● 大切な人(1/3) ●

※今までのあらすじ
 大事なくまさんのぬいぐるみをキャンプにまで持ってくるユーディー。
 それを笑ったヴィトスとケンカになりましたが、仲直りをしました。
 (この話しは「27.大切な荷物(1-2)」の続きですが、前の話しは読まなくても別に平気です)

無事にメッテルブルグに着いたユーディーは、城門に出迎えに来ていたラステルの案内で
街のあちらこちらを見て回る事にしたらしい。
「ヴィトスはどうするの?」
城門をくぐった所にある中央広場の石畳の上に立ったユーディーが尋ねる。
「うん、僕はここでちょっとした仕事でも片付けるとするよ」
「ふうん」
ちらり、と上目遣いで見つめる。
「じゃ、今夜、あそこで会おうよ。あたし待ってるからさ」
すぐ前に見える黒猫亭を指さした。

「ああ、うん」
ヴィトスが曖昧に頷くのを見ると、
「じゃあね。……ラステル、待たせてごめんね」
「いいえ、気にしないで。行きましょう」
くるっと背を向けてさっさとラステルの所へ行ってしまった。
「それはいいが、どうするんだ、この荷物は?」
一人残されたヴィトスの手には、くまさん入りの大きなリュック。
「仕方ない、宿に置いておくか」
情報収集の為ここの酒場には何度も足を運び、常連のようになっている。今夜宿を取る
予定でいるし、だったら荷物くらい預かってもらえるだろう。
小さくため息を吐くと、ヴィトスは酒場のドアを開けた。

数時間後。二人は酒場のテーブルに着き、それぞれ自分の好む飲み物を前にしていた。
「……それでね、ラステルのおうちったらすっごく大きくて」
「ビハウゼン家だろう、知ってるよ。むしろこの街で知らない人はいないんじゃないかな」
夜になって、酒場で落ち合った二人。ユーディーは今日見てきた街や人の様子、驚いた事を
大きな手振り混じりでヴィトスに一方的に話しかけている。
「知ってるって、外だけでしょ? あたしは中に入れてもらったんだもん。ラステルの
 お部屋にも入ったんだよ、すっごーいの! テラスまであるんだから。いいでしょ」
まるで自分の自慢話のようになってくる。

「よっぽど気に入ったんだね」
「気に入ったって言うか、あんなに豪華なおうち見せられて驚かない人はいないと思うよ」
ユーディーはフルーツジュースのグラスを手に取り、しゃべりすぎて渇いた喉を潤した。
「いや、家じゃなくて彼女が、さ。ラステルの事だよ」
「ああ、うん……、そうだね」
少し恥ずかしそうにユーディーはうつむいた。
「ちょっと変わってるけどね。でも、あたし達、お友達になったんだ」
「ふうん、それは良かった」
彼女の心の支えが増えたようでほっとした気持ちが半分。それから、相対的に彼女にとっての
自分の価値が低くなってしまったのではないかと危ぶむ気持ちが綯い交ぜになっている。

「ところで、これからの予定はどうするんだい?」
「あー。そうだな、どうしよっか」
顎に指を当て、宙を見つめる。
「ここの採取場、面白い植物が生えてるらしいの。それと、ラステルに聞いたんだけど、
 ここから西の方にリサって街があるんだって? そこにも行ってみたいけど」
うーん、と考え込む。
「あんまり強い敵が出たら敵わないし、お塩とかいろいろ買っちゃって荷物増えたからなあ」
それから、はっと気が付いたように尋ねた。
「ヴィトスのお仕事は大丈夫?」
「うん、まあね。だいたい片付いた」

「そっか」
ふんふん、と頷く。
「じゃ、今日はここで一泊してからヴェルンに戻ろうかなって思うんだけど、どう?」
「なるほど。君がそれでいいなら、君の都合に従うよ」
「ん、じゃ、よろしくね」
にっこりと笑うユーディーがあまりに可愛くて、ヴィトスはテーブル越しに手を伸ばして
彼女の頭をそっと撫でた。
「ひゃ。な、何?」
ユーディーの頬が赤く染まる。

「いや、君の頭が少しでも良くなるように、おまじないだよ」
「なっ、何よー、あたし頭悪くないもん!」
首を振ろうとしたが、
「ユーディット、暴れるとグラスが倒れる。大人しくしないと」
「あ、そうか」
諭され、何となくそれに従ってじっとしてしまう。
「さて、と」
ヴィトスは気が済むまでユーディーの頭を撫でると、一息付いた。

「そろそろ飲み物も無くなったし、行こうか?」
「ん、そうだね」
照れたような顔をしているユーディーに、ヴィトスは手を差し出した。
「ん」
更に照れた表情で、ユーディーはそこに自分の手を重ねる。
「えへへぇ」
「違うだろう、ユーディット。お金」
「は?」
てっきり手を繋いでくれるのかと思ったが、ヴィトスはユーディーに彼女の分の飲食代を
請求しただけだった。

「あー! あ、あ、お金ね」
慌ててユーディーは手を引っ込めた。
「ごめんごめん、あはは……、ああっ」
少し震える手でおサイフの中の小銭を出そうとしたが、数枚を取り落としてしまい、
床にちゃりんちゃりんと転がってしまう。
「あああ」
「何をやっているんだ、君は」
しゃがんで小銭を集めるユーディーの手伝いをしようとヴィトスは立ち上がり、彼女の
すぐ側にかがんで小銭に手を伸ばした。

「あ。きゃ」
同時に一枚の小銭をつまもうとし、二人の指先が触れ合う。
「……」
先ほど、勘違いとは言え手を重ねて嬉しそうに笑ったユーディー。彼女は自分に好感を
持ってくれているのだろう、そう確信したヴィトスは、わざとユーディーの手を握る。
「ひゃ。な、何?」
「ああ、間違った。お金を拾うんだったな」
そう言いつつも、握った手を離さない。
「そうだよ。お金だよ、きゃっ」
ぐいっと手を引っ張られ、ユーディーはヴィトスの方へと倒れ込んでしまった。

「う、あ」
空いている手を振って持ちこたえようとしたが、余計にバランスが崩れ、ヴィトスに
抱き付くような格好になってしまう。
握られた手から力が抜け、また軽い音を立てながら小銭がこぼれた。
「あ、あの、お、お金……」
頬を真っ赤に染め、かすれて消えそうな声でそれだけ口に出す。
「また落としたのか。何をやってるんだ、君は」
「だって、ヴィトスが」
「僕が何だい? 聞こえない」
更に腕を引かれ、おまけにもう片方の手で肩を抱かれてしまう。

「もう一度言ってごらん、ユーディット。僕の耳の側で」
「うー」
頬と頬が触れそうになるまで顔を近付けられ、ユーディーが息を飲んだ。
「ん?」
わざと目を見つめ、にっこりと笑う。
「……」
緊張したユーディーの大きな鳶色の瞳には涙が滲んでいる。もう少しからかってもいいが、
酒場で泣き出されてもいけないとヴィトスはここで引く事にした。
「お金。これで全部かな」
ユーディーから手を離すと、ひょいひょいと素早くお金を拾い集める。

「ほら。今度は落とすなよ」
「うん」
強ばるユーディーの小さな手にお金を握らせると、何事もなかったように立ち上がる。
「どうした?」
「えっ」
「いつまでもしゃがんでいるからさ」
「えっ? 別に」
何事もなかったように振る舞っているつもりだろうが、テーブルにすがってゆっくり
立ち上がる形の良い足が少し震えているように見える。

「これ、ヴィトスに渡すお金だった。はい」
ヴィトスが手の平を出すと、そこにお金を落としてさっと手を引っ込めた。
「じゃ、お金払ってくるから少し待っててくれ」
「うん」
椅子に座り直し、気分を落ち着かせる為だろうか、ほとんど空になったグラスを傾けて
くちびるに当てるユーディーを横目に見ながら、ヴィトスはカウンターに飲み物の
代金を払いに行く。ついでに先ほど預けたくまさん入りのリュックを受け取り、それを
持ってテーブルに戻った。
「ほら、ユーディット」
「あっ、それ! 今までどこにやってたの?」
リュックを渡すとすぐにそれを両腕に抱く。

「どこにって、カウンターに預けていたんだよ」
「そんな、勝手に預けちゃうなんてひどい」
ユーディーは頬をふくらませる。
「勝手にって、僕に押し付けてどっかへ行ってしまったのは君じゃないか。そんなに
 大事なら、ちゃんと自分で抱えておかないと」
「……ん」
てっきり怒り出すものと思い、どうやってからかってやろうかと一瞬考えたヴィトスは、
ユーディーの意外に素直な返事に驚いた。
「そうだよね。うん」
何となく、ぼんやりとした口調。

「あたし、これ、くまさんものすごく大事なのにな。大事だけど、でも」
ちらりとヴィトスを見上げ、すぐに恥ずかしそうに目を伏せる。
「何か、大丈夫みたい、かな?」
「ん?」
「だって、ヴィトスがいてくれるでしょ? だったら」
「ああ、うん」
「えへへ」
恥ずかしそうに微笑むユーディー。
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
素直に立ち上がり、ユーディーはヴィトスのそばまで来た。

「あ、っ」
ヴィトスがユーディーの細い肩に手を回すと、途端に真っ赤になり、うつむいてしまう。
「ん?」
「ううん」
首を横に振るが、その手を拒みはしない。リュックを抱えているのとヴィトスの歩調に
合わせようとしている為、ぎくしゃくとした不自然な歩き方で黒猫亭の階段を上がる。
「部屋はどこだったかな」
宿泊予定の部屋を探すと、ヴィトスはユーディーの肩を抱いたままでそちらへ向かった。
ドアを開け、部屋の中に入る。と、ユーディーの足が止まった。

「ありがと。じゃ、おやすみ」
首を傾け、少し緊張した笑みを浮かべる。
「ああ、うん」
おやすみを言うのはまだ早いなと思いつつ、ヴィトスは頷いた。
「……」
「……」
そのまま何となく黙り込んでしまう。やがて、ユーディーがためらいがちに口を開いた。
「送ってくれてありがとう、もう大丈夫よ。ヴィトスも自分のお部屋に行きなよ」
「自分の部屋、って」

「ここはあたしの部屋でしょう? 明日もいっぱい歩くし、ヴィトスも自分のお部屋に
 帰って早く休んだ方がいいと思うよ」
「ええと、ここだけど」
「ん?」
「だから、僕が泊まる部屋。ここだよ」
空いている方の手で、部屋の中を曖昧に指し示す。
「何で?」
「何でって」
先ほどからユーディーが何を不思議がっているのか理解できず、ヴィトスは少し考え込んだ。
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