● ひねくれたプレゼント ●

からんからん、と店のドアベルが鳴る。ビオラは顔を上げようとしたが、同時に聞こえた
ばたばたと落ち着きのない足音に、逆にそっぽを向いてしまった。
「あーもう本当にいつでも辛気くさい店ね!」
「……余計なお世話」
以前、ドアから差し込む光を背にして立っていたリイタの背中に、ある筈もない天使の羽根を
見てしまった事がある。それ以来ビオラはリイタが店に入ってくる時に目を向けようとしない。
「あれは目の錯覚。疲れてる所にうるさいリイタが来たから、目眩を起こしただけ」
「何か言った? それにしてもこの店って、お客に『いらっしゃいませ』も無しなんだ。
 すっごい無愛想な店だよねー!」

何でいちいちリイタは自分に突っかかってくるような事を言うのか。
「ちゃんとしたお客様にならちゃんと言う。あんたはカウンター素通りしてそこに用事が
 ある方が多い」
店の隅でちらちら揺れている空間を指さす。
「そうかな? そうでもないよ」
「全く、何であんな物がここに」
妖精さんのワープゾーンだか何だか知らないが、そんな物が店にあるだけで大迷惑だった。
普通の人には見えないらしくクレイン一行しか使わないのがせめてもだが、いきなり
大勢で店に入ってきたと思ったら自分を無視してワープゾーンに直行、なんて事を何度も
やられると面白くはない。

「それで、今日はあんた一人で何の用? クレインくんもいないし、馬鹿力があふれる
 冬でも風邪引かないようなあんたに薬が必要とも思えない」
自分の前まですたすた歩いてくるリイタに舌を出してみせる。リイタが四角い大きな
茶色い袋を手に提げているのに気付いたが、わざと無視する。
「馬鹿力って何よ。あたしのはえーっと、力の作用点を最大限に利用して少ない資本で
 大きな仕事を……」
リイタは途中で自分が言っている言葉の意味が分からなくなり首をかしげた。
「……まあいいや。あのさ、これ、出かけた先で拾ったの」
そして、普段のリイタらしくない慎重な仕草でカウンターにそっと袋を乗せた。

「拾ったって、ここにゴミを持ち込まれても困る」
袋の中身をのぞき込みたい衝動に駆られたが、興味を示した所を見られるのはリイタに
対して負けを認めてしまうような気がして癪だった。
「ゴミじゃないわよ。あんたの目って節穴? あーあ、こんなの滅多に見られないわよ」
袋の中に目を落とし、すぐにビオラの顔を見て、その後またわざとらしく袋を見つめる。
「うわー、すごーい、きゃー。あんたも見ればいいのに」
「……」
ふん、と小さく息を吐き、リイタと袋から顔を背ける。
「ねえねえ本当にすごいのよ。いいの? 見ないの? 一生後悔するからね」

「うるさいわね。用がないんなら出てって」
「うー」
リイタは不満そうに唸ると、黙り込んでしまった。
「……」
「……」
それからしばらくお互い無言の時間が続く。
「あーもう、分かったわよ」
やがて沈黙に耐えきれなくなったリイタが先に口を開いた。ビオラは心の中でこっそり自分の
勝利を確信する。

「これ」
しぶしぶと言った体で、リイタは袋の中に手を差し入れた。そこから取り出したのは
鉢に植わっている花。
「……うわ。きれい」
思わず言ってしまってから慌てて手で口を塞ぐ。
「ふふん」
しかし、ビオラの素直な賛辞を聞き逃さなかったリイタが今度は勝者の笑みを浮かべた。
袋から出た時のきらめきを見た時は光るステンド草かと思った。しかしクレイン達が
何度か持ち込んだ事のあるそれとは微妙に輝き方が違う。

「何よ、これ」
花弁は薄いガラスのように透き通り、光の加減と見た角度で様々な色に変化する。確かに
それはステンド草の特徴だった。それなのに花の形は夜光草のようにふっくらと可愛らしい
釣り鐘型をしている。
「何って、花よ。見て分かんない?」
「そういう事を聞いてるんじゃない」
ステンド草の花弁を持つ夜光草、そんなの聞いた事がない。
「これ、触ってもいい?」
「どうぞ」

指先でそっと触れてみると、ステンド草の無機質な手触りではなく、しっとりと水気を
含んだやわらかい感触だった。
「……何これ」
「だから花」
「だからそうじゃなくて」
ビオラは花に近付けて香りをかいでみる。無臭でない夜光草の目に染みるようなあの独特な
臭いは無く、ほんのり優しい雨上がりの草の香り。
「こんなの、見た事ない」
「でしょ、そーでしょ! こんな場所に引きこもって外の世界に出ないからよ」

興奮したリイタに若干苛立ちを感じるものの、ビオラは初めて目にした植物に心惹かれていた。
「で、これが?」
「これがって?」
「拾ったんでしょ。何でここに持ってくるのよ」
きれいな、珍しい物を見せてくれてありがとう。そんな事言える訳がない。
「えっと、だってほら、『リイタと愉快な仲間達』の拠点は何かいつでも釜が煮えてるし、
 人の出入りも多いし植物を置くのはちょっとなー、とか思ったりしたし」
きれいで、珍しいからビオラに見せたかった。リイタもそんな気持ちを口に出せなかった。
「だからさ、ええと」

「だから何よ。それにここの方がお客さんの出入りとかもある」
「あたしも初めて見たんだ、こんなの。で、上手く育てられるか分からないから」
「だから私に押し付けるの?」
その言い方にカチンと来たリイタはまたけんか腰になる。
「……ここに捨ててく。あんたなら何か変なアイテム作るのの材料にでも使えるんじゃない?
 ゴミになったら本当に捨ててもいいしさ」
「何よそれ。ここはゴミ捨て場じゃないってば」
「さあどうかしらねえ〜。じゃねっ」
リイタが背を向けると、色の濃い長い髪がさらさらと揺れる。

「あ」
待って、と言おうとした時にはもう遅く、店に入ってきたのと同じ騒がしさでドアを
出て行ってしまった。
「……何よ、あれ」
ばたん、とドアを閉められ、その騒々しさに顔をしかめる。
「ドア壊れるって言うの」
ビオラは改めてカウンターの上の鉢植えに目をやった。花にばかり気を取られて先ほどは
意識もしなかったが、良く見ると植木鉢もかなり質の良い陶器製だった。土も栄養の
ありそうな黒土がふんわりと盛られている。

「何がしたかったのよ、リイタは」
どこからどう見ても、美しい花をプレゼントしに来たに決まっている。
「だからってあんな言い方されたら、こっちだって面白くない」
面白くないと言いつつ、その花がカウンターに乗っているだけで心が浮き立ってしまう
自分がいる。
「どうしてこうやって面倒事を持ち込むのかしら」
だるそうな仕草でカウンターの下からおせんべいを出すと、ビオラは花を眺めながら
ぽりぽりと囓り始めた。

◆◇◆◇◆

それから数日後。
「やっほー、今日は薬を買いに来たからお客よっ」
大声で怒鳴りながらリイタが乱暴にドアを開ける。
「……いらっしゃい」
リイタから白々しく目線を外したビオラは不機嫌さを装ってつぶやいた。
「ここって、ほーんと無愛想な店よねっ、あ」
カウンターに乗っている花を見て、リイタは言葉を無くした。リイタが持ち込んだ花は
確かにきれいだったが、ここまで光り輝いてはいなかった。花弁や葉にはみずみずしさが
増し、数段立派になったように見える。

「これ。世話してくれてるんだ」
「世話も何も、勝手に置いて……」
リイタの顔に照れた笑みが浮かんでるのを見て、ビオラも急に気恥ずかしくなってしまう。
「枯らしでもしたら夢見が悪いし、あんたに何言われるか分からないから」
「こんな陰気な店に置いたら一日で枯れると思ったけどね〜」
「あんたの手元に置くよりはマシ」
「うん、そう思ってここに持ってきて良かった」
多分リイタにしては誉め言葉なのだろうが、素直に受け取れない。
「だからって何でも押し付けないで」

「いいじゃない別に、どうせあんたヒマなんだし。……んっ?」
花の脇に置かれたガラスの薬ビンに気付き、リイタはそれを手に取った。
「何これ。また変な毒薬?」
「変な毒薬って、私は真面目な毒薬しか作った事ない」
「そういう怖い事平気で言わないでよ」
ビオラは手を伸ばすとリイタからビンを取り上げ、花が植えてある土に中の緑色の液体を
数滴振りかけた。
「あーっ、ビオラが花を殺しちゃう!」
「だから毒薬じゃないってば。栄養剤」

「栄養剤? あの『ドスコイ大元気!』とか言うすごいネーミングのあれ?」
リイタはしめ縄を纏っている趣味の悪いビンを思い浮かべる。
「違う。これは植物栄養剤。この花に合うように調合してみた……、だってこの花、
 調合の材料にするのも、わざわざ捨てるのも面倒くさかったから」
植物栄養剤を作る方がよっぽど手間がかかっただろう、そう言いかけたリイタをさえぎって
ビオラが続ける。
「ちなみに名前は『モリモリ緑・超☆活☆力』。モリモリ、と木の森をかけてみた」
「ぶっ、な、何よその名前は! あんたってどーしてそうなのよ」
笑っているのと怒っているのの中間の表情でリイタは怒鳴った。

「何って、今回は真面目に考えたんだけど」
むっとしたビオラはメモにわざわざ薬の名前を手書きしてリイタに見せつけた。
「そもそもこの星マークは何? 何で名前に星が入る訳?」
指で星マークを何度もつつく。
「それはこの花のきらめく花びらを表している」
「訳分かんないわよ!」
「別にあんたの理解を得ようとは思ってない。ところで薬買いに来たんでしょ、さっさと
 買って帰りなさいよ」
そう言われてリイタは首をかしげて考え込んでしまった。

「何買いに来たの?」
「うー」
「忘れたのね」
「いや、あはは。そういう訳じゃ」
自分のうっかりさ加減を見抜かれ、わざとらしい作り笑顔を浮かべる。
「じゃ私があんたに合うお薬作ってあげる。記憶を忘れた事さえ思い出せなくなる薬か、
 記憶があるとか無いとかすらどうでも良くなる薬、どっちがいい?」
「だからそういう怖い事さらっと言わないでってば」
困って口を尖らせたリイタは長い髪に指を絡め、くるくると回して遊びだした。


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