● 005.私の帰る場所 ●

「あっ、ユーディーだ」
堀の魚でも眺めようとメッテルブルグの城門まで歩いてきたラステルは、そこに自分の一番大好きな
人がいるのを見つけて笑顔になった。
「ユーディー」
口に出すだけで胸が熱くなる、彼女の名前を呼びながら走り寄る。
「あっ、ラステル」
振り向いたユーディーも眩しい程の笑みで応えてくれる。その時、ラステルはユーディーの
隣りにもう一人女性が立っているのに気が付いた。
「エスメラルダさん、こんにちは」
「こんにちは、ラステル」
メルが軽く会釈すると、長くつややかな黒髪が揺れる。
「じゃあメルさん、よろしくお願いします」
「ええ、任せてちょうだい」
ユーディーがメルに向かってぺこり、と頭を下げると、メルは優しく微笑んだ。
「ごめんなさい、お話しの邪魔だったかしら」
メルがユーディーに向けた微笑み。顔を上げてメルを見つめるユーディーの、信頼しきった表情。
それを目の前にして、ラステルの胸の奥がちくりと痛んだ。

「いえ、いいのよ。ちょうど話しは終わった所だから」
「うん、リサに行って採取場に入ろうと思って。リサの採取場って強いモンスターがいるでしょう、
 だからメルさんに護衛を頼んだんだ」
「ふうん、そうなんだ」
強いモンスターのいる場所では、自分は足手まといにしかならない。感情では認めたくない
ながらも理性では分かり切っている事だった。
「えっと、そうすると、私はメッテルブルグでお留守番をしていればいいのね」
ユーディーに解雇を切り出される前に、ラステルは自分でそう言った。
「うん、ごめんね、ラステル」
申し訳なさそうにしているユーディーに、笑顔を作って見せる。
「大丈夫、私、大人しく待ってる」
ユーディーがリサへ行っている間、彼女には会えない。ユーディーがいない数週間を一人
メッテルブルグで過ごさなければならない、そう思うとラステルの気持ちが沈んでしまう。
「安心して、ラステル。ユーディットは私が盾になっても守るから」
メルが腰に帯びている剣の柄に手をやる。剣の腕に自信を持ち、その自信相応の実力もある。
だからと言って決して慢心する事はないメルは、護衛を頼むのに申し分のない人物だった。
「ありがとうございます、メルさん。えへへ、メルさんってカッコいいな……」
力強いメルの言葉を聞いて、ユーディーは照れたように微笑んでいる。

凛としたまなざし、しなやかな物腰、そこらの男剣士にも引けを取らない腕。ユーディーにとって、
役に立つ人物。
「じゃあ、行ってらっしゃい、ユーディー。もし、できればでいいけど、おみやげとか持って
 来てくれたら嬉しいけど」
自分がユーディーの側にいても、どうせ何の役にも立たない。ラステルの心の中に、そんな
悲しい考えが沸き上がってくる。
「でも、忙しかったら別に忘れてもいいわ。それじゃ」
くるり、と背を向け、ラステルは小走りで二人から遠ざかった。

◆◇◆◇◆

中央広場から、黒猫亭の前を素通りして、階段広場へと向かう。
(ユーディーが一緒じゃないと、つまらないわ)
一人で歩く石畳は、何かが物足りなく思える。
(でも、ユーディーはメルさんと一緒に仲良くしてるんだもの)
今頃、二人は仲良くリサの話しでもしているのだろう。
(いいなあ、エスメラルダさんは、強くて)
もちろん、メルの強さは彼女の努力と精神の鍛錬によるものであって、一方的に羨ましがったり
焼き餅を焼いたりする自分の方が筋違いなのだと言う事は分かっている。
分かってはいるけれど、だからと言って不安感や焦燥感がやわらぐ訳ではない。
「あーあ、私もメルさんみたいに剣が使えればなあ」
実際には、ユーディーにもらった何重にも強化魔法のかかった杖でも持たなければ、
ぷにぷにを倒す事さえできないラステルだった。
「こう、敵をばったばったとなぎ倒して、そうしたらユーディーに頼ってもらえるのに」
両手を握り合わせ、剣を構える格好をしてみる。
「あっ、邪悪なモンスターが」
武器屋の前に寝そべっている黒猫を見つける。
「剣士ラステルが相手よ。えいっ、やあっ」
黒猫に向かって何回か腕を振り下ろす真似をしてみたが、猫は片目をちらり、と開いただけで、
そのまままた居眠りを始める。

「……やあ、ラステル。猫と遊んでいるのか?」
「えっ? あ、きゃあっ」
突然後ろから声をかけられ、驚いて振り向いた。
「あ、ヴィトスさん、こんにちは」
子供じみた真似をしている所を見られ、恥ずかしさで頬が熱くなる。
「あっ、はい、あの。猫ちゃんって可愛いですよね」
当たり障りのない返事を装ってみたが、ヴィトスに小さく笑われると、つられてラステルも
笑いがこぼれてしまった。
「ヴィトスさんは、リサへは行かないんですか?」
「えっ、何でリサへ行かなければならないんだい」
「さっきユーディーがエスメラルダさんとお話ししてたんです。リサへ行くから護衛をお願い
 します、って。ヴィトスさんは、護衛に雇われていないんですか?」
ヴィトスは腕を組み、少し考え込んだ。
「いや、雇われているままだと思うけれど、リサに行く話しはまだ聞いていないな」
それから、ふっと思いついたように言葉を続ける。
「ああ、そうすると君は解雇されたのかな」
「はい……」
リサの採取場に行くには、自分は能力不足である。それは承知していたが、解雇された事を
はっきり指摘されると、まるで自分はユーディーの役に立たないと言われているようで
気分が落ち込んでしまう。

「まあ、当然だろうな」
「当然、って、私」
そんなに自分は役立たずなのか。そう口に出す前に、
「あんな危険な場所へ、ユーディットが一番大切な君を連れて行く筈がない」
ヴィトスに言われて、ラステルは思わず息を飲んだ。
「えっ、それって」
「君も知っているだろう、ユーディットは君にケガをさせるくらいなら、自分からモンスターの
 群れに突っ込んでいって玉砕するよ」
ヴィトスは肩をすくめる。
「エスメラルダは戦い慣れしているし、僕の事はそうだな、借金の利子を取られた腹いせに、
 せいぜいこき使ってやろうとでも思っているんじゃないかな」
まあ、頂いた賃金分の働きはするけれどね、とヴィトスは苦笑する。
「君がいない間、きちんとユーディットのお守りはしておくよ。君は安心してユーディットの
 帰りを待っているといい」
ぽん、とラステルの頭を優しく叩いた。
「あ、はい。あの……」
何となく照れくさくなり、それをごまかす為に話しを変える。
「ヴィトスさん、少しだけナイフを貸して頂けませんか?」
「ナイフ? 別に構わないけれど、危ないよ」
懐から、鞘に入ったままのナイフを取り出すと慎重にラステルに渡す。

「わあ、きれい」
ナイフを少しだけ鞘から抜いてみると、冷たい金属がきらりと光った。
「これ、こうやって使うんですよね」
きちんと鞘にナイフを戻してから、それを持った腕で大きく弧を描く。
「ラステル、危ないぞ」
「ナイフって、使うの難しいですか?」
ヴィトスが手の動きでナイフを返すように促すと、ラステルは素直にそれに従った。
「まあ、最初は扱いやすいと言えば扱いやすいかもしれないけれど。本格的に使えるように
 なるにはコツがいるね」
「そうですか」
顎に指を当て、ラステルは考え込む。
「でも、小さくて軽いから、果物ナイフとかなら私にも持てますよね。ヴィトスさん、私に
 ナイフの使い方、教えてくれませんか?」
「えっ、君が、ナイフを?」
笑顔を浮かべようと思ったヴィトスだったが、ラステルの真剣なまなざしを見て自分も真面目な
顔つきになる。
「やめておいた方がいいと思うけれどね。第一、どうして武器なんか扱いたいんだい?」
「私も強くなって、ユーディーを守りたいんです。ユーディーの役に立ちたいんです、だから」
「君は、今のままでも充分ユーディットの役に立っていると思うよ。役に立つ……という
 言葉には語弊があるかもしれないけれど」
ラステルが首をかしげると、ヴィトスは話しを続ける。

「役に立つ立たないとかそう言う次元じゃなくて、君とユーディットはお互いに、お互いの
 為になくてはならない存在なんじゃないか、って、端で見ている僕なんかは思うけれどね」
「そ……、そう、なんですか?」
顔を真っ赤にして、ラステルはうつむいてしまう。
「ああ、だから君は、こんな険呑な武器を持つ必要はないと思うよ。まあ、君は確かに肉体的な
 強さはないけれど、精神的な面でユーディットが一番頼りにしているのは君だと思うし」
「そう……だと、嬉しいんですけど」
自分が、ユーディーに頼りにされている。そう言われ、ラステルの心の中がほんのりあたたかくなる。
「ヴィトスー!」
突然、元気な声が聞こえてきた。
「やあ、ユーディット。頼むから、街中で大声で僕の名前を呼ぶのは止めてくれないかな」
「あっ、ラステルもいたんだ。えへへ、今日はよく会うねえ」
ヴィトスの文句を無視して、ユーディーはラステルに抱き付いた。
「で、ヴィトス、これからリサに行くから、護衛よろしくね」
赤くなっているラステルを抱きしめたまま、顔だけヴィトスの方へ向けて言い放つ。
「よろしくね、って。僕に拒否権は無しかい?」
「え、何で? 嫌なの? 雇用費はちゃんと払うし、せっかく遠くの街まで出かけるんだから、
 商売をするチャンスだと思うわよ」
けろっと言い切るユーディーに、思わずヴィトスの口元から笑いがこぼれてしまう。

「まあ、そう言われればそう言う考え方もあるね。仕方ない、付き合ってやるとするか」
「うん、それじゃ、よろしくね。じゃ、ラステル、少しの間お別れだけど、元気でね。
 あたしの事、忘れないでね」
ラステルの身体を強く抱きしめると、彼女の耳元にキスをする。
「そ、そんな、私がユーディーの事忘れるなんて、そんなのある筈無いわ。ユーディーも
 元気でね。がんばってね」
おずおずとキスを返すと、ユーディーは嬉しそうな顔をする。
「いつ頃、帰ってくるの?」
「んんっと、そうだな、次の竜の刻くらいには」
「次の竜の刻、って。君、リサに行くまでにどれくらい距離があると思っているんだい?」
驚くヴィトスに、
「だって、行きも帰りもひとっ飛びのホウキに乗って行くもの。実質的にかかる時間は、
 採取場にいる時だけよ」
ユーディーは得意そうに説明する。
「また、あのホウキに乗せられるのか……」
若干青ざめたように見えなくもないヴィトスを無視して、
「ラステル、もし寂しかったりしたら、勝手にあたしのお部屋に入っててもいいからね。
 あたしの部屋の鍵、渡しておくから」
じゃらじゃらとアクセサリーの付いた鍵を取り出し、ラステルに手渡す。

「くまさんのぬいぐるみ抱っこしてもいいし、お茶とかも、好きなの飲んでていいから」
ユーディーは、何度もラステルのやわらかな髪を撫でる。
「ごめんね、ラステルを置いていって。でも、ラステルを危ない目に遭わせたくないんだ」
「……ええ。分かってるわ、ユーディー」
自分を心配してくれるユーディーの心遣い。髪を撫でてくれる、優しい指の動き。ユーディーの
気持ちを受け止めたラステルは、せいいっぱいの笑顔で彼女に応えた。
「ユーディー、大好き」
「うん、あたしもラステルの事大好きだよ」
「良かった。好き、本当に好き」
「あたしも本当に、ラステルの事が大好き」
「……ええと。君達の邪魔をするのは無粋かもしれないんだが、僕は確かユーディットに
 護衛のお願いをされていたと思うだけれどね」
しっかりと抱き合い、甘い言葉をささやきながら頬や額へのキスを繰り返している二人に、
呆れたように声をかける。
「いつ出発するんだい? まだ時間があるようなら、僕は自分の仕事を片付けてしまいたいんだが」
「あっ、ごめんごめん! メルさんも待たせてるんだった、すぐ出発するよ」
慌てたユーディーは、それでもしっかりとラステルの額にお別れのキスをする。
「んじゃラステル、今度こそ行ってくるね」
「ええ、気を付けて。ヴィトスさんもご無事で」
「まあ、ユーディット次第かな」

ユーディーはラステルから離れ、ヴィトスと一緒に石の階段の方へ去っていく。途中、
何度も何度もラステルの方を振り返っては手を振り、その度にヴィトスにこづかれる。
「……ふふっ」
二人の姿が見えなくなると、ラステルは口元を押さえて小さく笑ってしまった。

◆◇◆◇◆

ユーディーがリサに出かけてから数日が経ち、竜の刻の日が来た。ユーディーの帰りを待ちわびる
ラステルは、預かっていた部屋の鍵を使って工房にお邪魔する事にした。
いつもと同じ部屋。しかし、部屋の主がいないだけで、がらんとした寂しい印象を覚える。
「ユーディー、今日帰ってくるのかな。それとも、明日になってしまうかしら」
ラステルはキッチンへ行くと、ユーディーの好きな柑橘系の香りの付いたお茶の缶を手に取った。
やかんにたっぷりのお湯を沸かし、もし今すぐユーディーが帰ってきてもいいように二人分の
葉をポットに入れる。
やがて沸いたお湯をポットに注ぎ入れ、そのポットと小さな丸いソーサー、カップを二つ、
トレイに乗せてテーブルまで運ぶ。
充分にお茶の葉が蒸れるのを待ち、ゆっくりとカップに注いだ。ユーディーの分もカップに
入れようかどうか悩み、結局ポットのままで置いておく事にする。
お茶が濃くならないように茶こしをソーサーにあげ、それから自分のカップを両手でそっと
持ち上げる。
その時、ぱたぱた、と階段を上がってくる音が聞こえた。ラステルははやる気持ちを抑えながら
カップを置いて立ち上がり、息を飲んでドアを見つめた。
「ただいま〜っ!」
ばたん、と大きな音を立てて工房の扉を開けたのは、期待通りユーディーだった。

「ユーディー! お帰りなさい」
「ラステル!」
ラステルが駆け寄ると、ユーディーは採取カゴを床に放り投げ、彼女を抱きしめた。
「良かった、ラステルがお部屋で待っててくれないかな、って思ってたんだ。……嬉しいっ」
「会いたかったわ、ユーディー」
ユーディーに抱きしめられていると、胸の奥から甘い痛みがじわりとこみ上げて来る。
「あたしも会いたかったよう。ね、ラステル、も一回『お帰り』って言ってくれる?」
「えっ? いいわよ。ええと、お帰りなさい、ユーディー」
「もう一回」
「お帰りなさい」
何故ユーディーがその言葉を繰り返させるのか分からず、それでも彼女の言う通りに口に出す。
「……えへへ。すっごく嬉しい」
笑顔のユーディーは、ラステルの頬にキスをする。
「あたし、この世界……って、帰る所も、本当のおうちも無いからさ。ラステルに『お帰り』
 って言ってもらえると、ここが、ラステルのいる場所があたしの帰る場所なんだって、
 そんな風に実感できるんだ」
「ユー……ディー」
ラステルは、ユーディーの言葉をしっかりと噛みしめた。

「ラステル、あたしが出かけて、帰ってきた時は、いつも『お帰り』って言ってお出迎えしてね。
 約束よ」
「約束するわ、ユーディー。私、いつでもユーディーを待ってる。それで、『お帰りなさい』って
 必ず言うから」
ラステルの返事を聞くと、ユーディーは安心したような笑顔を浮かべた。
「えへ。嬉しい」
それから、にやにやと笑い出す。
「そんで、あれだよね。『お帰り』の後には『あなた、ご飯ですか、お風呂ですか』って言うの」
「ご飯……、お風呂? お茶ならあるわよ、ユーディー。ちょうど淹れたところなの」
まだお茶の入っているポットと空いているカップを指さす。
「あっ、ドアを開けた時にいい香りがしたと思ったら、さすがはラステルね」
うんうん、と頷く。
「でもね、お帰りなさいの時はご飯とお風呂なのよ。そんであたしが、先にラステルを
 いただくぞー、って。がおーっ」
「きゃっ?」
ラステルを抱いている手に力を込める。

「ユ、ユーディー?」
「ご飯を食べる前に、ラステルを食べちゃうのよ。えへへ、美味しそう……ぱくっ」
「きゃ」
くちびるで耳たぶを甘く噛むと、ラステルの身体がぴくりと緊張する。
「ぱく、ぱくっ」
「くすぐったいわユーディー、やんっ」
ラステルが敏感に反応する場所を、ユーディーはわざと刺激する。真っ赤になり、身体を
固くしながらも抵抗しないラステルに、調子に乗ったユーディーは甘噛みとキスを繰り返す。
「ふう。ごちそうさま」
そして、おおげさに口を拭く振りをしてから、やっとラステルを解放した。
「え……、ええと、ユーディー、もうおなかいっぱい?」
恥ずかしそうにラステルが尋ねる。
「うん。でもまた後でおなか空くかも。そしたらまた、ラステルを食べちゃうかもね」
いたずらっぽくウインクすると、ラステルは更に顔を赤くする。
「そうだ、そんでね、ラステルにおみやげ……」
思い出したように床に投げた採取カゴを回収する。
「えっ、おみやげあるの?」
「当然よ。ラステルに寂しい思いさせちゃったんだもん、おみやげはちゃあんと用意したわ」
カゴをテーブルの上に乗せ、中をゴソゴソとまさぐる。

「これこれ。じゃあーん!」
そう言ってユーディーは、皮を張った表紙の、分厚い図鑑を取り出した。
「図鑑?」
「ううん、図鑑にはさんであるの。ほら」
ぱらぱらとページをめくると、本の間に二枚のゼッテルがはさまっている場所があった。
「これ。もうちょっと乾かさないとダメだから、完成してからあげるね」
ゼッテルを持ち上げると、そこには押し葉にされた四つ葉の詰め草。
「きゃ、四つ葉の詰め草ね、珍しいわ。それにこの葉っぱ、形がとっても可愛い」
形の整った四枚の葉に、それぞれ可愛らしいハートの形をした斑模様が入っている。
「リサの採取場の奥の方で見つけたんだ。知ってる? 詰め草って、幸運の要素が溜まってる
 場所で育たないと、四つ葉にはならないんだよ」
「幸運の、要素」
ラステルはゆっくりと手を伸ばし、乾きかけの葉にそっと触れる。
「うん。幸せパワーがたっくさん集まってるの。だから、これ、ラステルに。ラステルには
 いつでも、どんな時にでも、幸せでいて欲しいんだ」
ユーディーに笑顔を向けられ、ラステルは胸の奥がじいんと熱くなった。
「ありがとう、ユーディー」
「どういたしまして」

「私、ユーディーと一緒にいられれば、ものすごく幸せよ」
涙が滲みそうになってしまうラステルは、ユーディーにしっかりと抱き付くと、そっと目を閉じた。
「うん、あたしもラステルがいれば幸せ」
ラステルを抱きしめ直し、ユーディーは彼女のやわらかい頬に頬ずりをする。
「一緒に、いてね。ユーディー」
”ずっと”。本当は一番口にしたい一言だったが、ラステルはあえてその言葉を外した。
「うん」
小さく頷くユーディーの長い髪が揺れる。
「えへへ、それじゃ、またラステルを食べちゃおうかなあ」
「えっ、もうおなかいっぱいになったんじゃなかったの?」
「ん、何か、ラステルの顔見たらすごく嬉しくて。あたし、ラステルに会えない時って
 すごく寂しかったんだ」
ふっと、ユーディーが目を伏せる。
「あたし、ラステルの事……、本当に、本当に大好きなんだなあって、そう思ったの。
 だから食べちゃう!」
顔を上げたユーディーは満面の笑みを浮かべ、ラステルの首筋にキスをする。

「きゃあ、くすぐったいってば、ユーディー」
「くすぐったい? 嫌?」
少し顔を離して、ユーディーは小さく首を傾ける。
「嫌……、じゃ、ないけれど」
「じゃあいいよね。うふふっ」
「でも、でも、きゃっ、耳はだめよ」
「じゃあ、ここだったらいいかな?」
ラステルの返事を待たずに、ユーディーはラステルの肩に指を滑らせる。
「ふふ、ラステルの肌ってすべすべ〜」
「あっ、あああ」
情けない声をあげてしまったラステルが、思わず目を閉じる。
その時、コンコン、とドアを叩く音が聞こえた。
「……君達はドアも閉めずに、昼間から何をやっているんだ」
開け放されたドアをわざわざノックしたのは難しい顔をしているヴィトスだった。
「あっ、いえ、あの」
しどろもどろになるラステルを抱きしめたまま、
「何って、ラステルと愛を確かめ合っていたのよ。邪魔しないで」
ユーディーはきっぱりと言い放つ。

「あ、愛って、確かめ合うって、ユーディー」
「ふうん」
慌てて目に涙さえ浮かべるラステルに構わず、ヴィトスは部屋に入ってくる。
「まあ、何でもいいけれどね。僕はユーディットの借金の取り立てに来たんだが」
「えっ」
たらり、とユーディーが冷や汗を流す。
「さあ、返してくれないか、五万コール。金を返してくれたら君がラステルといちゃつこうが、
 誰と愛を確かめ合おうが僕には関係ない」
「あたしはラステル以外とは、いちゃついたりなんかしないよ!」
「ユ、ユーディー……」
「ふむ」
ヴィトスはテーブルの上に近寄ると、開かれた図鑑の上に乗っている四つ葉の詰め草に手を
伸ばそうとする。
「お金を貯めているようには見えないし、どうやら今日も支払はできないようだね。仕方ない、
 これを利子代わりにもらって行くとするか」
「だめーっ、それはダメっ! それはラステルにあげたのなのっ」
やっとラステルの身体を離したユーディーは、怒った顔でヴィトスに駆け寄る。

「ヴィトスだって知ってるでしょう、それ、リサでラステルの為に摘んだ詰め草なんだからっ」
「そうだったっけねえ。そう言えば、道中でも採取場でも君はラステルの話しばっかりだったな」
ヴィトスはちらり、とラステルに目配せをする。
「あ」
ふいに、ヴィトスが自分に気を遣ってくれているのだ、とラステルは理解した。
「ラステルをカゴに入れて持って来たかった、って。それを聞いたエスメラルダも、だったら
 ラステル入りのカゴごとユーディットを護ってあげるから、って笑ってたな」
「ヴィトス!」
「そんな事を言ってたの、ユーディー?」
「あー……、えーっと、あはは」
自分がいない場所でも、自分の事を思っていてくれるユーディー。そんな彼女の気持ちが
伝わってきて、ラステルは気恥ずかしさに頬を赤くする。
「でも、ダメよ。他の人といる時に私の事ばかり話しちゃ、一緒にいる人がつまらない思いを
 するかもしれないわ」
それでも一応たしなめると、
「そっか。ごめんね」
ユーディーは素直に頭を下げた。
「まあ、僕は話しを聞いているだけで面白かったから、別に構わないけれどね。それじゃ、
 カゴに入ってるアイテム……、そうだな、このひとくちだんごでももらって行くか」
ヴィトスはテーブルに乗っているカゴをのぞき込むと、目に付いたひとくちだんごを手に取った。

「あーっ、それは!」
「次に僕が来る時までには、今度こそお金を用意しておくんだよ。じゃあな」
ユーディーにだんごを奪い返される前に、ヴィトスはさっさとドアへ向かった。
「ちょっと、だからっておだんご持っていく事ないじゃなーい! こ、この鬼畜高利貸しっ!」
ヴィトスの背中に向かって悪態をつくが、そんなユーディーを無視して彼は部屋を出て行ってしまう。
「もうっ、信じらんない、サイテーよ。ヴィトスのばかっ、鬼、悪魔。冷血漢!」
閉められたドアに向かって、ユーディーはなおも悪口を言い続ける。そんなユーディーの服の袖を
ちょいちょい、とつまみ、
「そうでもない……と思うわ。ヴィトスさんも、優しい所あると思う」
小声でラステルはそう告げた。
「そうー? そうかなあ。うーん」
思いっきり首をひねるが、ユーディーはすぐに笑顔になった。
「ま、あんなヤツの事はどうでもいっか。さて、邪魔者も消えた事だし、中断されたお食事を
 再開しましょ」
「お食事、って?」
きょとん、とするラステルを抱きしめると、ユーディーは更に嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ラステルを食べるお食事。いただきまーす」
「あっ……」
それから、何度も何度も軽いキスを繰り返した。


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