● 乙女のロマン ●

「姉さん、姉さん」
パトッテが他のみんなの目を盗み、ちょっとした隙にリイタに手招きしてみせる。
「いいモノ入ってますぜ。裏モノ中の裏モノ。ちょ〜っとこの辺りでは手に入らない禁制品ですがね」
口元に手を当て、低い小さな声でしゃべると、パトッテはにやりと笑った。
「あたしは、デルサスと違って、裏モノとか漢のロマンとかには興味ないの」
ぷい、と顔を背けるリイタに
「いえいえ、漢のロマンなんかじゃありやせん。むしろこれは、乙女のロマン……、お美しい
 お姉さんを、もぉっと美しくする、逸品中の逸品ですぜ」
ぴくり、とリイタが反応する。リイタの表情が変わったのを見て、パトッテはもう一度
にやりと笑った。

◆◇◆◇◆

「ね、ねえクレイン。リフュールポット、あるかな」
ポットの森、ゼルダリアの家の前に貼ったテントの中。何だか落ち着きのないリイタに声を
かけられ、クレインは不思議そうな顔をした。
「もし、数が充分あるなら、一個もらってもいいかな?」
「ああ、いいけど。疲れてるのか? だったらポポに体力回復してもらった方が」
「ううん、いいの。ありがと!」
クレインがリフュールポットを取り出すと、リイタは素早くそれを奪い取り、
「あたし、ちょっと風に当たってくる」
ぱたぱた、と小走りでテントの外へ出て行ってしまった。

「……?」
「何だ、ありゃ?」
「さあ」
デルサスとクレインが顔を合わせ、首をかしげる。
「きっと、お外に傷付いた野良ぷにぷにがいるのニャ。リイタはそのぷにぷにのケガを治して
 あげるつもりなのニャ。ノルンも見に行く〜」
ぱたぱたと暴れるノルンを、デルサスが制止する。
「いや、そりゃねえだろ。手負いのぷにぷにがいたら、いっそとどめの一撃を喰らわせて
 楽にしてやるタイプじゃないか、リイタって奴は?」

「うーん」
クレインがうなると、一瞬考え込んでからノルンが叫び出す。
「だったら、お外に傷付いた王子様がいるのニャ! リイタはこっそり王子様に魔法のお薬を
 付けてあげるのニャ、それで、その王子様は呪いでカエルの姿をしているのニャ」
興奮するノルンに、
「何でカエルなのに王子様って分かるんだよ。それに、誰かがケガして困ってたら、こそこそ
 薬なんか持ってかないで、テントに連れてきて治療するんじゃないか?」
デルサスが冷静にツッコミを入れる。
「……デルサスは、乙女のロマンが分からない無神経だから嫌ニャ」
「今の話しのどこがロマンなんだよ? 言ってみな、ほーれ」

「ムニャー!」
楽しそうなデルサスは、ノルンの頬をむにむにとつまんだ。
「大丈夫かな、リイタ」
「まあ、人には言えない所が痛くなったりしたんだろう。女の子ってのは色々大変だから、
 その辺ほっといてやれよ」
「うん」
釈然としないながらも、クレインは頷いた。
「ノルンも女の子ニャー、色々大変なのニャ、だから離してニャーッ!」
「おお、そうか。お前さんはてっきりネコの子だと思ってたよ」
「ネコじゃない、ノルンはノルンニャーッ!」

デルサスに頬をつままれながらも、ノルンはさっと右手を挙げ、そして振り下ろした。
「おおっ!」
その動きに合わせデルサスの後頭部にノルンの杖が振り下ろされ、ごつん、と大きな音を立てる。
「い、いって〜……」
ノルンを離し、その手で頭を抱えてしゃがみ込むデルサスに、ノルンはあかんべえをして見せる。
「ふふん、ノルンだっていつまでも、やられてばかりじゃないのニャよ」
宙に浮かした杖をあやつり、ふふん、と不敵な笑みを浮かべる。
「……ノルン。今日の夕飯のスープ、ギッタギタに煮立ってるヤツな」
「ニャッ!」

「それと、魚無し、ねこまんま無し。味付けは全部ゴーカラの実」
「ニャニャニャッ、そんな、そんなのって無いニャ〜!」
泣き出しそうになっているノルン、
「ふふん、オレ様に刃向かおうなんて百万年早い」
未だ後頭部が痛んでいるらしいが、何でもない振りをしてみせるデルサス。
「何でもなければいいんだけどな」
騒がしい二人をよそに、クレインはぼんやりとテントの外に目をやった。

それから程なくして戻ってきたリイタは、やはりそわそわしている様子だった。それでも
デルサスが食事の準備をしていると、皿を並べたり、盛り付けを手伝ったりする。
「……なんか、今日の味付け、辛くない?」
たき火を囲んでご飯を食べながら、リイタは不思議そうに尋ねる。
「そうかねえ」
デルサスは、泣きそうになっているノルンの方をちらちら見て、にやにやしている。
「ん、これはこれで美味しいからいいけど」
食事を全てたいらげ、美味しそうにデザートまで食べるリイタを見て、
(まあ、ご飯を食べられれば大丈夫だろう)
クレインは彼女に対する不安感を気にしないようにした。

夜も遅い時間になり、それぞれが毛布にくるまり、眠りに入る。デルサスやノルンの寝息が聞こえ、
それにつられてクレインも眠りかけた時、ちょんちょん、と肩をつつかれる。
「ん?」
心地よい眠りに入って行く途中を邪魔され、少し不機嫌そうな声になってしまう。
「クレイン、ごめん。あのさ、キュアポットってある?」
本当に申し訳なさそうに、クレインの毛布を持ち上げてリイタが小声で話しかけてきた。
「キュアポット……? ああ」
枕元に置いたナップサックをまさぐり、キュアポットを取り出す。
「ありがと。恩に着る」
「あのさ、リイタ」

すぐさま立ち上がろうとしたリイタに声をかける。
「具合、悪いのか? もし体調悪かったら、ゼルダリアもすぐそこにいるんだ、話しをした
 方がいいんじゃないのか」
「ううん、何でもないの。ただ、ちょっとね、ちょっと。だから平気」
答えになっていないが、リイタが笑顔を見せたので、クレインは深くは尋ねない事にした。
「うん……、まあ、無理するなよ」
半分寝ぼけていた事もあり、クレインはそのまま眠りに落ちていく。みんなが寝静まった中、
またリイタがテントを抜け出した事にも気付かないでいた。

「んっ、んー……」
今度は完全に眠っていたクレイン。身体を揺すられ、目を覚ました。
「クレイン、クレイン、ねえ、起きて」
「ううん……、何だよ」
「ねえ、クレイン、ウロボロス、ってあったよね。あれ、くれないかな」
「何だよ、いったい」
うるさそうに自分の肩に触れている手を払う。
「ウロボロス?」
手を払ってしまってから、悲しそうなリイタの声、『ウロボロス』というマナアイテムの名前に
心を留める。

「ごめんね、クレイン、寝てるとこ起こして」
「あ、ああ。ごめん、オレも寝ぼけてたみたいで」
毛布をはねのけ、起き上がる。暗い中でもリイタの目に涙が滲んでいるのが分かる。
「でも、えっ? ウロボロス? 何に使うんだよ」
「ええと、何でもないんだけど。ただ、ちょっとね」
「お前、今日は一日中おかしいぞ。リフュールポットに始まって、キュアポットとかはいいとしても、
 ウロボロスって言ったらよっぽどの」
「ねえ、くれるの、くれないの? 早くしてよ」
「何だよ、その言い方。オレだって、お前の事心配して」
思わず口調がきつくなってしまう。

「……おーい、ケンカなら外でやってくれ」
その時、眠そうなデルサスの声がして、
「あ、ゴメン」
「ごめんねっ」
二人同時に小さく謝る。
「ほらっ、怒られちゃったじゃない。クレインがさっさとウロボロスくれれば良かったのに」
リイタがナップサックに手を伸ばそうとする前に、クレインはそれを抱え込んでしまう。
「あっ、ケチ」
「リイタ、こっち来い」
声を潜め、立ち上がったクレインは空いている方の手でリイタの腕を取った。

妙に大人しくなってしまうリイタの腕を引っ張り、テントの外へ出る。眠っている仲間に
話し声が聞こえないであろう距離まで来ると、クレインは改めてリイタの目を見つめる。
「リイタ」
「……何よ」
「オレは、お前の事が心配なんだよ」
何か言い返そうとしたリイタだったが、クレインの真剣なまなざしに言葉を飲み込んでしまう。
「お前の身体が、赤水晶を奪われて不安定なのは分かっている。それも、未だに代わりの赤水晶を
 創れないオレの不甲斐なさのせいだ」
「そんな、クレインは、違う」
左右に首を振るリイタの長い髪が揺れる。

「だから、お前が調子悪いなら、真っ先にオレに話して欲しいんだ。できる限りの事はする
 つもりだし、オレ、もっと錬金術の勉強して、お前の事を」
話の途中、リイタは身をよじって、テントを出る時から自分の腕を握っていたクレインの
手を振りほどいた。
「リイタ」
「違う。そんなんじゃないの、あたし……」
ぎゅっと固く目をつぶり、自分の身体を両手で抱きしめてその場にしゃがみ込んでしまう。
「リイタ! お前」
「ごめんなさい、クレイン。違うの、あたし、そんなにあんたに心配してもらう資格ない」

身体を小さく丸め、弱々しく震えている。
「リイタ、辛いのか? ウロボロスで効くのか? だったら今すぐ」
クレインは慌てて持ってきたナップサックの中を探る。
「分かんない。でも、ああっ、もう、やだよ」
震えながら、目に浮かぶ涙を乱暴にぬぐう。
「ごめん、こんな事ならさっき素直に渡せば良かった」
ウロボロスが見つかると、それをリイタに渡す。
「こっち、見ないで」
「ああ」
言われるまま、クレインはリイタに背を向けた。

すぐに、リイタが服を脱いでいるとおぼしい、布のこすれたかすかな音が聞こえる。それから、
水薬がビンの中で跳ねる音。
「リイタ、大丈夫か?」
彼女の方を振り向く訳にもいかず、クレインは尋ねる。
「分かんない」
「昼間渡した、リフュールポットとか、キュアポットは効かなかったのか?」
効かなかったからウロボロスなどと言う強い薬を求めたのだろう、それは分かっていても、
クレインはリイタに話しかけずにいられなかった。

「ちょっと効いたけど、すぐダメになっちゃったの」
リイタの声は、だいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。
「ウロボロス、効きそうか?」
「うん、いい感じかもしれない」
その返事を聞き、クレインの胸に安堵感がこみ上げる。
「……ごめん、ありがと。もうこっち向いてもいいよ」
ゆっくりと振り向くと、まだ目元は涙で濡れているものの、すっかり服も整えたリイタが
申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。

「リイタ。ゼルダリアの所へ行こう」
「嫌」
はっきりと一言言うと、くちびるを噛む。
「嫌だとか、そういう問題じゃないだろう。お前の身体にもしもの事があったらどうするんだ」
「もう平気。治ったよ」
「リイタ!」
急に大声を出したクレインに、リイタは目を丸くする。
「オレは、お前が心配なんだよ。お前が辛い思いとかするのを見るのが嫌なんだ。赤水晶を
 ムルに奪われた時、オレは何もできなかったから」

クレインは、驚いているリイタの肩を手でつかむと、そのまま自分の胸へと抱き寄せる。
「クレ……イン」
「何かあった時には、オレがお前を守ってやりたいんだ」
リイタはしばらく黙り込んでいたが、
「違うの」
やがて、ぽつりとそれだけ口に出した。
「違う、って、何がだ? オレに守られるのは嫌なのか?」
「そうじゃないの、心配かけてごめんなさい」
いつもなら強がりを見せるリイタが妙に素直に謝った事で、クレインの不安感が更に高まってしまう。

「リイタ。何があったんだ」
「何もない。ただ、ちょっと、その、具合が悪くなっただけ」
「リイタ」
何度聞いても真実を答えようとしないリイタに苛立ちを覚え、クレインは少し強めに彼女の
名前を呼んだ。
「ごめんなさい、でも本当に、クレインに守ってもらうとか、そういう真剣な話しじゃなくて」
「オレは真剣だよ」
「だから、違うのっ!」
拳を握り、リイタは首を左右に振った。色の濃い髪がしなやかに揺れ、ふわり、と落ちていく。

「ごめん、本当にたいした事じゃなくて、って言うか、すごく馬鹿な事なの。あっ、馬鹿って
 あたしが馬鹿なんだ、って事なんだけど」
話しづらいのか、リイタはちらちらと視線をさ迷わせる。
「話し、しても笑わない?」
恥ずかしそうに上目遣いをするリイタに、クレインは頷いて見せる。
「笑ったら殴るわよ」
殴られるだけで済めばいいけれど、多分フライングドロップキック、更にはストーンブラストまで
付いてくるかもしれない。そう思ったクレインは、更にしっかりと頷いた。

「あ、あのね。ちょっと、薬を塗ってみたの。それが肌に合わなかったみたいで、痒くなって。
 それだけなの。分かった?」
「薬? 何の薬を塗ったんだ?」
「あー、ええと……、いやあ、ははは。うん、たいしたもんじゃないんだ」
リイタは乾いた笑いを浮かべた。
「もしその薬が残っていたら、ちょっと見せてくれないか。成分が分かれば、それ専用の解毒剤を
 作れるかもしれない」
「えっ……、もう、無いよ」
不自然に目を反らせるリイタの態度は、それだけで嘘をついていると白状しているようなものだった。

「リイタ」
クレインは表情を引き締め、リイタに手を伸ばす。手のひらを上にして、無言で彼女に薬を
渡すようにうながした。
「……」
断固としたクレインの様子に根負けしたのか、リイタはしぶしぶとスカートのポケットの中に
手を入れ、小さなピンク色がかったガラスのビンを取り出した。
細身の六角形をしたガラスビンの中には、濃い赤い色の、ねっとりとした液体が三分の一ほど
残っている。
クレインはそのビンを受け取ると、ビンに刻まれているうっすらとした字を読もうとした。

「美……?」
しかし、月の光だけでは充分な明るさでないのと、字自体がかすれている為に字の全てを
読みとる事はできない。
「開けるぞ」
栓に付いている丸いガラスを握り、ゆっくりと引き抜く。
「……??」
栓を開けた途端、目に染みるほどの臭いがこぼれだしてくる。
「な、何だこれは?」
ビンを傾け、中の液体をひとしずく、指の先に取ってみる。その瞬間ピリピリとした嫌な痛みが
指を刺した。

「こんな薬を塗ったのか?」
慌てて自分の周りを見回し、適当な大きさの葉を見つけるとそれで指を拭う。丁寧にフタを
閉め直してからリイタに尋ねると、ふて腐れたような顔で頷く。
「そもそも、何なんだこの薬は。どこから手に入れてきたんだ」
クレインの指先はまだ痺れるような感覚が残っている。一滴でこれだけの刺激があるのに、
ビンの中に残った液体の量から考えるに、リイタはかなりの量を使ったに違いない。
「まあ、美容液……、って言うか、そんなもんよ」
「美容液? こんな刺激の強い薬がか? 第一、どこに塗ったんだ?」
美容液、と言うからには一般的には顔に塗るものだろう、と化粧品に疎いクレインにも想像は
付く。しかし、リイタの顔は痛みによる苦痛の表情が浮かんでいるものの、肌自体には別段
おかしな様子はうかがえなかった。

「あ、えっと、それは」
リイタが急に慌てたように口ごもる。
「別に、どこでもいいじゃない」
うつむき、ばつが悪そうにもごもごとつぶやく。
「肌のやわらかい所か? かぶれたりしてないか、見てやるよ」
「えっ、あ、そ、それはいいっ、見なくていいっ!」
リイタは自分の胸元を両手で押さえると、数歩後ずさる。
「あ……、う」
それから辛そうに、その場にへたへたとくずおれてしまった。
「リイタ? また痛みがぶり返したのか?」
心配したクレインがリイタに近付き、彼女の隣りにしゃがみ込んだ。

「ん、自分の手が当たったから、ちょっと痛かっただけ」
くちびるを噛むリイタが顔をしかめる。
「手が当たって痛いなら、まだ治ってないんだろう。だから、見せてみろって」
「やだ」
「やだ、って、リイタ」
「痛いの、胸……なの。見られたくない」
「あ、ああ」
リイタが何故患部の場所を言いたがらなかったのか、やっと理解したクレインは顔を赤くして
曖昧に頷いた。
「そ、そっか。ごめん」
「ううん」

クレインは立ち上がると、リイタに背を向けて困ったように頭を掻く。
「でも、何でこんな強い薬を、その、塗ったんだ?」
「……小さいって言うから」
「えっ?」
「ビオラもあんたも、みんなしてあたしの胸が小さいって言うからっ!」
「へ?」
振り向くと、リイタは涙で濡れた目で睨み付けてくる。
「オレ、そんな事言ったっけ?」
「言った」
自分が発したらしい言葉を思い出せずに、クレインは宙に目をさ迷わせる。

「えーっと、そうだっけ?」
「そうよ、言ったじゃない。ビオラの魔法屋で、紺色の水着を調合した時に。む……、胸が
 無い方が、こういう服は似合うって」
何とか記憶をたぐり、ビオラがそんなような事を言っていたな、とぼんやりと思う。しかし、
その時は自分は決定的な事は口にしなかった筈だが、などと考えを巡らせていたクレインは、
突然リイタが使ったと言う薬の見当が付いた。
「もしかして、胸……を、大きくする薬、とかだったのか?」
「何よ、悪い?」
図星を指され一瞬たじろいだが、リイタは開き直るとゆっくりと立ち上がった。

「悪くはない……、いや、悪いよ。そんな、効くのか効かないのか、安全なのかそうでないのかも
 分からない薬使うなんて」
挑戦的なリイタに負けず、クレインはきっぱりと言い返す。
「そもそも、誰からその薬を手に入れたんだ。オレが文句を言ってきてやる」
「文句、って。あたしも納得して買った物だし、そんな、あんたがそこまでしなくてもいいよ」
いつもは優柔不断と言ってもいいクレインが怒っているのを見て、逆にリイタが弱気になってしまう。
「だって、リイタにこんな辛い思いさせるなんて。オレ、許せないよ」
「辛い思いって」
リイタは軽く拳を握ると、とん、とクレインの胸をこづいた。

「わっ」
たいした威力はなかったが、不意打ちにクレインの足がよろめく。
「あんたがあんな事言うから、そっちの方が、あたしには辛かったんだからね」
「あっ……、ええと、ごめん」
リイタの事を、こんな得体の知れない薬を使う程に追いつめてしまった。自責の念に駆られ、
クレインは頭を下げる。
「別に、リイタは胸小さくなんかないよ。良く見るとプロポーションもいいし……」
言いかけ、途中で今度はしっかりと固く握られたリイタのパンチを喰らう。
「……う、っ」
「白々しい」

怒った顔でくるり、と背を向けると、リイタはテントの方へ歩き出してしまう。
「リ、リイタ」
「ばか。嫌い。付いてこないで」
「リイタ、ごめん、オレ」
慌ててその背中を追いかけるが、リイタは振り向こうとしない。
「胸とかどうとか関係なくて、リイタは今のままで、ええっと、可愛い……と思うよ」
その言葉を聞いて、ぴたりとリイタの足が止まる。
「もう一回、言って。そうしたら許してあげる」
「へ?」
ゆっくりと振り向くリイタの顔にはほんのりと照れたような表情が浮かんでいて、それを見た
クレインは妙に気持ちが高ぶってしまう。

「あっ、うん。胸とかはどうでも良くて」
「そこじゃないわよ。そこは省いて、最後の方だけ言って」
「ああ、うん」
自分の言った事を思い出すと気恥ずかしくなってしまうが、
「リイタは、可愛いよ」
それは確かに本心なので、クレインははっきりと口に出した。
「……最初から、そう言えばいいのよ」
リイタの手が伸び、クレインの腕をつかむ。
「な、何だよ」
「帰ろ」

リイタの手には少し力が入りすぎていたが、クレインは手首を握られたままで彼女と一緒に
歩き出した。
「リイタ、あのさ、もう大丈夫か?」
道の途中、声をかける。
「ん。わりと平気みたい」
「念の為にエリクシールも渡しておくからさ、また辛くなったらすぐ使うんだぞ」
「ん、ありがと」
短く礼を言うと、リイタはうつむいてしまう。それから顔を上げ、
「それから、さっきもありがと」
ぽつりと言うと、照れ隠しなのか、そっぽを向いてしまう。

「えっ、さっき、って?」
「赤水晶の事とか、守ってくれるって言ってくれた事とか。すごく嬉しかった」
「あ、ああ」
「あたし、あんたの事信じてるから」
そっけない、けれど迷いも疑いもない言葉。
「……」
クレインは腕をひねると、いったんリイタの手を外させた。それからすぐに、彼女の小さな
手のひらをしっかりと握りしめる。

「ありがとう」
「何で、あんたがお礼を言うのよ」
「いや、別に」
信じている、とたった一言言われただけで、クレインの心の奥から勇気が湧いてくるような気がした。
それからテントへ帰るまでの間、テントへ帰ってからも、リイタが身体の不調を訴える事は無かった。

◆◇◆◇◆

アイテムの採取、源素を集めながらポットの森、イリスの寝所を通る。道中、クレインはずっと
リイタの様子を気に掛けていたが、特に調子が悪いような素振りは見られなかった。

一行がカボックに戻ると、
「あたし、ちょっと用事があるから」
みんなに告げ、壁に積んである木箱やブロックの上を身軽に駆け上がっていった。
「あ、オレもちょっと行ってくる」
拠点へ帰るでもないリイタの様子が気なったクレインは、すぐにその後を追いかける。
「まったく、リイタのおもりは大変だな。まあ、オレ様も若干一匹のおもりで大変だがなあ」
クレインの後ろ姿を見守り、その後ノルンの方を向いて、デルサスはわざと大きなため息を吐く。
「一匹? 一匹って何ニャ」
「一匹ってのは、ネコの子を数える単位だよ」

「だーかーらーっ、ノルンはネコじゃないし、デルサスにおもりされた覚えも無いのニャッ」
ばたばたと手を振り回すノルンの先回りをして、デルサスは彼女の魔法の杖をしっかりと
握ってしまう。
「ニャッ」
「そう同じ手に何度も引っかかるオレ様じゃないのよ」
不敵な笑みを浮かべたデルサスは、空いている手でノルンの首根っこをつかまえた。
「ニャッ、ニャッ」
「よしよし、今日はノルンをダシにしてネコの子のスープを作ってみようかねえ」
「ニャッ、ネコの子スープって何ニャ? それにノルン、スープのダシにされるのは嫌ニャア〜」
ノルンを引きずり、デルサスは拠点へ帰って行った。

「パトッテ!」
一方、リイタは武器屋の前に仁王立ちになり、屋根の上にいる小さな妖精さんに向かって
大声を張り上げていた。
「やあ、お姉さん。今日は何を買っていってくれるのかな」
「やあお姉さん、じゃないっ! 降りて来なさいよっ」
パトッテは不思議そうな顔したが、屋根のかわらの上をぽんぽん、と飛び降りてくる。
「ところで、あの薬。効いたでしょ?」
怒っているリイタの顔をのぞき込む。
「き、効いたどころの騒ぎじゃないわよ。だいたい……」

「……リイタ?」
後ろからクレインに名前を呼ばれ、リイタは驚いて振り向いた。
「あっ」
「何やってるんだ」
「何って、ええっと」
気まずそうに口ごもるリイタ。
「薬がどうこう、って。まさかあの薬、パトッテから買ったのか?」
「や、あの、それは別に、あはは……」
パトッテは、クレインとリイタの顔を交互に見比べて、それからにやりと笑った。

「何だ何だ、お兄さんにも話していたんだね。てっきり内緒で使ったものだと思ってたけど」
「おいパトッテ、あんな強い薬を売るなんて」
「何よ、『気になる所に塗ればすぐに二〜三センチ』なんて言ったくせに。増えるどころか
 減っちゃったわよ、どうしてくれるのよっ」
クレインの声を遮り、リイタはパトッテを怒鳴りつけた。
「えっ?」
また不思議そうな顔になるパトッテだったが、
「減ったんでしょ。だったら大成功じゃないか」
すぐににっこりと営業スマイルになる。

「うん、確かに言ったよ、『気になる所に塗ればすぐに二〜三センチ』って。ウエストでも
 太ももでも、引き締めに効果絶大。説明書にもそう書いてあったでしょ?」
「説明書……?」
クレインはちらりとリイタの顔を見る。
「えっ、説明書? そんなの付いてたっけ」
「薬のビンを包んである紙が説明書になってる、って、オイラきちんと言った筈だけどなあ?」
「えっと? あー、そうだっけ……。そう言えば、普通の包み紙だと思って捨てちゃったかも」
あきれたように、パトッテはため息をついた。
「ダメだよお姉さん、お薬を使う時はきちんと説明書を読まなくちゃ。ところで、水で十倍に
 薄めて使う、って書いてあったけど、それはきちんと守ったよね?」

「うっ」
「リイタ?」
クレインの冷めた視線に気付き、リイタは慌ててばたばたを手を振り回す。
「いや、ええっとその、これは、あはは、あー」
ごまかすように笑い声を上げるが、言葉の最後の方はたよりなく消えて行ってしまった。
「パトッテ、ごめんな、リイタが言いがかり付けて。こいつ、勝手に勘違いして増やしたい所に
 塗っちゃったらしいんだ」
「何よその言い方。それに、増やしたい所、って」
口を尖らせたリイタだったが、クレインに目付きで窘められ、
「ご、ごめんね、パトッテ。これからはきちんと説明書、読むようにする」
ぺこり、と頭を下げる。

「あー、そっか。オイラも説明不足だったかもしれないな、申し訳ない。……そうだ!
 今回のお詫びに、お姉さんには増やしたい場所を増やす薬を大特価で……」
それを聞いてリイタは一瞬興味をそそられたような表情になったが、
「いや、それには及ばないよ。じゃあな」
「ちょっと、クレインっ」
クレインは彼女の手を握ると、くるり、と振り向き走り出してしまった。
「ま、待ってよ、クレイン、ちょっと話しを聞くくらい」
引きずられながら文句を言うリイタだったが、
「いい加減にしろよ、リイタ。もう二度と怪しい薬は使うな。いいな?」
はっきりとクレインに言われ、その断固とした口調に負けて不本意ながらも頷いてしまう。

「それに、その、二〜三センチ、減ったのか? うん、大丈夫、そんなに見た目変わらない……」
「見た目変わらない、ですって?」
リイタがぴたりと足を止める。
「二センチ五ミリも減っちゃったのよ。それなのに変わらないって言うの? あんたの目、
 節穴なんじゃないの?」
クレインの腕を振り払い、リイタは彼の正面に回ると人差し指を突きつけた。
「え、ああ……、うん、言われてみれば確かに少し減ったように見えるけど、すぐに
 戻るんじゃないかな、うん」
一瞬前は自分が優位に立っていた筈なのに、今度は何故かクレインが謝ってしまう。

「何か、クレインの言う事って、たまに信用できない」
言い返せずに、クレインはポリポリと頭を掻いた。
「でもまあ、今回はあたしもちょっとだけ迷惑かけちゃったし、許してあげる」
「ちょっとだけ、ってなあ、あれがちょっとかよ」
「まあまあ、男なら細かい事言わないの」
「細かい、って。二センチとか三センチの方が細かいんじゃ……」
じろり、と睨まれて慌てて言葉を切る。
「……ここで言い合ってても仕方ないし、拠点に帰るか」
「賛成」
とりあえず不毛な論争はやめにして、拠点に帰る事にした。

「ただいま〜。おっ?」
ドアを開けると、一階からデルサスとノルンの声が聞こえる。
「ほらどうだ、ノルン。これがオレ様特製、ネコの子のスープだ!」
「ニャッ、ニャッ、ニャニャニャ〜!」
驚いているノルンの声はまともな言葉にもなっていない。
「何やってるんだ?」
クレインとリイタが室内の階段を駆け下りると、エプロンをかけ給仕さんのスタイルになっている
デルサスと、テーブルについてスプーンを握り、きらきらと目を輝かせているノルンがいた。
「あっ、クレイン! クレインも飲むのニャ、ネコの子のスープ!」
「ネコの子のスープぅ?」

不信感丸出しのリイタに、ノルンは自分の目の前に置いてあるスープボウルを見せる。
「デルサスが作ってくれたのニャ。冷たくて甘くて美味しいのニャ。でもノルンは危なく
 ダシにされる所だったのニャ」
ボウルの中には淡いピンク色をした、とろりと濃い液体が満たされている。
「ダシ……?」
「そりゃ冗談だよ。この間のキャンプ中、ノルンに辛い飯を喰わせちまって可哀想だったからな。
 詫びの印にランドーとミルクで、ネコの子の舌に合うようなデザートスープを作ったって訳よ」
デルサスは新しいボウルにスープをつぐと、それをリイタに渡した。
「あ、フルーツのいい香り」
リイタはすぐに席に着くと、デルサスに手渡されたスプーンでスープをすくい、口に運ぶ。

「……美味しい!」
ランドーの甘酸っぱさが口の中で弾け、その後にミルクの優しい風味がじんわりと広がる。
「メープルシロップ入れるともっと美味しいのニャ」
ノルンがリイタにメープルシロップのビンを渡す。
「それは甘過ぎじゃないかと思うんだけどねえ。クレインはどうする?」
「いや、オレは……」
見た目、明らかに甘そうなスープを見て、クレインは遠慮がちに首を横に振る。
「ん、まあ、確かに漢向きの食い物じゃないからな。オレたちの口には合わねえかもな」
デルサスは気分を害した様子もなく、一心にスープを飲む二人に目をやる。

「すごいね、デルサスってデザートも作れるんだ」
「やればできるのニャ」
ふふん、と笑うノルンの頭をデルサスが軽くこづく。
「何でお前さんがいばるのよ」
「んニャ。んー、だって、この小さなおだんごがサイコーなのニャ」
「うん、おだんごのぷにぷにした食感と、たまに固まりで入ってるランドーのシャッキリ感の
 コントラストがたまんない」
「ふうん」
リイタの後ろから、彼女のスープボウルをのぞき込む。

「うみゅー……、おかわりニャ!」
スプーンを置き、両手でボウルを持って中身を飲み干したノルンが元気に叫んだ。
「はいよ」
「でも、何でこれが『ネコの子のスープ』って言うのニャ? ノルン、ランドーが好きな
 ネコさんなんか見た事ないのニャ」
デルサスがおかわりをよそっている間に、ノルンは首をかしげる。
「そうかあ? オレ様はほぼ毎日見てるぜ」
「ふうん。今度、そのネコさんに会わせてニャ」
ボウルを受け取ると、ノルンはすぐにスプーンを入れる。

クレインとリイタが不思議そうな顔をしていると、デルサスはうつむいてスープを飲むノルンの
後ろに回る。『ネコ、ネコ!』と声を出さずに口の形だけで言いながら、何度もノルンを指さす。
「くくっ……」
思わずクレインが小さく吹き出してしまうと、ノルンは顔を上げた。
「ニャ?」
「……あっ、何でもないよ、ノルン。美味しいスープ作ってもらって、良かったな」
「ニャ!」
にっこり微笑むと、またスープを飲み始めた。

「リイタも良かったな?」
「うん。あ、ねえデルサス、今度は爆甘ランドーとティンクルベリーで作ってみてよ。そんで
 香り付けに桃香酒をちょっぴり垂らしてくれると嬉しいんだけどなあ」
ぴくり、とノルンが耳を立てる。
「それはいいのニャ! 作ってニャ、作ってニャ、作ってニャ〜」
「……それはいくら何でも甘すぎるだろう。作ってやっても良いけど、全部喰うんだぞ?
 全部喰ったらテキメンに太るぞ〜」
にやにや笑うデルサス。

「その後運動するからいいもん!」
「いいから黙ってノルンのデザートを作ればいいのニャ!」
ノルンと一緒になってわあわあ、と言いたい事を言うリイタをみて、
(うん、まあ、元気になって良かったな)
クレインは心の中でほっとため息をついた。


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