● 根性の特訓(1/1) ●

薄緑色のぷにぷにはその場で小さくぽよんぽよんと跳ねながら弾みを付ける。
「ユーディット、危ない」
「きゃあっ!」
そのままぼよん、と大ジャンプをしてユーディーの腰の辺りに体当たりをしてきた。
「ふみゅう……」
ぷにアタックに体力を奪われたユーディーは、その場に倒れて気を失ってしまう。
「ユーディット! ……仕方ない」
今度はヴィトスを狙おうとするぷにぷにに、先にナイフで切り付ける。幸いそれ以上
ぷにアタックを喰らう事無く、目の前に立ちはだかった敵を一掃できた。

「ユーディット? 立てるか」
「ううう……」
周りの安全を確認してから地面に伸びているユーディーに声をかける。
「痛いよう〜」
身体は起こしたものの立ち上がる気力がないらしいユーディーは、地面にぺったりと
座り込んだまま泣きそうな顔をしていた。
「仕方ないだろう、採取場なんかに来たいって言ったのは君なんだから」
「それはそうだけど、痛い物は痛いんだもん」
口をとがらせ、ぷにぷににぶつかられた腰の辺りをさする。

「少し休むか? このまま先に進むのは厳しいだろう」
「うん。あいたた……」
腰を押さえながらよろよろと立ち上がり、大きな木のそばまで行くとそこへ腰を下ろす。
「うー」
「まだ痛むのか?」
「うん」
ヴィトスもすぐにユーディーの隣りに座る。
「薬か何か持っていないのかい」
「薬って言うか、ほうれん草はあるよ。でもこれクサイんだよなあ」

採取カゴの中から変なニオイのする緑色の草を取り出し、嫌な顔をしながらそれを口に運ぶ。
「うー、マズい。青クサイし、猫クサイ」
「猫クサイってどんなニオイなんだい?」
「こんなニオイ」
食べかけのほうれん草をヴィトスの顔の前に持っていく。
「ああ、分かった」
遠くで魚が乾きながら腐ったようなニオイをかいで、ヴィトスは顔をしかめた。
「うう、マズかった。ごちそうさま」
無理矢理口に押し込み終わると、はあ、とため息を吐く。

「何もそんなにマズい物持ってくる事ないじゃないか」
「だって、元の材料がクサかったんだもん。仕方ないじゃない」
「そんなクサい材料で作る事無いだろう」
「だって、ここら辺に生えてる魔法の草ってこんなのしかないんだもん〜」
確かにヴェルンの街外れから出かける採取場では、質の良い植物や鉱石はあまり見かけない。
「中和剤の品質だけには自信があるんだけど、中和剤なんか飲んでも体力は回復しないし、
 って言うかそもそも飲めないし」
カゴの中のオレンジ色の液体が入ったガラスビンをつつきながら口をとがらせる。
「まあ、確かにな」

手に余る数のぷにぷにに襲われた時、ユーディーがそのビンを敵に投げ付けた。ガラスが
割れると同時に目眩がするような嫌なニオイが立ちこめ、その液体をまともに浴びた敵は
何とも神妙な顔をして逃げ出してしまったのだった。
「あんな物を投げ付けられるとは。敵ながら同情するよ」
「何よ、あの時中和剤を投げなかったら逆にあたし達が襲われていたのよ」
「まあそうだけどね」
話を切り、ユーディーがまだ腰をさすっている動作に目を留める。
「まだ痛むのか?」
「ちょっとね。でももう少し休めば平気かな」

普段はあまり弱音を吐かないユーディーが控え目ながらも痛みを訴えるのを聞いて、
心配になってしまう。
「見てやろうか? アザになっていてもいけない」
「え、いいよ別に」
「まあまあ遠慮せず。あまり酷いようだったらいったん街に戻った方がいいし」
「平気よ。だって街に帰ったら、また採取場に来る時に護衛費取られるじゃない。お金
 無いんだもん、その手には乗らないわよ」
べーっと舌を出すユーディーの表情が余りに可愛らしくて、ヴィトスは笑いだしてしまう。
「別に君から小銭を巻き上げるつもりは無いよ。僕は純粋な親切心のつもりだったんだが」

「ふーんだ。ヴィトスの事なんか信用できないもんね」
「そうか、僕は護衛の依頼主に信用されていなかったのか。残念だな、護衛の仕事は
 ここまでにさせてもらうよ」
そう言って立ち上がるふりをすると、ユーディーは慌ててしまう。
「嘘、嘘よ、冗談だってば。だからこんな場所に独りにしないでよう」
「冗談? それはどうかな。僕を信用できないってのが君の本心なんだろう」
思わず口の端に笑いがこぼれてしまう。
「信用してるってば。ヴィトスがいなくちゃダメよ、お願いだからあたしのそばにいて〜」
「まあ、そこまで言われたら仕方ないな」

座り直すとユーディーは明らかにほっとした顔をした。
「ん?」
突然、ユーディーはヴィトスに身体をすり寄せてくる。そしてヴィトスの腕をがっちりと
抱きしめた。
「どうしたんだい」
「ヴィトスが逃げないように捕まえておくの」
「別に逃げないよ」
そう言いつつ、可愛い女の子にしがみつかれて悪い気はしない。
「信用できないもん。そうやってあたしを安心させて、こっそり逃げたりするんでしょ」

「ああ、やっぱり僕は信用されてなかったんだな、残念だよ」
ふう、と大げさにため息を吐いてみせる。
「そ、そう言う意味じゃなくて。あー、もうっ」
いちいちこっちの思惑以上に楽しい反応をするユーディーをからかうのはとても面白かった。
「うーっ」
「……」
困ったような上目づかいでこちらを見ているユーディーの顔が余りにも愛らしくて、
「みぎゃ」
空いている手で思わずデコピンをしてしまった。

「なっ、何するのよっ!」
「何って、特訓だよ」
「特訓?」
ただユーディーをいじめたいだけだったが、もっともらしい言い訳をすらすら並べ立てる。
「君、さっきぷにアタックで相当ダメージを受けていたろう」
「うん、でもそれとデコピンのどこに関係が」
やれやれ、と言った風に首を横に振る。
「全然分かってないな。いいかい、こんな採取場に入ったばかりの場所で、たかだか
 ぷにぷにごときにやられていたら、身が持たないだろう」

「まあ、うん、それはそうだけど」
実際ぷにぷにに倒されてしまったユーディーは反論できない。
「せっかく落ち着ける場所を見つけた事だし、こうやって君に少しずつダメージを与えて」
「きゃうっ」
話しの途中でまたおでこを指で弾く。
「うーっ」
涙目になっているユーディーは肩をすくめて顔を伏せる。
「痛みと衝撃に慣れる事で、ぷにアタックにも負けない強靱な身体と精神を養う為の
 特訓をしてあげようと思ったんだけれどね」

いくら出任せにも程があるなと思いつつ、ユーディーの様子を見る。泣き出すだろうか、
怒り出すだろうか。そんなヴィトスの予想に反して、
「そっか。ヴィトスはそんなにあたしの事考えてくれてたんだ……」
照れたような微笑みを浮かべられ、逆にヴィトスが驚いてしまう。
「ごめんね。あたしてっきり、意地悪されてるんだと思っちゃった」
100パーセント意地悪のつもりだったのだが、ユーディーは目を閉じて顔を上げた。
「あたし、頑張るから。特訓お願いします」
これからヴィトスに与えられる筈の痛みに備えてなのだろうが、緊張した面持ちのユーディーは
少し身体を震わせている。

「……」
その表情は、まるで初めてのキスを待つ女の子のようにしか見えなかった。ヴィトスは
ユーディーに抱かれているのと反対の手を、そっと彼女の頬に触れる。
「す、するんなら早くして。決心が鈍るじゃない」
「ああ」
ほんのりとユーディーの頬が赤くなっている。ヴィトスは近付けた顔を傾けると、彼女の
くちびるに触れるか触れないか程度の軽いキスをしてしまった。
「……?」
自分の身に起こった事が理解できないユーディーは目を開けられずにいる。

「ああ、気にしなくていい。これも特訓だよ」
何の特訓かはさっぱり分からないが、それでもヴィトスはユーディーの魅力的なくちびるの
感触をもっと味わいたかった。
「ん」
先ほどよりもっと顔を赤くしたユーディーは小さく頷いた。額にほんのり汗が滲んでいる。
抵抗しないユーディーに気を良くしたヴィトスは何度もキスを繰り返した。
「こんなものかな」
ヴィトスの顔が離れても、ユーディーは目を閉じたままで身体を固くしている。
「ユーディット?」

「ああ、うん。あ、ありがと……」
真っ赤になった顔を伏せるが、ユーディーはまだヴィトスの腕を離そうとしない。ヴィトスは
それがとても嬉しかった。
「そろそろ、行こうか」
このままでいると自分の気持ちがエスカレートしてしまいそうな気がして、声をかける。
「そうだね。あ、あのね」
やっとユーディーが顔を上げるが、潤んでいる目をヴィトスと合わせようとしない。
「あたし、あんたの事信用してるからね。信用してなかったら、こ、こんな特訓なんか
 しないからね」

震える声はつっかえつっかえで、今にも泣き出してしまいそうだった。
「うん、僕だって好きな女の子にじゃなければこんな事はしないよ」
「え、あ」
ひくん、と息を飲む。
「……うん」
今にも泣き出してしまいそうな照れ笑い。
「さて、頑張らなくちゃ」
恥ずかしさを紛らわせる為か、ヴィトスの腕から離した手を丸く握り、それでごしごしと
乱暴に顔をこする。

「今度はクサくない魔法の草が見つかるといいなあ〜」
わざと元気な口調を装いながらユーディーは立ち上がった。
「そうだね。いくら身体に良いからと言って、あのニオイはね」
続いてヴィトスも立ち上がると、ユーディーがまた腕を絡ませて来る。
「じゃあ頑張ろうっと。あ、でも」
それから、甘えるような仕草でヴィトスの肩に頬を擦り付けた。
「……またぷにぷににやられちゃったら、特訓してもらわなきゃいけないかもね」
「そうだね」
ヴィトスの返事を聞いて、ユーディーは目を閉じて顔を上げる。

「うきゃ」
彼女がキスを待っているのは分かっていたが、ついついまたおでこを弾いてしまった。
「な、何するのよ〜」
「何って、特訓だろう? ほら」
笑いながら、おでこ以外の場所も指先でつつきまくる。
「やー、やだー、やだーっ」
「ほらほら、これくらい我慢しないと」
「ううう」
ユーディーが半泣きになったのを見て満足したヴィトスは、それから優しいキスをしてやった。
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