● 特別な微笑み(1/1) ●

 最後の方がちょっとエッチっぽいかもしれないので、苦手な方は注意して下さい。
「ヴィトスって、何かあたしに冷たくない?」
気持ちのいい風の吹くうららかな午後。メッテルブルグの街、きれいな石畳の上を歩きながら、
ユーディーは隣りにいる自分の恋人の顔を見る。
「そうかなあ。別に、特にそうは思わないけれど」
「そうは思わないって。だって、今日だってあたしはデートのつもりだったのに、ヴィトスったら
 あちこちの店でお仕事の話し始めるんだもん」
少し頬をふくらませながら、ユーディーは甘えるようにヴィトスの腕に指を触れる。
「デートはデートだろう。仕事の話しはついでだよ」
「ついで、って。さっきの武器屋さんでは、あたし一時間も待たされたんだからね。それなのに、
 ごめんねも言ってくれないし」

「ああ、悪かったよ」
「悪かった、って、それだけ? 武器屋さんとはあんなにお話ししてたのに、あたしだってねえ」
「あっ」
賑やかな商店街の入口にさしかかると、ふいにヴィトスは、怒っているユーディーから視線を外した。
「ちょっと、あたしがお話ししてるのに、そっぽ向かないでよ」
「ここで少し待っててくれ、ユーディット」
「えっ、ま、待ってて、って」
ユーディーを置いたまま、ヴィトスは目に付いたらしい花屋に急ぎ足で入っていった。
「お花屋さん……?」

それからすぐに、白、黄色、ピンク、緑と色鮮やかな花束を抱えて店から出てくると、
真っ直ぐユーディーの方へ向かってくる。
「やだなあヴィトスったら。あたしそんなに怒ってないのに、お花をくれるなんて」
てれてれ、と顔をほころばせてしまうユーディーの隣りを素通りし、
「あ、あれ?」
そのまま食料品を扱っている店に入っていった。
「ちょっと、ヴィトスっ!」
慌ててヴィトスを追いかけようとしたが、『ここで待っていろ』と言う彼の命令を思い出し、
その場でまごまごしてしまう。

「またお仕事の話ししに言ったのかな。だったら、何で花束なんて」
彼の後を追いかけて店に入れば、後で叱られるかもしれない。
「ちょっと外から覗くだけならいいかな?」
店のドアは閉まっているものの、壁には大きなガラス窓が付いていて、そこから中を覗けそうだ。
ユーディーは店に近付くと、外から中の様子を眺めた。
「あっ、ヴィトスだ。あっ、あれっ!?」
自分には見せた事のない、愛想のいい笑顔を浮かべているヴィトス。にこにこと話している
彼の前には、彼が持っていった花束を抱えて、嬉しそうに微笑んでいる、きれいな細身の女性。
「な……、なに、よ」

ヴィトスより少し年上に見えるその女の人は、ベージュを基調にした動きやすそうな服の上に
真っ白く清潔感のあるエプロンをかけていた。落ち着いた茶色の髪をゆるやかにまとめ、
にっこりと笑うと年齢よりも幼く見え、その笑顔がより一層彼女に可愛らしい印象を与える。
「何よ、あれ」
エプロンをかけている、と言う事は、女性はお店の従業員か何かなのだろう。となれば、
ヴィトスは仕事の話しをしに行ったに違いない。
「お仕事のお話しだったら、何でお花なんか」
花は、仕事相手の気持ちをほぐす小道具なのかもしれない。
「でも、あたし、ヴィトスにお花もらった事ない」
仕事の相手にさえ花を贈るのに、ユーディーにはそんな物をくれた事がないヴィトス。

「まさか、ヴィトスはあの女の人が好きなの? そ、そんな筈ないわよね。だって」
意地は悪いけれど、ヴィトスが自分以外の女の人に興味を示すなんて思えない。思いたくない。
「だって、ヴィトスには、あたしって言う恋人がいるもの」
口の中でつぶやく独り言は、何故か虚しく聞こえてしまう。
「ヴィトスが、あたし以外の誰かを好きになる訳ないもの……」
自分にそう言い聞かせるが、胸の奥から沸き上がってくる寂しさに負けて、涙が滲みそうになる。
ユーディーはくるり、と後ろを向くと、急ぎ足でその場から遠ざかった。

◆◇◆◇◆

「ユーディット、いるかい?」
ノックもせずに、ヴィトスはユーディーの工房のドアを開けた。
「……」
「ユーディット」
「いない。留守です」
ヴィトスは勝手に部屋に入ると、消えそうな声が聞こえてきた方、ユーディーのベッドへと近付く。
ベッドの上には、ユーディーがうつぶせになっていた。
「何だ、いるじゃないか。ユーディット、何で勝手に部屋に帰ってるんだ。あの場所で待っていろ、
 と言ったろう。探したんだぞ」

「だって、ヴィトス帰ってこないんだもん」
「そんなに待たせていない筈だよ。ほら、起きろ」
寝転がったままのユーディーの肩に手をかけ揺すってみる。しかし、ユーディーは顔を枕に
埋めたまま、いやいやをしてヴィトスの方を振り向きもしない。
「いいよ、ヴィトスはあたしより、お仕事の方が大切なんでしょう? あたしの事はほっといて、
 お仕事に行ってくれば」
「ユーディット」
ヴィトスはユーディーを起こそうとするが、ユーディーは意地でもそれを拒否する。

「いつまでも拗ねているんじゃない」
ユーディーは腕を回し、ヴィトスの手を振り払おうとした。
「ほら」
ヴィトスはベッドに腰を下ろすと、ユーディーの身体を強引に抱き起こす。
「やっ」
強い腕に引っ張られ、ユーディーはヴィトスにもたれかかる格好になる。慌てて目元を覆うが、
頬に流れている涙は隠しきれなかった。
「ユーディット?」
「ヴィトスなんか嫌い。一生お仕事だけしてれば? お仕事先には、あたしよりもきれいな
 女の人がいっぱいいるんでしょ。ヴィトスがお花をあげたくなるような」

「ああ、見ていたのか。あれは、別に」
「見ていたも何も、お花を持ってあたしの横を通り過ぎて行ったじゃない! あたし、てっきり、
 あたしにくれるのかと……、あたし、ヴィトスにお花もらった事なんか……」
涙があふれ、声が詰まる。
「花が、欲しかったのか?」
「お花が欲しいとか、欲しくないとかじゃないの! ヴィトスはいつも、お仕事の相手には
 親切にするくせに、あたしには意地悪ばっかりする。あたしなんかどうでもいいんでしょ?」
止まらない涙をこすり、ユーディーは抱えていた思いを一気に吐き出した。

「ユーディットをどうでもいい、なんて思っている訳ないよ」
泣いているユーディーの肩に手を回し、指先でしなやかな髪をすく。
「花は……、あそこの店に融資をしているんだが、主人が病気で倒れてね。まあ、単なる過労
 だったらしくてたいした事はなかったんだが、その見舞いの花を奥さんに渡したんだよ」
「奥さん、って、ヴィトスがお花を渡した人?」
「ああ。何だか、後から言うと言い訳みたいに聞こえるかもしれないけれどね。ご主人の病気を
 気にかけてくれるのが嬉しい、って、何度も頭を下げられた」
「……」
ユーディーはヴィトスの話しを聞きながら、ぐすん、と鼻をすすった。

「僕もうっかりしていた。商店街に入ってから、主人の病気を思い出したんだ。ここでいい
 印象を与えておけば、後々の取引で有利になるからね」
「ヴィトスって」
「ん?」
「ヴィトスって、本当にお仕事の事ばっかり考えてるんだね」
まだもやもやした気持ちは収まらないが、ヴィトスの説明は嘘には聞こえなかった。
「そうだな……、いや、最近はそうでもないよ。君の事も考えている」
「あたしには、そうは思えないけどな」
「ユーディット、こっちにおいで」
まだふてくされているユーディーの方を向き、肩を抱いていた手を背中に、もう片方の手を
彼女の腰に回すと、自分の膝の上に横抱きに乗せた。

「僕は、君に、優しくした方がいいのかな?」
改めてユーディーの細い身体を抱きしめ直し、ヴィトスはささやいた。
「そりゃ、そうだよ。優しくして欲しいよ。あんな、あんな……、お店の女の人にしてたみたいに、
 あたしにも笑いかけて欲しい」
ユーディーはヴィトスにしがみつくと、彼の胸に顔を埋めた。
「あれは……、ううん」
しかし、ヴィトスが困ったようにうなるのを聞いて、顔を上げる。
「何よ。あたしには、笑ってくれないの?」
「いや、そういう意味じゃなくて。正直な所、あれは営業用の顔だからな」
そう言って、少し困ったように肩をすくめる。

「営業用の顔?」
「全部が全部、って訳じゃないけれど、若干作り笑いが入っている」
ヴィトスはそっとユーディーの頬に手を当てた。
「君が笑え、と言うのなら努力してみるけれど。僕はなるべく、君の前で作り笑い……、
 偽物の笑顔をしたくないんだ」
その指がユーディーの耳の方へと滑っていく。
「それともユーディットは、例え偽物でも、僕が笑顔を浮かべていた方がいいのかな?」
「うーん、偽物の笑顔は……、ヴィトスが笑いたくない時に無理して笑うのを見るのは嫌だけど」
耳の下から首にかけて、ヴィトスの温かい手にさすられて、ユーディーは気持ちよさそうに
目を細めた。

「君といると、どうにも安心するんだ。素の自分になれると言うか。僕は仕事柄、どうしても
 外では神経を張り詰めて、緊張していなければならないからね」
「うーん……、うん」
「君と二人だけの時には、その緊張も解けて。だからついつい、君に対しては本音が出てしまう」
「本音? 本音って、あたしに冷たくしたり、意地悪するのが本音なの?」
それでも、ヴィトスの優しい手の動きに、ユーディーの気持ちもだいぶやわらかくなってくる。
「僕は冷たくしているつもりはないよ。ただ」
ヴィトスはユーディーのあごをさすっていた手に少し力を入れる。そのまま顔を上げさせると、
首を傾けてそっと口づけた。

「う……、にゃ」
いきなりの甘い口づけに、照れてしまったユーディーは甘えた声を出す。
「君をいじめると、とっても可愛い反応をするからね。可愛い君を見たくて、ついつい
 意地悪をしてしまうのかもしれない」
「そんなのってないよ。ヴィトスって、良く分かんない」
そう言いつつも、ユーディーは赤らめた頬をヴィトスの胸にこすり付けた。
「良く分からなくてもいいよ。君が分かっても、分からなくても、それが僕だし」
「うーん、そういう風に、なるのかなあ」
何となく誤魔化されてしまったような気もするが、優しくなでられ、キスをされて、可愛いとまで
言われてしまうとこれ以上反抗はできなかった。

「そうかなあ。うーん、そういう事だったら……、いいかな?」
ユーディーはヴィトスの首に両手を回すと、自分から顔を近付けてキスをせがむ。ヴィトスは
その動きに応えようとしたが、ユーディーのくちびるに触れる一瞬前で顔を止めた。
「ね、ヴィトス」
キスが欲しいけれど、はっきりそうと口には出せずに、ユーディーは物欲しげな目でねだる。
「そうだ、忘れていたけれど。君は、僕が商店街の入口で待っているように言ったのに、その
 約束を守らなかったね?」
「え、あ。それは」
ヴィトスは親指を立てると、それをそっとユーディーの紅いくちびるに当てる。
「僕は君を、僕の言いつけを聞かないような悪い子に育てた覚えはないよ」
「あ、あたしだって、ヴィトスに育てられた覚えはないわっ」

何かを含んだような意地の悪い笑みをくちびるの端に浮かべるヴィトス。
「そうか。だったら、もう一度、きちんと躾け直さなければいけないようだね」
「やだあ、何だかヴィトスの笑い顔、怖いよう」
「怖い? おかしいな、僕は楽しくて仕方がないけれど」
ヴィトスの指が、あごから首筋へと下りていく。
「ついでに、君が二度と僕を疑う気を起こさないように、僕の愛情がどれだけ深いかも
 教えて込んであげないとね」
見ているだけで、背中がぞくぞくと痺れてくるヴィトスの微笑み。この表情を見た事があるのは
自分だけだろうなと思いながら、ユーディーは自分の肌の上を滑るヴィトスの指使いを感じていた。
 ちなみにこの後、『むにー』(物理ダメージ:強、とても痛い、威力+1)を10回される。

 最近、『ツンデレ』というのが一部で流行っているようで。
 「普段は無愛想だったり、お高くとまっているけれど(ツンツンしているけれど)、
  仲良くなると甘えん坊(デレデレ)になる」から、ツンデレって言うのですけれど。
 アトリエで言うと、「エリーのアトリエ」のアイゼル、「ヴィオラートのアトリエ」のブリギット、
 「イリスのアトリエ2」のフィーたんなんかを思い浮かべて頂けるとよろしいかと思います。

 ヴィトスもゲーム中では若干ツンデレな所が無きにしもあらずかなあ、とも思うんですが、
 普段、周囲の人には愛想が良くて、ユーディーと二人きりになると意地悪くなる、つまり
 『デレツン』だったら萌えるんじゃないだろうか!とか思って書いてみたSSです。
 しかし、どうもうちのヴィトスさんはユーディーたんに甘いので、結果『デレツンデレ』になってしまいました。
 今後も精進して、頑張って『デレツン』になるようなお話し書くぞ!

 ところで、「あご」は、「あご」とひらがなで書くのが好きです。
 「顎」と漢字で書くと、「鰐」(わに)みたいに見えなくもないから。…見えないか?
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