● 想いの色(1/1) ●

全てが終わり、家に帰ったら。
自分とヴィーゼが暮らしていた、これからもずっと暮らしていく家に帰る事ができたなら。
「いや、帰る事ができたら、じゃない。オレは、家に帰るんだ」
自分を待っているヴィーゼの元へ。
フェルトはアゾットの柄を強く握りしめ、今は遙か彼方に離れてしまったような気がする
地に思いを馳せた。

◆◇◆◇◆

気持ちは、つながっている。
想いも、つながっている……、筈だ。

少しでもフェルトの役に立てるように、原料を見直し、調合に調合を重ねて、効果の高い
アイテムを作り出す。ヴィーゼは今日も、調合釜の前で真剣な作業を行っていた。
「リフュールハーブの原料に、まずトーンとドロ水。それを使えば源素コストを減らして、
 効果範囲を広げられる筈だから、そうしたらそれを植物栄養剤に……、っと」
材料を吟味し、行程をメモに書き留め、調合を繰り返す。
テーブルの上に並べた、薬草や液体。その中の一つを手に取り、ヴィーゼはそっと目を閉じた。
「この夜光草は、フェルトが送ってくれたんだよね」
夜、暗くなると淡く神秘的な光を放つ夜光草。充分に明るい工房、ヴィーゼの手の中でも、
それはぼんやりと優しい光を帯びている。

「あたしが作った植物栄養剤、役に立ったんだ」
ベルクハイデに旅立ったフェルトに送った、植物栄養剤。フェルトはそれを使って、エデンでは
あまり見かけないようなめずらしい植物を育て、採取して、ヴィーゼに送り返してくれる。
「フェルトの事だから、うっかり植物栄養剤をかけすぎて、育て過ぎちゃったりしないかな」
植物のツタに絡み付かれたフェルトを想像し、ヴィーゼはついくすくす笑いをこぼしてしまう。
「フレイハンマーも役に立ってるみたいだし。本当に良かった」
植物や鉱石を採取する時、シェアドリングで荷物を送ってくれる時。フェルトは自分の事を
考えてくれているのだろうか。

「……あたしはいつも、フェルトの事を考えているんだよ」
頭の中に、笑っている彼の顔を思い浮かべる。想像の中の笑顔のフェルトは、いつも少しだけ、
困ったような、照れたような表情をしている。
「だから、頑張れるんだから」
ヴィーゼは目を開けると、トーンを乳鉢の中に入れた。乳棒で丁寧にすりつぶし、それを持って
調合釜の前に戻る。
「このままだと品質は低いけど、今は気にせずに。ここから従属を継承させて」
何種類かの薬品を調合しながら、途中で品質を上げる為にアイヒェロアを混ぜ込む。材料を
変えて同じ行程を繰り返すうちに、最初に調合した物よりも格段に品質と効力の良くなった
リフュールハーブと、植物栄養剤ができあがる。

「リフュールハーブはケガをした時に使うお薬だから。これで、いっぺんに全員を回復できるよ」
身体の傷はもちろん、気持ちも爽やかにリフレッシュする、雨上がりの若い森のような新鮮な
緑の匂いのするハーブ。
「次はキュアポットを作って、と。でも、自分を攻撃してきた女の子……、フィーさんを
 助けるだなんて、お手紙と解毒剤のレシピをもらった時には驚いたけど」
そのキュアポットを使って、フィーは無事に回復したらしい。フェルトを襲ってきたのも彼女の
誤解だったようで、今は仲間として一緒に行動しているそうだ。
「でも、そういう所がフェルトなんだもんね。向こうに行っても変わってないな、って思って、
 安心したよ」
キュアポットは、新しいアイテムを作る為の材料になる他、いろいろな効果を継承させるのに
使い回しが効く、役に立つ薬だった。

「フェルトが困ってる人を助けて。それに使ったアイテムが、回り回ってフェルトを助けてるんだね」
リフュールハーブと植物栄養剤を手に取り、ヴィーゼは優しく微笑んだ。
「後は慎重に、丁寧に混ぜて……、できた!」
できあがったキュアポットは、既存のものよりも見た目も美しい紅い色になった。マナ調合する
際に必要な源素の数も、かなり少なくする事ができる。これで、彼の旅の負担を減らせるだろう。
「本来、色はあまり関係ないけど。使うなら、変な色よりきれいな色がいいよね」
満足できる調合結果に、ヴィーゼは疲れた顔をしながらも笑みを浮かべる。
「早速、新しい配合でイニシャライズし直さなくちゃ。フェルト、喜んでくれるかな」
キュアポットのビンを胸に抱きしめ、遠く離れた彼を想う。

「喜んでくれなくても、少しでもフェルトの役に立ってくれれば、あたしは嬉しいけど」
遠く離れていても、いや、遠く離れたからこそ、ヴィーゼの心を占めている彼の存在は日に日に
大きくなっていく。
「フェルト、帰ってきてね。きっと帰ってきてくれるよね。約束したんだから」
ビンを左手に持ったまま、ヴィーゼはもう片方の手を目の前に上げた。
「約束、したんだから」
小指に光る、シェアドリング。彼とお揃いの、宝物。
以前、ヴィーゼの指にはまっているシェアドリングをめざとく見つけたメイラに、からかわれた
事がある。

小指にはめる指輪は、恋が逃げないおまじない。
どちらの手の小指にはめると恋が逃げないのか、それは忘れたけれど、と笑っていたメイラ。
ヴィーゼがシェアドリングを小指にはめたのは、単にサイズが小指のサイズだったから。
それ以外、特に深い意味はなかった。
「でも、おまじないなんかしなくても、あたしの気持ちは逃げないよ」
ヴィーゼの気持ちはもちろん、フェルトの気持ちも変わらないだろう。
「変わらないよね、フェルト」
それでも、少しだけ不安になって、寂しくなってしまう事はある。

「お手紙だけじゃなくて、お薬を送るだけじゃなくて。本当は会いたいよ、フェルト……」
ヴィーゼはテーブルに近付くと、そこに薬ビンを置いた。それからイスに座り、シェアドリングを
はめた右手を胸に当てる。
「会いたい、よ」
もう片方の手でその手を包みこみ、背中を丸めたヴィーゼの声は小さく震えていた。

◆◇◆◇◆

テントの中。温かいたき火の前に座り込み、フェルトは荷物の整理をしていた。
「うっわ〜、きれい。何これ」
ヴィーゼが送ってくれた新しいレシピに基づいて、マナ調合した薬品の数々。その中から、
フェルトの傍らに置かれていたキュアポットのビンを見て、ノインは驚いたような声を上げた。
「何って、キュアポットだよ」
「キュアポットなのは分かってるよ。これ、こんなにきれいな色だったっけ?」
ノインは深みのある紅い液体が入ったビンを一個、持ち上げる。
「ちょっと貸して」
「おい」
「借りるだけよ、すぐ返す」
そう言って、ビンを持ったままテントの外へ出て行く。

「片付けをしてるんだよ、邪魔すんなよ」
文句を言いながら、フェルトはノインの後を追いかけてテントを出た。ノインは、すぐ目の前に
立ち止まり、片手に薬ビンを持ち、それを顔の前に掲げて眩しそうに目を細めている。
「ゴメン、本当は薬って陽の光に当てちゃいけないんだよね。すぐ返すから」
ノインは持っているビンをゆっくりと回した。ガラス製のビンの角度を変える度に、きらきらと
やわらかい光がノインの顔の上に踊る。
「本当に、きれい」
うっとりとしたつぶやきは、とても優しい声だった。

「こんなきれいな色を作れるなんて、フェルトってちょっとすごいかもね」
「オレじゃないよ。オレは複製しただけ。本物は、エデンにいるヴィーゼが調合してくれたんだ」
ノインはちょっぴり首をかしげ、微笑んだ。
「じゃあ、ヴィーゼはとってもすごいんだね」
「おいおい、オレならちょっとで、ヴィーゼはとっても、なのかよ」
「そうよ」
くすくす、と笑うノイン。
「ヴィーゼは、いつでも頑張ってくれてる。オレも、頑張らなくちゃ」
フェルトは、無意識に自分の右手に目をやった。

「あ」
ずっと前から、ノインは気付いていた。フェルトがエデンの、幼なじみだと言うヴィーゼの
話しをする時、思い出す時。多分自分では気付いていないのだろうが、視線を右手に、その
小指にはまっている指輪に視線を落とす事。
「大切、なんだね」
指輪も、エデンも。何よりヴィーゼの事を。
「ああ。オレの故郷だし」
真っ直ぐに頷くフェルトを見て、そっちじゃないよ、と口の中でつぶやく。

「あ、そうだ。返すよ」
見ているだけで切なくなるような、それでも心の底から優しさが広がるような、不思議な紅い色。
「ん、いいよ。ノインずいぶん気に入ったみたいだから、持ってても」
「でも」
「ノインはけんかっ早いから、しょっちゅうケガするだろ。毒を浴びる事も少なくないだろうし、
 持っててくれるといちいち回復してやる手間が省ける……、嘘、嘘だよ」
「このーっ!」
怒った表情を作り、大げさに拳を振り上げてフェルトを殴る真似をする。

「あはは、やっぱり返してもらおうかな。これじゃ、オレの方が薬がいくらあっても足りないよ」
「返さない! ぜったい返さないもんね。これ、あったしの〜」
ノインはさっさと自分の道具袋に薬ビンをしまった。
「でも、すごいコなんだね。フェルトが持ってる不思議な道具、全部その子が作ってるんでしょ?」
「ああ、うん。ヴィーゼはオレと違って、真面目だし、努力家だから」
ヴィーゼの事を誉めているのに、まるで自分が誉められたかのように照れるフェルト。
「本当だ。フェルトとは大違いだね」
「やっぱり薬返せ、ノイン」
「やっだよ〜!」

ノインはあかんべえをしながら、ビンを入れた道具袋を両手でしっかりと押さえる。
薬を調合したヴィーゼと、それを本物とたがわず複製するフェルト。
ヴィーゼの想いと、それを受け止めるフェルトの気持ち。
「なんかこれ、持ってるだけで幸せになれそうな気がするから」
「何だよそれ。ただのキュアポットのビンじゃないか」
「あんたには分かんないよ」
深みのある、美しい紅色。それはヴィーゼの、フェルトに対する想いの色なのだろう。
「持ってるだけで、幸せになれそうだよ」
もう一度、ノインはにっこりと微笑んだ。


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