● 告白大作戦(1/2) ●

「ねえ、ユーディー。ユーディーって、ヴィトスさんの事好きよね?」
「えええっ!?」
突然のラステルの言葉に驚いて、顔を赤くしたユーディーはイスからずり落ちかけた。
「なっ、な、何よ突然! 誰があんな鬼畜高利貸しを? 好きですって?? やぁねえ」
気持ちの良い風が吹くうららかな午後、窓を大きく開けた、メッテルブルグのユーディーの部屋。
ユーディーとラステルは美味しいクッキーをつまみながら、花の香りのするお茶を楽しんでいた。
一瞬前は、お茶の香りがどうとか、ラステルのお父様が取引先の方から珍しいお茶を頂いたから
それを持ってくるとか、そんな他愛のない話しをしていた筈だ。
「そ、それに、どうしてお茶の話しからいきなりあいつの名前が出てくるの?」
焦った様子でイスに座り直したユーディーは、お茶を飲んで何とか落ち着きを取り戻そうとする。

「だって、どう見てもそうとしか思えないんですもの」
ラステルは可愛らしく首をかしげた。
「どう見てもそうって、誰の何をどう見たらそうなるのよ」
「ヴィトスさんも、ユーディーの事好きですってよ」
がたたん、と派手な音を立ててユーディーがイスから転がり落ちる。
「なっ……、えっ? だっ……、そ、そ」
更に顔を赤くして、あわあわと口元が震えている。
「この間、ユーディーと、ヴィトスさんと、ヴェルンにお出かけしたじゃない?」
「ん、した、けど」
イスにしがみつきながら、何とか身体を起こす。

「ユーディーが雑貨屋さんでお買い物してる時、私、こっそりヴィトスさんに聞いちゃったの」
「き、聞いたって、何を」
よろよろとイスに座り、今度は何を聞いてもくじけない覚悟でテーブルの縁にしがみつく。
「何をって、『ユーディーの事、好きですか?』って」
「そっ、そんな、ねえ! いきなり、そんなのって」
声を荒げるユーディーだったが、
「そしたら、『嫌いではないよ』って。嫌いじゃないって事は、好きって事よね?」
うふふ、と笑われ、ぺたりとテーブルにふせってしまった。

「そ、そんなの分からないじゃない。嫌いじゃないってだけで、普通、とかかも知れないし」
顔をテーブルに付けたまま、もごもごとつぶやく。
「普通? それは無いと思うわ。だって、どう見てもヴィトスさんはユーディーの事好きだもの」
「あのねえ、それに、あたしだって別にあいつの事なんか……」
無理にごまかそうとするその態度が、ユーディーのヴィトスに対する気持ちを如実に表している。
「ユーディー、ヴィトスさん嫌い?」
「……嫌い、じゃないけど」
ユーディーはふてくされた顔で起き上がる。
「じゃあ、好きよね。良かったわね、ユーディーってヴィトスさんと両想いよ!」
嬉しそうに、両手をぱちんと打ち鳴らした。

「だ、誰も好きだなんて言ってないし……」
「じゃあ、次は告白ね。想い合ってるだけじゃダメよ、きちんと告白して、恋人同士にならなくちゃ」
「だから、誰もヴィトスの事なんか好きとかじゃないしっ」
「ユーディー。ヴィトスさんを、誰かに取られちゃってもいいの?」
急に真面目な声になったラステルに、
「そ、それは、ダメだけど」
ユーディーもついつい真剣に答えてしまう。
「ヴィトスさんってカッコいいし、お仕事もできるし、女の人にもてるかもしれないわよ?
 ユーディーがはっきりしないと、誰か他の女の人に……」

「ダメーっ、それはダメ!」
慌ててラステルの話しを遮る。
「じゃあ、やっぱりユーディーの気持ちを伝えなくちゃね。がんばって、ユーディー」
「あ、う、うん」
応援されるままに、こくん、と頷いてしまう。どうにも押しに弱いユーディーだった。
「それでね、私、参考書を持ってきたの。ユーディーの役に立てたらって思って」
「参考書ぉ? そんなのがある訳?」
ラステルは、持ってきた手提げから、雑誌を何冊か取り出した。

「ええ、うちのメイドさん達が読んでいたご本を借りて来たの。この通りにすれば、男の人は
 メロメロになるって書いてあるわ」
「メロメロ、ねぇ」
興味の湧いたユーディーは立ち上がると、イスを引きずりラステルの隣りに座った。
「ええと、どのページだったかしら」
ぱらぱら、とラステルの小さな手が本のページをめくる。
「あっ、ここね」
目的のページの隅は、目印にきれいに折り目が付けられていた。

「ええと、まず、告白は、相手の部屋か自分の部屋がいいのね」
記事の見出しを指でたどりながら、ラステルはすぐ隣りにいるユーディーの顔を見る。
「ユーディー、ヴィトスさんのおうちってどこだか知ってる?」
「知らない」
そう言えば、あちこちの街に出没するヴィトスの家の場所を聞いた事は無かった。
「じゃあ、場所はユーディーの部屋……、ここで決まりね。次に、告白のタイミング」
「ねえ、ちょっと待ってよ、そんないきなり」
きょろきょろ、と部屋の中を見回し、ユーディーは異議を唱える。
「じゃ、ヴィトスさんを他の人に取られてもいいの?」
「それは、ダメだけど、でも」

「じゃあ決まり。告白は、しっとりとしたムードを作って、身体を密着させて、ですって」
ラステルはどんどん話しを進めていく。
「み、密着ぅ? そんな事言われたって」
「案としては、ベッドに二人で腰かけて、ですって。まあ、大人の恋ね」
「ベ、ベッドに……、こ、腰かけて? でも、普通お部屋に入ったら、イスに座るわよ……」
ベッドに並んで座る自分とヴィトスを思い浮かべ、恥ずかしくなったユーディーの声が徐々に
小さくなっていく。
「そうねえ、イスには何か荷物を置いておけばいいわ。そうしたらイスに座れないから、
 ベッドにどうぞ、って自然な流れになるわよ」

「自然、かなあ」
首をかしげるユーディーだったが、ラステルは更に話しを進める。
「それで、告白。ユーディー、ちゃんとヴィトスさんの目を見て、好きですって言うのよ」
「い、言うのよ、って言われても。そんなの、恥ずかしくて言えないよ」
もじもじしながら反論するユーディーを無視して、ラステルは次の見出しを指さす。
「それで、告白したらキスよ」
「キっ、キスぅ!?」
ユーディーはイスから立ち上がると、ばん、とテーブルを叩いた。
「そっ、そんなの無理! 絶対無理だって! できる訳ないじゃないっ」

「無理でもするのよ。だって、もう二人は恋人同士なんですもの、キスくらいは当たり前よ」
「恋人同士、って。話しが早すぎるよ、ラステル」
それでも、恋人同士になった自分とヴィトスを想像すると、胸の奥が熱くなってしまう。
「男の人の方からしてもらうのが理想だけど、もしヴィトスさんがしてくれなかったら、
 ちゃんとユーディーの方からおねだりするのよ?」
「お、おねだり? キスの、おねだり……をするの?」
「そうよ。あっ、そうだわ、少し練習してみましょうか」
「練習、って」

「私がヴィトスさん役ね。ええと、じゃあヴィトスさんと一緒に部屋に入る所から」
ラステルは立ち上がると、本を片手に持ったまま、もう片方の手でユーディーの腕を取る。
そのままドアの方へ行き、部屋の中央に向き直る。
「はい、ユーディーがヴィトスさんと一緒に部屋に入りました」
「一緒に部屋って、そんな都合良くヴィトスが来る訳ないじゃない」
「お話しがあるから部屋に来て欲しい、って言えばいいのよ。それで、あちらにどうぞって」
そう言ってベッドを指さす。
「い、いきなりベッドなの?」
「だめだめ。ここはユーディーのセリフよ、はい」

「え、ええっと……」
ちらり、とラステルの顔を伺う。許してくれなそうな彼女の表情を見て、ユーディーは
仕方なくセリフを考える。
「ええっと、ヴィトス、テーブルにどうぞ。あっ、あそこは荷物がいっぱいね。じゃあ、
 ベッドにどうぞ〜」
まるで棒読みだったが、ラステルは先を続ける。
「もしヴィトスさんが戸惑ったら、ヴィトスさんの腕を引っ張っていってもいいわね。
 そして、次。ベッドに座りました」
並んでベッドに行くと、そこに腰を下ろす。

「ダメよユーディー、もっとくっついて」
「ええーっ」
「そうだわ、手とか握ってもいいかもしれないわね。ほらユーディー、もっとこっちよ」
「手……」
開いたままの雑誌を脇に置き、ぎゅうぎゅうと身体をすり寄せ、ラステルはユーディーの手を握る。
「本番は、ユーディーの方から身体をくっつけて、手を握るのよ。できるわよね?」
「うん、自信ないけど、がんばるよ」
曖昧に頷くユーディーを見て、ラステルはまた妙案を思いつく。

「ね、ユーディー、上着脱いで」
「上着? うん」
いったん身体を離し、言われるままに上着を脱ぐと、それをベッドの端へ置く。座り直した
ユーディーのアンダーシャツの胸元に、ラステルはいきなり指を引っかけた。
「きゃっ?」
「男の人をその気にさせるのには、ある程度の露出も必要なのよ」
「ろっ、露出ですって?」
急に恥ずかしくなり、ユーディーは胸元を両手で隠す。

「そうよ、セクシーな胸元で誘惑よ。もうちょっと、肩をずらして……」
「ちょっと、ラステルっ」
ラステルはユーディーの肩口を左右に引っ張り、デコルテを露出させる。
「ねえこれ、やらしいって。ダメだよ」
「いいのよ、これくらいで。はい、そうしたら告白」
「うーっ」
恥ずかしさの余り頬を紅潮させ、瞳に涙を滲ませているユーディー。
「この場にヴィトスさんがいれば大成功だと思うんだけど」
そんなユーディーのあまりの可愛らしい表情に、ラステルまで心を動かされそうになる。

「えっ?」
「ううん、気にしないで。さあ、私をヴィトスさんだと思って、告白よ」
「うん……」
しばらくもじもじ、と落ち着きなくしていたが、
「えっと、好きですよー、っと。はい。終わり」
早口でそれだけ言い放ち、そっぽを向く。
「ユーディー、真面目にやって」
「あたし真面目よ。これ以上は無理」
「ユーディー?」
ユーディーの頬に手を当て、こちらを振り向かせる。

「分かったわよ」
ラステルの視線に負け、しぶしぶ言い直す。
「……好きです。これで、いいの?」
「ええ。後は、キスのおねだり」
「……」
小さくため息をつき、ユーディーは目を閉じた。
「好きです、キス、して下さい」
そのままじっとしていると、ラステルはユーディーの頬に軽く口づけた。

「きゃっ」
驚いたユーディーが目を開けると、ラステルはにっこりと微笑んで見せた。
「ユーディー、合格。これなら絶対大成功よ」
「う、うん……、ありがと」
妙に照れくさくなったが、とりあえずお礼を言う。
「うふふ、ユーディー、すごく可愛い。私も本当のキスがしたくなっちゃった」
「えっ?」
「冗談よ」
何となく冗談には聞こえなかったが、ユーディーはあえて聞き流す事にした。

「これで本番もばっちりね。じゃ、ヴィトスさんに声をかけて来ましょう」
「えええっ、もうヴィトスを呼ぶの? もうあたし、ダメだよ」
この時点ですでにLPを消耗しきった感のあるユーディーは情けない声を上げる。
「だって、こういうのは勢いが大事なのよ。思いついたら即実行よ」
元気なラステルが拳を振り上げるのを見て、ユーディーも力なく手を上げた。

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