● 20.リボンのたわむれ ●

「今日はユーディーにおみやげがあるのよ」
「えっ、なになに?」
ユーディーの部屋でお茶と軽いお菓子、心躍るおしゃべりを楽しんでいたラステルは
持ってきた手提げをテーブルの上に乗せた。
「お父様が遠くの街へお仕事に行った帰りに下さったの」
「わあっ!」
手提げから取り出したのは色とりどり、太さや材質もまちまちの美しいリボンだった。
「すごーい! きれーい!」
メッテルブルグで売っている物より深い紅色をしたサシャのリボン、品の良いつや感のある
真っ白なリボン。しっとりとした質感の黒いリボン、透ける布でできたやわらかな紺色や
眩しい新緑の色、細やかな刺繍が施してある豪奢な物もある。
「すごいねえ、きれいだねえ。ラステルのお父様ってセンスいいなあ」
身内を褒められてラステルは恥ずかしそうに頬を染めた。

「ユーディーが気に入ったのがあったらあげようと思って」
「ええっ、いいの? でも悪いよ、何か高そうだし。それにラステルがお父様にもらった
 大切なリボンなんでしょ?」
いろいろな布の指触りを楽しんでいたユーディーが首をかしげる。
「だって、こんなに何本もあっても困るもの。いっぺんに全部を結ぶ訳にもいかないし」
「それは……、そうだね」
ありったけのリボンを頭に結びつけたお互いの姿を想像して、二人でくすくす笑ってしまう。
「リボンだって、たんすの引き出しの奥にじっとしまわれるより、髪に結んで外に
 連れて行ってもらった方が嬉しいと思うわ」
「そっか、そうだね。そういう事ならありがたく頂いちゃおうかな」
ユーディーの気持ちを軽くするラステルのささやかな気遣いを受け取り、にっこり微笑んだ。
「ユーディーにはどんな色が似合うかしら。いつも着けている紺色も素敵だけど、たまには
 違う色を試してみてもいいと思うの」
「そうだね、どんな色がいいかな、ええっと……、おっと、リボンにお菓子の油が
 付いちゃうといけないよ」
つるんとした手触りのリボンが指からこぼれ落ち、お皿の上のお菓子に触れそうになった。
「じゃあ、ベッドの上でリボンを広げるのはどう?」
「そうだね、そうしよっか」
お茶とお菓子はそのままに、二人はたくさんのリボンを持ってベッドへ向かった。

「ここなら汚れないから大丈夫だね」
ベッドにリボンをはらはらと落としたユーディーが、ブーツを脱いでベッドに腰かける。
「そうね。……えいっ!」
「きゃっ?」
かがんでゆっくり靴を脱いだラステルが、身体を起こす動作の途中でリボンをつかむと
ユーディーに放り投げる。
「もうっ、ラステルったら!」
鮮やかなリボンにまみれたユーディーがラステルの手を優しくつかみ、ベッドに引っ張り上げた。
「おかえし、えーいっ」
手早くリボンをかき集め、自分がされたようにラステルに向かってふわふわと投げ付ける。
ベッドの上に座り込み、きゃあきゃあとはしゃぎながらお互いにリボンをぶつけたり、
束にして持って相手をくすぐったり。楽しくじゃれていた二人だったが、ふとユーディーが
しっかりした生地のえんじ色のリボンを手に取り、意味深な笑みを浮かべた。
「もう、ラステルったらいたずらなんだから。そういう娘はこうよ」
「ユーディー?」
ラステルの両腕をそろえさせ、手首にぐるぐるとリボンを巻き付けると、丁寧に蝶結びに
してしまう。
「ほら、これでもう反撃できないわ」
「あ……、っ」
リボンで結ばれたラステルの腕を自分の両手で包み、顔を寄せると細い指先にそっとくちびるを触れた。
「ユ、ユーディー、だめ」
真っ赤になった頬を見られたくなくて、身体をひねってユーディーから逃れようとする。

「逃げるつもり? ふふん、許さないわよ」
「きゃっ」
手が使えない為にバランスをくずし、やわらかいベッドの上に横向きに倒れてしまった
ラステルを見てユーディーはにやにや笑っている。今度は紺色のリボンを取ると、
その端でラステルの足首をなでまわした。
「くすぐったい」
「そりゃそうよ、くすぐってるんだもん」
ラステルが控え目に脚をぱたぱたさせるのを見て、今度は足首にリボンを巻き付けた。
「これでもうラステルはあたしのそばから逃げられないわね」
ふふん、と笑うとラステルの白い足首を手の平でなで回す。
「ユーディー、くすぐったい……、わ」
ドレスのすそを膝下あたりまでめくると、形のいいふくらはぎまで手を伸ばしてきた。
「だって、くすぐってるんだもん。だからラステルがくすぐったいのは当たり前なのよ」
ただ単に笑いが出てしまうくすぐったさの奥に、じんわりと熱い感覚が沸き上がってくる。
「いやよユーディー、もうやめて」
「やめな〜い」
ラステルの肌を直接、または服越しに、ユーディーの指先が這い回る。

「うふふ、ラステルをくすぐるのは楽しいなあ〜」
「だめだってば、だめ」
身をよじって逃れようとするが、ユーディーが身体の上にのしかかって来て身動きが取れない。
それどころか自分の肌の上を滑っていく優しい指使い、ユーディーの体温をすぐそばに
感じてしまうと、逆らう気持ちがだんだんと萎えていってしまう。
「ユーディー、お願い、もうやめて……」
拒否の意志も絶え絶えしく、本当にやめて欲しいのか分からない。ラステルはくすぐったさと
恥ずかしさで涙の滲む目を固くつぶった。
「やめないって言ってるでしょ」
ユーディーの声にも先ほどまでのおふざけのテンションの他に、思い詰めたような陰りが
混じっている気がした。
「……ユーディー」
その名前を口に出す度、胸の奥が締め付けられる程に切なくなる。こうしてユーディーに
されるままになっていたら最後にはどうなってしまうのだろうか。何をされても、どんな
結果になってもユーディーとならかまわない、そんな覚悟がちらりと頭の隅をかすめる。
「……」
すっかり無言になってしまったユーディーは今何を考えているのか、自分と同じ事を
少しでも考えているのか。それが読み取れないとしてもどんな表情をしているのか知りたくて、
ラステルはうっすらと目を開けた。

「……ヴィトスさんみたい」
「へ?」
「やだ、ユーディーったら。ヴィトスさんみたいな顔してるわよ」
こらえきれず、ラステルは笑い出してしまう。ラステルの肌をなで回している顔つきが、
いつもユーディーをいじめている時のヴィトスとそっくりだったのだ。
「ちょ、ちょっとラステル何言ってるのよ。誰があんな鬼畜高利貸しみたいだって?」
あははと笑い声を上げるラステルの瞳に、気恥ずかしさのせいではない涙が滲む。
「ユーディーが、ヴィトスさんによ」
とってもいじわるで楽しそうで、ちょっぴり優しくて、何よりも愛しさのこもった目付き。
「もうっ、いくらラステルでもそんな事言うと許さないんだから! えいっ、もう
 あたしの顔見ちゃだめよ」
ふんわりとした真っ白いリボンをあお向けになっているラステルの目元に乗せる。
「ついでに、あたしの声も聞かせない」
ラステルの頭を片手で持ち上げ、耳元を覆うようにリボンを巻いてしまった。その程度で
音が聞こえなくなる訳でもないが、ユーディーに身体のあちこちを戒められると言う
不思議な倒錯感に平常心が徐々に侵され、本当に耳が聞こえなくなったような気持ちに
なってしまう。
「後は……、そうね。しゃべれなくしちゃおうっと」
てっきり口にもリボンを巻かれるのかと思ったが、身体の上に乗ったユーディーは
手の平でラステルの頬を優しくさするだけだった。

「こうすれば」
ユーディーの指先がラステルのくちびるの端に触れる。その指がゆっくりとくちびるの
ラインをなでた。
「声を出せなくなるわ」
その指が離れ、すっかり熱くなっている頬を手の平で包まれる。少しだけ上を向かされた
ラステルの肌に、ユーディーのしなやかな髪が一房流れ落ちた。
(こんなに近くに、ユーディーが)
ユーディーの頬を流れる髪が、ラステルに触れている。ゆっくりとユーディーの吐息が
近付いてくるのを感じて、ラステルはリボンに覆われた目を固くつぶった。
どきどきと痛いくらいに高鳴っている鼓動。ユーディーのくちびるとおぼしきやわらかさが
頬に触れた時、ラステルは少しだけ身をすくめてしまう。
「ん……」
くちびるは、頬から耳元、首筋へ。それからまた頬に戻り、鼻の脇、あごへと伝う。
「……」
このままくちびるをふさがれてしまうかもしれない、そう思ったラステルは身動き
できなくなってしまった。
「んっ……、んぅ」
(ユーディー……)
ただ大人しく横たわったまま、ユーディーの行為を受け入れる。それが自然なのか
いけないのか、そもそもそんな事をしてもいいのかどうか分からなかったけれど、
ずっとユーディーに触れていてもらいたかった。

「んっ、あー! やっぱやめ! もういいやっ」
突然わざとらしいおどけた言葉を口にしながら、ユーディーは顔を離した。
「またこんな事してるのをヴィトスに見られたらからかわれちゃうしね。あははっ」
乾いた笑いを上げながら身体を起こし、ラステルの目元を覆っていたリボンを取り去る。
「そ、そうね。ヴィトスさんったらいつもタイミング良く現れるんですものね」
ユーディーの不自然な態度は自分を意識しているからだ、それが分かってしまったラステルも
落ち着かない気持ちになり、恥ずかしさでユーディーと視線を合わせられなくなってしまった。
「ドアの向こうで覗いてて、タイミングを計ってるんじゃないかしらってくらい」
「本当。いっつもいい所で邪魔するんだもん」
「いい……、所?」
ユーディーのちょっとした言葉に心を留めたラステルが首をかしげる。
「いや、いい所って、そんな深い意味がある訳じゃなくてその、えーっと何だ、
 あたしとラステルが楽しく遊んでる途中に、って意味よ」
あわあわと言い訳をしながら、ラステルの腕や脚に巻いたリボンをほどいていった。
「そ、そうね。ごめんなさいユーディー、私も深い意味に取った訳じゃないの」
「あ、うん、深い意味……、そうだね、別にね」
「そうよね、別にね。ところでユーディーにはこの緑色のリボンが似合いそうね」
お互い照れて真っ赤な顔をしながらそれに気付かないふりをして、リボンを髪に合わせ始めた。


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