● 013.真夜中の内緒話 ●

真夜中、目が覚める。
「ん……」
ラステルはぼんやりした頭で、自分を抱きしめる手、もしくは自分の手が抱きしめている筈の
存在が無い事に気付いた。
「ユーディー?」
がばっと身体を起こす。まだ寝ぼけながらも、ここはキャンプの途中、睡眠を取る為に
張ったキャンプのテントの中だったのを認識する。
「ユーディー、どこ?」
確かに自分はユーディーと一緒に寝た筈だった。そもそも、ユーディーと一緒でなければ
キャンプなどする訳もない。
「いやよ、ユーディー、いなくなっちゃいや。どこへも行かないで」
こみ上げて来る涙をこらえながら、自分とユーディーの寝ていた毛布、ヴィトスが使って
いた毛布をめくるが、そこには誰もいない。
「……ヴィトスさん?」
今更ながら気付いたが、ヴィトスの姿も見えなくなっていた。
「あっ、もしかして」
徐々に冴えていく頭は、ようやく筋の通った考え方を始める。
「二人でどこかへ行ったのかしら」
夜中眠れなくなった二人のうちのどちらかがどちらかを誘って、外へ出ておしゃべりでも
しているのだろう。そう考えるとおかしい話しではない。

「私が寝ていたから気を遣ったのかしら」
それでも、ユーディーにだったら起こされても良かったのに、と思う。
「何だか、私も目が覚めてしまったわ」
一瞬、本当にユーディーがいなくなったと思い込んだ時の身体と気持ちの緊張が解けず、
眠気もすっかり消え去ってしまった。
「ユーディーとヴィトスさん、テントのそばにいるかしら」
二人が話しをしているなら自分もそれに入れてもらおうと、ラステルは軽く服装を
整えてからテントを出た。
「あっ」
月明かりの中、点々と並んでいる茂みやまばらに生えている木の向こうに、二人の姿を
見つけた。ここから少し離れた場所で、こちらに背を向けて並んで座っている。
今すぐに声をかけていいものなのか、それとも何も言わずに歩いていき、自分の姿を
見せてから話しかける方がいいのか。
他に誰もいない場所でも真夜中に大きな声を出すのは気が引けるし、二人がどんな話しを
しているのか、ちょっぴり興味もある。盗み聞きをするのははしたない行為だが、
聞こえてくる話しが自然に耳に入ってしまうのなら問題ないだろう。そんな風に自分を
正当化しながら、踏んでも音のしないやわらかい草の上を選んで歩いていく。

「……君の事、大好きだよ」
「うん、あたしも。大好き、本当に好き」
風に乗り、ふいに聞こえてきた言葉にラステルは足を止めた。
(えっ、えっ?)
きょろきょろと周りを見回してから、二人の斜め後ろの方にある大きな茂みの陰に早足で
近付き、そこにしゃがみ込んだ。
(えっ、今ヴィトスさん、何を? それにユーディーも)
かたかたと身体が震え出す。
(ヴィトスさんの気持ちがユーディーに。そして、ユーディーもヴィトスさんを?)
自分に向けられていると思っていたユーディーの気持ち。ラステルとユーディーが
お互いを好きだと言う感情。例えその内容は違っても、お互いの事を一番だと思う
気持ちはずっと続く物だと思い込んでいた。
(そんな)
自分がユーディーに抱いている感情。それと同じ物を、ユーディーはヴィトスに対して
持ってしまったのだろうか。
(だめ、そんなのだめよ、ユーディー)
愕然としているラステルの耳に、ユーディーの声が聞こえてきた。
「ラステルは大事な友達……、親友かな。ううん、親友なんて言葉じゃ全然足りないくらいよ」
(えっ?)
何で二人の話の中に、自分の名前が出てくるのか。
「もしラステルに出会えていなかったら、あたし今頃どうなっていたんだろうって
 考えちゃう事があるんだ」
頭の中が疑問符だらけになっているラステルに気付く事もなく、ユーディーは話しを続ける。

「きっと、恐くて寂しくて、悲しくて。ずっと泣いてばかりで、前向きに考える希望を
 失ってたかもしれない」
ユーディーは、ふう、とため息を吐く。
「ラステルがいると、いつも元気になれるんだ。ものすごく安心するし。ラステルの
 そばだと、自分が本当の自分でいられる感じがする……、でも」
自信の無さそうな、小さな声。
「もし、ラステルに嫌われちゃったらどうしよう、あたしがラステルを好きだって気持ちを
 ラステルが重く感じちゃったらどうしよう、って最近不安になるの」
(私が、ユーディーを嫌いになるなんて無い。いくらユーディーに思われても、それを
 負担に思う訳ないわ)
心の中で大声で叫ぶが、当然ユーディーには通じない。
「さっきも言ったけど、ラステルも君の事が大好きだよ」
「うん、それは分かってるけど」
(あ、っ)
先ほど、てっきりヴィトスがユーディーに対して言った物だと思った言葉。あれは
『ラステルは君の事が大好きだ』、そういう意味だったのだ。会話を途中から聞いて
しまった為、すっかり勘違いをして慌ててしまった。
「だったら、大丈夫じゃないかな」
「でも」
何となくぐずぐずしているユーディー。

「不安だったら、ラステルに直接言えばいいじゃないか。『ラステルの事が好きすぎて、
 ラステルの重荷になっているような気がする。どうしたらいいのか』って」
「そんな、そんなの聞けないよ!」
「どうしてだい?」
焦るユーディーに、ヴィトスはいつものように冷静な声で答える。
「どうしてって、だって、あたしがそんな風に聞いたらラステルはそんな事無いって
 絶対答えるに決まってるもの……」
やっぱり、ユーディーは自分の事を良く分かっている。ラステルは一人で頷いた。
「多分そう答えるだろうねえ」
「でしょ、だめだよそんなの。だってそれじゃ、ラステルに我慢させちゃう事になるじゃない」
「ああ、そうだねえ」
「そうだねえ、じゃないわよ。あたし、ラステルに我慢させるの、いやよ」
「でも、今は君が一人で我慢しているんだろう? 考えてみてくれ、ラステルがそれを知ったら
 どうすると思う? ラステルは君一人に我慢をさせて、それでいいと考えるような子かな?」
「あ……」
放心したようなユーディーの声。
「そんな自分勝手な子じゃないよ、ラステルは」
そこは少し買い被り過ぎだと思ったが、そう思われているのは嬉しかった。

「だったら、きちんと自分の気持ちを告げて。その上でどうしたらいいか、どうしたら
 お互いに楽になれるのか、二人で話し合いをしたらいいじゃないか」
「でも、どうしたらいいか分かんないもん。ねえ、どうしたらいいのかな?」
「それは僕にも分からないよ。だって、僕はユーディットでもないし、ラステルでもない。
 解決策は君達二人で考えるべきだと思うよ」
「んー……」
それからしばらく、二人の会話が途切れる。
「それに、答えが出なくても、話すだけでも楽になるかもしれないし」
「あっ、うん、それはそうかも」
少しためらいがちに、照れたように。
「確かに、今もヴィトスにお話し聞いてもらって、何だか楽になったみたい」
「そうか、お役に立って良かったよ。それなら相談料を頂こうかな」
「えっ、お金取るの? やーよ、払わないもん〜」
すっかり元気になったユーディーの声が聞こえる。ユーディーの気持ちが明るくなった
のを感じて、ラステルも嬉しくなった。
「あー、何だか少し寒くなってきたなあ。そろそろテントに帰ろうかな」
(……あ)
それを聞いて、早くテントに戻らなければと思う。ラステルは身をかがめたまま、
気付かれないようにと祈りながらテントへ早足で帰っていった。


ラステルに聞かれていたのも、ラステルが立ち去ったのも気付かないまま、二人は
ゆっくりと立ち上がる。
「そうだね、肌寒くなったから風邪を引いてもいけない」
ヴィトスはユーディーの身体を抱き寄せるつもりで、彼女の細い肩に腕を回そうとした。
しかし、ユーディーはその手を避けてくすくすと笑い出した。
「もうっ、またほっぺをつまむつもりなんでしょ。そうはいかないわよ」
「ああ……、うーん、残念だな」
ヴィトスは行き場の無くなった手をゆっくりと握ったり開いたりした。


ユーディー×ラステルSSへ   TOPへ戻る