● 借金取りの体裁(1/1) ●
「借りた金は返すのがスジってもんだと思うがね」
静かだが凄みの利いた声で迫られたユーディーは泣きそうな顔で肩をすくめた。酒場の
隅で行われている会話に、そこにいた客達はそれとなく耳をそばだてている。
「ごめんなさい、でも」
「借りるだけ借りておいて、今になって返せないだって? そんな都合の良い話しを僕が
納得するとでも思うのかい?」
ヴィトスの口調にユーディーは更に萎縮してしまう。
「あの、それは」
言いたい事も上手く言えないようで、そのまま黙り込んでしまった。
「まあいい、これから君の部屋に行って金目の物を差し押さえさせて頂くよ。異論は
認めない、いいね?」
「わ、分かった」
こくんと頷くユーディーの肩を掴み、彼女の部屋へと急き立てる。
「何も年端も行かない女の子にそこまでしなくても……」
途中、客の一人がそんな事をつぶやいたが、ヴィトスに睨まれてすぐに口を閉じた。
「ほら、さっさと歩かないか」
一瞬足が遅れたユーディーをせかしながら階段を上がっていく。部屋のドアを開けると
その中にユーディーを押し込み、自分も後に続いた。
ドアを閉じ、他人の好奇の目が届かなくなったと確信すると、
「……ふう」
表情を緩めたヴィトスはため息を吐きながらユーディーの肩を離した。
「肩、痛くなかったかな」
「全然痛くないよ。平気」
むしろヴィトスに触れられていた部分がくすぐったく思えて気恥ずかしくなる。
「ヴィトスの方こそだいじょぶ?」
心配そうにユーディーが振り返る。
「僕は平気だよ。君を怖い目に遭わせてすまなかった」
ヴィトスは申し訳なさそうに謝った。
「ううん、あたしはいいよ、ヴィトスが本当は怖くないの知ってるもん。でもいくら
演技だとは言え、ヴィトスがあんな風に言われるの、やだな」
酒場の客の言葉を思い出し、ユーディーは拗ねたような顔になる。
「あれくらいで丁度良いんだよ。前にも言ったけど、僕の仕事はなめられたら終わりだ
からね。君みたいな可愛い女の子にも容赦しない冷酷な男だって評判が立てばその方が
仕事をしやすくなるんだけれど」
はっきり可愛いと言われ、ユーディーの頬がほんのり赤くなった。
「あれくらいのお芝居でヴィトスがお仕事しやすくなるんだったらいくらでも手伝うわ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、やっぱり君に酷い事を言うのは気が引けるな。
何だか君をいじめているような気分になる」
ヴィトスはゆっくりと手を伸ばすと、そっとユーディーの前髪に触れ、軽くくすぐった。
「あ、あたしは別に……」
髪に触れられ、ユーディーの頬が更に熱くなる。
「それよりもあたしの演技はちゃんとそれらしく見えたかなあ? ヴィトスの事、全然
怖くないって本心が出ちゃったりしなかったかしら」
「とても上手だったよ。あまり怯えてる君を見て可哀想になったくらいだ」
小さく笑うとヴィトスは手を降ろした。
「そう? だったらいいんだけど」
髪からヴィトスの指が離れると少しだけ寂しいような気がする。だからと言ってもっと
触って欲しいなどとは言えずに、ユーディーは身体をもじもじさせている。
「さて、と。このまま楽しいおしゃべりをしていたいのはやまやまなんだが」
ヴィトスはユーディーの採取カゴにちらりと目をやった。
「ああ、借金の取り立てね。ううう」
その目の動きでヴィトスの言いたい事を理解したユーディーはがっくりと肩を落とす。
「君にお芝居をお願いしておいて更に利子を取り立てるのは申し訳ないんだが、僕も
手ぶらで帰る訳にはいかないんだ。これも仕事なんでね」
「それは仕方ないよ、分かってるから。でも分かっててもくやしいんだよなあ」
ヴィトスが採取カゴの中身を物色するのをユーディーは横目で眺めている。
「ええと、今日はこれをもらおうか」
中から燃えるようなオレンジ色の羽根を選び出した。
「あっ、それ」
「こんないいアイテムを持っていくのは気が引けるがね」
見た目も立派で大きな不死鳥のしっぽは、まるで質の高い香水のようにうっとりするような
品の良い香りを漂わせている。
「すまないな、ユーディット」
しかし、ユーディーは明らかに安心したようだった。
「なあんだ、それでいいんだ。そんなのだったらどんどん持ってっちゃって」
機嫌が良さそうに微笑みまで浮かべている。
「どんどんって、これはかなりの高級品だが、いいのか?」
「高級品なのは分かってるけど、それ調合に向いてない従属がたくさん付いてるんだよねえ。
酒場の調達依頼に持っていくしか無いかなあ、って正直持てあましてたって言うか」
調合には使えない、酒場の依頼にもなかなか出てこない。捨てるのも勿体ないような気が
するし、そうなると採取カゴやコンテナのこやしになるしか無かった。
「使い勝手のいい琥珀湯持ってかれるよりいいわ。こう言うとゴミ押し付けたみたいだけど」
「まあ、どう見てもゴミには見えないがね。君がいいと言ってくれて、僕にとっても益に
なるならこれ程いい事は無いな」
腰に下げている小物入れにしまおうと思ったが、大きなしっぽはどう考えても入る訳がない。
「そうだな、酒場の客にこれを見せびらかしながら帰るとするか。こんなに立派なアイテムを
取り立てたとなれば、僕の鬼畜ぶりにも一層磨きがかかると言う物だ」
「あんまり取り立てが厳しいって噂になると、今度はお金を借りる人がいなくなっちゃうん
じゃないかな?」
ユーディーは心配そうに首をかしげる。
「そこら辺は大丈夫だよ。本当にお金に困っている人は目先の現実しか見ないものだからね」
「うーん、そう言う物かなあ」
良く分からないが、ヴィトスが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろうと納得する。
「さてと、そろそろ行くか。あまり長居をして君を手籠めにしているのかと勘ぐられても困る」
「テゴメって何?」
「分からなければいいよ。僕は帰るけど、君はどうする?」
頬に指を当て、ユーディーは一瞬考え込む。
「うーんと、お買い物に行きたいから外までヴィトスと一緒に行く」
本当はもう少しヴィトスと話しをしていたかったが、彼が帰ると言えば仕方がない。
買い物に出かけるのを口実にして、せめて後数分でも彼の隣りにいたかった。
「あたし、また悲しい顔の演技するし。いいでしょ?」
眉と眉の間に当てた指を持ち上げて情けない顔を作る。
「うん、じゃあ素敵なアイテムを取り立てられてがっかりしている、そんな表情を頼むよ」
楽しそうに笑うヴィトスは先ほどの怖い顔の時とは別人のようだった。
「ねえヴィトス、ヴィトスってどっちが本当なの?」
「どっちが本当って、何がだい?」
ユーディーは言いにくそうに少しだけ口ごもる。
「お金を取り立てしてる時の怖いヴィトスと、今あたしの前にいるヴィトス。何だか
全然違う人みたいなんだもん」
「違わないよ、どっちも僕さ。まあ、多少二重人格みたいな気分になる時もあるけれどね」
「疲れない?」
「仕事なんてたいがい疲れるものだろう」
「そう言う意味じゃなくて」
言葉が上手くまとめられなくて、ユーディーは少し考え込む。
「お仕事の為とは言え、怖い人だとか悪魔とか鬼畜とか冷血漢とか言われたら嫌な気持ちに
なるんじゃないかなあ、と思って」
「……さすがに面と向かってそこまで言うのは君くらいだけどね」
「ああっ、ごめんなさい」
苦笑いするヴィトスの前でユーディーは焦ってしまう。
「あたしは別にそんな風に思ってる訳じゃないけど。でも嫌な事言われたら、嫌だもん」
「そこら辺は僕と君の考え方の違いだと思うよ。君が嫌だと思っても僕は平気な事も
あるし、もちろんその逆もあるだろうし」
「うー。んー、そうかな」
「それに僕は仕事とプライベートは自分の中ではっきり区切りを付けているからね」
「そうなんだ。うーん」
まだ釈然としない様子だったが、曖昧に頷く。
「まあ、ヴィトスがいいんならいいんだけど。ちょっと気になっただけだから」
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うん」
ドアを開けようと、ユーディーが数歩歩き出す。その途中、
「僕は、僕が分かって欲しいと思う人に分かってもらえていればそれでいいんだよ」
ヴィトスがぽつりとつぶやいた。
「えっ?」
「どうした?」
「や、今ヴィトスが言った事」
「僕が何か言ったかな。さっさとドアを開けてくれないか、ユーディット」
「うん」
もう一度ヴィトスの本音を聞きたかったが、聞き返してもとぼける所を見ると二度と口に
出すつもりはないのだろう。
「えへへ」
それでも、自分は彼にとって少しだけ特別なのかも知れない、そんな風に考えると何だか
嬉しくなってにやにやしてしまう。
「ユーディット、悲しい顔は」
「あ、そうか」
ユーディーは大事な調合に失敗した時の切ない気持ちを思い出し、頑張って顔を引き締めた。