーディット……、うわっ」
追いかけようとしたヴィトスのまだ痺れている足がもつれ、ベッドの上で転んでしまう。
「もう、ヴィトスったら。だめよ、こう言う時はちゃんと追いかけて来てくれないと」
くすくすと笑いながらベッドのそばまで戻って来ると、ユーディーは起きあがりかけた
ヴィトスの肩に手をかける。
「全く、君って人は」
「でも、ヘルミーナさんには少し感謝かな」
ベッドの縁に膝を付き、嬉しそうな顔を傾けてヴィトスの額にキスをした。
「……ユーディット、おいで」
「えっ?」
思ったより早く足の痺れから回復したヴィトスは、ユーディーの腕を握って彼女の身体を
自分の方へと引っ張った。
「きゃっ」
急にベッドに引き倒され、驚いて固まってしまったユーディーにヴィトスが微笑みかける。
その顔はとても楽しそうだった。
「えっ、何?」
「何って、僕は約束は守る男だからね」
戸惑うユーディーにのしかかる。
「え、あ、そうなんだ。へええ」
適当に相づちを打ちながら逃げようとしたユーディーの身体は簡単に押さえ込まれてしまう。
「離してよ」
「そうはいかないよ。君が元に戻ったらたくさんキスをするって言ったじゃないか」
「ええっ、そんな。たくさんとか言ってない……、んっ」
ヴィトスに顔を近付けられ、彼の顔を間近に見るのが恥ずかしくてユーディーは目を閉じて
しまった。すぐにくちびるにやわらかくて温かいものが触れる。
「ん、っ」
抱きしめられ、優しくキスをされる心地よさに、ユーディーは抵抗できなくなってしまった。
>「そんな簡単にキスなんかさせてあげないんだから」
>くるっと振り返って両手を背中で組み、いたずらっぽく微笑んだ。
同人誌に書いた時はここで終わっていたので、最後にヴィトスの反撃を書き足し。