● 告白大作戦(2/2) ●
一通りのレクチャーを受けたとは言え、ユーディーの頭の中はパニック状態だった。
「大丈夫、ユーディー? がんばってね」
「うん……」
恥ずかしさの余り、身体中が火照っている。
「私は帰るから、あとは二人でね。うふふ」
「あ、そこまで送ってくよ。ちょっと待って、カップ片付けちゃうから」
このままじっとしていると、身体の奥からこみ上げる熱で爆発しそうな気がする。ユーディーが
簡単にティーカップを片付けてる間に、ラステルはヴィトスがイスに座れないように工夫をする。
それからラステルと一緒にドアへと向かい、部屋の外へ出た。
「あ、ヴィトスさんがいるわよ」
「!!」
階段を降りかけたラステルが階下のカウンターの隅にいるヴィトスを指さした。
心のどこかで黒猫亭にヴィトスがいなければいいと願ったユーディーの思いに反して、彼は
そこでぼんやりと考え事をしているようだった。
「ヴィトスさん〜」
「ま、待って、待ってよラステル」
ぱたぱた、と階段を降りるラステルを慌てて追いかける。
「おや、ラステル。それに、ユーディットも」
「こんにちは、ヴィトスさん」
ラステルはヴィトスの前で、ぺこりとお辞儀をした。
「やっ、やあ! 元気だった、ヴィトス?」
遅れたユーディーも、しらじらしい挨拶をする。
「僕は元気だよ。君達の元気さにはかなわないけれどね」
ヴィトスの笑顔を見て固まってしまうユーディーを、ラステルはそっと肘でこづいた。
「あのね、ヴィトス。話しがあるから、あたしの部屋に来てくれないかな〜、なんちゃって」
あはは、と笑うユーディーの声は引きつっている。
「部屋? でも、君はラステルと遊んでいるんだろう。僕が入ったら邪魔になるんじゃないかな」
「いえ、私はもう帰る所なんです。ヴィトスさん、ユーディーの話しを是非聞いてあげて下さい」
ラステルは、そつなく上品な笑みを浮かべる。
「そうか。でも、話しだったら別にここでも」
「えと、部屋に、部屋に来て欲しいんだけど、ダメかなあ」
「お部屋で落ち着いての方がいいと思いますよ」
何となく二人に押し切られ、
「分かった。じゃあ、お邪魔させて頂くか」
ヴィトスは曖昧に頷いた。
「それでは、私はこれで。じゃあね、ユーディー」
去り際に、ラステルはユーディーに向かって小さなウインクをする。
「うん、またねー。じゃ、あの、どうぞ」
「ああ」
何となくぎくしゃくとしているユーディーを不思議に思いながらも、ヴィトスは彼女と一緒に
階段を上がっていった。
「ヴィトス、どうぞ。あっ、イスは座れないね、じゃあベッドにどうぞ」
ドアを開けた途端、ベッドの方を指さすユーディー。
「……? ああ、うん」
確かにイスにはユーディーの上着やら帽子、更にはグラセン鉱石、魔法の草やはぐるま草まで
積み上げてあった。
「君は、部屋を片付けないのか」
「えっ? やあねえ、たまたまよ、たまたま」
当然、必要以上に荷物を置いたのはラステルの仕業だが、まるで自分が片付け下手みたいに
思われたようで、ユーディーは少し落ち込んでしまう。
「ベッドって。座ってもいいのか?」
「あ、うん、別に」
「そうか。君がいいのなら、遠慮無く」
ベッドの端にヴィトスが腰かけると、ユーディーもすぐにその隣りに座る。
「話し、って?」
「あのね。ええと、あっ、そうだ、ヴィトス、ちょっと後ろ向いて」
ヴィトスが素直に後ろを向いたすきに、ユーディーは手早く自分の服の胸元を引っ張る。
「ごめんね、もういいよ」
それから、おずおずとヴィトスの肩に自分の肩をくっつけた。
「ユーディット? どうしたんだ」
「えっとね、あのね」
肩を丸めるようにして両腕を前で合わせ、胸に谷間ができるようにする。これもラステルの
持ってきた雑誌に書かれていた技だった。
「ええとね、あのね……」
顔を赤くしながら、身体をヴィトスにすり寄せる。
「あのね、ええっと」
それから思い出したように、片手を伸ばしてヴィトスの手の上に置いた。
「……」
その手を振り払うようにして、ふいにヴィトスは立ち上がった。
「え?」
呆然とするユーディーに背中を向け、
「話し、って何なんだい? それを聞いたら僕は退散するから、早く言ってくれないか」
普段聞いた事のないような冷たい声で、ぶっきらぼうに告げる。
「えっ、あ、あの」
ヴィトスに、拒否された。そう思うと胸が詰まるような悲しさがこみ上げ、ユーディーの目に
涙が滲んでくる。
「あ、ごめんね。あの、別に」
何でもなかった、そう言いたいけれど、熱い固まりが喉に詰まったようで声が出せない。
「あたし」
彼の広い背中を見上げながら、ラステルに指摘されるまでもなく、自分はヴィトスの事が
好きだったのだ、と改めて認識する。
「うっ、く」
こらえきれず涙があふれ、ユーディーは自分の目を覆うと、小さく背中を丸めた。
「ユーディット?」
ユーディーの涙声が耳に入り、ヴィトスが振り向く。
「ユーディット、どうして泣いているんだ」
「ヴィトスは、あたしの事、嫌い?」
ひっく、ひっくと泣きながら、途切れ途切れに尋ねる。
「別に、嫌いじゃないけれど」
「だって、あたしの手から、逃げた」
「いや、それは」
ヴィトスは言い淀んでいる。
「やっぱり、嫌いなんだ、あたしの事」
「だから、嫌いじゃないよ。……参ったな」
首を左右に振ると、ヴィトスはゆっくりとユーディーの隣りに腰かけた。
「ほら、泣くな、ユーディット」
無言のまま、しゃくり上げる声だけが聞こえる。
「ユーディット」
もう一度名前を呼びながら、ヴィトスは優しくユーディーの肩を抱いた。
「ヴィ、ヴィトスは、あたしの事、嫌いなんだ」
ほとんど聞き取れない声でユーディーがつぶやく。
「嫌いじゃない、と言っているだろう。いい加減に泣きやんでくれ、君に泣かれると困る」
「あたしの事嫌いだから、泣いてると困るんだ」
「そんな事言ってないよ。ユーディット、今日は何か変だぞ」
「変じゃないもん、ぐすっ」
目をこすっているユーディーの手に、そっとヴィトスの指が触れる。小さな手をそっと押しのけ、
指先で涙をぬぐってやる。
「あ、う」
「僕に話しがあるって、わざわざ僕の目の前で泣く為に、ここに呼んだのか?」
「ち、違うよ」
ヴィトスの指使いはとてもやわらかだった。
「だったらいつまでも泣いていないで。僕が君の手を握っていたいのなら、ほら」
ユーディーの肩を抱いたまま、もう片方の手がユーディーの手をしっかりと握る。
「うん、あの」
告白は、ヴィトスの目を見て。ラステルが言っていた言葉を思い出す。
「あのね」
ぐすん、と鼻をすすってから、ユーディーはしっかりとヴィトスの目を見つめた。
「あの、ええと」
深く、くすんだ色の瞳がユーディーを見つめ返している。その強い視線に負けそうになるが、
「あの、あのね、あたし」
ありったけの勇気を振り絞り、自分の想いを言葉にしようとする。
「あたし、あの、好き。ヴィトスが、好きなの」
震える声。それ以上に震えている身体。
「でも……、ヴィトスは、あたしの事、嫌い?」
「嫌いじゃない、と言っているだろう」
肩を抱いているヴィトスの手に、力が入る。
「だって、あたしが手を握ったら嫌がったもん」
「いや、だからそれは嫌がったんじゃなくて」
いつもユーディーに対してずけずけと物を言うヴィトスが、何故か歯切れの悪い口調になっている。
「それにほら、今、こうやって手を握っているじゃないか。肩も抱いているし」
「う……ん」
釈然としないながらも、ユーディーは頷いた。
「君の事が好きじゃなかったら、こんな事はしないよ」
「えっ」
ヴィトスの言葉に、顔を上げる。
「えっ、あ」
ヴィトスの言葉を聞いて、胸の奥からじわじわと熱がこみ上げて来る。
「えと、あ、ヴィトスもあたしの事……、好きなの?」
「ああ」
短く答えると、ヴィトスはユーディーの細い顎に指をかける。少しだけ力を入れ、その顎を
そっと持ち上げると、自分の顔をユーディーのくちびるに寄せる。
「……」
顔を傾け、とても優しく口づける。驚き、目を閉じる事さえ忘れたユーディーは全身をこわばらせ、
ただ彼にされるままになっていた。
「好きだよ、ユーディット」
どれくらいの時間が経ったのか、ゆっくりと顔を離したヴィトスは、もう一度改めてそう告げた。
「あ、あの、は、はい。あたしも、好きです」
何故か言葉が丁寧になってしまうユーディーは、おろおろと返事をした。
「……ごめん」
「えっ?」
「さっき、君に手を握られて。その、あまりに君が可愛くて、キスしたくなってしまって、
それで君から離れたんだが、結局我慢できなかった」
ヴィトスの手がユーディーの手を取り、指の先を絡ませる。
「あの、ええと、い、いいよ。だって、あたしヴィトスの事好きだし」
自分の指とヴィトスの指が絡まり合っている場所に視線を落とす。
「ヴィ、ヴィトスもあたしの事……、好きなんでしょ? だったら、いいよ」
真っ赤になり、しどろもどろになるユーディーに、ヴィトスは優しく笑いかけた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
それから、もう一度首を傾け、ユーディーに口づける。
「んっ……」
くちびるからヴィトスの熱が流れ込み、それが自分の口の中に入った瞬間、幸せという感情に
変わっていくような気がする。
「……好き」
「うん。僕も、好きだよ」
キスの合間に、短くお互いの気持ちを確かめ合い、それからまたくちびるを合わせる。
「ふ、あ」
ふわふわとした幸福感でいっぱいになり、ユーディーはヴィトスにもたれかかったまま、彼の
くちびると、自分の手をなでている指の動きを感じている。
「すごく嬉しい。幸せ」
「それは良かった。さっきは、いきなり泣き出したから驚いたんだぞ」
ヴィトスの手が、ユーディーの髪をなでる。
「だって、ヴィトスがあたしの事嫌いなんだと思ったんだもん」
「君は、僕が君を嫌いだと、泣いてしまうのかい?」
くすっ、とヴィトスが笑う。
「だって、だって、それは」
少し拗ねたように頬をふくらませてみせるが、その頬をなでられてしまうと、すぐに表情がゆるむ。
「……ん、ヴィトスに嫌われたら、やだよ。寂しいよ」
「そうか。安心していいよ、僕は君の事が大好きだから」
「うん」
それから、ゆっくりとお互いからくちびるを合わせた。
◆◇◆◇◆
「うふふ、今頃ユーディーとヴィトスさん、上手く行っているかしら」
自分の家への帰り道、ラステルは嬉しそうに微笑んだ。
「これでユーディーとヴィトスさんが恋人同士になったら、きっとユーディーは過去に帰るなんて
言い出さなくなるわ。その為には、二人がもっともっと仲良くなるように研究しなくちゃ!」
ユーディーのもといた場所から二百年の時を隔てたこの世界。ここにユーディーを引き留める物、
引き留める人は、多ければ多いほどいい。
「ユーディーが過去に帰りたくなくなるくらい、ここにユーディーの好きな物を沢山作らなくちゃ。
そうすれば、ずっと、ずっとユーディーと一緒にいられる筈だもの」
ラステルは、少し悲しげに目を伏せた。
「さて、頑張ろうっと」
それから、自分自身の心の奥にある愁いを払うように首を振った。
ヴィトス×ユーディーを応援するラステル。でも何か裏がある。
誰かを好きになって、好きになりすぎて暴走と空回り、って言うのはよくある話しだと思う。
でも、ユーディーとラステルはいつも元気でにこにこ笑ってて欲しいなあ、とか。
いやまあ、いじめられて泣いてるユーディーも大好きなんですが。
と言う訳で、自分が書くお話しでは、ユーディーたんがぴーぴー泣いている。
ゲームの中のユーディーは、困った事があっても、何かに悩んでも、すごく頑張ってしまう女の子だと思うんですが。
それでもユーディーたんを泣かしたいんだよ! ←変…?