● 003.あなたになりたいわたしの願い ●

コンコン、とドアをノックする音がする。
「はいー、どなた?」
たたっ、と足取り軽くドアに近付いたユーディーはすぐにノブを回した。
ドアの前に立っている少女を見たユーディーは、途端に眩しいくらいの笑顔になる。
「ラステル!」
「ユーディー、こんにちは」
「遊びに来てくれたのね? 嬉しいなあ、さっ、入って入って!」
ラステルの腕に自分の腕を絡めると、本当に嬉しそうに彼女を部屋の中へと誘う。
「お仕事とかのお邪魔じゃないかしら?」
「ううん、全然。今急ぎの仕事とか無いし、調合の方も一息付いたところなの。それに、
 ラステルが遊びに来てくれたのに、邪魔なんてそんな訳ないじゃない」
「そう、良かった」
「ここ座って。あ、散らかっててごめんね」
なにやら遠慮がちなラステルに椅子をすすめつつ、テーブルの上に散らばっている紙やペン、
参考書を端の方へ避ける。
ラステルが椅子に座ると、
「ええと、お茶は何がいいかなあ。いつもの、お花のやつにする? それとも今日は気分を
 変えてミルクティーにしようか」
キッチンの方に目を向けながら、あれこれ考える。

「ラステルは、何がいい?」
「えっ、ユーディーの好きなのでいいわ」
「あたしは、ラステルの好きなお茶が飲みたいの。ラステル、選んで」
「うーん、そうねえ、じゃ、ミルクティーがいいな。濃いめに淹れて、ミルクたっぷりにして」
「うん、分かった」
ふんふん、といささか調子外れな鼻歌を歌いながら、ユーディーはやかんに水を入れて火にかける。
「あら、お茶の時間ですのね〜」
部屋の壁から、すっと入って来たのは、メッテルブルグの黒猫亭の二階、現在ユーディーが
使っている工房に住み着いている、幽霊のパメラだった。
「パメラさん、こんにちは」
「ラステルさん、こんにちは」
ユーディーの部屋に何度も訪ねてきているラステルは、パメラとはすっかり顔なじみだった。
「うん、お茶の時間だよ。パメラも混ざる?」
物理的にはお茶を飲む事ができないパメラだが、雰囲気だけでも一緒に楽しめるようにと、
希望がある時はユーディーは彼女の分までティーカップを用意する。
「ううん、今日は遠慮しておくわ。ユーディットさん、お仕事続きで疲れてるでしょうから
 お手を煩わせるのは申し訳ないし」
どこからともなく、色の透けているアンブレラを取りだし、ぱっと開く。

「私、最近運動不足だから日に当たりに行かなくちゃ。骨が弱くなっちゃうわ〜」
パメラは、ユーディーとラステルに軽く会釈をする。
「それでは、ごきげんよう」
「気を付けてね、行ってらっしゃーい」
「ごきげんよう、パメラさん」
入って来た時と同じように壁を通り抜けていくパメラの背中に向かって、ラステルは手を振った。
「ねえ、ユーディー。パメラさんって、お骨があるの?」
「うーん、どうなんだろうねえ。はい、ラステル。お茶入ったよ」
ユーディーが運んできた鈍く輝く銀色のトレイの上には、ティーポットとミルクポット、
大きめのカップが二つと、小さな可愛らしいクッキーが乗ったお皿。ミルクポットには新鮮な
シャリオミルクがなみなみと満たされている。
「すごい濃くしてるからねえ、ミルクたくさん入れるね」
テーブルにトレイを置くと、椅子を引きずってラステルのすぐ隣りに座る。
「ねえ、ユーディー、お仕事続きだったの? 疲れてない?」
ユーディーはカップに冷たいミルクをつぎながら、首を横に振る。
「うん、まあ、確かにお仕事は立て込んでたけど、ラステルの顔見たら、すっごく元気
 出ちゃったの。疲れも吹っ飛んじゃったよ」
ミルクの入ったカップに、濃い紅茶をゆっくりと注ぎ入れる。紅茶の香りと、温められた
甘いミルクの香りが、部屋の中にふわりと漂う。

「いい香りね」
「ねー。さ、飲んで飲んで。クッキーもつまんでね」
「ええ、ありがとう」
ラステルは、ミルクティーのカップに口を付けた。
「美味しい」
一言つぶやき、目を閉じて満足そうにため息をつく。
「良かったあ、ラステルのお口に合うようなお茶が淹れられて」
「ユーディーの淹れてくれるお茶、いつも美味しいよ」
「本当? それじゃ、もっと頑張って、もっともっと美味しいお茶淹れられるようにしよっと」
ラステルに誉められて気をよくしたユーディーは、クッキーをつまみながらお茶を飲んでいる。
「……ふぁ」
途中、口元を手で隠して、小さなあくびをした。
「ユーディー、眠い?」
「ん? んっ、いやいや、別に眠くなんてないよ。ただ、ちょっとね……ふあぁ」
首をかしげて心配するラステルの前で、またあくびが出てしまう。
「ごめんねユーディー、私、やっぱりお邪魔だったかしら」
「そんな事無いって! まあ、正直言えばちょっとだけ眠いんだけど」
少し悲しそうな表情になるラステルを安心させるように、ユーディーはにっこりと微笑んだ。

「ラステルが一緒にいると安心するの。くつろぐって言うか、リラックスするって言うか。
 安心すると、気持ちがほわ〜んってなって、そうすると眠くなるって言うか、ふにゃんって
 気持ちになるの。いい感じなの」
「ユーディー、私と一緒にいると、安心するの?」
「うん! 調合とかしてる時は一人で集中した方がいいんだけど、ぼんやりする時間ができると
 すぐそばにラステルがいてくれたらいいのになあ、って思う事あるよ。あと、お散歩とか
 してる時、花や景色眺めてるとラステルにも見せてあげたいなあ、とか思っちゃう」
一気にしゃべって、ふと言葉を切る。
「……ラステル、どうかしたの?」
「えっ、どうかした、って?」
「何か今日、変だよ。遠慮してるって言うか、あたしに言いたい事があるのに言えない、
 みたいな感じする」
普段、長い時間をすごしている友人のちょっとした仕草や言動に違和感を覚えたユーディーは
素直にそれを口に出した。
「なんかさ、あたしの事で気に入らないとか、直して欲しいとことかあるの? ラステルが
 そう思ってるんなら、文句言ってくれればあたし気を付けるよ」
「そ、そんな事無いわ! ユーディーに文句なんか、無い」
「じゃあ、どうしたの? あたしにお願い事? ラステルの為にできる事なら何でもしちゃうよ」
いたずらっぽくウィンクをしてみせる。

「えと、あの」
ほんのりと頬を染めたラステルは、小さくうつむいた。
「お願い……、って言うか、あの、聞きたい事があるの」
それから、顔を上げて消えそうな声を出す。
「うん。何でも聞いちゃって!」
元気そうなユーディーの言葉に励まされ、ラステルはぽつぽつとしゃべり出した。
「あの……、あのね。変な事聞くようなんだけど」
「うんうん」
「錬金術のお薬でね、自分の姿を変えるって言うか、他の誰かに変身できるような、
 そういうのってあるのかな」
「えっ?」
ユーディーはあごに指を当て、うーんとうなる。
「あっ、もし無かったらいいのよ。変な事聞いてごめんね」
「うーん、手持ちには無いなあ。持ってる参考書にもそれらしいのは載ってなかったような」
「そう、だったら別に構わないの」
少し焦っているようなラステルを見て、ユーディーはにやにやと笑う。
「でも、そんなお薬あるとしたら、ラステルは何に使うつもりだったの? あ、もしかして、
 あたしに変身するつもりだったんでしょう!」

「ええっ、何で分かったの、ユーディー?」
ラステルは頬を真っ赤に染め、慌てた様子をしている。
「あらあら、当てずっぽうに言ってみたのに当たったみたいね。でも、ラステルも人が悪いわね、
 あたしの姿になって、ヴィトスでも驚かしてみる気だったの?」
ふっふっ、と笑う。
「えっ、あの」
「……ちょっと待ってよ、それって面白そうかも! いつもあたしの事いじめるヴィトスに
 仕返しするチャンスかもね。ヴェルンの図書館に行って調べてみようかな」
「あの、ユーディー」
「一時的に視覚を眩ませるんなら、貴婦人のたしなみ応用してできそうだけどなあ。
 姿を変えるとなると、かなり高度なお薬よね」
「ユーディー?」
何度も名前を呼ばれ、ユーディーが我に返る。
「あ、ごめんごめん、ちょっと自分の世界に入ってた」
「違うわ。ヴィトスさんを驚かすとか、そういうイタズラに使いたいんじゃないの」
「んー? あたしの姿になりたくて、でもイタズラじゃない。じゃ、何に使うの?」
「あっ、ええと、それは……」
ラステルは口ごもり、うつむいてしまった。

「目的を教えてくんなきゃ作ってあげない。いや、聞いても作れないかもしれないけど、
 ねーえラステル、そんなお薬、何に使うつもりだったの?」
「ええっと、あの……」
うつむいたままのラステルは、指先をつつき合わせる。
「ものすごく、つまらない事なの。私の勝手なわがまま、って言うか。ユーディー、聞いても
 笑わないでね、あ、別に笑ってもいいんだけど」
「つまらない事でもいいよ、言ってみて。あ、お茶おかわり淹れるね」
かなりに中身が少なくなってしまった自分とラステルのカップに、ユーディーはミルクと
だいぶ冷めてぬるくなったお茶を注ぎ入れた。
「ありがとう。あのね、私」
顔を上げ、ユーディーを真っ直ぐに見つめる。
「ユーディーの事が大好きなの。私も、ユーディーと一緒にいるの、すごく安心するの」
「な、なんか、そんな風に正面切って言われると恥ずかしいなあ」
ラステルの言葉に、ユーディーはてれてれと微笑む。
「えへへ、あたしもラステルの事大好きだよ」
「うん、ありがとう。嬉しい」
「良かった、ラステルもそういう風に思ってくれてるんだ、あたしの事」
「うん、それでね……、でも、ユーディーは」
言いづらそうに声を低くする。

「ユーディーは、二百年前の人、でしょう……、だから、いつか私のいる場所からいなくなって
 しまうのよね」
「あ……、っ」
ラステルの瞳には、薄く涙が滲んでいた。
「うん……、ごめん……、ね」
濡れたラステルの目を見つめる事ができず、ユーディーは視線を少しだけずらした。
「ユーディーが謝らないで。ユーディーは自分のおうちに帰るだけだもの、それは仕方が
 ないって分かってるわ」
二百年前の話題になると、どうしても空気が重くなってしまう。ラステルはその重さを
払拭するように明るい声を出した。
「で、でも平気なのよ。ユーディーがいる時は、一緒にお茶を飲んだり、遊んだりできるんだから」
「うん」
「それで……ね、ユーディーと会っている時は平気なの。ユーディーと会ってない時でも、
 周りに人がいておしゃべりをしていたり、光が差しているお庭を散歩したり、そういう時は
 平気なの。でも」
ぐすっ、とラステルは小さく鼻をすすった。
「夜、眠っている時にね、ふっと目が覚めて。真っ暗な一人きりの部屋にいる時に、そばに
 ユーディーがいないんだって思ってしまうと、私、駄目なの」

「駄目?」
「ええ。とても寂しくて、悲しくて、もし私に内緒でユーディーが二百年前に帰ってしまったら、
 私はどうすればいいんだろうって」
「あたし、そんな事しないよ! ラステルに黙ってどこかへ行っちゃうなんて、そんな事」
ぶんぶん、と首を横に振る。
「分かってるわ、ユーディーはそんな事しないって。でも、一人きりでいると、どんどん
 悲しい気持ちになってしまって、不安になってしまって」
ラステルの頬に、一筋の涙が落ちる。
「ごめんなさい、私って本当におばかさんよね。頭では分かっているの、それでも、気持ちが
 どうしても押さえられない。ユーディーの事が大好きで、大好きすぎて」
「ねえ、ラステル、泣かないで」
ユーディーは立ち上がるとラステルに駆け寄った。背もたれ越しに後ろから覆い被さるようにして
ラステルの肩を抱く。
「ご、ごめんなさい、私……、だ、だから」
「うん」
ユーディーは、ラステルの頭にそっと手を当てると、ゆっくりとなで始めた。
「もし、ユーディーの姿になれるお薬があったら……、私が悲しくなった時に、ユーディーに
 なった私を鏡に映して見れば、たとえ偽りでもユーディーの姿を見る事ができれば、
 安心できるかもしれないって、そう思ったの」
「ごめんね……ラステル」
頭をなでていた手を止め、前屈みになってもう一度ラステルを抱きしめる。

「悲しい思いさせてごめん。不安な思いさせて、本当にごめんね」
「ううん、本当に私の自分勝手だから。ユーディーは謝らなくてもいいの、私こそごめんなさい」
「あたし、こんなんじゃ王子様失格だわ。大切なお姫様を泣かせちゃうなんて」
ラステルの肩にあごを乗せ、沈んだ声でつぶやく。
「そ、そんな事ないわ! ユーディーはいつも私の事守ってくれるし、私の支えになってくれるし」
ラステルは後ろの方へと首を傾けると、ユーディーの頬に自分の頬を寄せた。
「それに私、大好きなユーディーに泣かされるんなら、いいもん……」
手で涙をこすりながら、にっこり笑って見せる。
「……ラステルったら」
「きゃ?」
ユーディーはラステルの肩を抱き、椅子から立ち上がらせる。正面を向かせると、しっかりと
ラステルの身体を抱きしめた。
「そんな可愛い顔して可愛い事言わないでよ、もう、本当に可愛いんだから〜!」
「ユ、ユーディー……」
ユーディーは目を丸くしているラステルの身体をきつく抱き、すりすりと頬をすり寄せた。
「わ、私、可愛いの?」
「可愛いよ! メッテルブルグいち、いやグラムナートいち、全世界で一番可愛い!」

「そ、そんな……」
真っ赤になっているラステルは、戸惑いながらもユーディーの背に手を回した。
「もう、食べちゃいたいくらい可愛い。大好き」
「あ」
まだ涙が乾いていないラステルの頬に、ユーディーは軽く口づけた。
「……」
「あ、ごめん、つい」
緊張しすぎて身体をこわばらせてしまうラステル。
「ごめんごめん。つい、ちゅーしちゃったよ。拭くね」
自分も照れてしまっているユーディーは、服の袖でラステルの頬を拭こうとした。しかし、
ラステルはその手を避けてしまう。
「やん、だめ、拭いちゃ駄目。もったいないもの」
「もったいない?」
「ええ、せっかくユーディーが……、キス……、してくれたのに」
「ヤじゃない?」
「ヤだなんて事、ある筈無いわ。ごめんなさい、嬉しすぎて驚いてしまったの」
悲しさの涙は消えてしまっている。代わりにラステルの目に浮かんでいるのは、恥ずかしさと
嬉しさが混じった興奮のあまりに滲んでしまった涙だった。

「本当? あたし、ラステルにちゅーしてもいい?」
こくり、とラステルが頷く。
「お早うとおやすみのキスは今までもしてたけど、それ以外の時もしてもいい?」
もう一度、しっかりと頷く。
「ラステルも、あたしにちゅーしてくれる?」
「ええ、してもいいんだったら、私もする」
「じゃ、早速。して」
自分の頬を指さす。
「ユーディー……大好きよ」
目を閉じたラステルは、そこにそっとくちびるを寄せた。
「えへへ、くすぐったい。嬉しくて、うきうきしちゃう感じ」
自分からキスを求めておきながら恥ずかしくなってしまったユーディーは、頬を赤くしてはにかんだ。
「私も、すごくドキドキして、胸が苦しくなってしまうわ。でも、嬉しい」
ユーディーはすぐ近い距離でラステルを見つめる。
「でも、どうしてなんだろうなあ。お友達にキスしたいなんて思った事、今まで無かったんだけど」
今度は少し背伸びをして、ラステルの額に口づける。
「ラステルには、いっぱいキスとかしちゃいたい。いっぱい抱っこしたいし。やっぱり、あれかな」
「あれ?」

「うん、ラステルは友達じゃなくてね、あたしの……」
「ユーディーの?」
ラステルの瞳がユーディーを見つめる。
「うん、あたしの親友。大親友だから」
「親……、友」
違う他の言葉を期待していたラステルは、少しだけがっかりしたようだった。
「そうね、親友ですものね」
それでもすぐに気を取り直し、またユーディーの頬にキスをする。
「あ、それでね、ラステル、さっきの話しだけど。姿変える薬なんて、いらないと思うよ」
「……え?」
ユーディーはラステルの明るいブロンドをそっとなでた。
「あのさ、あたしと他の街行く時、一緒のお部屋に泊まるじゃない。そういう時って
 ラステル寂しくないんでしょ?」
「ええ。ユーディーと一緒にいられて、嬉しいわ」
「だったらさ、あのさ。えーと」
しばらくもじもじしていたが、ユーディーは思い切ったように口を開いた。
「あたしと、一緒に住まない?」
「えっ」
突然の申し出に、ラステルが言葉を失う。

「いや、ラステルも都合があるだろうし、駄目だったらいいのよ。それに、ずっとあたしの
 部屋にいたらラステルのおうちの方が心配するから」
ラステルは、返事もできずにただユーディーの話しを聞いている。
「ラステルが不安な気持ちになった時とか、寂しくて眠れなさそうな時とか、いや、ただヒマな
 時とかでもいいんだけど、あたしの部屋に泊まりにおいでよ」
「……いいの?」
「うん、て言うか、あたしの方がラステルに来て欲しいんだよね」
うふふ、と笑う。
「まあ、危険な調合する時はヤバいから、ラステルのおうちに避難しててもらった方がいいかも
 しれないけどね。ね、どう? そうすれば、もうラステル寂しくないよ」
「ユーディー……」
「そんで、あたし思うんだけどさ、世間の信用があれば、ラステルのご両親も安心してあたしに
 娘を預けてくれるようになるんじゃないかな。だからさ」
「うん」
「あたし、依頼とかもっといっぱいこなしてさ、いいお仕事してメッテルブルグに住んでる
 人達に、もちろんラステルのご両親に一番に信頼してもらえるように頑張るから」
「うん、うん……」
ユーディーにしがみつき、ラステルは涙をこぼす。

「あたし、ラステルのそばにいるから。できるだけ、ラステルがあたしのそばにいられるように
 するから。だから、泣かないで、ね?」
「うん」
丸めた手の甲で、ぐしぐしと顔をこする。
「ありがとう、ユーディー」
それから、にっこりと微笑んだ。
「うん、やっぱりラステルは笑ってる顔が一番」
それから声をひそめ、
「でも泣いてる顔も可愛いんだよねえ、ふっふっふ」
あやしい口調を作って付け加える。
「えっ?」
「ううん、何でもない。ラステル、こっち来て」
「え? え?」
ユーディーは、ラステルの手を引っ張り、ベッドへと歩いていく。
「ユ、ユーディー?」
「あたし、眠くなっちゃった。一緒にお昼寝しよう」
手を離し、ぽん、とベッドに腰をかける。
「もし、お昼寝の途中で目が覚めちゃっても大丈夫だよ。あたしが隣りにいるからね」
座ったまま、ラステルに向かって両手を広げてみせる。

「ね、おいでよ」
「……ええ」
ラステルはおずおずとベッドに歩み寄り、そして思い切ってユーディーの胸に飛び込んだ。
「きゃっ!」
「うふふふ」
バランスをくずしてしまったユーディーが、それでも嬉しそうに自分の上に倒れ込んでくる
ラステルを抱きしめる。
「ユーディー、大好き」
「うん、あたしもラステル大好きだよ」
二人でベッドに転がると、お互いに軽いキスを繰り返す。
「あ、でも、このまま寝ちゃうと、ラステルのドレスがしわになっちゃうね。あたしの寝間着で
 良かったら着替える?」
「えっ、ユーディーのお寝間着を着ていいの?」
ラステルが、ぱっと顔を上げる。
「ラステルが気にしないんなら貸すけど」
「ええ。……ユーディーのお洋服を貸してもらうの、嬉しいわ」
「そう? 良かった、じゃあ何か出すね」
ユーディーはラステルの額にキスをしてから、ベッドから下りて洋服ダンスへと向かう。

「寝間着……、うーん、適当なキャミソールとかでもいい?」
「私は何でもかまわないわ」
「えーと、じゃあねえ、これかな」
薄手のキャミソールを何枚か持ち、ラステルの所へと戻ってくる。
「あっ、可愛い」
「何枚もあるから、好きなの着てー。おっと、これは短いかな。おしり出ちゃうかも」
短いキャミソールの肩ひもを持ち、ラステルの前でひらひらと振ってみせる。
「あ、でもこれ、ピンク色でフリル付いてて可愛い。ユーディー、可愛い下着いっぱい持ってるのね」
ユーディーの持っていたキャミソールを受け取り、自分の胸元に当ててみる。
「下着……って言われると、何か照れちゃうなあ。ねえラステル、今度あたしも、ラステルの
 おうちに泊まりに行っていい?」
自分が着るキャミソールを決めたユーディーは、それを膝に乗せてから上着を脱ぎ出す。
「もちろんよ! いつでも好きな時に来て、ユーディー」
「やったあ! じゃあ、その時に、ラステルの下着も見せてね」
「下着……、え、ええ」
顔を真っ赤にするラステルは、ユーディーに背を向けると髪を解いた。背中を丸めて服を脱ぎ、
ごそごそとキャミソールに着替える。

「き、着替えたわ、ユーディー……」
脱いだドレスを丁寧にたたむと、ラステルは胸元を隠しながらユーディーの方へ振り向く。
肩や胸元が大きく開き、裾も腰までの長さしかないキャミソール姿でユーディーの前に
いると思うと、ラステルの心臓はばくばくしてしまう。
「うん。おいでおいで」
白く透けるような下着姿のユーディーは、さっさと毛布の中に入ってラステルを手招きする。
「は、はい、お邪魔します……」
お辞儀をすると、遠慮がちにユーディーの隣りに入る。ユーディーは、毛布に入ってくる
ラステルに身体をすり寄せた。
「えへ。もっとくっついちゃお。ね、腕枕してあげるから、頭上げて」
「あ、うん」
ラステルの首の下に腕を通し、収まりの良い場所を見つけようとその腕を小さく動かす。
「何か、こうやって一緒に寝てると、恋人同士みたいだね」
「えっ……」
枕になっている手でラステルの頭を抱きしめ、髪に優しいキスをする。
「みたい、じゃなくて、本物の恋人になりたいな……」
ユーディーに聞かれたくはないが、どうしても彼女の前で言葉にしてみたい願いを、ラステルは
もごもごと口の中でつぶやいた。

「んっ、何か言った?」
「な、何でもないわ。二人でお布団に入ると暖かいのね、そう思って」
「うん。ラステル抱っこしてるの、あったかくて、すごい安心する」
ふあぁ、とあくびをして、ユーディーは目をつぶった。
「おやすみなさい、ユーディー」
「おやすみ、ラステル」
ラステルも静かに目を閉じる。
「ユーディー、大好きよ」
「うん、あたしも……ラステル、好き……」
むにゃむにゃと寝言混じりになるユーディーの声を聞きながら、ラステルも眠りに落ちていった。

◆◇◆◇◆

「全く、いつになったら借金を返すつもりなんだ」
ぶつぶつとつぶやきながら、ヴィトスは黒猫亭の階段を上がって行った。
「早く金を返してくれれば、僕も何度も取り立てに来なくて済むのに。全く、面倒くさい」
実際にユーディーにお金を返されてしまったら、彼女に会いに行く機会が減ってしまう。
「まあ、ユーディットを見ていると面白いからな。返済までにもう少し時間をあげてもいいが。
 その分、利子のアイテムはちゃあんと頂くつもりだが」
自分でも良く分からない感情をごまかすように言い訳を繰り返す。
「おや」
ユーディーの部屋の前のドアの付近にふわふわと漂っているパメラの姿に目を留める。
「こんにちは〜、ヴィトスさん。借金の取り立てですか〜」
「ああ、そうだが。ユーディットは部屋にいないのかい?」
普段だったら部屋の中にいる筈のパメラが外に出ている事に違和感を覚え質問する。
「……お部屋の中よ。大切な人と二人っきりで、ベッドの中」
「ええっ!」
驚くヴィトスの前で、パメラは頬に手を当ててため息を吐く。
「私、お散歩から帰って部屋へ戻ろうと思って、半分程部屋の中に入りかけたら」
「半分……?」
「壁を通り抜けて、身体半分入った所で」
「ああ、なるほど」
幽霊のパメラはいちいちドアや窓を開ける事はしない。

「あられもない格好をした二人が、ベッドの中で甘い言葉をささやきながらいちゃいちゃと
 抱き合ってて。もう、びっくりしてしまいましたわ」
ほんのりと頬を赤らめる。
「あられもない……」
「もう、甘すぎて歯が浮いて虫歯になりそうで。見ていられないし、お邪魔をしてもいけないと
 思って、退散してきたんです」
パメラはもう一度大きなため息を吐くと、
「時間つぶしに、もう少しお散歩をして来ようかしらねえ」
言葉を失っているヴィトスの前から去っていった。
「ユ、ユーディット?」
パメラが壁を通り抜けた後、数分は固まっていたヴィトスがやっと我を取り戻す。
「いったい、借金も返さずに何をやっているんだ!」
動転したヴィトスはドアに駆け寄ると、ためらいもせずにノブを回した。
「ユーディット!」
ベッドに目をやると、毛布の下に人間の形が二つ、ぴったりと寄り添っている。
「……」
ヴィトスは、くらくらする頭を押さえた。
「ユーディット、君は、いったい」
彼女が誰と何をしようと、ヴィトスには関係ないし、口を出す筋合いもない。理性でそれは
分かっていても、押さえきれない感情がヴィトスに冷静さを失わせている。

「うう……、ん」
もぞもぞ、と毛布の下の一人が動いた。
「何ぃ……?」
寝ぼけた声のユーディーが毛布から顔を出す。
「ユーディット」
彼女の名前を呼ぶ事以外何もできず、ヴィトスはただ立ちつくしている。
「んん、あれ? ヴィトスだ」
ぐしぐしと目をこする。毛布から出たむき出しの肩と腕に、ヴィトスは更に動揺する。
「……君は、仕事もしないで、何をしているんだ」
「何って、見れば分かるでしょ」
「見れば、って」
とんでもない事を言いそうになり、ヴィトスは手で自分の口を押さえた。
「ねー。うふふ……」
ユーディーはもう一度毛布に潜ってしまうと、
「好きよ……」
毛布の中のもう一人に、愛しそうにささやいた。
「ユー、ディット」
自分でも理解できない、愕然とした思いを抱えながら、ヴィトスはベッドに近付く。
「……」
せめて相手の顔を見てやろうと、毛布の端を持ち上げた。

「きゃ。何?」
驚くユーディーが抱きしめているのは、流れるようなブロンドの髪。ヴィトスには見慣れた
色だった。
「……ラステル、か」
途端に全身から力が抜ける。
「まあ、ユーディットが色恋沙汰に関わっていたとは最初から思っていなかったが、うん。
 ユーディットの大切な人と言えばラステル以外にあり得ないだろう。僕は最初から
 分かっていたが」
「なあに? ごちゃごちゃうるさいなあ」
「んん……」
ヴィトスとユーディーの声に、ラステルがゆっくりを目を開ける。
「あ。ラステル、起きちゃった?」
「……」
二、三度まばたきをしてから、それから真っ直ぐにユーディーを見つめる。
「ユーディーだ!」
ラステルは輝くように微笑むと、しっかりとユーディーに抱き付いた。
「嬉しい。ユーディーだ。ユーディーだ」
ユーディーの首筋に顔を埋め、頬ずりをする。

「本当に目が覚めたらユーディーが隣りにいてくれるなんて。嬉しい」
「もう、ラステルったら大げさだなあ〜。一緒に寝るの、初めてじゃないじゃない」
そう言いつつも照れた顔のユーディーはラステルの身体を抱きしめ返す。
「そうだけど、でも、嬉しいんだもの」
「うん、あたしも嬉しいけどね。ふふっ」
ユーディーは身体を起こすと、ラステルの上に覆い被さった。
「ラステル、好き。大好き」
ちゅっ、ちゅっと頬や額にキスを繰り返す。
「私も好き……」
それに応えるように、ラステルも甘いキスを返す。
「……確かに、これを見ていたら浮いた歯が虫歯になりそうだ」
未だに身体中が脱力感で満たされているヴィトスは、借金の取り立てをする気にもなれなかった。
「今日の所は僕も退散するとしようか」
二人の世界に入っているユーディーとラステルに背を向けようとした瞬間、
「きゃっ」
ベッドの上でじゃれ合っていた二人の身体の上から、毛布が滑り落ちてしまった。
「あ……、っ」
絶句するヴィトスの目の前には、薄着で抱き合っている二人の姿。

「あ……、あっ」
「きゃ、きゃああーっ!」
真っ赤になったユーディーは慌てて毛布を掴むと、自分とラステルの身体を隠した。
「ヴィトスのばかーっ、何見てるのよ、エッチ、出てけーっ!」
「い、いや、別に僕は見ようと思って見た訳では、その」
ユーディーとラステル、二人の白い肌の残像が、ヴィトスの目の中でちらちらと踊る。
「いやーっ、もうお嫁に行けないーっ!」
半泣きになるユーディーをラステルが抱きしめる。
「だ、大丈夫よユーディー、いざとなったら私がお嫁にもらってあげるから!」
「本当?」
頬を赤く染めながら、ラステルは何度も頷く。
「うーん、でも、どうせならあたしがラステルをお嫁さんにする方がいいかも」
「えっ、ユーディー、私の事お嫁さんにしてくれるの?」
ラステルの瞳がきらきらと輝いている。
「うん。だってあたし、ラステルのウェディングドレス姿、見たい」
「私も、ユーディーのドレス姿見てみたいな」
「じゃあ、お互いでお互いのお嫁さんになるの。どう?」
「嬉しい……、ユーディー」
一瞬前に大声を上げた事も忘れている。

二人が、ドレスの色だの形だの、髪に飾る花やブーケについて夢中で語り合っている隙に、
ヴィトスはそっと部屋を後にした。
「訳が分からないな、あの二人は。同居しているパメラも大変だろうに」
ヴィトスは、後ろ手にドアを閉めた。
「しかし……」
パメラに、ユーディーが部屋の中で誰かと二人きりでいる、と聞いた時に胸に沸き上がって来た
激しい感情をぼんやりと思い出す。途端に息が苦しくなる程の閉塞感にも近しい感情を覚え、
それを振り払うようにゆっくりと首を振る。
「……可愛い女の子の薄着姿を見て、僕らしくもなく驚いてしまったんだろうな、きっと」
妙に早くなってしまう鼓動の言い訳を考えながら、ヴィトスは酒場への階段を降りていった。
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