「森に火を付けたのはお前らじゃな!」
妖精の長老は小さな拳を振り回しました。
「だから違うってば! あたし達はそんな事しないよ」
何度説明しても分かってもらえずに、リーナは泣き顔になっています。
「ったく……、何でこんな面倒に巻き込まれなきゃいけねーんだよ」
頬をふくらませ、背中を向けて頭を掻くリュオンを見て長老は更にいきり立ちました。
「その小僧の開き直った不遜な態度! それが何よりの証拠じゃ!」
「リューもちゃんと説明してってば〜」
涙をこぼしながら身振り手振りで説明を試みるリーナ、顔を真っ赤にしている妖精の長老、
ぶんむくれているリュオン。消火活動を終えた妖精さん達はその周りをうろちょろ
走り回って落ち着かない空気を演出しています。
「……どうしたのですか? 何かお困りのようですね」
そこへ、一人の男が通りすがりました。
「どうしたもなにも、この小娘と小僧が妖精の森に火を付けたのじゃ!」
「だからそれは誤解だってばあ、あたしはたまたま通りすがっただけで」
「じゃあお前じゃな、小僧!」
「だからどーしてそうなるんだよ!」
わいわいぎゃあぎゃあと騒ぎ出す三人に、男は「まあまあ」と場を和ませるような
にこやかな顔を作りました。
「よろしければお話しを聞かせていただけませんか。私はヘングストを拠点にしている
行商人、ジェラールと申します。何かお役に立てるかもしれません」
「ふむ……、お主、話が分かる人間のようじゃな」
きちんとした身なり、丁寧な言葉遣いに妖精の長老の気持ちも幾分和らいだようでした。
ヘングストから当面必要な物資を補給した後、妖精の森復興にあたっての計画を
話し合いました。リーナとリュオンは三年間妖精の森に留まり復興に手を貸す事。
リーナは錬金術と行商による資材と資金の工面、リュオンは大工の特技を活かして
妖精さんの住む小屋を立て直す。
「大工の仕事が嫌で出てきたっつーのに、何でここでも大工をしなきゃなんねーんだよ」
ぶつぶつ言いつつも、長老や自分が住む家を手早く建ててしまいました。リーナの家に
至ってはどんぐり型の可愛い設計まで施してあります。
「うわあ、可愛いおうち! リュオン、ありがとう!」
リーナに手放しでほめられて、リュオンはちょっぴり赤くなった頬を見られないように
そっぽを向きました。
その夜。
くたくたになったリーナとリュオンは早々に眠りにつきました。
火事騒ぎで逃げ出さなかった妖精さんも床につき、長老の家だけに控え目なろうそくの
灯りがともっています。
「……そちも悪よのう」
窓の外を眺めていた妖精の長老は、真っ白い立派なあごひげを指先でなでながら
含み笑いをしました。
「いえいえ、長老ほどでは」
長老の背中にしたり顔を向けているのは、先ほどヘングストの行商人を名乗った男、
ジェラールです。昼間、リーナとリュオンがいた時に浮かべていた人の良さそうな笑みは
姿を消していました。
「寂れていた妖精の森を再建する為に、枯れた木々を焼き払う。しかも役に立ちそうな
人間が通りかかったタイミングで火を放ち、犯人と決めつけて強制的に労働力を
得るなぞ、凡人の私には思いつきもしない妙案です」
ほっほ、と笑いながら長老は振り向き、片方の眉をくいっと上げました。
「それもお前さんのサポートあってこそじゃ。何も知らぬ小娘を行商人に仕立て上げ、
行商手形を与えるついでに裏からマージンを得ようなどと」
ふむ、と首をかしげて考えます。
「しかし、あんな小娘に行商ができるかの」
「それは心配ありません。若くて顔立ちの可愛らしい娘です、行商の腕が無くとも
物珍しさで取引をしてくれる商人達も多いでしょう。それに」
「それに?」
ジェラールの眼鏡がキュピーンと光りました。
「商売が上手く行かないようなら娼館に売り飛ばしてしまえばいいのですから」
「ふむ……、商館と娼館を営む男か。こわいこわい」
わざとらしく肩をすくめる長老に、ジェラールは影のある微笑みを向けました。
「さて、小娘から復興資金を搾り取ったあかつきには、お前さんから高級家具でも
買わせてもらうとするか。まずは高級羽毛布団から注文しようかの」
「分かりました、抜群に寝心地のいい最高級品をご用意いたします」
「うむ、年を取ると質のいい布団で眠らないと腰が痛むのじゃ」
二人が静かな含み笑いを浮かべる中、妖精の森の夜は更けていきました。