● 016.ヴィトスへのねぎらい ●

「ラステルの事、好きになってもいいのかな」
少し肌寒い風が吹く草の上、ユーディーはラステルにぴったりと身を寄せて座っている。
「ええ、もちろんよ」
ラステルはユーディーの手をしっかりと握った。
「普通の好きじゃないよ。ものすごく、いっぱい好きなんだよ」
少し不安そうなユーディーの声。
「大丈夫。だって私もユーディーの事、ものすごく、いっぱい好きだから」
ゆっくりと近付けた顔を傾け、ラステルはユーディーの耳元にキスをした。
「えへ、嬉しい」
ほっとしたように、照れた笑顔を浮かべるユーディーを見て、ラステルの胸の奥から
痛いくらいに切ない想いがこみ上げてくる。
「……このまま二人だけでいられたらいいのにね」
ユーディーの言葉を聞いて、ラステルの手に力が入ってしまう。
「ユーディー?」
「あっ、二人だけって言ってもそういう意味じゃなくて、あたしとラステルがいつまでも
 仲良くいられたらいいのにって事だよ」
急に慌て出すユーディーを不思議に思う。
「そういう意味、って?」
ユーディーは頬を赤くしてうつむいてしまった。

「や、何かあたしの言い方だと、ラステルをずっと束縛したいみたいな感じだったから」
言い訳がましくもごもごと口の中で喋っている。
「別にラステルの行動を制限したいとか、いつまでもあたしのそばにつなぎ止めておきたい
 とかそんなんじゃないよ。ただ、あたしはラステルがいてくれれば」
「ええ」
返事をしながらも、ラステルはユーディーに自由を奪われる自分を思い浮かべていた。
朝から晩まで一日中ユーディーの顔だけを見て、ユーディーの声だけを聞いて過ごす日々。
ラステルはユーディーの事だけを考えて、ユーディーもラステルの事だけを考えて。
「あっ……」
ぷるっ、とラステルの身体が小さく震える。実際にそんな目に遭ったら頭がおかしくなって
しまうかもしれない、それでも魅惑的な想像に胸の奥から甘苦しい気持ちが溢れてくる。
「ラステル、ごめんね。気を悪くした?」
心配そうな声を聞いてもラステルの鼓動の高鳴りは止まらない。
「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくて」
固く目を閉じ、そして開く。目の前には世界で一番、唯一愛しいユーディーの顔。
「ユーディー、大好き」
「きゃっ?」
握っていた手を離し、ラステルはユーディーにしっかりと抱き付いた。

「ラステル?」
「好きよ、ユーディー」
「うん、あたしも大好き」
ユーディーも身体をひねって、お互いにしっかりと抱きしめ合う。
「一緒にいようね、ラステル」
「嬉しい、ユーディー」
優しいささやき、吐息と共に繰り返す耳元への軽いキス。
「本当に、このままいられればいいのにね」
「……うん、分かった。じゃあ君達はここに置いていく事にして、僕は一人で街へ帰るかな」
いい加減にあきれ顔になっているヴィトスがキャンプの後かたづけを始める。
「えっ?」
キスは止めたが抱き合ったままの格好で二人はヴィトスを見つめた。
「ここで好きなだけやっていてくれ。邪魔はしないから」
面倒くさそうに自分が使っていた毛布を丸め、ナップザックに詰め込み、立ち上がる。
「えーと、あれ、ヴィトス怒ってる?」
「怒ってないよ、別に」
ユーディーがラステルと二人の世界に入り込んでしまうのはいつもの事だった。

「そう? でも何だか怒ってるみたいだよ」
自分を無視されるのもいつもの事だし、普段は仲むつまじくじゃれ合っている二人を
見ているだけで面白いのに、何だか今日は少しだけいらいらしてしまう。
「そうでもないよ。いつも通りだ」
「えー、そうかなあ」
小さくごめんねとラステルにささやいてから、ユーディーは立ち上がった。
「ねえねえ、ヴィトスー」
少し心配そうに、ヴィトスの機嫌をうかがう。
「怒ってる? 怒ってる?」
「だから怒ってないって」
そっとヴィトスの腕に触れ、服をくいくいと引っ張るユーディーの仕草と表情があまりに
愛らしくて、つい今まで感じていた苛立ちはすっかり消え去ってしまった。
「えっ、でも不機嫌そうな顔、してるもん……」
「してないよ」
それでも不安そうにしているユーディーを見ているともっとからかってやりたくなり、
機嫌の悪そうな顔を崩さずにぶっきらぼうに答える。
「うー」
困っているユーディーを見て、ラステルもちょこちょこと歩いてきた。

「ヴィトスさん、ごめんなさい。ユーディーとばかりお話ししてしまって」
「ううん、ラステルは悪くないよ。あたしが悪かったの、ごめんねヴィトス」
大した事でもないのに二人に謝られ、何となく落ち着かない気持ちになる。
「だから機嫌直して。ねっ」
「……」
同時に彼女たちの気を引くような子供じみた真似をした自分が恥ずかしくなり、その照れも
混じってますます表情を戻せなくなってしまう。
「んー」
首をかしげ、解決策を考えていたユーディーがぱっと笑顔になった。
「分かった。ヴィトス、座って」
「えっ?」
腕に抱き付き、下の方へと引っ張る。
「何で」
「ヴィトス疲れてるのよ。キャンプの支度も片付けもしてくれるし、お夕飯の準備も
 いつも任せっきりだし」
仕方なしにヴィトスが座ると、ユーディーは彼の後ろに回った。
「いや、それくらいで疲れるって事は無いが」
「まあまあ、今日はいつものお礼に、気持ちいい事をしてあげるから」
ユーディーは小さく拳を握ると、それでヴィトスの肩を叩き始めた。

「何だ、それは」
「肩叩きよ。疲れた時にはこれが一番! ……じゃないかな?」
自分で言っておいてユーディーは首をかしげる。
「あ、じゃあ私も」
すぐにラステルもユーディーの隣りに並んだ。
「じゃああたしは右側。ラステルは左側ね」
「ええ」
場所を分担し、二人でリズムを合わせてぽんぽんと叩き始める。
「ねえヴィトス、気持ちいい?」
時々リズムがずれたり、少し痛い場所を叩かれたりしてしまうが、
「まあまあかな」
やはり女の子のやわらかな手の感触は気持ちが良かった。
「えへへ、良かった〜。あっ、ごめん」
「大丈夫よ」
「嘘、痛くなかった?」
勢い余ったユーディーがラステルの手を叩いてしまったらしい。
「全然痛くないわ。平気」
「だめだめ、ちゃんと見せて」
たかだか軽い握り拳がぶつかったくらいで何がある訳でもないだろうが、ユーディーは
ラステルの手をそっと取ると自分の顔の前に持ってくる。

「ごめんね」
それからラステルの指先にくちびるを近付け、軽いキスをした。
「あ……」
途端にラステルの頬が赤く染まる。
「本当に、大丈夫だから」
「うん、でももし後から痛くなったらすぐに言ってね。お薬付けてあげるから」
また一人だけ置いてけぼりにされるヴィトスだったが、もう先ほどのような苛立ちは
微塵も沸いてこなかった。
「さて、僕も元気が出たよ。ありがとう」
そう言って立ち上がろうとするが、
「まだだめ」
ユーディーはすぐにそれを押しとどめる。
「もう充分疲れは取れたよ」
苦笑いを見せるが、ユーディーの顔は真剣だった。
「表面の疲れより、身体の内部に溜まっていく気付かない疲れの方がたちが悪いのよ」
「まあ、ユーディーって物知りなのね」
「えっ、そうでもないけどね」
どこからの受け売りだか知らないが、ラステルに誉められたユーディーは照れてしまう。

「今度は横になって。背中を揉んであげる」
「横になってって、この草の上にかい?」
ユーディーはにっこりと頷いた。
「嫌だよ、服に草が付いてしまうだろう」
「まあまあ、遠慮しないで」
遠慮をしている訳では無かったが、ユーディーはヴィトスの身体をぐいぐいと引っ張る。
「全く」
しぶしぶ腹這いになったヴィトスの腰の辺りにユーディーが馬乗りになる。
「凝ってるのはここら辺かなー」
それからもぎゅもぎゅと背中を揉み始めた。
「あ、私も」
「うん。じゃあ、ラステルはここら辺ね」
ユーディーがヴィトスの背中の上の方へ移る。ラステルはさすがに馬乗りになる事は
無かったが、ヴィトスのすぐ隣りに座って腰の辺りに手を当てる。
「ねえ、どう? ヴィトス」
「うん、悪くはないな」
背中にユーディーの太ももの感触と重さを感じて、ヴィトスは非常に満足だった。

「そう、良かった。……ひゃっ」
突然ユーディーがびくん、と身体を強ばらせる。
「あ、ああっ、ごめんなさいユーディー、私そんなつもりじゃ」
「んっ、いいのよ。偶然だよね、偶然」
「どうした?」
焦るラステルと慌てるユーディー。
「べ、別に何でもないよ。ただちょっとラステルの手があたしのおしりに……」
「ユーディー!」
「うん、分かってるよ。たまたまぶつかっちゃっただけだよね」
自分の背中の上でずいぶん楽しそうな事が繰り広げられているのに、それが見られないのは
とても残念だとヴィトスは思った。


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