● 栄養充填(1/1) ●

ノックも無しに突然に、ばたん、とユーディーの工房のドアが開いた。
「!」
お昼も過ぎた時間。ふっくら焼けたデニッシュに、美味しくできたブランクシチューという
遅めの昼食をいただいていたユーディーの手が止まった。椅子に座ったままおそるおそる
ドアの方を振り向くと、
「やあ、ユーディット」
そこには少し疲れた笑みを浮かべたヴィトスが立っていた。
「あ、ヴィトス。どうしたの?」
「いや、借金の取り立てをね」
その言葉を聞いて、ユーディーの表情がこわばってしまう。

「あれ? 借金の取り立てには、まだ早いような気がするんだけど、な」
彼の取り立ては、ほぼ一ヶ月に一回。前回利子代わりのアイテムを取り上げられてから、まだ
二週間程度しか経っていない筈だった。
「ええと、お仕事はちゃあんとしてるのよ。でもね、材料買うにも、生活するのにもお金が
 必要で、五万コールだなんて大金、貯めるとなるとなかなか……」
言葉に詰まりながら、えへへ、と苦笑いを浮かべる。
「そうだ! ヴィトスもブランクシチュー、食べていかない? 今日のシチューはキノコ
 たっぷり、美味しくて栄養ばっちりなのよ」
話しをごまかそうと、ユーディーは自分の食べかけのシチューをヴィトスに見せた。
「まだお鍋にいっぱいあるから、すぐに温めてあげるわ。デニッシュもあるし」

「キノコって、まさかヤドクタケじゃないだろうね」
ふっ、と笑うヴィトスは、最初に見た時よりもいくぶん険が減ったなったように見える。
「ううん、採取場の奥の方で採ってきたばかりの妖精の日傘よ。新鮮で美味しそうだったから
 すぐにシチューにしちゃったの。いい香りもするでしょ?」
「そうだな、ご招待にあずかりたいのはやまやまなんだけれど」
ヴィトスは勝手に部屋に入り、ドアを閉めた。ユーディーの食事が並べてあるテーブルまで
歩いてくると、本当に美味しそうなシチューの入っているボウルをのぞき込む。
「今日中に終わらせたい仕事があるんだ。午前中に二件、金の取り立てを済ませたんだが
 これからまだ三件程回らなければならない所があってね。全く、楽じゃない仕事だよ」

「……うう、苦労かけてごめんなさい。今日も払えません」
話しをごまかせそうにないと見て取ったユーディーは、素直に頭を下げた。
「今日も? いや、君への取り立ては、今日のスケジュールには入ってない」
その言葉を聞いて、ユーディーはぱっと顔を上げる。
「えっ」
ヴィトスは腰の小物入れから小さな手帳を出し、それをぱらぱらとめくる。
「うん、君の取り立ては二週間後だよ。安心してくれ」
開いたページを指で叩いて確認すると、その手帳をすぐに小物入れにしまった。
「な、なーんだ。良かった……」
ほっとしたユーディーは、途端に肩の力を抜いた。

「もうっ、それならそうと早く言ってよね。今日はどうしたの? お茶でも飲みに来たの?
 だったら、お茶請けにひとくちだんごでも出そうか」
アイテムを搾取されるのは癪に障るが、自分からごちそうするのは大歓迎なユーディーだった。
「今日はあまり時間がないんだ。それはまたの機会に」
「うーん……あのさ、ところでヴィトスって、何しに来たの?」
借金の取り立てでもなければ、お茶を飲みに来たのでもない。仕事が忙しくて時間がないと
言うのに、わざわざユーディーの工房に立ち寄る理由が分からない。
「いや、まだこなさなければならない仕事があるのに、今日は何だか疲れてしまってね。
 ……すまないな、いきなり部屋を訪ねて愚痴を言うようで」

普段から、他人には決して本心を見せないヴィトス。そんな彼が自分に対してほんの少しでも
弱みを見せてくれた事に、ユーディーは何となく嬉しくなってしまう。
(あたしってば、ヴィトスにちょっとは信頼とか、されてるのかな)
妙にくすぐったいような気持ちがする。
「や、別にそれでヴィトスの気が済むんなら、愚痴聞くくらいならしてあげてもいいよ」
「ああ、それで……、食事中申し訳ないが、ちょっとこっちに来てくれるかな、ユーディット」
ヴィトスはちょいちょい、と手招きをして、ユーディーに椅子から立つように促す。
「ん?」
その仕草に素直に従い、ユーディーはヴィトスの正面に立った。

「何?」
ふいに、ヴィトスがユーディーの身体を抱きしめた。
「……」
小さなユーディーの身体を包みこむように、ヴィトスの両手は彼女の背中で交差されている。
「……」
顔が彼の胸に押し付けられている。呼吸が苦しくなり、頬が熱くなってくる。
「……あ、え?」
身体をよじろうかと思ったが、彼の腕の中、身体中で感じる彼の体温が心地よく、ユーディーは
そのまま身動きする事ができなかった。

「ふむ」
ヴィトスの片手がユーディーの頭に移る。長く細い髪に指を沈め、彼女の頭をもっと自分の
方へと引き寄せる。
「なるほど、これはいいものだな」
穏やかな、ヴィトスの声。耳から入ったその声が、ユーディーの頭の中に優しく響いてくる。
身体中がじわじわと熱くなっていくような気がする。体内からあふれ出てくる熱を押さえきれずに、
ユーディーの肌にうっすらと汗が滲んでくる。
ヴィトスはユーディーの髪の甘い香りを楽しむように息を大きく吸い、そして吐いた。

「……ふう」
そして、安心しきったため息を一つ漏らすと、やっとユーディーの身体を解放する。
「うん、いい感じだ。ありがとう、ユーディット」
一歩下がり、ぺこり、と頭を下げるヴィトスの姿は目に映っているが、ユーディーは身体を
動かす事も、言葉を口に出す事もできない。
「疲れた時は、あたたかくてやわらかいものを抱きしめると気持ちが休まる、って聞いた
 ものでね。確かに気分が落ち着いた」
「そ、そうなんだ……」
今更ながら脚が小さく震え出してしまうユーディーは、それをさとられないように後ずさると、
崩れるように椅子に座り込んだ。

「で、でも、だからってなんであたしなの? あたたかくてやわらかいものなら、そこら辺にいる
 ネコちゃんでもいいじゃない」
「ネコ……、そうだな」
あごに指を当て、ヴィトスは短く考え込む。
「いや、ネコは服に毛が付いてしまうな。まあ、やわらかそうで気分が落ち着くもの、
 そう聞いて君の事しか思い浮かばなかったんだ」
「そ、そうなんだ……、ま、まあ、お役に立てたようで、何よりだわ」
くちびるもこわばってしまい、きちんとした声が出てこない。未だに熱くなっている頬を
隠すように、ユーディーは自分の口元を手で覆った。

「おかげで元気が出たよ。これなら午後の仕事も頑張れそうだ」
「そ、そう、良かったわね」
「ああ、疲れたらまた頼むよ。それじゃ!」
「あっ、はい。ええと、頑張ってね。行ってらっしゃーい……」
明るい声で挨拶をしてドアへと向かうヴィトスに、空いてる方の手をゆるやかに振る。
彼が部屋を出た後、ぱたん、と閉じられたドアに向かって、ユーディーはしばらく手を振り続けた。
「……何?」
やがて、その手はゆっくりと膝に落ちてくる。
「な、何なの? あの人」
勝手に人の事をぬいぐるみのように抱きしめて、そのまま帰ってしまうなんて。

「それに、ヴィトス確か、『また頼む』なんて言った……わよね。って事は何? ヴィトスが
 疲れる度に、あたしはさっきみたいに抱きしめられなきゃいけない訳?」
彼の平らな胸、背中に回っていた大きな手のひら、髪を優しくなでてくれた指。
「ま、まあ別に、あたしも悪い気はしなかった……けど」
そして、顔のすぐ側で感じてしまった、ヴィトスの鼓動と息づかい。
「やっ、やあねえあたしったら。何言ってるのかしら」
燃えるように熱くなった頬を手のひらで覆う。
ユーディーは自分の混乱した気持ちを何とか抑えようと、彼によって中断された食事の続きを
再開しようと思った。

「別に、ヴィトスに何されようと関係ないわよね、うん」
スプーンを使おうと思ったが、手が震えて上手く持つ事ができない。仕方なく、スプーンに
添えている右手ごと、左手でどうにか握りこむ。
「さーて、美味しいシチューを食べようっと。……あっ」
力の入らない手から滑り落ちたスプーンはテーブルに当たって、からん、と音を立てる。
「まあ、いいか。何だか食欲無くなっちゃったし」
ユーディーはひじをテーブルに付き、手のひらの上にあごを乗せた。
「何だか、ねえ」
そして、今窓を開けて外を眺めたら酒場から出て行くヴィトスの背中が見えるだろうか、それとも
もうここから見えない所まで歩いて行ってしまっただろうか、とぼんやり思いを巡らせた。
 疲れた時には栄養補給。
 自分もユーディーたんを抱きしめて栄養充填したいです。(いや別に今元気だし、疲れてないけど)
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