● 錬金術の大工屋さん ●

「オッフェンさーん、依頼の伝統ケーキ持ってきましたー!」
月光亭のドアを開け、元気よくヴィオが駆け込んできた。
「ふむ、いい仕事をしたな。これなら上出来だ」
ヴィオがカゴからケーキを出す。それを受け取ったオッフェンは、にっこりと微笑んだ。
色つやもいい、美味しそうな香りも漂っている。これなら合格点以上、いや、満点に近い。
「よくやったな、ヴィオ」
予定の報酬額にかなり上乗せしたコールを手渡す。
「えっ、こんなに頂いていいんですか?」
「いい商品には、それなりの対価を支払うよ」
「えへへっ」
オッフェンに誉められたヴィオは、くすぐったそうにはにかんだ。

錬金術だか魔術だか、得体の知れない技を始めたばかりのヴィオの持ってきたアイテムには
正直辟易させられていた。変な従属が付いていたり、どう見ても失敗作だったり、たまに
質のいい物を持ってくるかと思えば、その次には腐る寸前のアイテムを持ち込んでくる。
自分の店を開店し、経営する為の資金稼ぎに翻弄されていたヴィオにとってはいくばくかにでも
お金になれば手段を選べなかったのだろう。そんなヴィオの事情を分かっていただけに、
オッフェンもあまり強くは言えなかった。
あまりにも粗悪なアイテムを依頼主に渡せばそこから悪い噂が広がってしまう。質の悪い
アイテムを申し訳なさそうに差し出すヴィオには減額した報酬と称して自分の懐からお金を渡し、
その影でこっそりと依頼主に断りを入れた事もあった。
粗悪品、と言ってもヴィオが一生懸命作ったアイテムを処分する時には少し胸が痛んだ。

しかし、ヴィオの技術力が上がるにつれ、そんな気苦労の回数も減っていった。今ではヴィオに
仕事を頼めば、ほぼ確実に期待以上の品物ができあがってくる。あちこちの街での評判も良く、
彼女の作るアイテムを求め、酒場には依頼がひっきりなしに舞い込んで来ていた。
「ええと、今日は何か良さそうなお仕事はありますか?」
「また伝統ケーキの依頼が来てるんだ。これなら得意だろう」
「はい、それだったら自信があります」
中でも、もともとカロッテ村に伝わっていた郷土菓子をヴィオ風にアレンジした、特製の
伝統ケーキは評判が良かった。彼女の店でも売っているが、それを食べて味を占めたらしい
お客が、十個以上まとめての大量注文をかける事もある。

「あれ、期限指定が無い依頼もあるんですね」
ヴィオが作った物を手に入れられるならいつまでも待つ、と無期限の依頼も多い。
「それだったらヴィオちゃん、丁度極上品の小麦粉が入荷しているわよ」
酒場のカウンターの隣で雑貨屋を営んでいるクリエムヒルトが声をかける。
「本当ですか? じゃあ、この依頼やります。もう、すっごく美味しいの作って持ってくるから、
 待ってて下さいね」
「ああ、頼むよ」
「じゃあ、その小麦粉全部下さーい。あと、シャリオミルクもお願いします」
ヴィオがクリエムヒルトの方を向いた時、酒場の隅に置かれている椅子が目に入った。

「あの椅子……って、前からあそこにありますよね。背もたれが壊れたままだけど」
店にある極上小麦粉を全部買い占め、それをカゴにしまいながらヴィオがたずねる。
「あれか。ついでの時に直そうと思ってはいるんだが、ついつい後回しになってしまってね」
「ふうん」
椅子に近づいたヴィオは壊れている場所を調べる。
「良かったら、あたしが直しましょうか?」
「えっ、ヴィオがか?」
冗談で言っているのかと思ったら、意外に本気な顔で頷いた。

「錬金術って結構、木とか、とんかちとか使うんですよ。この椅子の背もたれを外して、
 新しいのを作って付け替えればいいんですよね。できると思います……釘はありますよね?」
「ああ」
「そうしたらあたし、ちょっと家に帰って材料をしまって、そんでアイヒェととんかち持って来ます」
オッフェンの返事も待たず、酒場のドアから走り出していった。
「ヴィオちゃんが、ねえ」
「まあ、確かに最近いろいろやっているみたいだからな」
村の外へ出たヴィオが、妙な板きれに乗って街道を飛んで行くのを見た事があるオッフェンは、
あんなものが作れるんだったら椅子の修理くらい簡単だろう、と納得した。


「取ってきました〜」
すぐにアイヒェと、数種類の機材を抱えて戻ってくる。
「背もたれのサイズは……ええっと、こんなもんか。外でアイヒェ削って来ます」
壊れた椅子のそばにとんかちを置き、アイヒェとナイフ、ランプを持って外へ出て行く。
アイヒェは丈夫なわりに加工のしやすい木材で、ヴィオはすぐに木を削り終えた。
「で、次はランプ」
なるべく椅子と同じ色味にする為と、ささくれを燃やして表面を滑らかにする為。ヴィオは
削ったアイヒェの表面に火を近づけ、ゆっくりとあぶった。
「たいしたものだな」
ヴィオのちらかした木くずを片付ける為に、ほうきとちりとりを持って来たオッフェンが感心する。

「あ、後で自分で掃除しますよ」
「まあ、これくらいは働くよ」
「すみません……」
なんとなく萎縮しながら、それでもだいたい木色を整える。それを持って簡単な掃除を終えた
オッフェンと酒場の中に入り、釘抜きを使って壊れた背もたれを外す。
「うん、ぴったり」
背もたれを当て、とんとん、と新しい釘を打ち込む。
「ほら、もうできちゃいましたよ」
「ほう、ヴィオが大工仕事までできるようになっていたとはな」

オッフェンが背もたれの後ろに回り、その出来映えを眺めている。若干、間に合わせの感が
しないでもないが、普通に使用する分には文句がなかった。
「この分の報酬も支払わなければいけないな」
「本当に、上手だわ」
クリエムヒルトも感心している。
「やだなあ、オッフェンさん。こんなの、サービスですよ」
ヴィオが直したばかりの椅子に座る。
「たいした手間じゃなかったし」
思い切って背もたれに寄りかかる。
「……きゃ」
その途端、ばりん、と音がして、作ったばかりの背もたれが壊れてしまった。

「あ、あぅ」
後ろに倒れそうになり、ばたばた、と手を振るヴィオを後ろにいたオッフェンが慌てて支える。
「ヴィオちゃん、大丈夫?」
「あうぅ」
「……まあ、こんな所だろうと思ったよ」
苦笑いをしながら、ヴィオの身体を支える。すっかりバランスを崩してしまったらしいヴィオは
必死でオッフェンにしがみついている。
「あれ? お、おかしいなあ、こんな筈じゃ」
顔を真っ赤にして言い訳をする。

「違うんです、違うんですよ、オッフェンさん」
オッフェンに抱き起こしてもらい、やっと椅子に座り直すが、片手はオッフェンの服の袖を
つかんで離さない。
「ケガは無かったか? それに、ヴィオの気持ちだけでもう充分だよ」
「大丈夫です、大丈夫ですけど、でも違うの、こんな筈じゃないんです。せっかく丈夫な
 アイヒェを選んで来たのに……あれ?」
開いている方の手で壊れた背もたれをつつく。
「あれっ!? あたし、間違えちゃった!これ、腐りかけてたから捨てようと思ってたやつだ」
がっくり、と肩を落とす。

「これ、腐りやすいアイヒェです。だからもろかったんだわ、もうっ」
オッフェンの方に向き直る。
「今度は、ちゃんとしたアイヒェを持ってきます。そんで、作り直します」
「気にしないでいいよ、そのうち俺が直すから」
「だめっ! このままじゃ、あたしのプライドが許さないんです」
椅子から立ち上がる。釘抜きを使って付けたばかりの背もたれを外す。
「だから、きちんと直させて下さい。いいでしょ?」
妙に真面目な顔になっているヴィオを見て、
「そうだな、だったらヴィオが気の済むまでやってくれ」
オッフェンは笑いながら頷いた。

「やったあ! でも、お客さんがお酒を飲んでる時に、とんてんやったら邪魔ですよね……
 今度、みんながいなくなる頃、酒場が終わるくらいの時間に来ます」
さっきオッフェンが使ったほうきを借り、床を掃く。
「そうしたら、とんでもなく遅い時間になるぞ」
「平気です。調合とかしてる時、夜中までかかっちゃう事があるんですよ。そういう時って
 なかなか眠れないから、丁度いいんです」
床がきれいになると、オッフェンにほうきを返す。椅子を元通りの場所、酒場の隅へ戻す。
「じゃあ、また来ますね」
ぺこり、と頭を下げ、酒場を出て行った。


「……うふふ」
家へのわずかな距離の間で、どうしてもこぼれてしまう笑みを押さえる為に、ヴィオは手を
口元に当てた。
「これで、オッフェンさんと二人きりで会う口実ができちゃった」
わざと腐ったアイヒェを持って行ったのも、計画のうちだった。混んでいる訳ではないのに
いつも誰かしらがいる月光亭。
「あの壊れた椅子に目を付けるなんて、あたしも策士ね」
椅子を直し、わざと失敗する。それからお客の邪魔にならないような時間にもう一度チャレンジ
したい、と言えば、深夜、誰もいなくなった酒場に行っても不自然ではないだろう……多分。

「ただいまあ。んっ?」
家のドアを開けると、店番を頼んでおいたバルテルは、カウンターでいねむりしていた。
「んもうっ、しょうがないなあ。でも、今日は許してあげようかな」
どうせもう閉店の時間だし、お客さんも来ないだろう。ヴィオはバルテルを起こさないように
カゴの荷物をコンテナに片付けてから、そっと階段を上がり、部屋に入った。
「でも、いくらなんでもあんなに派手に壊れるとは思わなかったなあ」
腐りやすい、スカスカに軽いアイヒェをわざわざ選んでいったのは事実だが、あそこまで
盛大に壊れなくても良かった。ぶつけてしまった背中と肘が少し痛くて、ヴィオは自分の
身体をそっとさすった。

「あざとかには、なってないよね」
上着を脱ぎ、腕を見る。別にどうにもなっていないのを見て安心する。
「でも、そのおかげで、オッフェンさんに抱き付けちゃったんだよね。きゃあ」
頬を赤くして、照れながらベッドに倒れ込む。枕元に置いてあるうさぎのぬいぐるみ、アレックス君を
手元に引き寄せてぎゅっ、と抱きしめる。
「オッフェンさん……オッフェンさん、好き」
ちゅっ、とアレックス君にキスをする。
「きゃあ、きゃあ」
アレックス君を抱いたまま、ヴィオはごろごろ、とベッドの上で転がった。


 小悪魔ヴィオラート(謎
 なんで一緒に冒険に出てくれないんだオッフェンさん。
 いい人ですよね。なんであんなにヴィオに親切にしてくれるんだろう、と
 不思議に思う事も多々ありますが。

 錬金術レベル上げるより先に冒険者レベルを上げた方が後々楽になるような気がします。
 (街道ひとっとびボードを作る為に、いかに早くゾーン高原の上の方へ行けるかが勝負だし)
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