● 晴れと雨の交わる場所(2/2) ●
「へえ、これ、一本の幹じゃないんだね」
何本ものブドウのツルが絡み合っているのが、一本の木に見えていたらしい。のんきな感想を
漏らしつつも、大きな葉が重なり合っていて、なるべく雨が落ちてこない場所を探す。
「これ、実が付いてないんだね」
「ああ。これから実を付けるんだ」
「雨、強くなってきたね」
「ああ」
肩をすぼめても、葉の間からこぼれ落ちる雨を受けてしまう。
そのまま、何となく会話が途切れる。
「……ごめんね」
「……ありがとう」
同時に口に出してしまい、お互いが驚く。
「えっ?」
「いや、何でお前が謝るんだ?」
「何でマルティンがお礼を言うの?」
きょとん、とした顔で、見つめ合う。
「えっと、知ってるみたいだけど、僕、雨男なんだ。今も雨が降って、君、濡れちゃった
じゃないか。それって僕のせいだから、ごめんね、って……」
申し訳なさそうにアデルベルトがもごもご、とつぶやく。
その言葉を聞いて、マルティンが、あはは、と笑った。
「な、何で笑うんだよ! 雨男って、そんなにおかしな事かい?」
まあ、おかしいはおかしいよな、と言う気はするので、あまり強くは言えない。
「いや、すまない。その雨男を、俺は必要としていたんだよ」
「えっ?」
マルティンがブドウの木に触れる。愛おしそうにその木を見上げる。
「オオオニブドウ、リサの特産品だ。知ってるよな?」
「あ、うん」
知っているも何も、その特産品から作られた名産品のワインでえらい目に遭ったのは
ついさっきの事だった。
「ブドウは、実を付けてから収穫するまで、長い日照時間が必要なんだ」
「じゃあ、僕が来たら困るじゃないか」
「実を付ける前にはたっぷりの水が必要なんだ。地面に水の蓄えがないと、質のいいブドウができない。
この所、雨が降っていなかっただろう? 土が乾いてしまって、それを心配していたんだが」
アデルベルトの方へ向き直り、頭を下げる。
「お前に来てもらって、助かったよ。ユーディットに聞いていたけれど、まさかこんなに
簡単に雨を降らせる事ができる男がいるとは」
「は、はぁ……」
誉められていると受け取っていいのか良く分からず、曖昧な返事をする。
「以前も、俺の畑が日照りで困っていた時に、畑に雨を呼んでくれたのはお前なんだってな」
「あ、それは、ユーディットに連れられて畑に行っただけなんだ。僕、もしかして、
作物をダメにしちゃったかな、って」
マルティンは、首を横に振った。そして、にっこりと笑ってみせる。
「いや、あの時も本当に助かったんだ。おかげで、俺の作物は無事に、立派に育ったよ」
(マルティンって、笑うと太陽みたいだな)
屈託のない笑顔を見て、ふっとアデルベルトは思った。雨の降りしきる灰色の空気の中、
笑っている彼と、その周りだけは、まるで暖かな太陽が輝いているように見える。
「農業は、太陽だけでも、雨だけでも駄目なんだ」
自分がぼんやりと考えていた『太陽』、その言葉がマルティンの口からタイミング良く
出た事に、アデルベルトは少しだけ驚いた。
「太陽も、雨も。両方、バランス良く必要なんだ」
日焼けした、マルティンのたくましい腕。その手がアデルベルトの方へ伸びる。
「本当にありがとう。俺には、お前が必要だったんだ」
アデルベルトの手を取り、しっかりと握りしめる。
(……あ)
籠手を付けているアデルベルトが、マルティンの手の温度を感じられる筈はない。
それでも、確かに温かな感覚が流れ込んでくるような気がする。
(僕の、幸運の星)
自分を、必要としてくれている人。自分の事を必要だ、と言ってくれる人。
自分は無価値ではないんだ、と確信させてくれる存在。
「……ありがとう」
「何でお前が礼を言うんだ?」
「え、えっと、何だか嬉しくて。僕でも役に立つ事があるんだなあ、って」
自然に顔がゆるんでしまう。
「ああ。とっても助かったよ」
マルティンの手が離れる。
「……でも」
「でも?」
「ブドウの実がなったら、その……、なるべく採取場には立ち入らないようにしてくれると
ありがたいんだが。何だか、勝手な事を言うようで申し訳ない」
すまなそうに肩をすくめる。
「うん、分かった。ユーディットの護衛をする時、彼女にそう言っておくよ」
別に気分を害する訳でもなく、アデルベルトは素直に返事をした。
「それより、もしまた雨を降らせたい時には、いつでも声をかけてよね。いつでも、って
訳にはいかないと思うけど、少しなら役には立てると思うんだ」
雨男である自分を、これほど誇らしく感じた事はないな、とアデルベルトは思った。
「ありがとう。それで、礼と言ってはなんだが、後で千年樹亭で、ワインでも奢らせてもらえないか」
「千年樹亭……、ワイン」
「ワインは、好きじゃないか?」
少しだけ渋い表情になったアデルベルトを見て、マルティンが不安そうになる。
「ううん、大好きだよ。そうだね、ごちそうになるよ」
「じゃあ、雨がもう少し小降りになったら村に帰るとしよう」
二人は、徐々に勢いが弱くなっていく雨をぼんやりと眺めていた。
なんだか、「アデルベルトとマルティンもいいよね〜」とか突然思って書いた話し。
太陽と雨が重なる〜、って、ドラク工にそんなイベントがあったけど、別に関係ないです。