● 001.親友の定義 ●

ばたんと大きな音を立てて、工房のドアが開いた。
「おや?」
メッテルブルグの黒猫亭で、軽い酒で口を湿らせながらさりげなく周囲の会話を伺っていた
ヴィトスがその音につられて階段の上に目をやる。
「だめ! だめって言ったら、だめなの!」
ドアから出てきたのは、彼女らしくない怒った顔を作ったユーディー。
「そんな! ひどいわユーディー」
ユーディーのすぐ後には、目に涙をためたラステルが続いている。
(ケンカ……、でもしたのかな)
ユーディーとラステルは仲がいい。仲が良ければそれだけケンカもするのだろう。
「だって私もう、ユーディーしか頼る人が……」
「そんな事言われたって、あたしじゃ無理よ。それに……」
階段を踏みしめるように降りてきたユーディーが、ふとヴィトスに目を留める。そこから
たったっと小走りになり、いきなりヴィトスの腕にしがみついた。
「ユーディット?」
ユーディーはヴィトスの腕につかまったまま、慌てて駆け寄ってくるラステルに向き直る。
そして一言、
「言ったでしょ、あたしには恋人がいるって!」
そう高らかに言い放った。

「えっ!」
「はあ?」
驚くラステルと、それ以上に驚いてしまうヴィトス。ユーディーは声に出さずにくちびるだけの
動きで、(いいから、合わせて!)とヴィトスを睨み付ける。
「ね、ヴィトス。あたし達、恋人よね」
「ああ、うん」
頷くヴィトスを見て、ラステルの目に浮かんでいる涙の粒が大きくなる。
「だって……、そんな、私知らなかっ……」
「ごめんね、今まで黙ってて。でも、そういう事なの」
ヴィトスに身体をすり寄せるユーディーを見て、ついにラステルの頬に涙が落ちる。
「だからラステルのお願いは無理。ごめんね」
「ユ……、ディー……」
両手で顔を覆って、しくしくと泣き出してしまったラステルを見て、ヴィトスは妙に
落ち着かなくなってしまう。
「ええと、ラステル?」
思わず声をかけた所で、後ろからユーディーに脚を蹴っ飛ばされる。
「うっ」
「いい、ラステル? これは、あなた自身の問題。嘘をついて解決を後のばしにしても、
 何にもならないのよ」
嘘をついているのはどっちだと思ったが、またユーディーに蹴られるといけないので
ヴィトスは賢明にも口を閉じたままでいる。

「分かってる……、分かってるわ、でも」
「だったらあなた自身がどうにかしなきゃ。あたしはラステルの相談に乗ったり、応援
 したりはできるよ。でも、あたしはラステルじゃない」
ユーディーはヴィトスの腕を離すと、ラステルに近づいた。
「あたしが代わりに行動しても、何の意味もないの。自分の事は、自分で決めなきゃ」
まだ泣いているラステルの手に、そっと自分の手を重ねる。
「だから、泣かないで。ね?」
ラステルの手をどかせると、濡れた彼女の頬を手のひらで包む。
「ユーディー……」
「あたし、ラステルが大好きよ」
「私も、ユーディーが大好き」
ぐすっと鼻をすすり、ラステルはきれいなハンカチを取りだして顔を拭おうとする。
「拭いてあげる」
ユーディーはそのハンカチを受け取ると、濡れた頬を優しく拭いてやった。
「……ありがとう」
涙を拭き終わったハンカチをラステルに返す。ラステルはハンカチを受け取ってから、
ユーディーにしっかりと抱き付いた。
「ユーディー、私、がんばってみる」
「うん。それでこそ、あたしの親友、あたしの大好きなラステルだよ」
にっこり笑って、ユーディーもラステルの身体を抱きしめる。

「じゃあ私、おうちに帰るね」
ラステルが顔を上げる。もう涙は乾き、微笑みさえ浮かんでいる。
「うん、頑張って。あたし、ラステルの思いが通じるように、ずっと祈ってるから」
「ありがとう、ユーディー」
もう一度、ラステルがユーディーを抱きしめる。さりげなくユーディーの耳元に軽く
口づけてから身体を離した。
「ラステル……?」
「えへへ。私が成功するように、おまじない。じゃあね」
頬を染めるユーディーを残して、照れた顔を隠すようにしながらラステルは酒場を出て行った。
「ラステルったら、もう」
くちびるが触れた場所をそっと押さえる。
「ええと……、ユーディット?」
名前を呼ばれ、ユーディーが顔を上げる。
「あれ、ヴィトス。いたの?」
「いたの、って」
夢から覚めたように、きょとんとしているユーディーを見つめる。
「僕は君の恋人なんだろう? 愛しい恋人に向かって、『いたの』は無いだろう……」
ユーディーがまた脚を蹴っ飛ばすような仕草をしているのを見て、慌てて彼女から離れた。

「あれは、ええっと、無し! さっきのは言葉のアヤって言うか」
ふう、と軽いため息をついて、声のトーンを落とす。
「ごめん、ありがと。いい所にいて助かったわ」
ぺこりと頭を下げる。
「ああ、うん。まあ、いいけれど」
素直にお礼を言われると、なんだか照れくさくなってしまう。
「ところで何があったんだい? 僕は君の役に立ったみたいだからね、聞く権利くらいあるだろう」
「うーん、うん」
しぶしぶという感じではあったが、ユーディーは話し出す。
「ラステルがね、お見合いをしろって言われたんだって」
「お見合い?」
「うん。前にもそんな話しがあって、その時は上手く断ったらしいんだけど」
ビハウゼン家のお嬢様ともなると、そう言った話しには事欠かないのであろう。
「今回は相手方がしつこいらしくって。お父様も乗り気で、それで、ラステルも上手く断れなくて」
「ふうん」
「で、ラステルは、恋人を連れて行けば、先方もお父様もあきらめるだろうって思ったらしいのね」
「恋人、ねえ」
ヴィトスは曖昧にあいづちを打つ。
「恋人ねえ、じゃないわよ。ラステルったら、あたしをその見合いの場に連れてくって言ったのよ。
 あたしが行って、あたしの口からお父様に断ってくれって」
「ユーディットが?」
少し怒ったような顔で、こくんと頷く。

「ああ、そうか。なるほど。君達は、親友じゃなくて恋人同士だったのか……、って、えっ?」
「違うわよっ!」
驚くヴィトスの前で、ユーディーはまた顔を赤くする。
「あたし達は、そういうんじゃなくて、友達。と・も・だ・ち! そんなお見合いの場所に、
 恋人だなんて言ってあたしがしゃしゃり出てってごらんなさいよ、どんな噂をされるか!」
確かに、名家のお嬢様が見合いの席に恋人と称する女性を連れてきたら。
「格好のスキャンダルになるだろうな」
「まあ、そこまでいかないにしろ、面白おかしく噂されるのは間違いないでしょ。そんな事態に
 なったら、ラステルがどんなに傷付くか……」
ぽややんとしている普段のラステルを見ていると、そうそう他人の目を気にするとも思えない。
しかし、家の立場というものもあるだろうし、本当に親友を気遣っているユーディーの様子を
見て、ヴィトスは無言で頷いた。
「でもラステルは分かってくれなくて。だからあたしは、他に恋人がいるから、ラステルの
 恋人のふりはできないって言ったの。で、工房を出たら丁度ヴィトスがいたから、恋人の
 ふりをしてもらった、って訳……、あ、でも」
ヴィトスの目を見て、慌てて言い添える。
「あたしだって自分の言ってる事の矛盾には気付いてるわよ。ラステルには嘘をついちゃ
 いけないって言っといて、あたしは嘘ついたんだから」
なんとか友達を助けたくて、必死になっているユーディー。

「でも、ラステルもお見合いが嫌なら、変な言い訳とか無しで、きちんと自分でお父様に
 断らなきゃいけないって思ったんだもん」
「まあ、たまには許される嘘って言うのもあると思うよ」
そんなユーディーを見ていると、こちらまで微笑ましい気分になってくる。
「それに、その嘘を嘘じゃ無くす方法もあるしね」
「嘘じゃ無くす?」
そっとユーディーの手を取る。
「そう。僕と君が、本当に恋人同士になればいいじゃないか」
「ええっ!?」
先ほどは自分からヴィトスに腕を絡ませてきたくせに、彼に手を握られた途端にユーディーは
あからさまに落ち着きを無くす。
「えっ、あっ、そ、それは……、もう、冗談でしょう、ヴィトスっ」
「僕は本気だよ、ユーディット」
「だって、目が! 目が笑ってる!」
「おやおや。こんなに真剣な僕のどこが笑ってると言うのかな」
そう言いつつも、くすくすと笑いが口元から漏れてしまう。
「笑ってるわよ。あ、あれ?」
酒場のドアベルが、ちりんちりんと音を立てる。見ると、入って来たのはラステルだった。
「ラステル? どうしたの?」
ヴィトスの手を振りきって、ユーディーはラステルに駆け寄った。

「やっぱり、ユーディーとヴィトスさんは仲がいいのねえ」
ふう、とうらやましげにため息をつく。
「ラステル?」
「あ、あのね」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「私、帰り道にいい事思いついたの。それで、家に帰る前に引き返してきたの」
「いい事?」
会話している二人に、ヴィトスも参加する。
「ええ。お父様には、私とヴィトスさんが恋人同士だって事にするのね。相手が女の子だと
 いけないけれど、男の人が恋人だったら平気なんでしょ?」
「えええっ!」
同時に驚くユーディーとヴィトスにかまわず、ラステルは話を進める。
「それで、私とヴィトスさんが結婚して、ヴィトスさんは私のおうちで暮らすの。でも、
 ヴィトスさんはユーディーの恋人でしょう? だから、ユーディーも私のおうちで暮らすの」
にっこり笑いながら、嬉しそうに両手を打ち鳴らす。
「そうすれば、私とユーディーは一緒に仲良く暮らせるわ。ヴィトスさんは好きにしていれば
 いいし。ねっ、いい考えでしょう?」
「え……、ええっと……」
にこにこしているラステルと、困り果てているユーディー。
(ラステルが考えている『親友』というのは、いったいどういう定義なんだろう)
ヴィトスは笑いを噛み殺しながら、そんな事を考えていた。
 この程度だと、「百合」にはならないかな?
 (実際のゲームの方がはるかに百合風味ですが)
 ラステルは、すっとぼけてると言うか、なんか電波系ですが可愛いですね。
 ユーディーも、ラステルにはかなわないんだろうなあ、って感じがします。いい意味で。
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