● ちょっぴりの幸運(1/1) ●

メッテルブルグの黒猫亭、店の隅にあるテーブル。アデルベルトは鼻歌を歌いながら、
そこで一人テーブルの上に散らかったカードを片付けていた。
テーブルの上にはカードの他に、ささやかな額のコールも置かれている。金額的にはたいした
事はなかったが、それはアデルベルトの勝利と幸運の証だった。
「危ない勝負だったけど、思い切って強気に出て良かったよ」
アデルベルトにコールを巻き上げられた男達は、あまり負けが込まないうちに早々と店を
後にしていた。
「本当に僕は最近ついてるなあ。何だか、幸運の女神に見守られている気分だ」
運試しとして彼が行っているカードゲーム。以前は負けてばっかりいたが、このごろでは
大勝ちはしないまでもあまり損をする事はなかった。

「んっ?」
酒場の扉が開いた音に、アデルベルトは顔を上げた。その気配に気付き、扉を開けた男が
アデルベルトの方を向く。
「や」
短い挨拶に、その男、ヴィトスは軽い会釈で応えた。
一緒に何度かユーディーの護衛をした事がある。顔見知りだとは言え、特に親しい訳でもない。
そんな間柄に相応しい曖昧な挨拶を交わした後、ヴィトスは黒猫亭の二階、ユーディーの
工房へと向かっていく。
「ユーディットの借金の取り立てに行くのかな」
手元のカードをとんとん、と揃えながらつぶやく。
「だったら、僕は今日、またしてもついてる事になるな」
そう言ってにっこりと微笑んだ。

十分かそこらで、ヴィトスはユーディーの部屋から出てくる。手元には、彼女から取り上げたと
おぼしい祝福のワインのビンが握られていた。
黒猫亭を出て行く時、アデルベルトに向かってまた軽めに頭を下げた。
「祝福のワインか。ユーディット、相当怒っているだろうなあ」
カードも片付け終わり、コールもしっかり彼のお財布に収まっている。
「軍資金も充分だし、さて。ユーディットのご機嫌を取りに行くか」
お財布を閉まってあるポケットを、ぽん、と軽く叩くと、アデルベルトは椅子から立ち上がった。

階段を上がり、ユーディーの部屋のドアをノックする。
「何よ! まだ取り立てし足りないって言うの!? ……あ」
怒鳴りながらドアを開け、そこにアデルベルトが立っているのを見ると慌てて口を閉じる。
「やあ、ユーディット。また取り立てされたのかい?」
「ふ、ふーんだっ」
ほんのりと膨らませた頬を赤らめ、そっぽを向く。
「……いきなり怒鳴ってごめんね。ヴィトスだと思ったの」
怒った自分をごまかす為に、ちょっとだけ拗ねた様な口調。
「うん、かまわないよ」
ユーディーの頭を、ぽん、と優しく叩いてやると、嬉しそうに目を細めた。

「ところで、今日は何を持って行かれたんだい?」
知っている事は黙って、あえて聞いてみる。
「祝福のワインよ。すっごくいいブドウといい従属の付いた中和剤使ってたんだから。
 しかももう少しで熟成しきるとこだったのに」
ユーディーの話しの合間に、うんうん、と相づちを打つ。
「悪徳高利貸しに持っていかれたから、また作らなくちゃいけないの。でも、メッテルブルグでは
 オオオニブドウ手に入らないから、ヴェルンかリサまでわざわざ行かなきゃいけないし」
「それは大変だよね。ヴェルンもリサも遠いいし」
「大変でしょ! ブドウって腐っちゃうから、運ぶのだけでも一苦労なんだから!」
聞き上手に徹しているアデルベルトの前で、ユーディーのおしゃべりは止まらなくなる。

「ヴェルンに行けば、お店屋さんでいい蒸留石が手に入る訳。でも、お店ではオオオニブドウ
 売ってないから、ブドウ欲しかったら採取場に行かなきゃいけないじゃない? でも、
 ブドウがなってるとこってだいぶ奥の方だし、そこら辺だとモンスターは強いし」
「あの、くまさんの酔い攻撃とかイヤだもんね」
「そうだよね! で、やっぱりブドウって言ったらリサでしょ。でも、リサにはあんまり
 いい蒸留石が無いの。採取場の入口に落ちてるのは品質が良くないし、質のいいの欲しかったら
 やっぱり奥の方へ入らなくちゃいけないし」
うーん、とうなって首をかしげる。
「落ちてるの拾ってくるとなると、変な従属が付いちゃったりしてるからなあ。使えないの
 選り分けると、あんまり数稼げないしなあ。むつかしいよ」

「ユーディットは、いつも色々考えてるんだね。偉いねえ」
誉められ、ユーディーはほんの少し照れたような顔になった。
「や、偉いとか、そう言うんじゃないよ。お仕事の為だもん」
「ううん、偉いよ。そもそも、お仕事を一生懸命してるって所から偉いと思うよ」
「え、えへへ、そうかな?」
アデルベルトは手を伸ばし、ユーディーの頭をゆっくりとなでた。
「本当は、ヴェルンに行って蒸留石を買って。一度メッテルブルグに帰って蒸留石をコンテナに
 しまって、それからリサに行ってブドウを買って、それが腐らないうちにがんばって帰ってきて
 ワインを調合、ってスケジュール組みたいんだけど」
ちらり、とアデルベルトを上目遣いで見つめる。

「そんなめんどくさい日程、イヤだよねえ? 護衛の人に断られちゃうかな?」
ちょっぴり甘えているような声。
「僕だったら別にかまわないよ。君と一緒にいるといい事がありそうな気がするしね」
「本当? やったあ!」
嬉しそうな顔で、ぱちん、と手を打ち鳴らした。
「それで、確かヴェルンかリサの食料品店に、君、前にレヘルンクリーム登録してただろう」
「うん」
アデルベルトは腰からお財布を取りだし、それをユーディーの目の前で振って見せる。
「さっき、カードゲームでちょっとばかり儲けたんだ。借金を取り立てられて可哀想な
 ユーディットにクリームおごってあげるよ」

「えっ、いいの? わーいっ……でも、本当にいいの?」
喜んでから、遠慮がちな表情になる。
「うん、最近僕の運がいいのって、ユーディットと一緒にいるからだと思うんだ。だから、
 たまには少しくらい恩返ししなくちゃと思ってね」
「そうなんだ。そういう事なら謹んでおごってもらっちゃおうかなあ。でも、アデルベルトって
 優しいなあ、ヴィトスとは大違いだよ」
にこにこしているユーディーを見て、アデルベルトは心の中でガッツポーズを取る。
ヴィトスにいじめられてユーディーが落ち込んでいる、そのチャンスを逃さず、彼女を励まして
自分への好感度をアップさせる作戦は大成功のようだった。

「本当に僕、今日はついてたな」
「えっ?」
「あ、な、何でもないよ」
うっかりと漏らしてしまった独り言を、無かった事にする。
「んー、じゃあ、ちょっと支度するから、そしたらヴェルンに出発、でいい?」
「うん、OKだよ」
「ヴィトスまだ黒猫亭にいるかなあ。もう、どっか行っちゃったかな? あたしのワインを持って」
悔しい気持ちがぶり返したユーディーは、控え目に床を踏みならす。
「えっ、ヴィトス? 彼に何か用事があるの?」
「ん、ヴィトスにも護衛頼んでるから。むかつくヤツだけど、ナイフの腕と鑑定の技能と、
 その、何て言うか、あれ……ごにょごにょ……の腕は頼りになるのよね」

てっきり、ユーディーと二人で街から街への移動ができるものと思い込んでいたアデルベルトは
少しだけ気落ちしてしまう。
「あ、そう言えば、さっき僕がここへ上がってくる時、ヴィトスは外に出てったようだけど」
「そっか。まあいいや、階段広場の辺りにでもいるでしょ」
ユーディーは普段使いのカゴにデニッシュやら琥珀湯を入れると、それを手に持った。
「じゃ、ちょっとヴィトスを探してから行きましょ」
「うん」
小走りに扉の方に近寄り、ドアを開ける。その後にアデルベルトがつづく。
ふいにユーディーが後ろを振り向いた。

「あ、でも、レヘルンクリームは二人だけで食べようね。ヴィトスにはお預けして、
 仲間はずれにしちゃおうよね」
いたずらっぽい顔でウインクする。
「そうだね。そうしよう」
それに応えるように、アデルベルトはしっかりと頷いた。
 基本的にはヴィトス×ユーディーが大好きなんですが、
 アデルベルト×ユーディーも好きです。
 でも何か、アデルベルトとユーディーだと二人とも奥手っぽいから進展なさそう。
 もしくはユーディーさんの方から強引にアタックするか。
   ユーディーSSへ