● 運の悪い……?(1/1) ●
「うわああ、もうダメだ〜!」
メッテルブルグの黒猫亭で、アデルベルトは持っていたカードを宙にばらまいた。
「悪いな兄ちゃん、こいつはいただいて行くぞ」
アデルベルトと一緒にテーブルを囲んでいた男達は、積まれたコールを嬉しそうにかき集めると
それぞれの勝ち点に応じて分配を始めた。
「儲けさせてもらったから忠告してやるけど、あんた、カードには向いてないぜ。じゃあな」
黒猫亭を出て行く前に、背の高い男がぽんぽん、とアデルベルトの肩を叩く。
「うう……」
カードの散らばったテーブルにぐったりと伏せっていると、
「……アデルベルト?」
後ろから、ユーディーが心配そうに声をかけた。
「また、負けちゃったの?」
「または余計だよ。ああ、これでもう財布の中はすっからかんだ」
「ええーっ?」
護衛や何かの仕事をして、彼がこつこつとお金を貯めていたのを知っているユーディーは
驚いた声を上げた。
「すっからかんって、一文無し?」
「まあ、少しはあるよ。数日喰っていけるくらいは」
「数日って……。ねえ、どうして弱いのにカードするの?」
「弱いは余計だって。いいんだよ、これは僕の運試しなんだから。でも、いつもこんな調子
だって事は、僕はよっぽど不幸な星の下に生まれてしまったんだろうな」
ふう、と大きくため息を吐く。
「ねえ、ユーディット。僕、思ったんだけど」
「何?」
「……こんな僕と付き合っていたら、君にまで不幸が移ってしまうかもしれないよね」
「えっ?」
ユーディーから目をそらしたアデルベルトの声が小さく、頼りなさげになる。
「僕、君の事が好きだから……、本当に好きだから、僕は君の為に身を引いた方がいいのかなあ」
「えっ、ちょっと待ってよ、何言ってるの、アデルベルト?」
アデルベルトが羽織っている黒いマントの方をつかみ、ぐいぐいと引っ張る。
「君にはきっと、僕よりももっとふさわしい人がいる筈だよ。僕と一緒にいると、君まで
ダメになってしまうかもしれないから」
「そ、それって、あたしと別れたいって事?」
「別れたくはないけど……、でも、そうした方がいいのかなって……」
口の中でもごもごと、不明瞭につぶやく。
「そんな、嫌よ! あたしは別れる気なんてないわよ。だって……」
ついつい声を荒げてしまうユーディー。はっと気付くと、酒場にいる何人かが興味深そうな目で、
ちらちらとこちらをうかがっている。
「ちょ、ちょっと来て」
さすがに、別れるどうこうなどと言う話を他人には聞かれたくない。ユーディーはアデルベルトの
腕をつかみ無理矢理椅子から立たせると、そのまま二階の自分の工房まで引っ張っていった。
肩を落としているアデルベルトを部屋に押し込むと、自分も続いてドアを閉め、鍵をかける。
「ねえ、さっきのどういう事? あたしと別れたいって言うの? あたしが、嫌いになったの?」
立ったまま、正面からアデルベルトを怒鳴りつけるユーディーの瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。
「ユーディットの事、嫌いになる筈ないさ。でも、僕といると、ユーディットまで不幸に
なってしまうから」
アデルベルトは自信なさげに、床に目線を落とした。
「そんな事ないわ、あたし、アデルベルトと一緒にいるの、楽しいもん! アデルベルトと
一緒にいるだけで、幸せだもん!」
顔を赤くして大声を出す。
「一番最初に、アデルベルトがあたしの事好きだって言ってくれた時、すごく嬉しかったのよ」
緊張し、顔を真っ赤にして身体をぎくしゃくとこわばらせながら、それでもはっきりと
想いを告げてくれたアデルベルトの姿を思い出す。
「あたしもアデルベルトの事好きだったから、本当に嬉しかったんだから」
目頭が熱くなり、少し乱暴な仕草で顔をこする。
「僕も、ユーディットが大好きだよ。大好きだから、ユーディットに迷惑かけたくないんだ」
「迷惑なんか、かけられてない」
「でも」
ユーディーはアデルベルトにつかつかと歩み寄ると、つま先立ちになって彼の首に抱き付いた。
身体をすり寄せながら、彼のくちびるに自分のくちびるを押し付ける。
「……」
積極的なキスに驚いたアデルベルトは反射的に身体を引こうとしたが、ユーディーは
そんな彼の首に回した腕の力を緩めようとしない。
「ん……、ふぅ」
一息ついたユーディーの瞳は色っぽく潤んでいた。
「ユー……ディット」
「あたし、好きだもん、アデルベルトの事」
「ぼ、僕も好きだよ、でも」
「でも?」
上目遣いで首をかしげる。
「いや、あの」
「あたしはアデルベルトが好き。だから、アデルベルトと一緒にいたいの。アデルベルトも
あたしの事が、す、好きでしょ?」
はっきり言うと照れてしまう。しかし、ユーディーは真っ直ぐにアデルベルトの目を見つめた。
「ああ、もちろん。す……、好きだよ」
真っ赤になり、こくこくと頷く。
「だったら、アデルベルトもあたしと一緒にいたいでしょ?」
「えっと、でも、だからそれは」
一瞬口ごもってしまったアデルベルトに、ユーディーは容赦なくキスを浴びせる。
「……」
「だから、何?」
挑むような口調、それでも心がとろけてしまう程に可愛く自分を見上げるユーディーに
抗う事などできる筈もなく、
「いや、何でもないよ。うん、僕もユーディットと一緒に、いたいよ」
言われるままに素直に肯定してしまう。
「そう、そうよね。だったら、ずっと一緒にいましょ?」
「……うん」
「良かった、嬉しい」
そのまま、ユーディーは何度もキスを繰り返した。
◆◇◆◇◆
「ねえユーディット、今日はもうやめた方がいいと思うんだ。さっき大負けしたばかりだし、
もうお金も生活費の分しか残ってないし、それに……」
「いいからいいから。こういうのは勢いが肝心なのよ」
鼻息荒いユーディーに腕を引っ張られ、アデルベルトは黒猫亭への階段を降りる。
「すいませーん、この中でカードゲームやってくれる人、いませんか?」
元気に声を張り上げると、年端もいかない少女相手のゲームに興味を示す者、その隣にいる
いつもカモになる青年に気付く者がテーブルを囲もうとする。
「ユーディット、だめだって、やめようよ」
「いいからいいから。あたしに任せなさい」
アデルベルトを一位にはできなくても、自分がわざと負けて最下位にでもなれば、その分
彼に自信を付けてあげる事ができるかもしれない。
若干自腹を切る羽目になるかもしれないが、それは仕方がない。そんな事を考えながら、
ユーディーは知らない相手にゲームをする不安な気持ちを抑えて笑顔を作る。
「勢いがいいねえ、お嬢ちゃん。手加減はしないぜ」
「望むところよ!」
「兄ちゃん、また稼がせてもらうぜ」
「お手柔らかに頼みますよ。ははは……」
乾いた笑いを浮かべるアデルベルトに向けて、ユーディーはできる限りの優しい微笑みを作った。
「運試しでしょ。がんばろ」
「ああ、うん」
ぽん、と背中を叩かれ、アデルベルトは短く頷いた。
「えっと、これを切って、これを引いて……、あれ、これって揃っちゃってるのかな?」
わざと負けると言うのもなかなか難しく、もともとカードゲームのルールも良く分かっていない
ユーディーだったが、何故かカードを切る端から良いカードが入ってくる。
今もわざと手札を崩したつもりだったのに、逆に前よりもいい役が揃ってしまった。
「お嬢ちゃん、強すぎるなあ」
「こっちが手加減してもらいたいくらいだよ」
結果、ユーディーの一人勝ちになってしまった。掛金を低くした為に子供のお小遣い程度の
支払いで済んだので男達は笑っているが、やはり最下位になってしまったアデルベルトは
肩を落としてどんよりと沈み込んでいる。
「兄ちゃん、少しは彼女にカードを教えてもらえよ」
はっはっと明るく笑われ、対照的にアデルベルトの顔が暗くなっていく。
「ああ、はい、そうですね……、ああ、僕の生活費……」
「あー……、アデルベルト?」
アデルベルトの生活費を巻き上げる事になってしまった事に良心の呵責を感じながら、
探るように声をかける。
「本当はユーディットは運が良いんだね。運が良くないなら仲良くなれると思ったんだけど」
「今日はたまたまだってば、ねえ、元気出してよ。それに今更仲良くとかどうとか、
関係ないじゃない」
「やっぱり、僕は運がないんだ。君に不運が移ってしまうよ」
一緒にカードをやった男達が席を離れても、アデルベルトは落ち込んでいる。
「不運なんて移らないわよ……、そうだ、あたしが運が良いんなら、あたしの幸運を
アデルベルトにあげればいいんじゃない!」
はたと気付き、ユーディーはアデルベルトの腕に手をかけた。
「ユーディットの幸運?」
「そう。例えばええと……、そうだ、今からアデルベルトに護衛を頼むわ。カードに勝って
気分が良いから護衛費は二倍。道中のお弁当も付けちゃうわ、どう?」
「えっ、でも、それじゃ君に悪いよ」
「いいの、あたしがそうしたいんだから。アデルベルトもいつもより儲かるし、これで
生活費も安心。ねっ」
腕を引っ張り、アデルベルトを椅子から立たせる。
「でも」
「でも、じゃないの。それで決まり」
それからアデルベルトの耳元に口を寄せる。
「あたしはアデルベルトとずっと一緒にいたいの。もし嫌だって言うなら、ここで
キスしちゃうわよ」
「ああ……、うん、分かったよ」
若干顔を赤らめながら、アデルベルトはユーディーの提案を受け入れた。
ヴィトスとユーディーだと、ヴィトス×ユーディー。
ラステルとユーディーだと、ラステル×ユーディー。
アデルベルトとユーディーだと、ユーディー×アデルベルトになる、
そんなうちのサイトのカッポリング。カポカポ。