● 014.月晶石 ●

なんだか急に、とても寂しくなってしまう時がある。
私はユーディーを好き、それをユーディーは知っている。ユーディーは私を好き、それも
私は知っている。なのに、何でなんだろう。

「少し休憩にするか」
メッテルブルグの採取場で、ヴィトスが声をかける。
「うん、そうだね。ラステル大丈夫?」
「ええ、私は平気よ」
採取場に入ってから私は何の役にも立っていないのだから。ラステルは心の中でそう思う。
緑ぷにや強い赤ぷに、盗賊までもが目の前に現れたが、ヴィトスのナイフとユーディーの
鞭と呪文で敵は簡単に倒される。
ラステルと言えば後方に下がっての防御を指示され、ユーディーに持たされた杖を固く
握りしめ、身体を強ばらせているだけだった。
「あったかいお茶が飲みたいなあ。ヴィトス、火を焚いてよ」
「何で僕が。君がやればいいだろう」
「ケチ、ヴィトスのケチーっ」
ぶつぶつ言いながらもユーディーはそこらに散らばっている枯れ枝を集め始める。
「私も手伝うわ」
ラステルも燃えそうな乾いた枝に手を伸ばすと、ユーディーはにっこり微笑んだ。
「ありがと。えへへ、ラステル、一緒にお茶を飲もうねえ。ヴィトスはいらないって
 言ってるし〜」
「いらないなんて言ってないよ。ほら、無駄口を叩いてないで働いたらどうだい」
ヴィトスは座り心地の良さそうな草の上に腰を下ろすと、偉そうにふんぞり返った。

「何よ。働かない人はお茶飲んじゃいけないんだからね」
集まった枝に火を付けながら、ユーディーはヴィトスに舌を出して見せる。
「じゃ、私はもっと働かなくちゃね」
「ラステル?」
「ううん」
表情を見られないように顔を伏せ、ラステルは首を横に振った。
「どうかした? 疲れちゃったかな」
「大丈夫よ」
「でも何か、元気ないみたい」
心配したユーディーはラステルの顔をのぞき込もうとする。
「あっ、ユーディー、あれ」
悲しくなった顔を見られたくないラステルは、目の端に見えた物を指さした。草や木の
色の中で、一際目立つ不自然に美しい紫色。
「月晶石じゃない?」
「あ、本当だ」
水を入れた鍋を火にかけると、ユーディーは月晶石の方へと早足で近付いた。その後に
ラステルも続き、二人でしゃがみ込んで稀少な宝石を見つめる。
「きれいねえ。私、月晶石の紫色大好き」
「うん、きれいだよねー」
震えて見えるような紫色の花弁は、今にも消え去ってしまいそうだった。

「採取する?」
「ううん。多分、手に取ったら壊れちゃうよ」
「そう」
あまり品質が良くない月晶石は、今手に入れても工房へ持って帰る頃には崩れて使い物に
ならなくなってしまう。
「残念ね、こんなにきれいなのに手に入れられないなんて」
指を伸ばし、触れる前に引っ込める。
「ん、ラステル、遊んでもいいよ」
「えっ?」
「どうせ壊れちゃう物だし、この品質じゃ誰も持って帰れないし。だったら、見つけた
 ラステルが手の平に乗せて」
両手を合わせ、お椀の形にして見せる。
「溶けて崩れるまで見ててもいいんじゃない? 手の上で月晶石溶けてくの、きれいだよ」
「そうなんだ」
ラステルはそっと指を伸ばし、月晶石に触れる。ひんやりとした石を慎重にすくい上げ、
それを持って先ほどユーディーが作った焚き火の方まで戻って、その側に座った。
「お湯、沸いてるよ」
「ああ、沸いてるねえ」
ユーディーはラステルの隣りに座ると、挑むようにヴィトスを睨んだ。

「お茶っ葉くらい入れておいてよ」
「今沸いたばかりだよ。葉っぱくらい君が入れたらどうだい?」
「うん、じゃあそうする。あたしとラステルの二人分ね」
「お湯は三人分あるよ。二人分の葉だとお茶が薄くなるんじゃないかな」
二人のやり取りを聞き流しながら、見る見る消えていく月晶石を見つめる。つい今まで
存在した花弁が、嘘のように空気に溶けていく。花びらが無くなった場所は、まるで
最初から何も無かったような気さえする。
「ねー、ラステル、月晶石面白いでしょ?」
結局自分がお茶の葉を鍋に振り入れながら、ユーディーが笑いかけた。
「ええ」
「でももったいないねえ、道具屋に売れば数千コールの価値になるかもしれないのに」
「その前に溶けて壊れたアイテムになるわ。ただのゴミよ」
「……ユーディーみたい」
「えっ?」
かすかな声に、ユーディーが驚く。
「えっ、あ、あたし、ゴミ?」
「違うわ、月晶石が」
ほとんど消えかかっている月晶石を持ったラステルの目がうるんでいる。

「とてもきれいで、大好きなのに」
ラステルは二人に見えるように、ゆっくり手を挙げた。
「手に入れたと思ったら、消え去ってしまうの」
それから、両手を胸元に戻し、儚い紫色を愛しそうな瞳で見つめる。
「ラステル?」
「あっ、ご、ごめんなさい、私ったら」
ひくり、とラステルの口元が引きつる。
「私ったら……」
それから、ぽろぽろと大粒の涙が白い頬にこぼれた。
「ラステル、泣かないで、ラステル」
「ごめんなさい、どうしたのかしら、止まらない……」
涙を流すラステルの髪や頬、肩をユーディーは手の平で撫でてやる。その優しい手の
動きを感じるたびに、ラステルの涙が増えていく。
「ごめん、あたしのせいだよね。あたしがいつも、ラステルを悲しくさせてる」
ラステルを抱きしめ、ユーディーは低い声でつぶやいた。
「ううん、そんな事はないわ。だって、ユーディーは」
ふと、考えてしまう。
ユーディーがいなければ。彼女と会わなかったら。自分はこんな辛い気持ちを抱えなくても
済んだのかもしれない、と。

「……」
「ラステル……」
「ユーディー、好き」
そんな事は決してない。ユーディーに出会えなかった人生など、今更想像もできない。
いくら辛くて寂しい思いをしても。
「うん、あたしも好きだよ」
「好き、好きよ」
ラステルの手から、ほとんど崩れてしまった月晶石がこぼれ落ちる。ラステルはユーディーの
身体にしがみつき、彼女の首筋に顔を埋めた。
「……ところで、ユーディット」
今まで黙っていたヴィトスがふいに声をかける。
「取り込み中の所悪いけれど、利子の返済をしてもらおうかな」
「な、何よ、こんな時に!」
ラステルの肩を抱きしめたまま顔を上げ、ヴィトスを睨む。
「勝手にすればいいじゃない」
小声で吐き捨てるように言うと、またラステルの方へ視線を戻す。
「ああ、勝手にさせてもらうよ」
本当に勝手に、ヴィトスはユーディーの採取カゴを探り始めた。

ユーディーは無言で、ラステルの背中を優しく叩いている。
「ええと、これと、これをもらおうか」
ヴィトスはユーディーの採取カゴからデニッシュとミルク、新鮮な卵を取り出した。
「ボウル……は持ってきて無かったな」
お茶の鍋を火から下ろし、茶漉しを使って中身をカップに手早く三等分する。空になった
鍋を軽く拭き、簡単に熱を冷ましてからそこにミルクと卵を入れ、かきまぜた。
フライパンを取り出し、火にかける。その間に厚めに切ったデニッシュを卵入りの
ミルクにひたす。熱くなったフライパンに油を引くと、そこにデニッシュを並べた。
「……」
じゅうじゅうといい音がして、それにユーディーが反応する。ヴィトスが何をしているのかも
気になり、ちらりと顔を上げるとヴィトスと目線が合い、慌てて恥ずかしそうに目を伏せた。
「うん、いい感じに焼けてきた。さて、裏返して、と」
じゅうう、と景気のいい音と共に、ミルクと卵の甘い香りがユーディーとラステルの鼻を
刺激する。ラステルも顔を上げたらしい気配を感じ取り、ユーディーももう一度それに倣った。
「ヴィトス、何してるの?」
「何をしてるって、君から取り上げたアイテムを使って、ちょっとね」
いつの間にかラステルの涙は止まり、興味津々でヴィトスの手元で美味しそうに焼けている
デニッシュを見つめている。

「後はハチミツをもらうとするか。さて、できあがったけれど」
皿にほかほかのデニッシュを取り、それにたっぷりとハチミツをかける。
「このトーストは熱いうちに食べないと美味しくないんだが、どうする?」
ラステルがまだ濡れている目をユーディーに向ける。
「熱いうちに食べないとと言うか、はっきり言うと冷めると不味いんだ」
二人分のトーストが乗った皿とフォークをユーディーの方に押しやり、ヴィトスはさっさと
自分のトーストを食べ始める。
「うん、美味しい。どうした? 食べないのかい?」
「ラステル?」
うん、と小さく頷くラステルを見て、ユーディーは安心したようだった。それぞれフォークを
取ると、皿の左右からトーストを食べ始める。
「……甘くて、美味しい」
「うん」
最初は遠慮がちに少しずつ。
「ラステル、もっとハチミツかける?」
「ええ」
やがて、ぱくぱくと食べ進んでいった。

「あ〜、美味しかった。ヴィトスってお料理上手いよね!」
「そうですね」
トーストを食べおわり、お茶を飲んで一息つく頃には、二人はにっこりと笑っていた。
「ほめてもらえて嬉しいよ……、ラステルはおなかが空いていたんだね。機嫌も直った
 ようで、良かった」
「あ」
ヴィトスにそう言われ、すっかり泣きやんでいる自分に気付く。
「ラステル、だいじょぶ?」
「ええ、ごめんなさい」
温かく甘いトーストを食べ、お茶を飲んで確かに落ち着いたラステルは、先ほどまで
泣いていた自分を思い出して恥ずかしそうに肩をすくめた。
「ごめんなさい、私ったら」
「ううん、気にしなくていいよ。誰だっておなかが空けば元気が無くなるもんね」
口の中に残る、やわらかい甘み。おなかの中にたまっている、心地よい暖かさ。
「そうね。ちょっと疲れてしまっていたのかもしれないし」
自分がユーディーを好きだと言う気持ち。さりげなさを装う、ヴィトスの優しさ。
「わがまま言って、本当にごめんなさい」
自分はユーディーに愛されている。ユーディーは自分を頼りにしている。前に、ヴィトスにも
そうはっきり言われた筈だ。

ユーディーは月晶石ではない。触れればただ消えていってしまう石ではない。自分が求めて、
そして彼女も自分を求めてくれれば、いつまでもその手を離さずにいられるかもしれない。
「……でも、おなかがすいて落ち込んでしまうなんて、ユーディーみたいね」
もう大丈夫。それを分かってもらう為に、ラステルはわざとふざけた口調で舌を出して見せた。
「ああ、全くだ。いや、違うな、ユーディットはおなかが空くと暴れ出す」
「何よ、それーっ!」
ユーディーとヴィトスもラステルの気持ちをくみ取って、おふざけに乗ってくれる。
「暴れたりしないわよ。ヴィトスのばかっ」
「ああそうか、ユーディットはおなかがいっぱいになっても暴れるな」
「違うーっ」
控え目だった笑いが、やがて本当の笑いに変わっていく。いつしかラステルの涙もすっかり
乾いて、心の底から楽しそうに笑い出した。
ユーディー×ラステルSSへ   TOPへ戻る